げに美しきその心

コロンパン

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2章

死の恐怖

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ケビンは、息苦しさで目を覚ます。

「・・・・!!!!!」

ヒュッと息を呑んだ。
自分を見下ろす、空色の髪をした女性。
瞳は怒りを乗せたように赤い。

その怒りは自分へ向けられている。

そして息苦しく感じたのは、物理的にケビンを押さえつけている、紛れもなく木。
そう木である。
何故か木を持ち、ケビンの胸元を根の部分で押さえ付けている女性は地を這うような声でケビンに問う。

「貴方は誰ですか?何故シルヴィア様の部屋で寝ているのですか?どうやって忍び込んだのですか?
どうなりたいのですか?死にたいのですか?死にますか?」

丁寧な口調だが、後半部分が物騒過ぎて、ケビンの頭は真っ白になった。

「あああ、あの僕は、シ、シ、シルヴィア様に雇われて・・・」

ケビンの言葉に女性の目が細まる。

「雇われて?雇われた人間が、雇い主と同じ部屋で寝るのですか?しかも、異性の。」

「・・・ですよね・・・。」

だから、言ったのに!ケビンは心の中で叫んだ。

「それに貴方どう見ても雇われた人間の格好をしていないではないですか。」

「全くその通りです・・・。」

何も言うことが出来ない。自分でも女性の言う事の方が正しいと思う。
悪びれる素振りも見せないケビンに、息を大きく吐き。

「シルヴィア様に害を為す類の人間では無さそうですが・・・。」

殺気を少し和らげた女性はベッドの大きい布団の塊に視線を移し、

「其処から、動かないで下さいね。」
とだけ告げ、ベッドの方へ向かう。

布団を勢いよく剥がし、その中で丸まって眠るシルヴィアに声を掛ける。


「シルヴィア様、起きてください。」

シルヴィアの肩を優しく揺らす。
少し身動ぎ、小さな声を洩らし、シルヴィアはゆっくりと目を開ける。

「う、ソ、ニア?おはよ・・。」

「おはようございます。シルヴィア様」

軽く伸びて、シルヴィアが起き上がる。

「ソニア、もう帰ってきたのね。」

ふんわり笑うシルヴィア。
ソニアも穏やかな笑みを返す。

だが、ソニアの表情が一変する。
シルヴィアはその様子に首を傾げる。

ソニアの手が、そっとシルヴィアの目元へ伸びる。
指先で雫を掬う。

「泣いていらしたのですか・・?」

シルヴィアがハッとして、焦りながら、弁解する。
「あ、あの、これはその・・!夢!そう、夢!凄く怖い夢!」

「夢、ですか?」

「そう、ソニアに凄く怒られる夢!」

「・・・私に怒られる位で、貴女は泣かないでしょう?」

「本当!凄く怖かったのよ!もう、このまま怒られて死んじゃう位!」

「私がシルヴィア様に危害を加える事は無いですが、正直にお話をしてくれないと、夢が現実になるかもしれないですね?」

頬が引き吊るシルヴィア。これは、絶対話すまでこの部屋から出る事が出来ないパターンだ。
どう話そう。シルヴィアが考えを巡らせていると、

「ぼ、僕から話してもいいですか?」

ケビンが声を発した。

ソニアがケビンの方へ顔を向ける。

「どうやら、貴方が此処に居る事と関係がありそうですね。シルヴィア様に聞くより、貴方に聞く方が
良さそうですね。
変な私情も挟まないでしょうし。」

シルヴィアはケビンに目配せをするが、ケビンは首を横に振る。

「はい、昨日の事を有りの儘にお話しします。」

シルヴィアは観念して、肩を落とす。

ケビン自身も真実を述べなければ、自分の命が危ない。







ケビンが昨日の出来事を包み隠さず話し終わり、終始無言だったソニアは恐ろしいほど綺麗な笑顔で

「よし、殺そう。」

「・・・ひっ!!」

溢れ出たソニアの殺気にケビンは肩を大きく震わせ、固まってしまう。

ソニアは部屋を出ようとする。

「駄目、駄目駄目!」

慌ててシルヴィアは扉の前に立ち塞がる。

「シルヴィア様、そこを退いて下さい。」

「退きません!」

両手を広げて、頑としてそこから動かない。

「シルヴィア様。」

シルヴィアは首を振る。

「そんな怖い顔をしている貴女を出ていかせる訳にはいかないわ。」

ソニアが目を閉じ、大きく息を吐く。

「・・・これを外に持って行くだけです。」

ソニアは自分の手に持つ木をシルヴィアに見せる。
シルヴィアがそれを見て目を見開き、頬に手を当て驚く。

「これ、サッシュの苗木よ、ね?ど、どうしたの!?」

サッシュの苗木とソニアを交互に見やり、シルヴィアがソニアに問い掛ける。
ソニアは先程までの殺気が霧散したようで、穏やかな表情でシルヴィアを見る。

「ビルフォード家から苗木を分けて頂きました。あと4本程持ち帰っています。シルヴィア様にお見せしようと
お部屋へお持ち致しましたが、違う使用方法で役に立ちましたね。」

事も無げにソニアは言うが違う使用方法とは、恐らくケビンを押さえつける為だろう。
ケビンの顔が強張る。

シルヴィアは頬を桃色に染め、ソニアに抱き着く。

「素晴らしいわ、ソニア!!丁度昨日此処のお庭にサッシュを植えようと思っていたから、
お父様にお手紙を出そうと思っていたところなのよ。ありがとう!!」

ソニアは然も当然かの様に

「庭の手入れを為さるのであれば、まずサッシュをお植えになるだろうと思っていました。
教会からの帰り道にビルフォード家へ立ち寄り、事情をお話し致しまして分けて頂いたのです。
まぁ、ジュード様へのご報告を兼ねていましたが。」

「まあ、お父様は何て?」

「・・・(激怒していました。)シルヴィア様を心配しておいででした。シルヴィア様を宜しく頼むと。」

ソニアはジュードにレイフォードの罵倒の一部を伏せ、ありのままに報告した。
それだけでもジュードを怒らせるのに十分で、何かあれば逐一報告せよと厳命された。

今回の事を報告すれば、確実にシルヴィアの兄を連れてこの屋敷に乗り込んでくるだろう。
ソニアとしては、それでも良いのだがシルヴィアを悲しませるのは本意ではない。

「ジュード様には何かあれば、報告せよと仰せつかったのですが、今回の事もお伝えせねばならない
案件の一つですが、さて、どこまで報告して良いのやら・・・」

シルヴィアの顔色が青くなる。

「ああ、心配性のお父様の事だからそんな事を言ってしまったら、大変だわ。
でも、ソニアもお父様のお言付を反故にしてしまうのは・・・
・・・私もお手紙を書くわ。大丈夫だから心配しないでって。」

シルヴィアがジュードの行動を制止させれば、下手に行動は起こさないだろう。

「そうだわ、一週間後、レイフォード様のお義父様の夜会のエスコートをノーランお兄様にお願いしようかと
思うから、それもお手紙に書かないと。」

「・・・そうですね。(ノーラン様の絶対零度の微笑みが思い浮かぶ。)」




扉の前から足早に移動して、椅子に座り書類机で手紙を書き始める。
書き終わると、早馬に持たせる。


ソニアとケビンの三人でサッシュの苗木を植え、朝食を取る為食堂へ向かう。

当たり前だが、ゴードンがケビンを見て怪訝な顔をする。
ソニアが淡々と経緯を話し、ゴードンは膝から崩れ落ちる。

昨日の無礼な女性達の一件の矢先の出来事で、もうゴードンは床に頭を擦り付けシルヴィアに謝罪をする。

ソニアにはその女性達の件は初耳だったので、ゴードンに努めて穏やかな声で問い質す。
ゴードンは、怒りを抑えているソニアに慄きながら、事の顛末を話し終える。

もう昨晩の事で、怒り心頭であるソニアなので、今更女二人の無礼など取るに足らない事であるが、
ゴードンに女二人の素性を聞き出し、ジュードへ処置を頼もうと考えた。



この二日間でこうなのだ。
一週間後の夜会で一体どうなることやら、全くそんな事を気にもせずケビンの身なりを整えるようゴードンに
朗らかに頼むシルヴィアを見て、ソニアは小さく溜息を吐くだけだった。









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