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第一章:独裁の萌芽!?華の国ツバキ市の腐敗
エピローグ:彼女の独裁は止められる!? 力なき者の希望
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「ふー、少し休憩するかな」
今日一日やらなくていけない畑作業の半分くらいを終えたところで、俺は一息つくため、畑のそばに簡単に備え付けた椅子に腰かけた。
テイとシーから受けた訓練のお陰で、俺は母よりも思力が強くなっており、母と父を休ませて実家の農作業代わりに行っていた。
シーとボアの対決から約一ヶ月が経とうしていた。
ボアは、重大な規律違反の疑いという名目で党に拘束され、ツバキ市の書記長を解任されていた。
あの闘いの後、ボアを引き渡した俺は、同じように当局に拘束された。
華の国を揺るがした亡命未遂事件。それを起こしたオウの当時、唯一の部下であり、事件後から行方が分からない。しかも、逃亡直前オウと買い物や食事をしている姿も目撃されている。
当局からしたら、そんな怪しい輩をほっとく訳がないのだ。
ただその拘束は予期されたものであった。
「ま、軽く取り調べられる程度よ。あんたレベルが何か重大な事に関わっているなんて誰も真剣に考えはしないもの」
と、予めテイが説明してくれた。
シーやテイが裏で手を回すほどもないとのことだった。
おれは、予めテイに仕込まれた通りの回答をした。
閑職に追いやられたオウが暇だから、ドライブに俺を誘ったというようなストーリーだった。そして、事件を、知った後怖くなったため、ツバキ市から逃げてロサ・キネンシス市にいたということにした。
俺を取り調べた担当は怪訝な表情だったが、それは供述内容が嘘くさいというわけでなく、何でオウのような支配者クラスがこんなレベルの男を誘ったのだというような疑問であった。
俺は数日で解放された。
釈放後、シーの使いが迎えにでも来るのかと期待していたのだが、期待に反して誰も俺を迎えに来るものはおらず、ただ一人、華の国首都ロサ・キネンシス市に放り出された。
こうなると俺にはどうしようもなかった。
俺がシーに協力していたのを知っているのはシーとテイだけなのだ。
そして、当然、その二人に俺から連絡を取る手段なんてない。
途方にくれた俺は、持っていた身銭を使って実家に帰った。他に行く宛もなかった。
オウの事件から約二ヶ月、俺は音信不通であったのだ。
両親はもちろん心配してくれていて、帰ってきた俺を見て父は泣き出してしまった。
そこから一ヶ月、俺は両親の畑を手伝いながら今後の事を考えていた。
いつまでも両親に甘える訳にもいかない。そこまで余裕のある暮らしではないのだ。
実家で生活しながら俺は、俺の家族や暮らしを時折思い出した。特にもう会えないであろう娘たちを思い出すと堪らなくなった。
しかし、俺の暮らしていた記憶はもう半年前なのだ。
徐々に記憶は薄れ、俺としての現実がそれを上書きしていった。
シーに何かしら影響を与え、世界の衝突の危機を回避できれば俺は戻れるかもしれない。
この藁にも縋る仮説を実現するために何度も固い決意をしたのに、その決意も俺の記憶と共に薄れていった。
人は、いや、俺はそんなに強い人間ではない。
実現するかわからないもののためにそう強く決意は続かないのだ。
その点、シーもオウも現実的にはとても困難な華の国から不正や汚職をなくすといった目標に向かって長年闘っている。
まっすぐ決意を変えないで。
普通に考えれば叶わないような目標に向かって進める者と進めない者。
これは思力の強さだけでなく、人間としての強さの差だ。
(でも、少し前の俺なら今日の作業を一日で終えるなんて考えもしなかったよな)
そう、成長したのだ。
前なら出来なかった事が出来るようになったのだ。
自分を諦めなければ人は成長できる。
小さな力でもボアみたいな巨大な力に対抗できる。
今はどうすればいいのか考えは浮かばない。それでも諦めずに俺《ルー》と俺《かつき》の目標に進むしかない。
「さ、続きをやるかな」
決意を風化させないよう、自分に言い聞かせて、俺は立ち上がった。
畑作業の続きをするために、すぐ近くに置いておいた鍬を取ろうとしたところで、その鍬がないことに気がついた。
「ふむ、畑作業は久しぶりだな」
背後から予期せぬ声が聞こえた。
振り返りそこにいたのは、なんとシーだった。
「シー様!? ど、どうしてこんなところに?」
「ルー、時折民の暮らしを視察するのは為政者として当然の責務だぞ」
相変わらずの無表情と無感動な口調でそう言うと、シーは畑に入っていった。
「幼い頃はよく農民の畑作業を手伝ったのだ。あの頃は無邪気で楽しかったな」
そう云うとシーは黙々と作業を始めた。
止めるべきなのかわからないが、止めることは出来なそうだ。俺が出来ることはシーと同様作業をすることであった。
「久しぶりだからかな。思ったよりも時間がかかったな。」
作業は、……三十分足らずで終わってしまった。
俺が半日分だと思っていた作業が。
シーは意外にも畑作業に慣れており、手際がよかった。
ただ、それにも増して思力の差なのだ。
俺はほぼ何も手伝うことが出来なかった。
次期総書記様に畑作業をやってもらった。しかも、ろくに手伝えもしなかった。
母が聞いたら卒倒するかもしれない。
圧倒的な支配者クラスの思力。
またしてもその絶望的な差を目の当たりにした。
「お茶を出すくらいしかできず申し訳ありません。しかも、畑作業をしていただいて、なんとお礼を言ったらいいか」
「ルーには貸しがあるからな。こんなことくらいお安いご用だ。それに、私も久しぶりにこんな仕事ができて楽しかったよ」
シーはお茶をすすりながらいたずらな表情を俺に見せた。
「我々、党幹部は、たまにはこうやって畑仕事でもするべきだな。不正に手を汚すばかな連中だ。たまには泥で汚すべきだ」
「はぁ」
シーはすました顔で冗談なのか、本気なのかわからない事をいいながら、お茶を、すすった。
「さてと、そろそろ行くかな」
お茶を飲み終えたシーはそう言っておもむろに立ち上がった。そして、畑を囲む土手に上がると遠くの景色を眺めだした。
シーが見ているその先にはツバキ市の現代的な超高層ビル群が見えた。
辺り一面田園風景が広がる中で、その都市は唐突に存在している。ボアが作り上げたと言っても過言でない最先端の現代都市。
それが華の国が本来あった悠久の大自然の中で浮かんでいるように存在している。
(まるで、華の国の矛盾を体言したような景色だ)
華の国は、共生主義を標榜し、その実現のために党が支配している。
しかし、富は平等に分けられず、都市部に住む一部の者が独占している。
そんな富が集まる都市であるが、幸せはどのくらい集まっているのか。
富を持つものは不正に手を汚し、いつしか破滅の道をたどる。それでも、この国から不正はなくならない。
農村部に住む我々は、確かに貧しい。ただ、それで不幸せだろうか。
俺は、都市部に住んでいた時より、この一ヶ月両親と畑仕事をしていた時の方が何倍も幸せであった。
富の象徴にも思える都市群。ただ、そこに、幸せはあるのであろうか。
シーが見ている先と同じ景色を、見ながら俺はそんな物思いに耽っていた。
突如シーが俺には話しかけた。
「ルー、あと数日両親と過ごしたら、中央に来い。そしたら、しばらく両親とは会えないぞ。その時間、大切に過ごせよ。」
「は、はい!それでは、もしや、私を……。」
「ああ、私の付き人にしよう。これから、党に蔓延る不正と闘わなくてはならない。ボアは、始まりにすぎない。同じようにルーが、役に立つかわからんがな。それでも、いないよりはましだ。それに、こう見えても中央政治局常務員の一人だ。お茶汲み係の一人くらい雇ってもバチはあたらないだろう。」
「あ、ありがとうございます。身に余る光栄です。党と華の国に住むすべての民のために骨身を惜しまず働きます」
「ふふ、そうか、期待してるぞ。なんせ、これから闘うのは、同じ中央政治局常務委員や中央政治局常務委員だった者達だからな」
「は、はい。いや、え、中央政治局常務委員とですか?」
「そうだ。不正と闘うには、中央政治局常務委員を支配しなくてはならないからな。ま、私は気は楽だ。ボアと同じようにルーがすべて力を無効化してくれるだろうからな」
そう言って俺に向けられた笑顔は、これまで見た笑顔の中でもとびっきり美しい笑顔であった。
俺はこれからシーが党の権力基盤を握るために力を貸すのだ。そして、それはシーの独裁化へと繋がるのであろうか。
ただ、それはそばに居ることでしかわからない。
彼女の独裁を止める。
それが俺の希望だ。
今日一日やらなくていけない畑作業の半分くらいを終えたところで、俺は一息つくため、畑のそばに簡単に備え付けた椅子に腰かけた。
テイとシーから受けた訓練のお陰で、俺は母よりも思力が強くなっており、母と父を休ませて実家の農作業代わりに行っていた。
シーとボアの対決から約一ヶ月が経とうしていた。
ボアは、重大な規律違反の疑いという名目で党に拘束され、ツバキ市の書記長を解任されていた。
あの闘いの後、ボアを引き渡した俺は、同じように当局に拘束された。
華の国を揺るがした亡命未遂事件。それを起こしたオウの当時、唯一の部下であり、事件後から行方が分からない。しかも、逃亡直前オウと買い物や食事をしている姿も目撃されている。
当局からしたら、そんな怪しい輩をほっとく訳がないのだ。
ただその拘束は予期されたものであった。
「ま、軽く取り調べられる程度よ。あんたレベルが何か重大な事に関わっているなんて誰も真剣に考えはしないもの」
と、予めテイが説明してくれた。
シーやテイが裏で手を回すほどもないとのことだった。
おれは、予めテイに仕込まれた通りの回答をした。
閑職に追いやられたオウが暇だから、ドライブに俺を誘ったというようなストーリーだった。そして、事件を、知った後怖くなったため、ツバキ市から逃げてロサ・キネンシス市にいたということにした。
俺を取り調べた担当は怪訝な表情だったが、それは供述内容が嘘くさいというわけでなく、何でオウのような支配者クラスがこんなレベルの男を誘ったのだというような疑問であった。
俺は数日で解放された。
釈放後、シーの使いが迎えにでも来るのかと期待していたのだが、期待に反して誰も俺を迎えに来るものはおらず、ただ一人、華の国首都ロサ・キネンシス市に放り出された。
こうなると俺にはどうしようもなかった。
俺がシーに協力していたのを知っているのはシーとテイだけなのだ。
そして、当然、その二人に俺から連絡を取る手段なんてない。
途方にくれた俺は、持っていた身銭を使って実家に帰った。他に行く宛もなかった。
オウの事件から約二ヶ月、俺は音信不通であったのだ。
両親はもちろん心配してくれていて、帰ってきた俺を見て父は泣き出してしまった。
そこから一ヶ月、俺は両親の畑を手伝いながら今後の事を考えていた。
いつまでも両親に甘える訳にもいかない。そこまで余裕のある暮らしではないのだ。
実家で生活しながら俺は、俺の家族や暮らしを時折思い出した。特にもう会えないであろう娘たちを思い出すと堪らなくなった。
しかし、俺の暮らしていた記憶はもう半年前なのだ。
徐々に記憶は薄れ、俺としての現実がそれを上書きしていった。
シーに何かしら影響を与え、世界の衝突の危機を回避できれば俺は戻れるかもしれない。
この藁にも縋る仮説を実現するために何度も固い決意をしたのに、その決意も俺の記憶と共に薄れていった。
人は、いや、俺はそんなに強い人間ではない。
実現するかわからないもののためにそう強く決意は続かないのだ。
その点、シーもオウも現実的にはとても困難な華の国から不正や汚職をなくすといった目標に向かって長年闘っている。
まっすぐ決意を変えないで。
普通に考えれば叶わないような目標に向かって進める者と進めない者。
これは思力の強さだけでなく、人間としての強さの差だ。
(でも、少し前の俺なら今日の作業を一日で終えるなんて考えもしなかったよな)
そう、成長したのだ。
前なら出来なかった事が出来るようになったのだ。
自分を諦めなければ人は成長できる。
小さな力でもボアみたいな巨大な力に対抗できる。
今はどうすればいいのか考えは浮かばない。それでも諦めずに俺《ルー》と俺《かつき》の目標に進むしかない。
「さ、続きをやるかな」
決意を風化させないよう、自分に言い聞かせて、俺は立ち上がった。
畑作業の続きをするために、すぐ近くに置いておいた鍬を取ろうとしたところで、その鍬がないことに気がついた。
「ふむ、畑作業は久しぶりだな」
背後から予期せぬ声が聞こえた。
振り返りそこにいたのは、なんとシーだった。
「シー様!? ど、どうしてこんなところに?」
「ルー、時折民の暮らしを視察するのは為政者として当然の責務だぞ」
相変わらずの無表情と無感動な口調でそう言うと、シーは畑に入っていった。
「幼い頃はよく農民の畑作業を手伝ったのだ。あの頃は無邪気で楽しかったな」
そう云うとシーは黙々と作業を始めた。
止めるべきなのかわからないが、止めることは出来なそうだ。俺が出来ることはシーと同様作業をすることであった。
「久しぶりだからかな。思ったよりも時間がかかったな。」
作業は、……三十分足らずで終わってしまった。
俺が半日分だと思っていた作業が。
シーは意外にも畑作業に慣れており、手際がよかった。
ただ、それにも増して思力の差なのだ。
俺はほぼ何も手伝うことが出来なかった。
次期総書記様に畑作業をやってもらった。しかも、ろくに手伝えもしなかった。
母が聞いたら卒倒するかもしれない。
圧倒的な支配者クラスの思力。
またしてもその絶望的な差を目の当たりにした。
「お茶を出すくらいしかできず申し訳ありません。しかも、畑作業をしていただいて、なんとお礼を言ったらいいか」
「ルーには貸しがあるからな。こんなことくらいお安いご用だ。それに、私も久しぶりにこんな仕事ができて楽しかったよ」
シーはお茶をすすりながらいたずらな表情を俺に見せた。
「我々、党幹部は、たまにはこうやって畑仕事でもするべきだな。不正に手を汚すばかな連中だ。たまには泥で汚すべきだ」
「はぁ」
シーはすました顔で冗談なのか、本気なのかわからない事をいいながら、お茶を、すすった。
「さてと、そろそろ行くかな」
お茶を飲み終えたシーはそう言っておもむろに立ち上がった。そして、畑を囲む土手に上がると遠くの景色を眺めだした。
シーが見ているその先にはツバキ市の現代的な超高層ビル群が見えた。
辺り一面田園風景が広がる中で、その都市は唐突に存在している。ボアが作り上げたと言っても過言でない最先端の現代都市。
それが華の国が本来あった悠久の大自然の中で浮かんでいるように存在している。
(まるで、華の国の矛盾を体言したような景色だ)
華の国は、共生主義を標榜し、その実現のために党が支配している。
しかし、富は平等に分けられず、都市部に住む一部の者が独占している。
そんな富が集まる都市であるが、幸せはどのくらい集まっているのか。
富を持つものは不正に手を汚し、いつしか破滅の道をたどる。それでも、この国から不正はなくならない。
農村部に住む我々は、確かに貧しい。ただ、それで不幸せだろうか。
俺は、都市部に住んでいた時より、この一ヶ月両親と畑仕事をしていた時の方が何倍も幸せであった。
富の象徴にも思える都市群。ただ、そこに、幸せはあるのであろうか。
シーが見ている先と同じ景色を、見ながら俺はそんな物思いに耽っていた。
突如シーが俺には話しかけた。
「ルー、あと数日両親と過ごしたら、中央に来い。そしたら、しばらく両親とは会えないぞ。その時間、大切に過ごせよ。」
「は、はい!それでは、もしや、私を……。」
「ああ、私の付き人にしよう。これから、党に蔓延る不正と闘わなくてはならない。ボアは、始まりにすぎない。同じようにルーが、役に立つかわからんがな。それでも、いないよりはましだ。それに、こう見えても中央政治局常務員の一人だ。お茶汲み係の一人くらい雇ってもバチはあたらないだろう。」
「あ、ありがとうございます。身に余る光栄です。党と華の国に住むすべての民のために骨身を惜しまず働きます」
「ふふ、そうか、期待してるぞ。なんせ、これから闘うのは、同じ中央政治局常務委員や中央政治局常務委員だった者達だからな」
「は、はい。いや、え、中央政治局常務委員とですか?」
「そうだ。不正と闘うには、中央政治局常務委員を支配しなくてはならないからな。ま、私は気は楽だ。ボアと同じようにルーがすべて力を無効化してくれるだろうからな」
そう言って俺に向けられた笑顔は、これまで見た笑顔の中でもとびっきり美しい笑顔であった。
俺はこれからシーが党の権力基盤を握るために力を貸すのだ。そして、それはシーの独裁化へと繋がるのであろうか。
ただ、それはそばに居ることでしかわからない。
彼女の独裁を止める。
それが俺の希望だ。
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