聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴

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聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした⑧

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 この会食から、わたくしと殿下との間にはわかりやすく溝ができてしまいました。
 わたくしを信じる気の無くなってしまった殿下と、それを否定したいのに否定できないわたくし。それが交わるだなんて有り得ないのです。向いている方向がまったく違うのですから。
 そんなわたくしに当て付けるかのように、殿下はミユキ様に付きっきりとなって行きました。わたくしの妃教育は順調で、少しずつ学園へ顔を出せるようにはなりましたけれども。その頃にはすっかり、殿下の隣はミユキ様の席となっておりました。
 月に一度となったお茶会には、殿下は来なくなりました。学園で顔を合わせる場面があっても殿下は挨拶もせず、わたくしとは目を合わせることもございません。そんな殿下の隣でミユキ様が何か言いたげにしてはおりましたけれども、殿下が挨拶を許しておりませんから、わたくしから声を掛ける事もできませんでした。

 どうしてこんな事になってしまったのでしょう。
 いつ、なにを間違えてしまったのでしょう。

 いくら考えても分かりませんでした。わたくしは未来の王子妃、この国を纏める立場になるというのに。こんなわたくしではロイド殿下の仰る通り、その立場に相応しくないのかも知れません。
 気鬱に過ごすわたくしとは違い、ミユキ様の聖女としての生活は順調のようでした。祝福の力は増幅し、すでに修練も不要なほど強力で安定されているとの事。この国に住まう者として王家の臣下として、それは喜ばしいことです。
 けれども、手放しで喜べないのはなぜでしょうか。以前にも増して熱い視線をミユキ様に向ける殿下を見てしまったからでしょうか。
 学友の皆様が教えて下さいます。殿下はミユキ様に、甘い言葉を投げかけているとか。それは、周囲で漏れ聞こえたものだけで赤面してしまうほど、甘くて情熱的なものなのだそうです。
 ミユキ様がそれらに応じた事は無いそうですが、ロイド殿下の御心がどこにあるかなど、今更問う必要は無いでしょう。

「レイア、大丈夫?」
「ルイス様」

 振り返るとそこにはルイス殿下の姿が。

「……あんまり目に入れない方がいいんじゃないか」

 それにわたくしは首を横に振ります。テラスの手すりの向こう、学園の中庭では、ロイド殿下とミユキ様がゆったりと散歩をされています。ふいに足を止め、花を愛でるミユキ様の隣まで歩み寄るロイド殿下。……わたくしとの散歩では、一人先へ進んでしまうなんてしょっちゅうでしたのに。人って変わるのですね。
 手すりを強く握り締めるわたくしを、ルイス様は気遣って下さっているのですわ。

「ありがとうございます。でも気遣いは無用ですわ。今ではもう、そんなに辛くありませんから」
「本当に?」
「……ええ」

 それはわたくしの本心です。ミユキ様が現れてから一年。その間しくしくとわたくしを内側から蝕んでいたなにかはすでに、わたくしと同化しておりました。もう痛みを感じる事もなくなったのですよ。

「まあ、君がそう言うなら信じるよ。ただ、無理はするなよ、いいな」
「わかりました」
「どうしても耐えられなくなる前に俺の所に来い。でないとレイア、君がだめになってしまう」
「……小さな頃から思っておりましたが、ルイス様は過保護ですわ」
「そうかな」
「ええ。ルイス様ってば、わたくしが風邪を引いただけで、お見舞いにたくさんの花を贈ってくださったでしょう。ダンスの練習の時だってそう。ちょっと捻っただけですのに王宮医師を呼んだりして」

 それは、とルイス殿下は慌てます。

「それはそうだろう! 軽い風邪だと思っていたら重症化して重篤になる事だってあるし、捻挫も悪化させたらまずい。何年も痛みが残る場合だってあるんだ」
「わたくしの方が背が高いのに、おぶって運ぼうとしたり……わたくしの方がお姉さんなのに、と何度も思ったものですわ」
「年齢は関係ない。俺がやらなくちゃ、とあの時は思ったんだ。けど……でも確かに、護衛に任せれば良かったんだよな。身長が足りなくて、君の靴を地面で削ってしまった」
「それでルイス様が涙目になっていたのを覚えています」
「君の為を思ってした事が逆効果だったのが悔しかったんだ」
「ふふっ。そうだろうなあとは思いましたわ」

 幼い頃を思い返すと胸が温かくなっていきます。思わず笑ってしまったわたくしに、ルイス様も笑みを浮かべました。

「そういう時、すぐに駆けつけて下さるのは、いつもルイス様でしたわね」
「レイア……」

 ですがわたくしがそう言えば、ルイス様の笑顔が曇りました。
 いつの間にか中庭からロイド殿下達の姿はなくなっています。ルイス様と話したことで気分が紛れたわたくしは、すっかり胸の痛みを忘れておりました。

「ご心配なく。わたくしは大丈夫です」

 ……ええ、本心からそう思っておりました。その日殿下が高らかに婚約破棄を宣言するまでは。

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