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四十四、珈琲
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ガリガリと豆を挽き、セッティングしたものに細く湯を注げば、独特の香りが部屋に満ちた。
まだ街も起きていない早朝。早起きをしなければならない苦はあるものの、天秤にかけるまでもなくこの静かな時間に満足していた。
植物の果肉を捨て、取り出した種を色が変わるまで焦がし、粉々に砕いたものにお湯を通したもの。…と言うと、どんなサバイバル料理かと思われるだろうが、なんのことはない。ただの一般的な飲み物である。言い方って大事だ。
ポタポタと落ちる深い色をじっと見つめる。今日の豆は少し奮発したものだった。遠くから海を渡ってきたのかと思うと、なんだか感慨深い。
淹れ終わったサーバーとカップ持ってソファに向かう。この香り一つでいつもの部屋と違って感じられるのだから、不思議なもんだ。
ソファに深く座って、カップになみなみと熱い液体を注ぎ入れる。目を閉じて深く息を吸い込めば香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
さて、飲もうと目を開ける。虎がいる。
…え?
あまりのことにその場で固まった。
脳内の何処か冷静な部分が現在の状況を整理し始める。
ローテーブルの向こうに虎が鎮座している。
まだ子供なのだろうか、そこまで大きくはない。体長は一メートルといったところだろうか。少し暗い、黄みがかった赤褐色の毛皮には幅広のあの虎模様が朝日に照らされて艷やかに光る。…ちょっと可愛いな。そう思ったが、大きな欠伸をすれば、紛うことない大きな牙。まさか現代日本で虎に喰われる可能性が転がっているとは思わなかった。
下手に動くこともできず、カップを持ったまま固まっていると、業を煮やしたように虎が動いた。ローテーブルに身体を擦り付けながらぐるりと周りこちらに来る。サーバーの中で波紋が生まれた事により、幻覚ではないようだと現状マイナスにしかならない事実を確認する。
この淹れたての熱い液体をかければ怯むだろうか。いやしかし、激昂されれば確実に喰われる。
嫌な汗がにじみ出るのを感じながら、やはり動けず運を天に任せる。とうとう足元に来た。
コロリと虎が足元に転がった。
柔らかそうな腹を見せながら脛に擦り寄ってくる。まるで大きな猫だ。
なんだか危険性があまりなさそうに見えたのに加え、好奇心が背中を押した。
猫をあやすように柔らかい毛を撫ぜると、猫科特有の目がキュッと細まった。噛みつく様子がなかったため、暫く続けていると、あろうことか寝息を立て始める。一体何なんだ。
とにかく落ち着こうと少しぬるくなってしまったものを味わう。苦味と深いコクの後には個性的な後味が残る。大体なんで虎なんかいるのかわからないが、まぁ、無事だったので原因の追及はまた今度にしよう。
一杯飲み終えても虎が起きる気配はない。その柔らかい身体が触れている箇所はなんだかあったかい。規則的な呼吸音が耳に心地良い。起こさないように細心の注意を払いながらそっと、二杯目を注ぐ。空になったサーバーには匂いだけが満ちている。
自分でも驚くほどで穏やかな時間が流れる。
二杯目をゆっくり楽しんだ後、ふと足元を見ると、何もいない。
いつのまに、何処にと辺りを見回すが、残っているのは温かな体温の名残と赤褐色の細い毛のみだった。
首を捻りながら流しに向かう。しまい忘れていた豆の袋に気づき、香りがとんでしまわないように急いでしまう。
銀の字で『マンデリン』と書かれたパッケージがチラリと光った。
まだ街も起きていない早朝。早起きをしなければならない苦はあるものの、天秤にかけるまでもなくこの静かな時間に満足していた。
植物の果肉を捨て、取り出した種を色が変わるまで焦がし、粉々に砕いたものにお湯を通したもの。…と言うと、どんなサバイバル料理かと思われるだろうが、なんのことはない。ただの一般的な飲み物である。言い方って大事だ。
ポタポタと落ちる深い色をじっと見つめる。今日の豆は少し奮発したものだった。遠くから海を渡ってきたのかと思うと、なんだか感慨深い。
淹れ終わったサーバーとカップ持ってソファに向かう。この香り一つでいつもの部屋と違って感じられるのだから、不思議なもんだ。
ソファに深く座って、カップになみなみと熱い液体を注ぎ入れる。目を閉じて深く息を吸い込めば香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
さて、飲もうと目を開ける。虎がいる。
…え?
あまりのことにその場で固まった。
脳内の何処か冷静な部分が現在の状況を整理し始める。
ローテーブルの向こうに虎が鎮座している。
まだ子供なのだろうか、そこまで大きくはない。体長は一メートルといったところだろうか。少し暗い、黄みがかった赤褐色の毛皮には幅広のあの虎模様が朝日に照らされて艷やかに光る。…ちょっと可愛いな。そう思ったが、大きな欠伸をすれば、紛うことない大きな牙。まさか現代日本で虎に喰われる可能性が転がっているとは思わなかった。
下手に動くこともできず、カップを持ったまま固まっていると、業を煮やしたように虎が動いた。ローテーブルに身体を擦り付けながらぐるりと周りこちらに来る。サーバーの中で波紋が生まれた事により、幻覚ではないようだと現状マイナスにしかならない事実を確認する。
この淹れたての熱い液体をかければ怯むだろうか。いやしかし、激昂されれば確実に喰われる。
嫌な汗がにじみ出るのを感じながら、やはり動けず運を天に任せる。とうとう足元に来た。
コロリと虎が足元に転がった。
柔らかそうな腹を見せながら脛に擦り寄ってくる。まるで大きな猫だ。
なんだか危険性があまりなさそうに見えたのに加え、好奇心が背中を押した。
猫をあやすように柔らかい毛を撫ぜると、猫科特有の目がキュッと細まった。噛みつく様子がなかったため、暫く続けていると、あろうことか寝息を立て始める。一体何なんだ。
とにかく落ち着こうと少しぬるくなってしまったものを味わう。苦味と深いコクの後には個性的な後味が残る。大体なんで虎なんかいるのかわからないが、まぁ、無事だったので原因の追及はまた今度にしよう。
一杯飲み終えても虎が起きる気配はない。その柔らかい身体が触れている箇所はなんだかあったかい。規則的な呼吸音が耳に心地良い。起こさないように細心の注意を払いながらそっと、二杯目を注ぐ。空になったサーバーには匂いだけが満ちている。
自分でも驚くほどで穏やかな時間が流れる。
二杯目をゆっくり楽しんだ後、ふと足元を見ると、何もいない。
いつのまに、何処にと辺りを見回すが、残っているのは温かな体温の名残と赤褐色の細い毛のみだった。
首を捻りながら流しに向かう。しまい忘れていた豆の袋に気づき、香りがとんでしまわないように急いでしまう。
銀の字で『マンデリン』と書かれたパッケージがチラリと光った。
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