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雨足が強くなって道が悪くなったため、国境の街に辿り着いたのはだいぶ夜も更けた頃だった。
雨で視界が悪い中、目指す宿には煌々と灯りがともっておりすぐに見つけることが出来た。
「酷い雨だったわね。さあレミーエ、早く湯浴みをなさい。そのままでは風邪をひくわ」
レストランになっている一階を抜けて部屋に行き着くと、お母様に命じられたメイドがバスタブにお湯を張ってくれる。
馬車を引き上げた時に泥を被ったせいで身体中がカピカピして気持ち悪かったため、ありがたく先に入らせてもらう。
ドロドロの服を洗濯してもらうためにメイドに渡しているとき、昨日刺したハンカチーフが無いことに気付いた。
あの粗野な男……エリオットに渡したままにしてしまったのだ。
思い入れのある図柄だっただけに残念だが、刺繍を刺す時間はまだいくらでもある。
幸いデザインした時の下絵が残っているのでまた同じものを作ろうと思った。
あの図柄はお兄様が描いた絵をもとにしている。
完成したらお兄様に送ろうと思っていたのだ。
私は気を取り直して、雨と泥で汚れた髪を念入りにすすいだ。
湯浴みを終えて乾かしているうち、髪はすぐに元の縦巻きロールに戻る。
その後、お母様とともに一階に降りてレストランに向かった。
疲れ果てているため平易なワンピースを着て、髪も適当にまとめている。
馬車で旅するうち、私は次第にコルセットをつけなくなっていた。
なにせ馬車に乗っている時間が長いため、コルセットで締め付けていると気分が悪くなってしまうのだ。
淑女たる者としてコルセットを外すことには抵抗があったが、どうせずっと馬車に乗っているため誰かに会うことも無い。
それでも常にコルセットを締め、淑女たる気品を忘れないお母様は素晴らしいと思うが、私にはできそうにない。
綺麗に身なりを整えたお母様は、私の格好をみて少し眉をしかめたが、何もおっしゃらなかった。
もう遅い時間だからか、レストランの客はあまり多くなく、食後のワインを楽しんでいる者がほとんどだった。
しかし奥の方の席に客がいるのか、騒がしい男女の声が聞こえてくる。
遠いため何を言っているのかはわからないが、カン高く耳につく女性の声になんとなく聞き覚えがあるような気がした。
だがこんな王都から遠く離れた街に知り合いがいるはずもないため、気のせいだろう。
夕食を注文すると、温かいシチューや新鮮な野菜を使ったサラダ、白身魚をムニエルにしたものが運ばれてきた。
公爵家にいたときとは違う、注文したものがいっぺんに運ばれてくるこうした食事の仕方にももう慣れた。
最初こそ戸惑ったが、順番を気にせず自分の好きに食べられるというのはなかなかいいものだった。
シチューはほかほかと白い湯気を立てていて、少し肌寒くなってきたこの季節に丁度いい。
じゃがいもの代わりにさつま芋がはいっていたが、甘みがアクセントになって味わいを深くしている。
この辺りには湖があるらしく、そこで採れたという貝の味がしっかり効いていてとても美味しい。
白身魚も新鮮なためか臭みもなく、香草の香りが食欲をそそる。
料理を堪能していると、入り口のほうが騒がしくなり、何人かの男達が入ってきた。
「ここが最後の宿だぞ、エリオット」
「まさか見落としてはいないと思うが、暗くて顔もよく見えなかったからな」
エリオット!
あの馬車の男だ。
まさか、私を探しているのだろうか。
ハンカチーフを返してもらおうかと声のする方に顔を向けると、エリオットらしき男と目が合った。
男は長身の美丈夫で、撫でつけた赤銅色の髪は少し乱れている。
彼の瞳の青の深さに魅入られたように、私達はしばし見つめあった。
だがその目はふいと逸らされた。
私を探しているのではないのかしら。
それとも、あのエリオットとは違う人?
あの時は暗かったため、顔がよく見えなかった。
声は似ていると思うのだが、確信が持てずに声をかけるのを躊躇ってしまう。
「私はエリオット・セシル。セシル商会の者だ。先ほどお世話になったご令嬢を探している。心当たりのある者はいないか」
声をかけるかどうか迷っているうちに、エリオットがレストランにいる客に大声で問いかけた。
やはり、先ほどのエリオットと同一人物だろう。
私が立ち上がろうとしたが、エリオットの呼びかけはまだ続いていた。
「ご令嬢はストレートの長い金髪で、隣国アルトリアの高貴な家にゆかりがあると思われる。情報があれば教えて欲しい」
私の事だと思う。
しかし彼の言葉のストレートの髪、という部分が引っかかる。
その時、騒がしかった店の奥の席から一人の少女が進み出た。
さらりと揺れる真っ直ぐな長い金の髪。
髪に隠れて顔は見えないが、随分煽情的な服を着ている。
肩も背中も丸出しだ。
酔っているのか、足元は頼りなげだった。
彼女が私の座っている席の横を通り過ぎる時、髪に隠れていた顔が目に入った。
……アンジェ…………!
私は驚愕に目を見開いた。
なぜ彼女がここにいるのだろう。
国外追放されてはずだが、ルメリカだったのか。
ここは国境の街。
丁度国境の真上にあるため、両国の間の中立地帯ともいえる。
アルトリア国内に立ち入った訳ではないので、彼女がいても不思議ではない。
アンジェはエリオットの前まで進み出ると、
誘惑するように微笑んだ。
「お探しの令嬢は私ですわ。私、先ほどは明かしませんでしたがアルトリアの高貴な身分の者ですの」
アンジェは婉然と笑うと、エリオットの腕にしなだれかかった。
雨で視界が悪い中、目指す宿には煌々と灯りがともっておりすぐに見つけることが出来た。
「酷い雨だったわね。さあレミーエ、早く湯浴みをなさい。そのままでは風邪をひくわ」
レストランになっている一階を抜けて部屋に行き着くと、お母様に命じられたメイドがバスタブにお湯を張ってくれる。
馬車を引き上げた時に泥を被ったせいで身体中がカピカピして気持ち悪かったため、ありがたく先に入らせてもらう。
ドロドロの服を洗濯してもらうためにメイドに渡しているとき、昨日刺したハンカチーフが無いことに気付いた。
あの粗野な男……エリオットに渡したままにしてしまったのだ。
思い入れのある図柄だっただけに残念だが、刺繍を刺す時間はまだいくらでもある。
幸いデザインした時の下絵が残っているのでまた同じものを作ろうと思った。
あの図柄はお兄様が描いた絵をもとにしている。
完成したらお兄様に送ろうと思っていたのだ。
私は気を取り直して、雨と泥で汚れた髪を念入りにすすいだ。
湯浴みを終えて乾かしているうち、髪はすぐに元の縦巻きロールに戻る。
その後、お母様とともに一階に降りてレストランに向かった。
疲れ果てているため平易なワンピースを着て、髪も適当にまとめている。
馬車で旅するうち、私は次第にコルセットをつけなくなっていた。
なにせ馬車に乗っている時間が長いため、コルセットで締め付けていると気分が悪くなってしまうのだ。
淑女たる者としてコルセットを外すことには抵抗があったが、どうせずっと馬車に乗っているため誰かに会うことも無い。
それでも常にコルセットを締め、淑女たる気品を忘れないお母様は素晴らしいと思うが、私にはできそうにない。
綺麗に身なりを整えたお母様は、私の格好をみて少し眉をしかめたが、何もおっしゃらなかった。
もう遅い時間だからか、レストランの客はあまり多くなく、食後のワインを楽しんでいる者がほとんどだった。
しかし奥の方の席に客がいるのか、騒がしい男女の声が聞こえてくる。
遠いため何を言っているのかはわからないが、カン高く耳につく女性の声になんとなく聞き覚えがあるような気がした。
だがこんな王都から遠く離れた街に知り合いがいるはずもないため、気のせいだろう。
夕食を注文すると、温かいシチューや新鮮な野菜を使ったサラダ、白身魚をムニエルにしたものが運ばれてきた。
公爵家にいたときとは違う、注文したものがいっぺんに運ばれてくるこうした食事の仕方にももう慣れた。
最初こそ戸惑ったが、順番を気にせず自分の好きに食べられるというのはなかなかいいものだった。
シチューはほかほかと白い湯気を立てていて、少し肌寒くなってきたこの季節に丁度いい。
じゃがいもの代わりにさつま芋がはいっていたが、甘みがアクセントになって味わいを深くしている。
この辺りには湖があるらしく、そこで採れたという貝の味がしっかり効いていてとても美味しい。
白身魚も新鮮なためか臭みもなく、香草の香りが食欲をそそる。
料理を堪能していると、入り口のほうが騒がしくなり、何人かの男達が入ってきた。
「ここが最後の宿だぞ、エリオット」
「まさか見落としてはいないと思うが、暗くて顔もよく見えなかったからな」
エリオット!
あの馬車の男だ。
まさか、私を探しているのだろうか。
ハンカチーフを返してもらおうかと声のする方に顔を向けると、エリオットらしき男と目が合った。
男は長身の美丈夫で、撫でつけた赤銅色の髪は少し乱れている。
彼の瞳の青の深さに魅入られたように、私達はしばし見つめあった。
だがその目はふいと逸らされた。
私を探しているのではないのかしら。
それとも、あのエリオットとは違う人?
あの時は暗かったため、顔がよく見えなかった。
声は似ていると思うのだが、確信が持てずに声をかけるのを躊躇ってしまう。
「私はエリオット・セシル。セシル商会の者だ。先ほどお世話になったご令嬢を探している。心当たりのある者はいないか」
声をかけるかどうか迷っているうちに、エリオットがレストランにいる客に大声で問いかけた。
やはり、先ほどのエリオットと同一人物だろう。
私が立ち上がろうとしたが、エリオットの呼びかけはまだ続いていた。
「ご令嬢はストレートの長い金髪で、隣国アルトリアの高貴な家にゆかりがあると思われる。情報があれば教えて欲しい」
私の事だと思う。
しかし彼の言葉のストレートの髪、という部分が引っかかる。
その時、騒がしかった店の奥の席から一人の少女が進み出た。
さらりと揺れる真っ直ぐな長い金の髪。
髪に隠れて顔は見えないが、随分煽情的な服を着ている。
肩も背中も丸出しだ。
酔っているのか、足元は頼りなげだった。
彼女が私の座っている席の横を通り過ぎる時、髪に隠れていた顔が目に入った。
……アンジェ…………!
私は驚愕に目を見開いた。
なぜ彼女がここにいるのだろう。
国外追放されてはずだが、ルメリカだったのか。
ここは国境の街。
丁度国境の真上にあるため、両国の間の中立地帯ともいえる。
アルトリア国内に立ち入った訳ではないので、彼女がいても不思議ではない。
アンジェはエリオットの前まで進み出ると、
誘惑するように微笑んだ。
「お探しの令嬢は私ですわ。私、先ほどは明かしませんでしたがアルトリアの高貴な身分の者ですの」
アンジェは婉然と笑うと、エリオットの腕にしなだれかかった。
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