短編集

Rentyth

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四十五、桜花

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桜の下には死体が埋まっている。

そう言い出したのは一体誰なのだろうか。そんなくだらないことを考えながら、蕾が膨らみ始めたばかりの、まだ色彩の少ない桜並木を歩く。
つい先日受けた健康診断の結果は、隠しきれなかった運動不足を如実に表しており、溜息をつきながらも背に腹はかえられぬと毎晩徒歩で帰宅することとなったのだ。最初は渋々だったが、春の兆しが見えれば、まぁ、あながち満更でもない。周囲に目を配りながら歩を進めていると、目の端が小さな違和感を捉えた。
立ち止まり、そちらを向くと、街灯に照らされた、ここら一帯の主かというほど大きな桜の木。今までなぜ気づかなかったのだろうか。落ち葉の上で、立派な枝をこれでもかというほど伸ばし、これが満開になればさぞや綺麗だろうというのは想像に難くなかった。しかしながら、である。

(…おや…?)

蕾が見当たらない。暖かくなればフワリと綻ぶはずの、あの小さな突起が一つも見当たらない。
よもや死んでしまっているのではないか。いや、それにしては枝ぶりが立派過ぎる。
首をかしげながら、一歩、二歩とその大きな幹に近づく。パキリと足元で小枝の折れる音がする。頭上に迫る枝はやはり何もついておらず、自分の見間違えではないことを確認できた。

これが、かの有名な立ち枯れと言われるものなのだろうか。

周りの草木が春支度をしているためか、大きな桜だけ時が止まっているようにシンとしている。こんなに立派な木なのだ。後ろ髪惹かれる思いはあるが、もし立ち枯れしているならば、何かの拍子に人を巻き込んで倒れる、なんてことが起こる前に撤去しなければならないだろう。

歩を進め、一抱えも二抱えもありそうな幹の前に立つ。人が一人入ってもまだ余裕がありそうな程太いソレには、長い年月の間についたものだろうか、大きな裂け目があった。雷か、台風か。自然災害の多いこの国では珍しいことではない。
蕾のつかない原因かと思い、覗き込み、咄嗟に数歩後ずさった。

見られた。

映像として確認したわけではない。
しかし、確実に視線を感じた。急激に周囲の温度が下がっていく。夜だからという理由ではないのは一目瞭然だった。全身に鳥肌が立つのがわかる。

『     』

幹の中のソレが笑う。
声も、音も無く、表情が見えるわけでもない。
ただ、確実に『わらった』。
震える脚がもつれ、積もった落ち葉の上に尻もちをつく。…嗚呼、違う。

蛙が潰れたような、鶏がくびり殺される時のような奇怪な悲鳴が口から漏れる。
今まで落ち葉だと思っていたソレは、

無数の虫の死骸だった。

立ち上がろうと藻掻く程に体の下でパキポキと乾いた脚の折れる音が響く。前が滲んでくるのは、この理不尽な恐怖のせいか、純粋な嫌悪感のせいなのか。

震える手足はどうにも言うことを聞いてくれず、目元を拭おうとした袖口にハエの頭が引っかかっているのに気づいてまた悲鳴を上げる。もういっそのこと気を失ってしまいたかった。

そんなこちらの心情を知ってか知らずか。幹の中で歓喜に震えているのが伝わってくると同時に、地面がざわめいた。
積み重なる死骸が、みるみるうちに朽ちていき、ボロボロと崩れていく。そして、まるで水が乾いた地面に吸い込まれるようにあっという間に体積をなくし、硬い地面の上には自分だけがポツリと残された。

呆気にとられていると、目の前の大きな幹が脈動する。
そこから先は、早回しをしているようだった。

大きく広がる枝の先に突如花芽ができ、たちまちのうちに膨らむ。
街灯に白く照らされたソレは、先程とは比べ物にならない程の歓喜の震えとともに綻んだ。

満開の夜桜

美しい、本当に綺麗な。
吐き気をもよおす程、完璧なまでに美しい。普段、気にしたことすらなかった花の香が肺をえぐる。

桜の下には死体が埋まっている。

果たして、養分を集めるために美しく花開くのか、死骸が自ずから集まるから多量の養分で美しく花開くのか定かではないが、少なくとも先程までの大量の死骸を糧に花開いたことは確かだった。

恐怖と嫌悪感。その裏に隠れたナニカが行動を起こさせる。

ガクガクと力の入らない脚で立ち上がり、ザリザリと地面と靴の擦れる耳障りな音を立てながら大樹の根本へ近づいていく。
やけに重い腕をゆっくり幹へ伸ばしかけたところで、コートのポケットが震え、ラインの到着を知らせた。
ノロノロとポケットを探り、スマホを引きずり出す。画面にはよく見知った名前。

『何時に帰る?ご飯冷めるよー?』

平凡な文字の羅列が、目を覚まさせる。

帰らないと、

逃げなければ。

未だ笑う膝に歯を食いしばりながら全力で周れ右をする。
滝のような冷や汗が額を濡らすが、かまっている暇はない。
正気なうちに、あの花の香が届かないところまで。

咎めるように花びらの雨が降る中を脚をもつれさせながら必死に走る。
正直、どこをどう帰ったかは覚えていない。ただ、気がついたら玄関の中で肩を上下させていた。先程のラインの送り主が心配そうに出迎える。

「あれ?もう桜咲いてた?」

はらりと汗で濡れた花びらが床に落ちた。
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