Story From The Lethe

鳴世 響

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第一章

6.ニコラ

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 二人はそのまま、人々が雑踏する夜の街を歩いた。
 海底都市の夜というのは、午後六時から朝の六時、その十二時間だ。
 日中の時間に白々と街を照らしている魔力照明から、道の端に無数にある街頭へ切り替わるだけの味気ないものである。

 少し歩くうちに雑踏が遠のき、街を覆う耐水性魔力シールドがなだらかに低くなってくる。立ち並んでいたほったて小屋のような小さな家屋もまばらとなった。
「どこまで歩くの?」
とアマルティアが前を歩くローリスの背中に向かって言う。

 ローリスは、歩きながら少しだけ顔を後ろに向けた。
「あそこまでさ」
 ドームの端の開けた場所に、円筒形の赤いレンガ積みの家があった。一階の窓から暖かな光が漏れている。
 少し回り込むと、レンガの壁にアーチ型に窪んだ場所があり、ペンキもはげた鉄製のドアがはまっている。



 家の中では一人の少女がそのキッチンの前に立っている。少女は鼻歌まじりに頭を左右に小さく揺らしながら、食事を作っていた。
 円筒家の家の壁に沿うように調理台があり、調理台の上の窓は外の闇が覗き見える。
 その窓の周囲には黒鉄のフックがいくつも打ち込まれ、そこに鍋やフライパンなど、調理器具が所狭しと掛かっている。
 少女は栗色の長い髪を左右に分けて大きな三つ編みを結い、結び目の終わりを留めるリボンが、少女の頭の動きに揺られてひらひらと舞っている。



 家の前に二人が立った時、アマルティアの腹の虫が鳴いた。
 換気扇から香ばしい匂いが流れてくる。
 ローリスは笑い声を上げた。
「……あんたも腹が減ったんだな」
 鉄製の扉が軋みながらゆっくりと横にスライドして開く。不快な音にアマルティアは耳を塞いだ。

 扉が軋む独特の音に、調理台に向かっていた少女は、ぱっと顔を明るくして振り返った。
「お兄ちゃん、おかえ……」
 兄の帰りを迎えようとした妹の言葉が途切れる。兄は後ろに得体の知れない少女を連れていた。

「その人、だれ?」
 キッチンを背に、少女は目を丸くする。
 ローリスはどう説明したものか、と頭を掻く。
「……アマルティアだ。しばらく、ここで保護することになった」
「保護する……?」
 妹は繰り返すように呟く。話が突拍子もなくてまだ頭に届いていない。

「……え? ええええええええぇ!?」
 少女は小さな口をあんぐりと開けて驚く。
「アマルティア、こいつは俺の妹、ニコラだ」
 ローリスは驚く妹を余所ににアマルティアに紹介した。

「よろしくね、ニコラ」
 アマルティアは柔らかな微笑みを讃えながら手を振る。
「あ、よ、よろしくお願いします……」
 人見知りなニコラはおずおずと頭を下げる。
「じゃなくて! お兄ちゃんこれ、どういうこと!?」

 ニコラは困惑した様子で兄に問いただす。
 彼女がこうも紛糾するのには訳がある。
 
 二人には、親が居ない。
 ローリスがまだ幼く、ニコラが生まれたばかりの頃、両親は亡くなった。
 犯罪者の手にかかって、とだけローリスは聞いた。
 二人は両親が親しくしていた家族に引き取られ、ローリスが十五となり、働けるようになると外で家を借りた。

 家の家計はローリスとニコラが共に働いてようやく何とかなっているようであった。
 それが突然、食い扶持が一人増えるというのである。
「聞いてくれ、ニコラ。この子は記憶を失っていて、行く当てもないんだ。このまま放り出すなんて見殺しにするようなもんだろ?」
 ローリスは妹を説得しようとする。

「そ、そんなこと言ったって……」
 ニコラは泣きそうな顔で兄を見上げた。
「どうしてうちで預かるの? 他の人に預かってもらっちゃダメなの?」
「……ああ、本当は一度、避難施設に預けるようにゼノンさんに命じられてたんだ。でも、この子が一人ですぐに生活できるように見えないから、命令を無視して連れて帰って来ちまったんだ。手持ちも無いし」

 ローリスとニコラは、しばらく黙ってアマルティアを見つめた。
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