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第一章:独裁の萌芽!?華の国ツバキ市の腐敗

プロローグ:オウ公安局長・合星国亡命事件

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「そろそろ時間だな」
 
「はい、オウ様。計画通りです」
 
 こんな状況でも挑戦的な、意思の強そうな表情をしている女に俺はそう答えた。
 
 「オウ様は、正門から駆け込むだけです。守衛は私が対応しますし、門は開いております。
 合星国の領事館は亡命希望者をないがしろにはしません」
 
 俺はこれからの手筈をもう一度説明した。
  
 「そうだな。なんてことはないな。ただ、駆け込むだけだ」
 
 オウは自分の状況を皮肉るように乾いた笑顔を作った。
 
 彼女の名はオウ・アルシャン。

 燃えるような瞳と真っ赤な髪、服の上からもわかる抜群のプロポーションとスタイル。
 現実離れしたその美しさは、まるで野生の虎のようだ。

 そのオウは今、国外亡命のため、合星国の領事館に駆け込もうとしている。

 彼女はつい数日前のまで華の国ツバキ市の犯罪組織や汚職を取り締まる公安局のナンバーワンであった。
 そして、ツバキ市を支配する実質ナンバーツーでもあった。

 しかし、今は、ツバキ市のトップであるツバキ市総書記長と敵対したことで、失脚し、そのために合星国へ亡命することになった。
 
 俺はオウの部下としてその亡命に手を貸している。 

「そろそろ、門が開きます。オウ様の思力しりょくなら、問題ないでしょう」
 
 「ああ、もちろんだ」
 
 そう言って、オウは準備運動するかのように思力を開放し始めた。

 ――思力。
 
 それは、思いを現実に顕現させる力だ。

 思力は、人間にしか影響しないが、自分に使えば通常ではあり得ないような力を出せるし、他者に向ければ、相手を屈服させ、支配する力となる。

「門が開きました」
 
 俺の声に呼応するかのように、炎の紅き虎となったオウの思力がまるでドレスのようにオウを包み込んだ。

 思力は、現実フィジカルではなく、幻影ヴィジョナルだ。
 
 実際にはオウが纏う炎は物を焼くことはない。しかし、人間に対してだけは、その幻影ヴィジョナル本物リアルになり、熱さを感じ、触れれば焼かれる。
 
「短い間だったが、世話になったな。部下というだけでお前も危ない橋を渡った」
 
美しい炎虎となったオウがそう言って笑った。
 
「オウ様は英雄です。市を腐敗から救いました。あとは、おまかせ下さい」
 
「ハハハ、そうだな。私は合星国のビーチリゾートでのんびりしとこう。落ち着いたら遊びに来てくれ」
 
そう言ってオウらしい豪快な笑いを見せた。
 
「では、行くぞ」
 
「はい」
 
 門までは、人が普通に走って行くには遠い。3分はかかるであろう。ただ、思力装纏ドレスアップしたオウなら数秒だ。
 
「途中の衛兵の障壁は私が消します」
 
「頼んだぞ。さらばだ」
 
 そう言ってオウは門へと駆け出した。
 
 オウの接近に気づいた衛兵は、思力の壁を作った。合星国の領事館を守る兵だけあって、強固な思力壁だ。
 
 俺はその思力壁を消すため、自分の思力を解放した。
 
 俺の思力様式スタイルは、物理相殺フィジクスオフセットだ。相手の思力とは逆の物理現象を当てて、思力を無効化ディセーブルする。

 構築された強固な壁の中央にぽっかり穴があき、衛兵は慌てた。
 そして、その瞬間には炎の獣となったオウがものすごい速度でその穴を駆け抜けた。
 
 徐々に穴は閉じていくが、その時にはもうオウは門から領事館に入るところであった。こちらにオウらしくない微笑みを見せ、手を上げていた。
 
 これからの彼女の残酷な運命を思うと俺は胸が痛んだ。
 
 ビーチリゾートに行けないのは、本人もわかっているだろう。俺に気をかけてくれたのだ。
 
 ただ、これは彼女が選んだ道である。この国のために自ら決めた道。国のために選んだ道が亡命とはなんとも皮肉だ。
 
 今の弱腰合星国なら、この国のプレッシャーに負け数日中にはオウを放り出すだろう。

 俺はこの計画を裏で指示した者に成功を報告するため、ここ数日使っていた隠れ家として使っていた事務所に戻った。事務所からなら、リスクなく連絡できる。

 誰もいない事務所に入り、ここ数日の緊張から解き放たれ、ふーとひと息吐いた。
 
「なかなか面白い思力だな」
 
 無機質な声が突然俺に向けられた。
 
 「!?」

 そこには、俺を、いや、この国の国民を支配する者が立っていた。
 
 漆黒の髪と闇より深い双眸、少女にも、成熟した女性にも見える、人ならざるもののような美しさ。
 
 いつもは無表情であるが今日は、少し笑みを浮かべていた。悪魔のような笑みだ。

「来ていらっしゃったのですか……」

 本来こんな寂れた事務所にいるような身分でない。見た目だけでなく存在自体が俺にとっては非現実的だ。

「当たり前だ。今日の出来事は、私がこの国で権力を掌握するための重要な一歩だからな」

 そう言いながら、動けぬ俺の横を通りすぎ、女は奥のソファーに深々と座った。

 俺の目の前にいる少女のような美しい女の名前は、シー・ムセツ。

 ここ華の国を支配する党の最高意思決定機関、九人しかいない中央政治局常務委員フラワーナインの一人であり、次世代の党最高権力者候補だ。
 
 彼女の深い瞳の闇を見つめながら、俺は、この人が独裁者へとなる道を止めることができるのか、そう自問した。 
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