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戦乙女の嘆き①
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「まったく、どいつもこいつも! 腰抜けのいくじなし共め!!!」
がつん、とジョッキをテーブルに叩きつけるのは、戦乙女のひとり、クレフティヒ。『力強い者』の名の通り、がっしりとした体躯で二の腕も引き締まっていて、同じ戦乙女の中でも優れた筋肉を持っていた。
「まあまあ、お姉様」
「美しいお顔が台無しですよ」
そこへ、クレフティヒの妹分がやってきた。空になったクレフティヒのジョッキに勢いよくドリンクを注ぐ金髪の娘がモルゲンロート、口元を拭うオレンジの髪色の娘がアーベントロート。この二人は双子だ。双方ともに非常に稀な美しさを持っていて、この二人がいるだけで場の空気が一変して華やぐ。だからといってクレフティヒが醜いわけではない。むしろ、妹達と比肩しても遜色ない美しさを持っている。双子が月明かりのような繊細な美しさだとしたら、クレフティヒは太陽のような輝きの美しさだ。そんなわけでクレフティヒはこの場所で注目を浴びていたわけだけれど、そんなこと気付きもしないクレフティヒは二人にそっぽを向いて、管を巻いていた。
「いいのだ、そんなことは。それよりもあやつら! 最近のエインヘリヤル達ときたらなっていない! なんなのだ、どいつもこいつも、戦に誘えば二言目には『自分にはできません』などと。栄えある神々の戦だぞ、エインヘリヤルともあろう者が、諸手を上げずになんとする!」
クレフティヒの言葉に双子は顔を見合わせた。彼女達も戦乙女だ、言わんとすることはわかるが、同時に現在ではそういった者たちが多いのも仕方のないことわかっている。
戦乙女とは、神々と巨人の戦『ラグナロク』に備えるため、人々の魂を戦地へ誘う乙女だ。彼女達に選ばれた魂はエインヘリヤルと呼ばれ、神々の戦士となるのだから名誉なこととされる。
だがそれも今は昔。神々の地ヴァルハラもずいぶん様変わりして、かつて終末戦争とされた『ラグナロク』はその意味合いを大きく変えた。
世界は一度、確かに『ラグナロク』を迎えたのだ。神々と巨人との戦いは熾烈を極め、いつ終わるともしれない闘いは——ある日唐突に終わった。
それは主神の「なんかもう飽きたわ。疲れたし休みたい。」の言葉に、対峙していた巨人が「わかる。スポーツ観戦とかしながら葡萄酒飲みたい。」と返したのがきっかけだった。争いを好む神もいて反対の声も上がったが、大半の者は長きに渡る争いに嫌気が差していた。主神が乗り気だったために、終戦しようという意見でまとまった。
そこからはあっという間だった。あれよあれよとその日のうちに終戦が決まり、互いの被害に関して賠償が決まった。会議が行われた地には様々な競技場が造られ、そして次の日には、お互い腕に覚えのある者を選出してのスポーツの試合の予定が組まれたのだった。
勝敗は決めるが、それはどちらが優れているかを決めるものではない。勝者は次の種目を決める役割を与えられるが、敗者も勝者同様健闘を讃えられ、素晴らしい試合をすることだけが求められた。ただ全力を尽くし楽しむことを目的とすること。それが新しく定められた『ラグナロク』のすべて。
神々の黄昏は代理戦争の名の元、神々と巨人のお楽しみ会に置き換わったのである。
それに何より、現代では下界の様子もだいぶ違う。古代や中世では下界も混沌としており、そこかしこで争いが起きていた。そんな中で戦士に選ばれるのは、それこそ戦の為だけにヴァルハラへ招かれたものだったが、今ではそんな者は数えるほどしかいない。なにか一芸に秀でた者、それが現代のエインヘリヤルの選定条件だ。
戦争は終わったのだ。人の世界でも神々の世界でも。
今や猛きエインヘリヤルに求められるのは敵を薙ぎ倒す膂力ではない。その腕力をもって円盤を遠くに投げて記録を競うことであったり、俊足をもって相手を素早く抜き去りゴールポストに球を入れることであったり、策略を用いて陣地取りゲームで知力を競うことであった。
そうやって時を重ねること幾星霜。今回の競技は厳正なるくじ引きの結果、バーリトゥード——なんでもありの格闘技に決まった。
これには神々も驚いた。選ばれる〝競技〟に定められているのは、この世のありとあらゆるスポーツだ。スポーツと人々に認識されているものが選択肢に含まれる。カラテ、プロレス、ムエタイなどはあっても、これが選択肢に含まれているとは神々も思っていなかった。
だが、永らく平和的に競技が行われていたのも事実。少々刺激が欲しくなっていた神々と巨人は、そのまま今度の大会を行うことに決めた。
そこで困ったのが下界の魂の選定だった。なにしろ下界から戦が消えて久しい。スポーツとはいえなんでもありの格闘技、そうとなると一筋縄ではいかない。闘ったことのある現代人がどの程度いるだろうか。いや、現代でも戦はあるが、古代と比べると内容がずいぶん違う。盾を持ち剣を振るい、敵に猛然と襲いかかる戦士を見慣れた神々を、現代の格闘家が楽しませることができるのだろうか?
戦士の選定を任されている戦乙女達は、ここのところその話題で持ちきりだ。事情が事情なので神々もエインヘリヤルを選べない戦乙女に理解を示している。多くの戦乙女が、今回は戦士の選定を諦めている。
モルゲンロートとアーベントロートも選定を諦めている戦乙女だ。彼女達は現代の人間が、争うことをそもそも行っていないことを知っている。
だが彼女達の麗しの姉はそうではないらしい。そういえばクレフティヒはいつも、ただのスポーツはつまらない、と溢していたっけ。
双子は顔を見合わせてから、空いている椅子に腰掛ける。
「そうは言っても、お姉様。今回の競技は難しいですわ。なにしろなんでもありの格闘技なんですもの」
「モルゲンロートの言う通りです。お姉様、そんなにがっかりなさらないで。なんでもありということは、場合によっては殺害の恐れもありますもの。現代のエインヘリヤルには荷が重いというものです」
優しく語りかける双子に、クレフティヒはむう、と唇を尖らせる。
「お前達までそんなことを。現代の事情は、私だって把握している。だが聞けば戦士はまだ一人も決まっていないと言うではないか。それではラグナロクが成り立たない。そんなこと、これまで一度だって無いだろう?」
「それは、そうかも知れませんが」
「お姉様。何事にも例外はございますよ。今回がその初めてかも知れませんわ」
クレフティヒはジョッキを傾けた。注がれたのは麦酒でも蜂蜜酒でも葡萄酒でもなく、葡萄の果実水だ。アルコールに弱くて、クレフティヒは酒が飲めない。なのにクレフティヒの有り様は完全に酔っ払いそのものだった。酒は飲めなくても酒のつまみが好物で、こうしてよく酒場で果実水を飲んでいる。そうしていると、周りの雰囲気で酔っ払いのようになってしまうのが、モルゲンロートとアーベントロートの敬愛する姉だった。双子はそんな姉が可愛くて仕方がない。だからこうして、あまり好まない酒場などに赴いている。
クレフティヒが酒場にやってくるのはなにか考え事がある時だ。この時は、どう考えても先のラグナロクに関することであると、そう踏んでいたのだが、まさしくその通りであったらしい。さすがに今回の種目はどうかと思ったが、神々がそうと決めたのなら覆ることはない。ほんとうに一人も戦士が決まらなかったら、多分血の気の多い神が試合に臨むだろう。彼女達はそれでいいと思っているが、真面目な姉はそうはいかないらしい。完全に据わった目で文句を言い続けている。
「だいたい、一人も名乗り出ないというのがおかしいだろう。多少なりとも心得のある者がいるはずだ。なのにどの戦乙女も戦士を選べずにいる。お前達も、候補の一人もいないのか?」
クレフティヒの言葉にアーベントロートは頷く。
「ええ。わたくし達もまったく」
モルゲンロートは、アーベントロートの言葉に続ける。
「そうおっしゃるお姉様は、なんだか心当たりがいるようですわ。もしかして目をつけた者が?」
居るのか、という意味でクレフティヒの顔を覗き込むと、彼女は力強く頷いた。
「いる。だから探しているんだが」
「えぇっ」
アーベントロートは驚いた。さすがは麗しの姉である、現代に残る狂戦士、もとい勇敢な戦士に心当たりがあるらしい。だが、顔の広い彼女達だったが、そんな強者の話を聞いたことがない。それはいったいどこのどちら様だろうか。
だが、これでわかった。クレフティヒは自らが見つけた戦士を出せずにいるのだろう。神と巨人と、そのどちらかと闘わせることになるのだろうが、人の魂では相手にさせて貰えないから、同じエインヘリヤルを誰かに出してもらう必要がある。
「お姉様。そんな戦士を見つけられたのですか」
さすがお姉様、とモルゲンロートが言うと、クレフティヒは得意な顔をしたが、その後で意外そうに双子を見やった。
「ああ。とは言っても、どこにいるのかまではわかっていない。ヴァルハラにいることはわかっているのだが」
「まあ、そうなのですね。でもそんな魂なら、誰かが選ばずとも自ら名乗り出そうなものですが」
「そうなのだ。だから不思議でな」
「その者の名は何と?」
「それは、お前達も知っているだろう?」
「えっ?」
双子は顔を見合わせた。本当に、心当たりがない。
首を傾げる妹達に、クレフティヒは呆れたように言った。
「この間映像を見せてくれたろう。その中にいた戦士の一人だ。名はお前達が教えてくれたではないか。アイオロス、と」
「あら」
「まあっ」
モルゲンロートは目を丸くして、アーベントロートは両手を口元にやって小さく悲鳴を上げた。
クレフティヒの言っている映像、というのはもちろん覚えている。そこにいたという戦士もだ。だがそれは、下界で創られた映像作品であり、決して本物ではない。
そう——クレフティヒは映画の中の登場人物を、本物の戦士だと思っているのだ。
そういえば、とモルゲンロートは思い返す。映画鑑賞中、やたらと質問が多かった姉に。映画は中世を舞台にしたものだったのだが、この戦の本質はどうとか、どちらの陣営の誰が英雄になるのだとか。こんな戦いを見たのは久しぶりだとか言って喜んでいて、双子は楽しんでもらえたようで良かった、と思っていたのだが、まさかノンフィクションだと思っていたとは。
アーベントロートは、クレフティヒが映画とかのサブカルチャーを理解していないことにうっすら気付いていたが、まさかあんなカメラワークが現実だと思うとは思わなかった。あまりに見所を写しすぎているのだから……と思ったけれど、色々な映画を観て喜ぶ姉が可愛くて、早く本当のことを伝えるべきだったと自分を責めた。
双子はそれを一瞬で思考し、そして視線が合った瞬間にお互いの考えを完璧に読み取った。そんなお姉様本当に可愛らしい、とそこまでを完璧に。
けれど今はそれどころではない。この場を乗り切らなくては、と思ったところで、二人同時に閃いた。
「……そうでした、そうでした。さすがはお姉様、素晴らしい記憶力ですわ」
「ええ、ええ。本当にわたくし達のお姉様は素晴らしいです。あのアイオロスに目を付けるんですもの」
にっこりと麗しく。双子は敬愛する姉に、満面の笑みを向けた。
「ご案内致しますわ。お姉様の選んだ、戦士の元へ」
双子は件の戦士——を演じた役者の元へ、クレフティヒを案内することにした。
がつん、とジョッキをテーブルに叩きつけるのは、戦乙女のひとり、クレフティヒ。『力強い者』の名の通り、がっしりとした体躯で二の腕も引き締まっていて、同じ戦乙女の中でも優れた筋肉を持っていた。
「まあまあ、お姉様」
「美しいお顔が台無しですよ」
そこへ、クレフティヒの妹分がやってきた。空になったクレフティヒのジョッキに勢いよくドリンクを注ぐ金髪の娘がモルゲンロート、口元を拭うオレンジの髪色の娘がアーベントロート。この二人は双子だ。双方ともに非常に稀な美しさを持っていて、この二人がいるだけで場の空気が一変して華やぐ。だからといってクレフティヒが醜いわけではない。むしろ、妹達と比肩しても遜色ない美しさを持っている。双子が月明かりのような繊細な美しさだとしたら、クレフティヒは太陽のような輝きの美しさだ。そんなわけでクレフティヒはこの場所で注目を浴びていたわけだけれど、そんなこと気付きもしないクレフティヒは二人にそっぽを向いて、管を巻いていた。
「いいのだ、そんなことは。それよりもあやつら! 最近のエインヘリヤル達ときたらなっていない! なんなのだ、どいつもこいつも、戦に誘えば二言目には『自分にはできません』などと。栄えある神々の戦だぞ、エインヘリヤルともあろう者が、諸手を上げずになんとする!」
クレフティヒの言葉に双子は顔を見合わせた。彼女達も戦乙女だ、言わんとすることはわかるが、同時に現在ではそういった者たちが多いのも仕方のないことわかっている。
戦乙女とは、神々と巨人の戦『ラグナロク』に備えるため、人々の魂を戦地へ誘う乙女だ。彼女達に選ばれた魂はエインヘリヤルと呼ばれ、神々の戦士となるのだから名誉なこととされる。
だがそれも今は昔。神々の地ヴァルハラもずいぶん様変わりして、かつて終末戦争とされた『ラグナロク』はその意味合いを大きく変えた。
世界は一度、確かに『ラグナロク』を迎えたのだ。神々と巨人との戦いは熾烈を極め、いつ終わるともしれない闘いは——ある日唐突に終わった。
それは主神の「なんかもう飽きたわ。疲れたし休みたい。」の言葉に、対峙していた巨人が「わかる。スポーツ観戦とかしながら葡萄酒飲みたい。」と返したのがきっかけだった。争いを好む神もいて反対の声も上がったが、大半の者は長きに渡る争いに嫌気が差していた。主神が乗り気だったために、終戦しようという意見でまとまった。
そこからはあっという間だった。あれよあれよとその日のうちに終戦が決まり、互いの被害に関して賠償が決まった。会議が行われた地には様々な競技場が造られ、そして次の日には、お互い腕に覚えのある者を選出してのスポーツの試合の予定が組まれたのだった。
勝敗は決めるが、それはどちらが優れているかを決めるものではない。勝者は次の種目を決める役割を与えられるが、敗者も勝者同様健闘を讃えられ、素晴らしい試合をすることだけが求められた。ただ全力を尽くし楽しむことを目的とすること。それが新しく定められた『ラグナロク』のすべて。
神々の黄昏は代理戦争の名の元、神々と巨人のお楽しみ会に置き換わったのである。
それに何より、現代では下界の様子もだいぶ違う。古代や中世では下界も混沌としており、そこかしこで争いが起きていた。そんな中で戦士に選ばれるのは、それこそ戦の為だけにヴァルハラへ招かれたものだったが、今ではそんな者は数えるほどしかいない。なにか一芸に秀でた者、それが現代のエインヘリヤルの選定条件だ。
戦争は終わったのだ。人の世界でも神々の世界でも。
今や猛きエインヘリヤルに求められるのは敵を薙ぎ倒す膂力ではない。その腕力をもって円盤を遠くに投げて記録を競うことであったり、俊足をもって相手を素早く抜き去りゴールポストに球を入れることであったり、策略を用いて陣地取りゲームで知力を競うことであった。
そうやって時を重ねること幾星霜。今回の競技は厳正なるくじ引きの結果、バーリトゥード——なんでもありの格闘技に決まった。
これには神々も驚いた。選ばれる〝競技〟に定められているのは、この世のありとあらゆるスポーツだ。スポーツと人々に認識されているものが選択肢に含まれる。カラテ、プロレス、ムエタイなどはあっても、これが選択肢に含まれているとは神々も思っていなかった。
だが、永らく平和的に競技が行われていたのも事実。少々刺激が欲しくなっていた神々と巨人は、そのまま今度の大会を行うことに決めた。
そこで困ったのが下界の魂の選定だった。なにしろ下界から戦が消えて久しい。スポーツとはいえなんでもありの格闘技、そうとなると一筋縄ではいかない。闘ったことのある現代人がどの程度いるだろうか。いや、現代でも戦はあるが、古代と比べると内容がずいぶん違う。盾を持ち剣を振るい、敵に猛然と襲いかかる戦士を見慣れた神々を、現代の格闘家が楽しませることができるのだろうか?
戦士の選定を任されている戦乙女達は、ここのところその話題で持ちきりだ。事情が事情なので神々もエインヘリヤルを選べない戦乙女に理解を示している。多くの戦乙女が、今回は戦士の選定を諦めている。
モルゲンロートとアーベントロートも選定を諦めている戦乙女だ。彼女達は現代の人間が、争うことをそもそも行っていないことを知っている。
だが彼女達の麗しの姉はそうではないらしい。そういえばクレフティヒはいつも、ただのスポーツはつまらない、と溢していたっけ。
双子は顔を見合わせてから、空いている椅子に腰掛ける。
「そうは言っても、お姉様。今回の競技は難しいですわ。なにしろなんでもありの格闘技なんですもの」
「モルゲンロートの言う通りです。お姉様、そんなにがっかりなさらないで。なんでもありということは、場合によっては殺害の恐れもありますもの。現代のエインヘリヤルには荷が重いというものです」
優しく語りかける双子に、クレフティヒはむう、と唇を尖らせる。
「お前達までそんなことを。現代の事情は、私だって把握している。だが聞けば戦士はまだ一人も決まっていないと言うではないか。それではラグナロクが成り立たない。そんなこと、これまで一度だって無いだろう?」
「それは、そうかも知れませんが」
「お姉様。何事にも例外はございますよ。今回がその初めてかも知れませんわ」
クレフティヒはジョッキを傾けた。注がれたのは麦酒でも蜂蜜酒でも葡萄酒でもなく、葡萄の果実水だ。アルコールに弱くて、クレフティヒは酒が飲めない。なのにクレフティヒの有り様は完全に酔っ払いそのものだった。酒は飲めなくても酒のつまみが好物で、こうしてよく酒場で果実水を飲んでいる。そうしていると、周りの雰囲気で酔っ払いのようになってしまうのが、モルゲンロートとアーベントロートの敬愛する姉だった。双子はそんな姉が可愛くて仕方がない。だからこうして、あまり好まない酒場などに赴いている。
クレフティヒが酒場にやってくるのはなにか考え事がある時だ。この時は、どう考えても先のラグナロクに関することであると、そう踏んでいたのだが、まさしくその通りであったらしい。さすがに今回の種目はどうかと思ったが、神々がそうと決めたのなら覆ることはない。ほんとうに一人も戦士が決まらなかったら、多分血の気の多い神が試合に臨むだろう。彼女達はそれでいいと思っているが、真面目な姉はそうはいかないらしい。完全に据わった目で文句を言い続けている。
「だいたい、一人も名乗り出ないというのがおかしいだろう。多少なりとも心得のある者がいるはずだ。なのにどの戦乙女も戦士を選べずにいる。お前達も、候補の一人もいないのか?」
クレフティヒの言葉にアーベントロートは頷く。
「ええ。わたくし達もまったく」
モルゲンロートは、アーベントロートの言葉に続ける。
「そうおっしゃるお姉様は、なんだか心当たりがいるようですわ。もしかして目をつけた者が?」
居るのか、という意味でクレフティヒの顔を覗き込むと、彼女は力強く頷いた。
「いる。だから探しているんだが」
「えぇっ」
アーベントロートは驚いた。さすがは麗しの姉である、現代に残る狂戦士、もとい勇敢な戦士に心当たりがあるらしい。だが、顔の広い彼女達だったが、そんな強者の話を聞いたことがない。それはいったいどこのどちら様だろうか。
だが、これでわかった。クレフティヒは自らが見つけた戦士を出せずにいるのだろう。神と巨人と、そのどちらかと闘わせることになるのだろうが、人の魂では相手にさせて貰えないから、同じエインヘリヤルを誰かに出してもらう必要がある。
「お姉様。そんな戦士を見つけられたのですか」
さすがお姉様、とモルゲンロートが言うと、クレフティヒは得意な顔をしたが、その後で意外そうに双子を見やった。
「ああ。とは言っても、どこにいるのかまではわかっていない。ヴァルハラにいることはわかっているのだが」
「まあ、そうなのですね。でもそんな魂なら、誰かが選ばずとも自ら名乗り出そうなものですが」
「そうなのだ。だから不思議でな」
「その者の名は何と?」
「それは、お前達も知っているだろう?」
「えっ?」
双子は顔を見合わせた。本当に、心当たりがない。
首を傾げる妹達に、クレフティヒは呆れたように言った。
「この間映像を見せてくれたろう。その中にいた戦士の一人だ。名はお前達が教えてくれたではないか。アイオロス、と」
「あら」
「まあっ」
モルゲンロートは目を丸くして、アーベントロートは両手を口元にやって小さく悲鳴を上げた。
クレフティヒの言っている映像、というのはもちろん覚えている。そこにいたという戦士もだ。だがそれは、下界で創られた映像作品であり、決して本物ではない。
そう——クレフティヒは映画の中の登場人物を、本物の戦士だと思っているのだ。
そういえば、とモルゲンロートは思い返す。映画鑑賞中、やたらと質問が多かった姉に。映画は中世を舞台にしたものだったのだが、この戦の本質はどうとか、どちらの陣営の誰が英雄になるのだとか。こんな戦いを見たのは久しぶりだとか言って喜んでいて、双子は楽しんでもらえたようで良かった、と思っていたのだが、まさかノンフィクションだと思っていたとは。
アーベントロートは、クレフティヒが映画とかのサブカルチャーを理解していないことにうっすら気付いていたが、まさかあんなカメラワークが現実だと思うとは思わなかった。あまりに見所を写しすぎているのだから……と思ったけれど、色々な映画を観て喜ぶ姉が可愛くて、早く本当のことを伝えるべきだったと自分を責めた。
双子はそれを一瞬で思考し、そして視線が合った瞬間にお互いの考えを完璧に読み取った。そんなお姉様本当に可愛らしい、とそこまでを完璧に。
けれど今はそれどころではない。この場を乗り切らなくては、と思ったところで、二人同時に閃いた。
「……そうでした、そうでした。さすがはお姉様、素晴らしい記憶力ですわ」
「ええ、ええ。本当にわたくし達のお姉様は素晴らしいです。あのアイオロスに目を付けるんですもの」
にっこりと麗しく。双子は敬愛する姉に、満面の笑みを向けた。
「ご案内致しますわ。お姉様の選んだ、戦士の元へ」
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