悪役令嬢レミーエ様のその後

ぽんきち

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どれくらい彼女を抱き締めていただろうか。
次第にアンジェの嗚咽はおさまり、痙攣するかのような震えも落ち着いてきた。

「レミーエ様、もう、大丈夫です。すみませんでした」

アンジェは恥ずかしそうに、はにかむように笑いながら涙に濡れた顔をあげた。
真っ赤な目が痛々しく、私は彼女の背をもう一度きつく抱いた。

「……あなたはひとりじゃないわ。これからは私がいる。私とお友達になってくれるかしら」

「レミーエ様……」

アンジェの瞳から、止まったはずの涙が再びこぼれた。
彼女の空色の瞳がいっそう美しく輝き、ふにゃりと表情が崩れる。

「はいっ……はい!お友達……お友達なんですね」

サラリとした髪を撫でると気持ちよさそうに猫のように目を細めるので、私にも笑みが浮かんだ。

「ふふ、可愛い」

「そ、そんな。レミーエ様こそ本当にお美しいです!それに優しい……お母さんみたい」

お母さんはこんなに美人じゃなかったけど、とアンジェは呟いた。

「あら、こんなに大きな娘を産んだ覚えはなくってよ?」

「あはは!同い年ですものね!」

私が悪戯っぽくメッと指を振ると、アンジェは鈴を転がすようような綺麗な声で笑った。
私達はそれからしばらく、たわいもない話をして笑い合った。


「レミーエ、お兄様がいらっしゃいました。入ってもよろしくて?」

二人で寄り添って話していると、ノックとともにお母様の声が響いた。

お兄様が?
こんな遠くまで、どうしたのかしら。

「は、はい!いま開けます!」

私は慌てて扉を開けに行こうとしたが、足に微かな痛みが走って顔をしかめる。

「レミーエ様!私が開けますので、お座りになっていて下さい!」

アンジェは私をソファに座らせると、すぐに扉に向かいドアを開いた。

「レミーエ!」

アンジェが鍵を開けると、ドアが開くのを待ちきれないように体で扉を押し退けてお兄様が室内に滑り込んできた。
お兄様はそのままソファに座る私の足元に跪くと、私の手を握り締める。

「レミーエ、怪我の具合はどうなんだい?君が大怪我をして寝たきりだと知らせを受けて……」

「お、お兄様。ええ、怪我のせいか少し熱が出てしまいまして。怪我した膝はすこし痛むくらいになったから、もう大丈夫ですのよ」

お兄様は真っ青だった顔に安堵の色を浮かべ、髪の先から水滴をしたたらせながら大きく吐息を落とした。

「良かった……生きた心地がしなかったよ」

こんなに慌てているお兄様を見るのは初めてだ。
お兄様は冷静で、穏やかにいつも笑っているような方なのだ。
お兄様の履いている立派なブーツは泥で汚れ、羽織っているマントもずぶ濡れだ。

……こんなに乱れた格好のお兄様も初めてみたわ。

「お兄様、お風邪を召されますわ。湯浴みをなさってください。アンジェ、お願いしていいかしら」

「はい、レミーエ様!湯殿の用意を整えますので、こちらでお待ち下さい」

アンジェはすでにお湯を頼んでくれていたらしく、湯殿のほうからばたばたと音が聞こえてくる。
彼女はすぐに温かいお茶を私達の前に置いてくれた。

「アンジェ……?え?本当にアンジェかい?どうしてここに……」

お兄様がアンジェを見て少し眉をしかめるのを、私はお兄様の手を握るようにして制した。

「彼女とは偶然にこの街で出会ったの。とても良くしてくれているわ。……私達、お友達になったのよ」

「お友達……」

お兄様はまだ納得しかねるといった顔をしていたが、隣に腰掛けたお母様がなにも言わないのを見て、詳細を聞くのはひとまず先送りにすることにしたようだった。

「それよりお兄様、随分遠かったでしょう?私なら大丈夫でしたのに」

アルメニアからここまで馬車で一週間はかかる。だが私が怪我をしてから二週間もたっていない。
ここまで来るのにかなり無理をしたのでは無いだろうか。

「エリオット殿下からお話を伺って、馬を飛ばして来たからね。多少の無理はしたがさほどではないよ」

「馬で……大変でしたでしょうに……え?」

ちょっと待って。
なにかおかしな単語を聞いた気がするわ。

「お兄様、もう一度言って下さいます?」

お兄様はぱちくりしながら口を開く。

「多少の無理はしたがさほどではないよ?心配しなくても……」

「そこじゃなくって!」

もどかしくなって、手に持っていたカップをソーサーに置いた時、私が渇望していた声が聞こえた。

「レミーエ、待たせてすまなかった。もう大丈夫だ」

「エリオット殿下!」

お兄様がまたおかしな単語を発したが、私はエリオットの姿に釘付けになっていた。
扉からのっそりとエリオットが姿をあらわした。
エリオットはお兄様と同じくマントを濡らし、泥だらけで。
精悍な顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。

「エリオット!」

私は思わず立ち上がったが、当然のごとく走った痛みでふらついた。
それを走り込んだエリオットがガッチリと支えてくれる。

「レミーエ!無理をしてはいけない。もう大丈夫だから、俺のお姫様」

至近距離で囁かれる甘い言葉に頭が真っ白になる。
お兄様とお母様の視線が痛い。

「だ、大丈夫って、なにが……」

目を白黒させる私に、エリオットは満面の笑みで言い放った。

「俺が責任をとるから安心しろ。レミーエの兄上もお連れしたし、これで無事に結婚できるな!」

「え、ええええええ?!」

「まあ!」

「はは……」

エリオットにガッチリと抱き締められたまま、私は混乱の極みに達し、情けない悲鳴をあげたのだった。
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