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聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした⑦
先日はわたくしの言葉に頷かれた殿下でしたが、まるで何事も無かったかのように未だミユキ様の隣を離れようとはしませんでした。
やはり伝わっていなかったのです、わたくしの言葉は。それに心苦しく思うところもございましたが、わたくしにはそればかりにかまけている時間が無かったのも事実。
聖女の世話の為免除されていた妃教育が再開されたのです。ただそれが、遅れを取り戻すようにと一日のほとんどが勉強の時間となりました。しかも、今までより更に厳しくなったのです。
厳しくなったのは聖女様が現れたからだ、と教師に説明を受けました。聖女様がいると、国は豊かになると言われております。天候は安定し豊作となる、しかも災害までもが減るのだとか。
それと、わたくしの教育が厳しくなることにどんな因果関係があるというのでしょう。わたくしには理解できませんでしたが、王妃陛下の指示とあれば受け入れるしかありませんでした。
……それがロイド殿下が王妃陛下の指示という事にして、わたくしが学園へ行かなくなるように手を回した結果だと気付いたのは、随分後のことです。
この頃になると殿下と過ごす時間は少しずつ減っていきました。月に二度だったお茶会は一度だけに。それすらすっぽかされる事もありました。妃教育の為に王宮で過ごしているわたくしは、日中殿下とお会いすることもありません。なにせ学園へ行っている時間がなくなってしまいましたから。
夕食は、稀に殿下が同席することもございました。以前は楽しみだったそれも、今では虚しいばかり。殿下の口から語られるのは、聖女ミユキの話題だけだったのです。
「ミユキは素晴らしい。今日は、無事祝福魔法を発動させたんだが、どの程度の規模だと思う? 学園を中心に王都のほぼ全域だぞ。歴代の聖女の中でも飛び抜けて力が強いんだそうだ」
「……そうなのですか。それは喜ばしいですわね」
「ミユキが現れてから半年。早いものだな。俺には充実した、良い時間であった」
「もうそんなに経つのですね」
「発動が安定したら各地を回るのだそうだ。この国の王太子として、同行せねばな」
ロイド殿下は第一王子で、確かに王太子の一番の候補ではあります。ただしまだ確定しているわけではない。それなのに自らを王太子と言い切るのは、いささか軽率に感じられました。
が、この時のわたくしには、それを咎める気力がありませんでした。それには何も答えず、スープを口にします。慣れ親しんだ香り高いスープも、この時ばかりは味気なく感じます。
せっかくの殿下との時間ですのに。あれだけこの時間を待ち遠しく感じていたこともあるというのに、今ではそれが信じられないほどでした。しくしくと、身の内から刺すような痛みが全身に広がるよう。
「……殿下。あまり、聖女様にかまけるのはいかがなものかと。ご自身にもまだ学ぶ事は多いのですし」
もう何度言ったかわからない言葉を、わたくしは紡ぎます。軽々しく聞こえるでしょうが、何度も言っておりますから、つい調子が軽くなるのです。それを殿下も軽く聞き流す。そのせいで、余計にわたくしの言葉は軽くなっていました。
この時もいつもと同じく、つい口が動いてしまいました。この後殿下も「レイアは相変わらず生意気だな」などと言い捨てる……はずでしたが、この時の殿下はいつもと様子が違いました。だん、と強くグラスをテーブルに叩きつけたのです。
驚いて肩を揺らしたわたくしを、殿下は睨み付けました。
「レイア。なんだその態度は。まるで聖女の存在が気に入らないと言うようではないか」
「まさか。そんなわけありませんわ」
「どうだかな」
慌てて首を横に振ると、殿下は更に目を細めます。
「俺が何も知らないとでも? ミユキにずいぶんきつく当たっているようじゃないか」
「えっ?」
そして突然その様に言うのです。……寝耳に水とはこのこと。わたくしにはまったく心当たりがございません。殿下は一体、何の事を言っているのでしょう?
「一体何のことで」
「とぼけるな。マナーに疎いミユキが失敗したのを、わざと煽り立て騒ぎを大きくし、恥をかかせたと聞いている。そんなことをしておいて、俺に説教か? 何様のつもりだ!」
「そんな……お待ちください。事実無根でございます。わたくしはそもそも、ここしばらくは聖女様に近付いてすらおりません」
「〝聖女様〟、か。あれだけ親身に見えたが、お前は彼女を〝聖女様〟としか見ていなかったわけだ。……ミユキは嘆いていたぞ、お前との間柄を。仲良くしたいのにすげなく断られ、挙句に以降は口も聞いてくれなくなったと。どういうつもりだ、お前はミユキの世話役だろう。こちらの世界に疎いミユキに、もっと親切にしてやろうと、そうは思わないのか」
「ですが、殿下。わたくしは畏れ多くも殿下と将来を共にする間柄ではございますが、今はただの公爵令嬢。わたくしと聖女様とでは、身分に差がございます」
そうなのです。彼女は〝聖女〟。女神が齎した奇跡、あるいは女神の力そのもの。
そのミユキ様と、ただ王子妃に内定した女とでは身分が釣り合わないのです。
殿下は、女神様よりこの地を治めるという役割を賜った王族です。王族であれば聖女と同等でも、伴侶になる予定段階のわたくしはそうではないのです。
ミユキ様に辛く当たっているという殿下の言葉をすっかり忘れ、わたくしは捲し立てます。
「聖女様の暮らしていた世界では、そういった身分は無かったとか。ですがこちらでは違う。殿下の婚約者であるわたくしがそれを軽んじれば、先々で問題が起きてしまいます。それでも聖女様が望んだとあれば、友人となるのも不可能ではないのでしょう。ですがわたくしにはまだ学ぶべきことが多くございます。聖女様と一緒にいる時間が取れるとはとても」
「何?」
ギロリと殿下は目つきを鋭くします。
「何を言っている? ミユキの願いを無視するとでも言うのか」
「そういうわけでは」
「ではどういうわけだと言うんだ!? お前の言葉は自分の都合ばかりではないか! 少しもミユキに寄り添っていない。そんな事で未来の国母が務まるとでも思っているのか!」
「そんな……」
わたくしは、ミユキ様に寄り添うまではいかなくとも、彼女の安寧を望んでおります。彼女がこの世界で生きるのを手助けしたい。それは本音です。
女神様に召喚された直後、間近で彼女と接したせいでしょうか。目を覚ました時、謁見の間に入った時、震えている彼女を痛ましいと思ったのです。なにせ、わたくしと殿下と同じ年齢のミユキ様。その彼女が住み慣れた場所から離され、たった一人で生きねばならない苦労はいかほどでしょう。
それを案じていないように振る舞っていると、殿下はそう言うのでしょうか。
殿下のあまりの発言に何も言えずにいるわたくしを置いて、殿下は出て行ってしまわれました。
この時なんと続ければよかったのかは、いまだに分からずにおります。でも、それ以上に……どうしてわたくしがミユキ様を虐めたなどと殿下は仰ったのでしょう。
わたくしには、なにも分かりませんでした。
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