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76 予想外
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なんなのこいつ。自分勝手に一人でカフェを出て行って、一体何をやってるの?
街中を探し回って漸くフェルディナントを見つけた時、ミーティアがまず最初に思ったのは、それだった。
ユリアに腕を引っ張られる形でカフェを飛び出したミーティアは、その後ユリアの思い付くまま色々な場所へと連れ回され、服を着替えさせられたり、髪型を変えさせられたり、とにかく全身を弄られた。
その後はフェルディナントを探すため、慣れない靴で街中を走らされ──ぶっちゃけどうして自分がそんなことをしなければいけないのか、彼に会うのにわざわざ服を着替えさせられた理由はなんなのか、分からないままであったけれど──そうして息を切らせながらも、やっとこさ見つけた彼は、見知らぬ令嬢に抱きつかれていて。
自分がこんなにも苦労したというのに、この男は何をしているのかと殺意を持って近付こうとしたところで、ユリアによって止められた。
「待ってミーティア。ここは令嬢らしく……ね?」
令嬢らしくってなんだろう?
反射的にそう思ってしまったものの、いつもの調子で話しかけてはいけないのだということぐらいは理解できたから、ミーティアなりに精一杯令嬢っぽく声をかけた。
「まあ! 貴方達、公衆の面前で何をしていらっしゃいますの?」
それがつまり、この一言だったわけなのだが。
正直これが正しかったどうかは分からない。けれど、それを耳にしたフェルディナントの動きは明らかに止まったから、少なからず効果はあったんだと思う。
それからゆっくりと時間をかけて、彼の顔が徐々に自分へと向けられるさまを見つめていたら──目が合った瞬間、彼の漆黒の瞳は顔から溢れ落ちそうなほどに大きく見開かれた。
「は……?」
続いて発せられた、間抜けな一言。
「え……ちょ、ま……は?」
いつも落ち着いているフェルディナントとは思えない、動揺した表情と声だった。
それを観察できただけでもユリアに弄られた意味はあったのかも? などと、ミーティアが暢気なことを考えてしまったほどに。
動揺しきっている姿を見るに、分厚いレンズの眼鏡を外し、お洒落をした自分を見ても、フェルディナントは疑うことなく自分がミーティアであることを把握しているようだ。ただ、ここまでの美少女──だってヒロインだし──だとは思っていなかったようで、面白いぐらいに取り乱している。
けれど取り敢えず、今は見知らぬ令嬢から彼を取り戻すのが先決だ。
ミーティアはずい、と一歩足を前に踏み出すと、令嬢の腕を掴んで無理矢理フェルディナントから引き剥がした。
「痛っ……ちょっと貴女、突然出て来て失礼なんじゃなくって?」
令嬢が憎々し気に睨み付けてくるが、そんなことはどうでも良い。令嬢に睨まれたところで、怖くもなんともないのだから。
それよりも許せないのは、フェルディナントだ。
ミーティアは彼の襟の辺りをガッチリ掴むと、勝手にいなくなった挙げ句、見知らぬ令嬢を引っ掛けてたことに文句を言おうと、掴んだ襟を力任せに引き寄せて──。
チュッ。
勢い余ってキスをしてしまった。
「…………っ‼︎」
これには、少し離れた場所で二人を見守っていたユリアも驚いてしまい。
ミーティア……意外と大胆だったのね。
などと、心の中で感心──無論ミーティアは、そのことに気付きもしていないが──された。
しかし、それが面白くなかったのは、友人に突き飛ばされてでもフェルディナントとお近付きになろうとした令嬢であり。
彼女は、人の多い街中で予想外にキスしてしまい、真っ赤になって固まる二人へと近付くと、大声を張り上げた。
「ちょっと貴女! こんな街中で破廉恥よ!」
勢い良く両手を突き出し、力いっぱいミーティアを突き飛ばす。
「わっ」
完全に油断していたミーティアは、そのまま車道に倒れ込みそうになり──。
「ミーティア‼︎」
彼女を助けようとして、伸ばしたユリアの手が空を掴んだ瞬間。
誰かが、ミーティアを身体ごと引き寄せ、抱きとめた。
「……危なかったな」
それは、この場にいないはずの人の声であり、いてはいけない人でもあって。
「……嘘でしょ」
自分を助けた人物の顔を見て、ミーティアは思わず身を強張らせた。
街中を探し回って漸くフェルディナントを見つけた時、ミーティアがまず最初に思ったのは、それだった。
ユリアに腕を引っ張られる形でカフェを飛び出したミーティアは、その後ユリアの思い付くまま色々な場所へと連れ回され、服を着替えさせられたり、髪型を変えさせられたり、とにかく全身を弄られた。
その後はフェルディナントを探すため、慣れない靴で街中を走らされ──ぶっちゃけどうして自分がそんなことをしなければいけないのか、彼に会うのにわざわざ服を着替えさせられた理由はなんなのか、分からないままであったけれど──そうして息を切らせながらも、やっとこさ見つけた彼は、見知らぬ令嬢に抱きつかれていて。
自分がこんなにも苦労したというのに、この男は何をしているのかと殺意を持って近付こうとしたところで、ユリアによって止められた。
「待ってミーティア。ここは令嬢らしく……ね?」
令嬢らしくってなんだろう?
反射的にそう思ってしまったものの、いつもの調子で話しかけてはいけないのだということぐらいは理解できたから、ミーティアなりに精一杯令嬢っぽく声をかけた。
「まあ! 貴方達、公衆の面前で何をしていらっしゃいますの?」
それがつまり、この一言だったわけなのだが。
正直これが正しかったどうかは分からない。けれど、それを耳にしたフェルディナントの動きは明らかに止まったから、少なからず効果はあったんだと思う。
それからゆっくりと時間をかけて、彼の顔が徐々に自分へと向けられるさまを見つめていたら──目が合った瞬間、彼の漆黒の瞳は顔から溢れ落ちそうなほどに大きく見開かれた。
「は……?」
続いて発せられた、間抜けな一言。
「え……ちょ、ま……は?」
いつも落ち着いているフェルディナントとは思えない、動揺した表情と声だった。
それを観察できただけでもユリアに弄られた意味はあったのかも? などと、ミーティアが暢気なことを考えてしまったほどに。
動揺しきっている姿を見るに、分厚いレンズの眼鏡を外し、お洒落をした自分を見ても、フェルディナントは疑うことなく自分がミーティアであることを把握しているようだ。ただ、ここまでの美少女──だってヒロインだし──だとは思っていなかったようで、面白いぐらいに取り乱している。
けれど取り敢えず、今は見知らぬ令嬢から彼を取り戻すのが先決だ。
ミーティアはずい、と一歩足を前に踏み出すと、令嬢の腕を掴んで無理矢理フェルディナントから引き剥がした。
「痛っ……ちょっと貴女、突然出て来て失礼なんじゃなくって?」
令嬢が憎々し気に睨み付けてくるが、そんなことはどうでも良い。令嬢に睨まれたところで、怖くもなんともないのだから。
それよりも許せないのは、フェルディナントだ。
ミーティアは彼の襟の辺りをガッチリ掴むと、勝手にいなくなった挙げ句、見知らぬ令嬢を引っ掛けてたことに文句を言おうと、掴んだ襟を力任せに引き寄せて──。
チュッ。
勢い余ってキスをしてしまった。
「…………っ‼︎」
これには、少し離れた場所で二人を見守っていたユリアも驚いてしまい。
ミーティア……意外と大胆だったのね。
などと、心の中で感心──無論ミーティアは、そのことに気付きもしていないが──された。
しかし、それが面白くなかったのは、友人に突き飛ばされてでもフェルディナントとお近付きになろうとした令嬢であり。
彼女は、人の多い街中で予想外にキスしてしまい、真っ赤になって固まる二人へと近付くと、大声を張り上げた。
「ちょっと貴女! こんな街中で破廉恥よ!」
勢い良く両手を突き出し、力いっぱいミーティアを突き飛ばす。
「わっ」
完全に油断していたミーティアは、そのまま車道に倒れ込みそうになり──。
「ミーティア‼︎」
彼女を助けようとして、伸ばしたユリアの手が空を掴んだ瞬間。
誰かが、ミーティアを身体ごと引き寄せ、抱きとめた。
「……危なかったな」
それは、この場にいないはずの人の声であり、いてはいけない人でもあって。
「……嘘でしょ」
自分を助けた人物の顔を見て、ミーティアは思わず身を強張らせた。
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