Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

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第14話 夢の続き

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 尾羽おは打ち枯らして寮へと戻った俺のスマホに、愛凛からメッセージが届いた。

『みーちゃ、大丈夫?』
『いや、なんかダメかも』
『落ち込むよね。すぐに気持ち入れ換えるの難しいと思うけど、あすあすの前ではあんまり暗い顔しないようにね』

 (あいつ、こんなに優しいとこあんだな)

 俺は妙に感心したが、今はその優しさが胸にしみた。と同時に、いつもは俺に手厳しい愛凛がこのような態度に出るほどに、俺はとんでもない大失態を犯してしまったのだと改めて痛感した。

 3日間の疲労がたまっていたこともあって、俺はひどく憔悴しょうすいしていたが、その日は夜中まで寝つけなかった。俺はこのまま鬱になって、不登校になって、落第らくだいして、子ども部屋おじさんになって、木内さんどころか誰とも付き合うことなく、暗い生涯を終えるのかもしれないなぁ。

 翌朝、食堂に出ると、同じ班の女子メンバーがたまっている。

「おはよう」

 真っ先に、木内さんが俺の目を見て明るい声をかけてくれた。
 いつもの、やわらかい笑顔。

 昨夜のこと、愛凛がフォローしてくれたのだろうか。

「あ、おはよう……」
「昨日の肝試し、楽しかったね」
「うん……あぁ、いや、昨日はごめんなさい。ビビり散らかしちゃってさ」
「ううん、誰でも苦手なことはあるよね」

 優しい、優しいなぁ。

 俺は情けなさと悔しさとうれしさで、思わず泣きそうになった。
 昨日のことはもう取り返しはつかないかもしれない。
 愛凛は、チャンスはもう二度とはないと思え、と言っていたが。

 でも、もう一度、チャンスがあれば。

 朝食のあとは、もうこの蓼科たてしなでの予定はない。クラス全員でバスに乗り込んで、東京駅で解散となる。
 班のメンバーとバス乗り場で別れ、傷心の俺はひとり、とぼとぼと家路にいた。

 次の日、愛凛がまた遊びに来た。

「みーちゃ、おつおつ!」
「今日もゲームする?」
「うん、また教えてよ。今日は優勝するまで帰らないから」
「……何日も帰れなくなるよ」

 俺たちは夏休みだが、世間は平日なので、父親は仕事、母親はパート、4つ年の離れた兄は一人暮らしをしているから、この日も在宅しているのは俺だけだ。
 愛凛はもう、勝手知ったる他人の家とばかり、案内もなしに俺の部屋へ上がり込む。

「うわ、すっずしー!」
「自転車だと15分くらい? 暑いよね」
「そうそ。遊ぶ前に休ませて」

 ベッドにごろんと大の字になって、存分に冷風を浴びている。
 夏らしく、白のTシャツにデニムのショーパンという姿だが、外は快晴でよほど暑かったか、全身に玉のような汗が浮かんでいる。

 俺の布団に汗がしたたり落ちるだろう。もっとやれ、お前の汗ジミとにおいを残していけ。

「で、さっそくだけどおとといの話、聞かせてよ」
「木内さんから、色々聞いたんじゃないの?」
「うん、ちょこっと聞いたよ。でもみーちゃの報告と感想も聞かないとね」

 はぁ、と小さなため息をついてから、俺はもう思い出したくもないその出来事について、細かく愛凛に共有した。

 話しながら、俺は知らず知らずのうち、愛凛に丸裸にされつつあることに気づいた。いつの間にか木内さんとのことについて、アドバイザー兼コーディネーターのような働きをしているし、それ以外のことも、最近では彼女に多くのプライベートなことを話している。
 男友達だとかえって見栄みえが邪魔をしがちで、弱みや秘密を明かしにくいこともあるが、彼女はごくごく自然と俺の上に立っている分、勢いに押されてついなんでも話してしまう。

 一部始終を聞き取ってから、愛凛はようやく起き上がり、ベッドの上で片膝を立てて、いかにも気の毒そうに共感を示した。

「そう、みーちゃもつらかったでしょ。肝試し怖がって、ペースが狂ったら、手をつないだり告白するどころじゃないもんね」
「……俺のこと、バカにしないの?」
「友達がつらい思いをしているときに笑ったりしないでしょ。みーちゃは、私が失敗してくよくよしてたら、それ見て笑うの?」
「……いや」
「じゃあ、どうする?」
「……そばにいて、励ましたいと思うかな。大丈夫だよ、どうってことないよって」
「そうでしょ。私も同じ気持ちだよ」

 愛凛のその言葉を聞いて、俺はついに抑えつけていた気持ちのタガが外れてしまったようだった。

「……みーちゃ、泣いてる?」
「かも」
「ほら、こっち来な」

 ベッドの上で、ともにちょこんとあぐらで座ると、愛凛は笑いもせず、責めもせず、珍しくしんみりとした穏やかな口調で話を続けた。

「泣いちゃうくらい、心残りで悔しいの?」
「うん、たぶんそう」
「そんなに、あすあすのこと好き?」
「よく、分からない。もともと、俺なんかには縁がないっていうか、手の届くはずのない人だから。ただ、蓼科で同じ班になって、色々話せたり、かくれんぼで二人きりになれたり、キャンプファイヤーで手をつないだり、舞い上がってたと思う。もしかしたらって思ったけど、やっぱり俺には高嶺たかねの花だったよ」
「過去形で言うの? もう、あきらめてるの?」
「…………」
「あきらめるには、少し早いんじゃないかなぁ」
「そうかな……」
「私に言わせたら、みーちゃはまだあきらめられるだけのことをしてないよ」
「あきらめられるだけのこと……」
「あすあすの気持ちだよ。みーちゃはあすあすの気持ち、聞いた?」
「いや」
「あすあすに彼氏がいるのか、好きな人がいるか、本人に聞いた?」
「いや……」
「どんな人が好きなのか、みーちゃのことをどう思ってるのか、あすあすのなにを知ってる?」
「……なにも知らない」
「あきらめる理由、ないんじゃない? 自分が傷つきたくなくて、恥をかきたくなくて、楽をしたくてあきらめようって思ってない?」

 俺は、何も言い返せなかった。

 愛凛の言葉はすべて的確だった。すべて真実だった。
 見えていなかった世界が、にわかに目の前に広がった気がした。
 そうだ、俺はまだなにも知らないし、なにもしていないんだ。可能性が高いとは思えないが、かといってあきらめるべき状況でもない。

 俺、バカだな。なにを分かった気になってたんだ。

「ありがとう。俺、もうちょっと夢見てみる。悪あがきしてみる」
「うん、そうしな」
「でもさ、この前みたいなチャンス、またあるかな」
「チャンスなんて、つくればいいじゃん」

 あぁ、やっぱりお前は男前だな。
 俺の知ってるどの男友達よりも、男前だ。

「まぁ、私に任せておきなよ。ちゃんとアシストするから」
「ありがとう。恩に着るよ」

 俺はもう、愛凛にそれこそ全幅ぜんぷくと言っていいほどの信頼を寄せるようになっていた。特に今回の蓼科では、愛凛の支援がなければそもそも木内さんと班を組むことも、二人きりで話すこともできなかったに違いない。

「その代わり、条件が二つね」
「うん、なに?」
「一つは、自分磨き。みーちゃ、自分のことをモテないダサ男くんだと思ってるみたいだし、実際そうなのかもしれないけど、相手が相手なんだから、ありのままの自分で勝負して勝てるなんて思ったらダメだよ。この夏休み期間、しっかり自分を見つめ直して、鍛え上げて、自信をつけること。どうしていいか分からなくなったら、私に相談する。いい?」
「わ、分かった。必ずそうする」
「それと、みーちゃのお世話をする見返りに、なにかゴチしてね」
「うん、約束する……!」
「よしよし、おりこうさん」

 愛凛はまるで、犬にそうするように、俺の頭をなでた。

 確かに俺と彼女の関係は、それこそ犬とご主人さまのようになりつつある。
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