げに美しきその心

コロンパン

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3章

夜会(3)

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シルヴィアはスっとカーテシーをする。

「はい、その通りでございます。
ジュード・フォン・ビルフォードの娘、シルヴィアでございます。
こちらは私の兄、ノーラン・フォン・ビルフォードでございます。」

シルヴィアの紹介を受け、ノーランも恭しく一礼する。


目の前に立つレイフォードの様に黄金の髪の男性は、少し波打つ前髪を耳の辺りまで流し、短く切り揃えている。
目は優し気なレイフォードと同じくエメラルドグリーン。
血を分けた兄弟であろう事が容易に想像できる。

その男性も同じく一礼する。

「僕はダイオン・ヴァン・アルデバランの長兄のエリオットだ。
レイフォードの奴、シルヴィア嬢をエスコートもせずにノコノコ一人で来るもんだから、訳を聞いたら、今夜はシルヴィア嬢は兄上と一緒に来るから、後で呼べばいいって言うからさ。」

エリオットは半ば呆れた様子で話す。更に

「君達がこちらへ入場した時にアイツがあの二人だと言って、側仕えに連れてこいって命じて自分が迎えに行かないからさ。
僕が来るのもどうかと思うけれど弟の謝罪も兼ねてお迎えに来たのだけれど。
・・・本当に申し訳なく思うよ。ちょっとアイツ、レイフォードは、事情があって僕達も甘やかしてしまったばかりにかなり困った性格になってるだろ?
シルヴィア嬢も来て早々、何かしら迷惑をかけてるかなと思って。」

シルヴィアの挙動を伺う様にエリオットは問いかける。
ノーランはエリオットの物言いに少し含みがあるのを感じたが、表情には出さず張り付けた微笑をエリオットに向ける。
シルヴィアがレイフォードに対して不平を零すなら、恐らくいつでも離縁出来るように手配するのだろう。


(私は全然構わないけれど、多分、シルヴィアは・・・。)

ノーランはシルヴィアを見る。シルヴィアはエリオットに花の様に可憐な笑顔を見せている。

(やはりな。)

「エリオット様、お気遣いありがとうございます。
ですが、私は旦那様の事をお慕いしております。
こんな私を妻として迎え入れて頂きました。
感謝しかありませんわ。
だからエリオット様もお気になさらないでください。」

本心からの言葉なのか測りかねるエリオット。

「え、ええと、本当にシルヴィア嬢はレイフォードに対して何も思う所は無いの?」

シルヴィアが首を傾げる。

「お慕いしていますけれど、他に何かという事でしょうか・・?」

無言でエリオットは頷く。
少し顔を赤く染め、両手をもじもじとさせながら、シルヴィアは少しずつ言葉を落としていく。

「以前にお会いしてから、お手紙の遣り取りでしか旦那様と交流がありませんでした。
ですが、お手紙だけでも旦那様がお優しい方である事が分かりましたし、
お慕いする気持ちは募りました。
お会いして想像していたお姿よりも遥かに素敵になられていました。」

シルヴィアは少し翳を落とす。

「ですが、私はこの身体で旦那様を失望させてしまいました。
私ももっと必死に頑張れば良かった。私も私自身に失望しました。
どうにかしたい、そう思い先程お兄様とも相談したのですけれど・・・その・・・。」

「その?」

エリオットが言葉の続きを促す。

「や、」

「や?」

「・・や、痩せる為に、剣の鍛練をしようと思いますの!・・・お恥ずかしいお話です・・・。」

「痩せる?為に、け、剣の、鍛練ですか・・・?」

エリオットが大きく目を見開いて、シルヴィアとノーランを交互に見る。

シルヴィアは目を輝かせる。

「はい!先ずはお父様に許可を頂かないといけませんが、
今日、ノーランお兄様に教えて貰えるかをご相談していたのです。」

「で、私は人に教えるのが不得手でして、妹の護衛侍女が適任ではないかと助言した所なのですよ。」

ノーランはエリオットの反応が余りにも想像通りだったので、笑いを堪えながら話す。

エリオットは暫く声を発する事が出来なかった。
目の前のこの女性が、剣の鍛練をするという発言が俄に信じ難かった。
漸く、出た言葉が無礼であっても、聞かずにはいられなかった。

「・・・貴女は剣を振るという事を軽くお考えではないのか?
失礼を承知でお尋ねするのだが、その貴女の腕では剣を持つだけでもやっとなのでは?」

ノーランはエリオットの言葉が嘲りではなく、あくまで紳士的にシルヴィアを心配しての発言である事が、彼の表情や声色で読み取れたので、
敢えて何も言わなかった。
そうでなければ、視線で黙らせる所だ。


シルヴィアは突然自分の右腕を上に掲げ、ドレスの袖を捲り上げ始める。
エリオットが何を、と声を発する前に、自分の二の腕部分をエリオットにずいっと見せつける。

「大丈夫です!私日頃鍛えていますの!見てください!
二の腕に薄っすらですが、筋肉も付き始めました!」

口が開いたままの状態のエリオット。
ノーランは口元を手で隠し、顔を横に反らす。肩が小刻みに震えている。

「毎日お庭のお手入れをしている内に少しずつですけど、ね。
ふふふ。少しずつ身体も元に戻って来ているのです。もう嬉しくて!
ね、少しですが、付いてますでしょ?」

エリオットは困惑する。女性がこんな筋肉の自慢をするのはどうなのか。いや、それよりも肌を見せても良いのか、庭の手入れ?この女性が自ら?
鍛えている?もう何を言っているのだろう。根本的な事を取り敢えず指摘しよう。そう思い、

「シルヴィア嬢・・・みだりに男性にそう肌を見せるべきでは無いですよ。」

しばらくの沈黙の後、シルヴィアは顔が見る見るうちに真っ赤になる。自身でも気づいたようだ。


「・・・・!も、申し訳ありません!!
私ったら、何て恥ずかしい・・・!ごめんなさい!!忘れてくださいまし!
あまりにも嬉しくて・・・。」

シルヴィアはどんどん恐縮していき、声が小さくなっていく。


後ろから噴き出す声がする。ノーランだ。
彼はエリオットに耳打ちをする。

「ふふ。エリオット殿、申し訳ない。
妹は少し興奮すると、周りが見えなくなるのです。
度々注意はしているのですが、
・・・中々治らなくて。
私にはそれすらも愛おしいのですが、他の方はそうではない事が大半で、シルヴィアは度々悪意をぶつけられるよになりました。」

エリオットがノーランの顔を見るその表情は、苦悶に満ちている。
尚も、ノーランは続ける。

「そのせいと言っていいのか、私達家族はシルヴィアに対して過保護になり、家に閉じ込める様に彼女を社交の場から切り離してしまい、社交術を学ぶ事も無いまま今に至ります。他者との距離感が近いのもそのせいです。」

エリオットはノーランから視線を外し、シルヴィアに目を遣る。
シルヴィアは自分の二の腕をまだ見ている。
もう少しこの弛みをどうにかしたいわね。そう呟きながら二の腕を摘まむ。
エリオットの視線に気づき、バッと腕を後ろ手に組み何事も無かったかのように、ニコっと微笑む。

堪らずエリオットも噴き出した。
こんな面白い女性に出会った事がない。
レイフォードめ、何て勿体無い。
目の前の女性はこんなに魅力的なのに気づきもしないで、適当な女ばかり相手にして。

僕が貰い受けたいくらいだよ。

すうっと目を細め、獲物を狙う獣の目でシルヴィアを見るエリオット。
その目を向けられたシルヴィアは、自分がまた何かやらかしてしまったのかと焦り、がばっと頭を下げる。

「申し訳ございません。エリオット様、私何かエリオット様の気分を害してしまったみたいですね・・・。
私よく色々な人を怒らせてしまう才能があるみたいで、もし何か至らない所がございましたら直ぐに仰って欲しいのです。
自分で気が付ければいいのですが・・・。中々気が付く事が出来なくって・・・。」


エリオットは盛大な思い違いをしているシルヴィアに優しく話す。

「シルヴィア嬢、僕は怒ってなどいませんよ?寧ろ貴女と出会えた事に感謝したいくらいだ。
ただ、弟の妻という形では出会いたくなかったな。」

シルヴィアは顔を蒼褪める。

(まさか・・・!エリオット様にまで、旦那様の妻として認めて貰えてない!?)

「はい!私、頑張りますから!
旦那様の妻と認めて頂けるまで頑張ります!」

頭を上げ、背筋を伸ばし決意表明をするシルヴィアに、エリオットは苦笑する。

「参ったな、そういう意味で言った訳ではないのだけれど・・・。」

ノーランはとうとう腹を抱えて笑う。

「ふ、くくくっ。
妹は恐ろしく鈍感ですので、そんな回りくどい言い方では伝わらないですよ。」

「一筋縄ではいかないと言う訳だな。」

エリオットは腕を組む。

(せめて一度会う機会があったなら、レイフォードとの婚約を無理にでも破棄し、僕と結び直したものを。
まぁ、多少面倒だが彼女の心がこちらに向ける事が出来れば、ビルフォード伯爵家の力をお借りして、離縁させればいい。)

エリオットがシルヴィアに微笑む。
シルヴィアも釣られて微笑み返す。






(気長にやるさ、レイフォードが気付く前に。)















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