【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

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78 それぞれの傷

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「ここへ来てから、僕は本当に頑張ったんだ。いや、頑張ったと思っている。それは君もミーティア嬢に聞いて知っているだろう?」

 レスターは私に向かって手を伸ばしたまま、そう言って言葉を紡ぐ。

 彼の努力は、無論ミーティアに聞いて知っていた。日々どんな風に彼が怪我と向き合い、治療を受け、頑張っているか。

 それは生半可な努力では成し得ないもので、レスターはなんとしても歩けるようになり、一日でも早く私の元へ戻ると口癖のように繰り返していると。

「僕が頑張っているのは、すべて君のためだ。……いや、厳密には僕のためとも言える。何故なら、僕は君と再婚約をするために頑張っているのだから」
「っ…………」

 レスターのその言葉に、胸が苦しくなる。

 彼が何を目標に頑張っているのかは知っていたけれど、人伝に聞くのと本人から直接聞くのとでは、やはり聞いた時の印象が全然違う。

 離れる前に、私はとてもひどい言葉でレスターを拒絶したのに。どうしても受け入れられないと、頑なに彼を拒んだのに。

 驚く私を真っ直ぐに見つめながら、レスターが言葉を続ける。

「ユリア……僕は言ったよね? 学園での僕の態度はすべて君を守るためだったと。でもそれは、肝心の君にまったく伝わっていなかった。それどころか、逆に酷い目に遭わせてしまって……。あんな僕では、確かに君に婚約破棄されても仕方なかったと思う。あんな辛い学園生活を送っていた君が、僕のせいでそうならざるを得なかった君が、僕と別れたくなるのも無理はなかった」

 なんだか、彼が突然大人になってしまったような気がする。

 治療をしていたこの二週間の間で、彼に何があったというのだろう? 一体どんな出来事があれば、彼の考えをここまで変えることができるのだろうか。

 考えても分からず、分からないからこそ私は彼に問う。

「レスター、私の気持ちを理解してくれたことはとても嬉しいのだけれど、急にどうしたの? 以前はそんなこと言っていなかったわよね?」

 彼一人の考えで、そこまでの結論に行き着けたとは、とても思えない。少なからず誰かの助言を受けたか、それに気付くような出来事なりがあったはず。
 
 けれど彼は、そんな私の予想に反し、緩く首を横に振ると、こう言った。

「別に急なわけじゃない。ただ……こっちへ来て時間ができたから、その間に色々考えたというだけだよ。パルマークとも少し話したりはしたけど、毎日一人で考えて……それで漸く自分の過ちに気付くことができたんだ」

 それまでは日々時間に追われるだけで、気付かなかった。怪我をしてからは、時間だけは有り余るほどにあったものの、自分の将来に絶望するあまり、他人のことまで考える余裕がなかった。

 他国まで来て、一人に──リハビリ時以外はパルマーク様と別行動のため──なって、冷静に考える時間ができたことで、改めて私に言われた言葉の意味を考えたのだと。それまでは、表面上の形だけの後悔しか口にしていなかったのだとレスターは告げた。

「ユリアに酷いことをしたと言いながら、僕の中ではいつでも自分自身が悲劇のヒーローだった。ユリアが辛い思いをしているのと同様に、僕も毎日辛い思いをしている。ユリアは『訳あり』と呼ばれているけど、その代わりにミーティア嬢やオリエル公爵令息のように、仲の良い友達がいる。対して僕は……たくさんの令嬢達に囲まれていても、友人らしい友人はパルマークぐらいで。だからそんな自分のことを、可哀想だと思っていた。そういった僕の気持ちを分かってくれないユリアに、僕の立場を理解してくれない君に苛立ちを感じて、そのせいで関係を改善したくない気持ちも、僅かながらあったのかもしれない……」
「そうだったの……」

 言われてしまえば、私も似たようなものだったのかもしれない、と思う。

 私だって、悲劇のヒロイン──とまではいかないものの、似たような考え方をしていた。

 婚約者に学園で距離を置かれたばかりか、『訳あり』のあだ名をつけられ、関係のない他の人達にまで避けられて……。

 私はただレスターが好きなだけなのに、どうして分かってくれないの? とか、どうして距離を置かなければいけないの? とか、自分ばかりが虐げられている気になって、内心ではレスターのことを責めていた。

 だから、レスターが歩けなくなったと聞いた時、可哀想だと思いはしたものの、少しだけ、罰が当たったのかもしれない──なんて考えを抱いてしまったのだ。尤も、そんなことを考えた自分が最低に思えて、すぐにその考えは振り払ったけれど。

 怪我をした後のレスターにいくら謝られても心が動かなかったのは、足が動かなくなったことで将来の選択肢が狭まったせいだとしか思えなかった。コーラル侯爵が我が家に謝罪しに来たことで、その疑いは一層強まり、だからこそ、私は彼からの再婚約を受け入れるわけにはいかなかったのだ。

 私にだってプライドがある。突然なんの相談もせずに距離を置かれ、そのせいで『訳あり』として学園生活を送ることを余儀なくされた私の心の傷は、ちょっとやそっとでは癒やされない。

 レスターは私を守るためと言っていたけど、結局のところ忙しさや、私に対する嫉妬で言わなかった部分もあるのだから。
 
 目に見える身体の傷を負ったレスターと、目に見えない心の傷を負った私。

 身体と精神こころで違いはあれど、お互いに傷を負った私達が理解し合うことなんてできるのだろうか? 許し合うことなんてできるのだろうか?

「ごめん、ユリア……」

 レスターが、黙ったままの私の手を、そっと掴んでくる。

「今までの僕は本当に浅慮だった。そして、君を酷く傷付けたことは許されないことだと思う。でもどうか、最後に一度だけチャンスをもらえないだろうか? 僕は学園の長期休暇が終わるその日まで、全力で治療とリハビリに励むと誓う。もう絶対にユリアを失望させたりしない。……こうして無断で会いに来たりもしないよ。だからどうか……お願いだ」

 必死さの滲む声で頼んでくるレスターの手を──私は振り払うことができなかった。










 
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