短編集

Rentyth

文字の大きさ
37 / 50

三十七、隧道

しおりを挟む
どこで間違えたのだろうか。

先程から走っているトンネルの中には、時間の感覚を忘れるような明るいライトが延々と続いている。
壁を覆う白い板は、いつの間にか、新旧入り混じっているようで、グレーのモザイクを見ているようだった。

近道を、しようと思ったのだ。
渋滞に続く渋滞。終わらない車の列を、抜け出し、皆が気づいていないような細い路地に入った。
元来、地図というものが苦手で昨今流行のカーナビなんぞは乗せていない。
方位磁針を片手に目的地を目指すのが得意だったため、今回も、愛用の小さな方位磁針を覗き込みながら入り組んだ道を進んだ。…恐らく、それが悪かったのだろう。

入り口は、さながら高速道路のトンネルのようだった。前後に車はなく、ありきたりなトンネルの中を淡々と進んでいた。目的地は、山を一つ超えるはずだったので、長いトンネルを通ってもおかしくない。そう、思っていた。

おかしい

そう感じたのはついさっきだ。
うねる道はいくら走っても出口が見えず、そらに加えて、対向車もない。同じ車線上にももちろん車は見当たらない。

引き返そうか…

不安にかられ、一瞬、弱気な考えが頭をよぎる。しかし、今まで走ってきた時間を思うと、そうアッサリと引き返せなかった。あと少し。あと少しで、きっと出口が見える。

…そう思いながら走って、もう何十分になるだろう。車内の時計と、ガソリンのメーターだけが時間の経過を報せていた。

とうとう、車を止めた。

脇に寄せ、エンジンを切って、頭を抱える。何がどうなっているのやら。
さんざん迷った挙句、渋々車を降りた。
長いトンネルには必ず設置されている、非常電話。幸い、今まで使ったことはないが、まさかこんな場面で使うとは思っても見なかった。
自分がどこのトンネルにいるかわからないなんて、恥ずかしいにも程がある。が、電波も圏外となっている今、背に腹は変えられなかった。

受話器をとり、応答をまつ。
すぐに、男性の声がした。
状況を説明しようと口を開く前に、電話口の相手が囁くように告げる。

『今すぐ引き返してください。』

まるで此方の状況がわかっているように、また、何か秘密でも漏らすように密やかな声で、流暢に言葉を並べる。

『サイドミラーをたたんで、バックミラーは何かで覆ってください。ターンして、急いで戻って。それから、他の車を見るまでは後ろを絶対に見ないように。』

かえれなくなります

そう囁いてから、彼はすぐに『あ、悪戯電話でしたー』と受話器から離れたところで声を張っていた。
騙されているような気がしたが、脳裏にこびりついている嫌な予感から、指示通りに車をターンさせる。
車線を変えた途端、ゾワリと、首筋に鳥肌が立った。
純粋な恐怖から、アクセルを踏む足に力がこもる。前だけを見て、しっかりとハンドルを握る。
時折後ろから視線を感じたが、全て無視してアクセルを踏み続けた。

入ってきた入り口までは、異常に早く着いた。多少安堵し、車の速度を落とす。
まだ、油断はできない。
逃れたはずの渋滞の列に大人しく加わり、漸く一息ついた。
急いで、サイドミラーとバックミラーを復活させる。てっきり、手形でもついているかと思ったが、どうやらホラーの見すぎだったようで、なんの変哲もない景色に胸をなでおろした。

後日、渋々乗せたカーナビとやらで、あのトンネルを調べたが、どうにも出てこなかった。しかし、喉元すぎればなんとやらで、今更になって気になるのだ。もし、走り続けてい隧道、もし、振り返っていたら…。

何が、あったのだろうか、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...