神の殺し方

海星

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邪神

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    ある神が一人の人間の少女に恋をした。

    神にとって人間を意識するのは初めての事だった。

   それもそのはず、神にとって人間は、人間にとっての蟻のような存在なのだ。

    いや、子供が蟻の行列を踏み潰していたとして大人は「無益な殺生はやめろ」と子供を叱るだろう。

    だが暇潰しで人間を虐殺する神は大人なのだ。

    しかも彼等を叱る者などは存在しない。

    人間とは神にとって蟻以下の存在なのだ。

    そんな存在に恋をした神は神として扱われない。

    人間に恋をした神は「邪神に落ちた」と言われ神としての力は著しく制限され、地位や名誉、名前すらも奪われた。

    そして神が恋した少女の村は「神をたぶらかした者が住む場所」という事で大粛清が行われ、生き残った者はいなかった。

    そんな大粛清が必要か?と思うが、「神が人間に恋した」という事実を知っている人間がいるというだけで神は屈辱に感じたのだ。

    邪神は神界を追われ、人間界に逃げ込んだ。

    本気で神達が邪神を追っていたなら人間界に逃げ込む事は出来なかっただろう。

    だが、全てを奪われた邪神などは神々にとってはとるに足らない存在だったのだろう。

    邪神は廃集落に住み着いた。

    この廃集落は邪神が 住み着く直前に盗賊団に滅ぼされた。

    この集落に住んでいた人々は盗賊団に皆殺しされた。

    だが赤ん坊であったマリクは殺されなかった。

    邪神は廃集落に転がる死骸を火葬し弔った。

    そこで邪神はマリクを見つけたのだ。

    マリクという名前は殺されたマリクの母親のメモ書きで明らかになった。

    邪神は自分のせいで皆殺しになった少女の村での償いをするようにマリクの育ての親になった。

    邪神はマリクに様々な教育を施した。

    それは勉学、剣術など多岐にわたった。

    その一つに「神を殺す方法」があった。

    邪神としては生き残る方法を教え込んだだけだ。

    「神殺し」がマリクの生業になるとは邪神だけでなくマリクも最初は予想外であった。
    





     今日も今日とてマリクは「神殺し」の依頼を受け討伐に向かう。

     マリクに依頼をしたのは両親、妻子を殺された男だった。

     森に猟のため籠っていた数日の間に家族や集落に住む仲間を虐殺されたのだ。





    「答えろ。なぜこんな大虐殺をした」

    「・・・・・・・」

     「ダンマリか。

    言うだけ無駄だと思うが一応言っておく。

    お前を排除する前に何か言い残す事はあるか?」

    「・・・・・・・」

     「まあ気にするな。

    俺の育ての親で師匠の教えで『喩え殺す相手だとしても一人の相手として扱え、それが出来なきゃ獣と同じだ』と言われてるから一応そちらの言い分を聞こうと思っただけだ。

    答えないなら答えないでかまわない。

    さあ始めようか?」



    マリクは剣を構えた。

    そこに神は突撃した。

    神がマリクを舐めている証拠だ。

    格上だと思っている場合、相手が構えているところに突撃していくバカはいない。

    まず相手の隙を探し、そこを慎重につく。

    相手を力ずくで叩き潰そうとするのは、「面倒くさいから早く終わらせよう」と相手をバカにしている場合だ。

    その行動が責められる事はない。

    敢えて言えば「相手がマリクだったことが不運だった」のだ。

    普通人間に神を傷つける事は出来ない。

    だがマリクは神を傷つける技術を神の軍勢にいた邪神から学んでいた。

    しかも神殺しの武器を邪神から受け継いでいたのだ。

    稀に人間が神を殺す事がある。

    そしてそういった場合、「神殺しの武器」が使用される。

    有名なところで言えば、処刑されたキリストに突き刺されていた「ロンギヌスの槍」などである。

    そういった「神殺しの武器」を使用しないでもマリクは神を殺す事が出来た。

    神は鍛練していない人間では傷つける事すらできない。

     鍛練により木や岩を両断できるようになる者もいるように、邪神の厳しい訓練によりマリクは神を斬る技術を身に付けていた。

    そして邪神が神の軍勢にいた時の愛刀「魔剣グラム」をマリクは引き継いでいた。

    邪神はそのうち自分は神によって殺されると思っていた。

    そしてそれは現実となる。

    邪神はたまたま廃集落を訪れた神に殺される。

    殺された理由は「目障りだったから」

    マリク最初の神殺しは育ての親である邪神の仇討ちであった。

    マリクはこの時玉砕を覚悟していた。

    「神に敵うはずがない。せめて一太刀、育ての親の仇に浴びせよう」と。

    マリクは邪神の仇の神の首を斬り落とした。

    神は人間と違い生命力が高いので、そう簡単には死なない。

    だが邪神がマリクに言っていた事があった。

    「神はなかなか死なない上に生命力も再生力も高い。

    肋骨は硬く心臓を刺そうにも刃はなかなか通らないし、心臓が複数ある神も多い。

    だから首を斬り落とせ。

    たとえ生きていたとしたって脳から指令が身体に送られなければ首から下はただの肉塊だ。

    生きていたとしても何の意味もない。

    首さえ斬り落とせば、マリク、お前の勝ちだ。

    もちろん神は首の骨も人間の数千倍固い。

    お前は神の首を一太刀で斬り落とせるようになれ」

    邪神が神に殺された場合、マリクもその場で殺される可能性が高い。

    そうなった時、マリクは一人で戦わなくてはならないし、一人で生きていかなくてはいけない。

    邪神に育てられたマリクに世間は厳しいだろう。

    邪神はマリクに一人で生きていける強さを教え込んでいたのだ。

    だが邪神も計算外だった事はマリクは「神殺し」として人類から救世主として扱われる。

    邪神が疎まれる理由は「邪神が神から嫌われているから。

    邪神と親交があると神に目をつけられるから」であり、神を殺せるマリクが邪神に育てられた・・・などという事は些事だったのだ。

    マリクは神を殺した時、自分に神を殺せるスキルが身に付いている事、人間がどれだけ神を恨んでいるのかを知った。

    マリクが神を殺したという噂は瞬時に広まり、人々は歓喜し、マリクへの神殺しの依頼は後を絶たなかった。

    人々は神による人間虐殺は天災だと思っていた。

    自分の力ではどうにも出来ない事柄・・・神による虐殺を人々は天災と諦めるしかなかったのだ。

    しかしマリクによる神殺しは全ての常識を覆した。

    かつての常識では「人間である限りたとえ王であっても神には逆らえない」というものだった。

    だがマリクは平民でありながら神に抗う術を持っていたのだ。

    しかしマリクが神の軍勢を倒せる訳ではなかった。

    マリクが邪神から教えられたのは神一人を殺す方法だ。

    だがマリクは邪神が思ってもいない実力を示す。

    人間は実力は低い。

    だがそれは低レベル帯の話である。

    種族ごとに特徴、長所、短所がある。

    神の長所は「低レベルでも強い事」

    神の短所は「レベルが上がってもパラメーターがほとんど伸びない事だ」

    尤も低レベルでの強さが尋常ではないのだが。

    人間族の短所といえば何より「脆弱であること」だ。

    だが人間族にも長所がある。

    それが「低レベルでは脆弱だが伸びしろが高い事」と「レベル限界、才能限界がない事」だ。

    低レベルであったマリクは神を殺して大幅にレベルアップした。

    神々は軍勢で成長する前のマリクを殺すべきだった。

    成長したマリクは特訓していなくても神にはパラメーターで負けていない。

    それに加えマリクは邪神に神殺しの方法を叩き込まれ、称号「神殺し」を手にいれていた。

    マリクは神殺しを重ねる毎にレベルアップし、今では一人で神の軍勢を相手に出来るようになった。

    神々のプライドがマリクを成長させてしまったと言って良い。

    マリクの成長前に恥も外聞もなく、集団でマリクを叩き潰していれば、ここまでの脅威に彼は育たなかっただろう。

    もちろん神にも個性があり各々の強さにはバラつきがある。

    軍勢相手でもマリクの相手にならない事もあれば、神一人相手でも倒せない事もあるかも知れない。

    こうしてマリクの職業は「神殺し」になった。

    「神殺し」の料金は決まっていない。

     大富豪から大金を取ることもあれば、貧民の食事一回で仕事を請け負う事もしばしばあった。

    これは邪神による教育で「命には値段はつけられない」と言われていたからだ。

    殺しに値段をつける気はマリクにはなかったし、「大事な人を奪われた。仇を討ってほしい」という依頼でも命に値段をつける気もなかったからだ。

    だがボランティア活動をしている訳ではなかったので払える人からは多く払ってもらい、活動資金の足しにしていたのだ。

    「我を殺して良いと思っておるのか!?

    人間風情が!!!!」

     「何だしゃべれるんじゃないか。

    意志疎通出来ない相手を断罪するのかと思って気が重かったんだ。

    これでなんのためらいもなく断罪出来るな。

    ・・・と言っても今更話す事もない。

    覚悟して黙って死ね。

    ジタバタして晩節を汚すな」

    「我を生かしたまま逃せば褒美は思いのまま授けよう。

    何が欲しい?金か?地位か?領土か?」

    「お前は人間界でそんな物どれも持っていないだろう?

    人間から奪い取って俺に渡す気か?

    お前のその気ままに人間からあらゆる物、命すらも奪うのが俺がお前を討伐しようと思った原因なんだがな」

    「奪った物を人間に全て返す!

    そうすればお前は我を殺さずに済ませるか!?」

     「もう終わった話だ。

    たらればは言ってもしょうがない。

    それに奪った命を元に戻せないだろう?

    出来もしない約束をするな。

    それに最初に俺は聞いたはずだ。

    『なぜこんな大虐殺をしたのか?』と。

    俺の育ての親は元神だった。

    自分の行いに疑問を抱く以前に何も考えず人間を虐殺した事があるらしい。

    だから俺は過去はどうあれ悔い改める可能性があるかどうか、最初に確認したのだ。

    悔い改めようとする者を断罪するなら自分の育ての親を断罪せねばならないからな。

    だがお前は俺の言う事を無視したのだ。

    負けた後の命乞いなど無意味だ。

    お前は命乞いする人間の命を助けた事はあるか?

    ないのに自分が殺されそうになった時に命乞いをするのは、些か都合が良すぎないか?

    だいたいお前の態度は命乞いする者の態度ではない。

    何重にも聞くに値しない」   

    「い・・・命だけは助けていただけませんか?

    助けていただければ心を入替え過去の罪を償い、人間のために尽くします!」

    「断る。

    その場を乗り切るために出鱈目を言うな。

    人間と交流した神は全てを奪われ邪神に落とされるのだろう?

    お前が人間のために行動しようとした時点でお前は神ではなくなるのだろう?

    お前が人間に尽力など出来る訳もない。

    もちろんお前もそれは承知の上で、その場を乗り切ろうと適当な事を言ったんだろう?

    もうあきらめろ。

    潔く死ね」


    俺は膝をつく神の首を斬り落とした。
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