あなたのすべて

一条 千種

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第21話 君らしく

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 文化祭2日目。
 中庭。
「昨日の演奏、すっっっごく楽しかったよ! 千尋ちひろもマミもコバチも、高校生活最高の演奏ができたって言ってた!」
 美咲は最前からひどく興奮した様子で、初日の感想をのべつ幕なし話している。
 幸太は美咲のこの笑顔がたまらなくうれしく、いとおしい。
 彼にとっての、唯一絶対神だ。
「美咲が喜んでくれて、俺もうれしいよ。昨日の美咲、すごくカッコよかった。美咲自身が心から演奏を楽しんでるのが伝わってきて、俺も感動した」
「ありがとう。私、コータが見ててくれると、勇気がわく。自信も出るの。コータはいつも、私のありのままを出せばいい、それが一番、魅力的だからって言ってくれるから」
「美咲は、そのままが世界で一番素敵だから。君の力になれてたらよかった」
「もちろん、いつも力になってくれてるよ。ね、いっこクイズ出していい?」
「いいよ、なんのクイズ?」
「昨日のポップソング、私たち4人でそれぞれの演奏したい曲を一緒にやってみようって企画だったの。私がどの曲を提案したか、分かる?」
「んー……」
 美咲がきらきらと瞳を輝かせながら見つめるなか、前日の曲目を脳裏に反芻はんすうしてみる。
 けっこう難問だ。
 美咲らしさだけで考えるよりも、ほかのメンバーの個性も加味しながら考えた方がいい。
 まず、『Ti Amo』はまず間違いなく瀬川真美の選曲だ。彼女はE〇ILEの大ファンを公言している。
『More』を選んだのはたぶん小林千夏ちかと思われる。彼女はアメリカ人の血を引くクォーターで、オハイオ帰りの帰国子女だ。英会話の達者ぶりは幸太以上で、最新の洋楽にもアンテナを強く張っているに違いない。
 残りは『恋心』と『フラワー』だが、伊東はロックテイストな前者は合わない。後者を選ぶだろう。
「美咲が選んだのは、『恋心』だと思う」
「ファイナルアンサー?」
「……ファイナルアンサー」
「……正解! すごい、どうして分かったの?」
 幸太がほかのメンバーの個性も考慮して推定したことを説明すると、美咲は感心したようだった。限られた情報から正解を導いたことよりも、クラスメイトをよく見ていることに驚いたらしい。
 大人になって視野が広くなると、色んな人の色んな部分が見えてくるものだ。
「けど、美咲のチョイスがちょっと意外。ロックとか好きなんだね」
「私、音楽はなんでも聞くよ。フォークソングだけじゃなくて、クラシックも、ロックも、演歌も、R&Bも。昨日、みんなで一緒にやった曲はどれも好き。楽器もね、サックスじゃなかったら私、エレキギターやってみたかったもん」
 意外、と幸太は言ったが、これは無意識に思い上がっていたかもしれない。考えてみれば、美咲についてはまだ知らないことの方が圧倒的に多いはずなのだ。今の時点で意外、などという言葉を使うべきではなかったかもしれない。
「今日の本番、楽しみにしてるよ。美咲らしく、悔いの残らないように、精一杯に演奏ができるように、俺も祈ってる」
「ありがとう。だんだん緊張してきたけど、コータが見ててくれれば頑張れそう」
 吹奏楽部の発表は、午後4時からだ。文化祭の全プログラムのなかで最終パートに位置づけられている。都内でも強豪で鳴る吹奏楽部のコンサートをもって、文化祭の締めくくりにするということなのだろう。
 最前列右寄りの席を、吹奏楽部が確保してくれていた。
 講堂は、人いきれがするほどの観客でいっぱいだ。これほどの観衆を動員できる吹奏楽部は都内にもそう多くはないだろう。さすがは強豪校、といったところだ。
 拍手とともに、制服姿の部員たちが整然と入場する。サックスの先頭を歩く美咲は、すぐ近くに幸太の姿を発見し、笑顔で軽く手を振った。
 (よかった、リラックスできてる)
 演奏に入ると、美咲はいつもの表情のやわらかさが消え、覇気と言ってもいいのだろうか、強さ、鋭さ、凛々りりしさといったオーラをまとう。すさまじい集中力だ。
 幸太は、ややもすれば呼吸さえ忘れるほどの迫力に気圧けおされながら、全身全霊で吹奏楽らしいきらびやかな音の集合を感じ続けた。
 そして発表会も終盤に近づいた頃、曲の合間に美咲が幸太に視線を送り、唇を動かした。
「私らしく」
 幸太には、彼女がそう言ったように感じられた。
『あなたのすべて』は、クラリネットとオーボエの穏やかな導入から始まった。この文化祭までの期間、幸太はこの曲を繰り返し繰り返し聞いた。美咲は恐らくそのはるか以前から、彼の何倍もこの曲を聴き、愛してきたことだろう。
 美咲は曲の中間とアウトロで、短いがソロを務めた。甘く切ない想いを独白するようなサックスの美しい響きに、幸太は改めて胸がざわめくような感動を覚えた。美咲の奏でる音色が、残響となって耳に残る。愛するひとがつむぎ出したその一音一音を、幸太はそっと、自分の体のなかに永遠に刻みつけ、とどめておきたい思いだった。
 美咲のソロとともに曲が終わり、幸太は真っ先に立ち上がって拍手を送り、何度も指笛を吹いた。
 美咲は涼しげな笑顔を浮かべ、幸太に向かってまた唇と舌を動かしてみせた。
「ありがとう」
 美咲の吹奏楽部員としての活動は事実上、この日をもって終了となる。
 発表会が終わると、秋の日は釣瓶つるべ落としで、空があかね色に色づいている。
 (残りの片づけは、明日まとめてやるか……)
 翌日は月曜日だが、文化祭の撤収作業日になっている。半分以上の生徒にとっては休日だが、幸太は無論、出勤だ。
 カフェの営業終了を見届け、教室にカギをかけて帰ろうとすると、正門前で美咲が待っていた。
「美咲……もしかして、俺のこと待ってたの?」
「うん、今日はどうしても……コータと一緒に帰りたくて」
「連絡くれたら、どこかで座って待っててもらったのに。美咲、疲れてるでしょ」
「ううん、待ちたかったの。コータ……」
「ん?」
「好き……」
 幸太は息が止まり、まばたきを二度ほどした。
 薄暗い夕闇の下で、美咲の瞳がまっすぐ幸太を見つめている。
 幸太が反応する前、美咲は照れくささを隠すように微笑んだ。
「言えちゃった。言いたいのに、言えなかったこと」
「美咲、ありがとう。うれしいよ。俺も美咲のことが好き。たぶん美咲が想像してるよりも、ずっとずっと、何倍も、美咲のことが好きだよ」
「……うん、ありがとう。コータはいつも、そうやって言葉にして伝えてくれる」
「大切に想ってるからね」
 ふたりはやわらかく、それでいて目の前のひとに対する確かな情愛に満ちた笑顔を交わした。
 その想いのまま、幸太はごく自然と、左手を差し出していた。
「一緒に帰ろう、美咲」
 少しの迷いがあったが、それは長くも、また深刻でもなかった。
 人肌のぬくもりと、絹のようななめらかな質感、豊かなうるおいを持った手が、幸太の掌に触れた。
 いとおしいひとの、美しい手。
 幸太が、彼の人生を通して、守ってゆかねばならない手だ。
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