げに美しきその心

コロンパン

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4章

焦燥

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「ケビン!」

シルヴィアが少し大きめの声でケビンを呼ぶ。
ロゼの花の水やりをしていたケビンはシルヴィアの姿を確認すると、
目を少し見開きシルヴィアの元へ駆け寄る。

「シルヴィア様、もうお加減は大丈夫なのですか?」

ケビンが眉尻を下げ窺う。

「ええ!もう大丈夫!
私は単なる寝不足なだけだから、病気ではないから、沢山眠ったら、もう元気よ!
心配をかけてごめんなさい。」

シルヴィアがドンと胸を叩き、ケビンを安心させるように振る舞う。

そんなシルヴィアを見て漸く安心したのか、笑顔を見せるケビンは、何かを思い出したらしく、

「ちょっと待ってて下さい!」

とだけ言い残し、奥へ走って行く。
数分後、戻ってきたケビンは両手に持っていた鉢植えをシルヴィアに差し出す。

「あの、これお見舞いにと思っていたのですが、
・・・中々お渡しに行けなくて、申し訳ありません。」

「まあ!チアの花ね!可愛らしいわ!
とても嬉しいわ!ありがとう。」

ぱああ!と顔が綻びシルヴィアは、ケビンから受け取った鉢植えのチアの花を、嬉しそうに眺める。

ケビンははにかみながら告げる。

「鉢植えの方が、ずっと観賞出来ると思いましたので、種を市場で購入しました。
花壇にも、植えてみようかと思うのですが、
宜しいでしょうか?」

シルヴィアは何度も頷く。

「ええ!ええ!
ケビンは此処の庭師なのだから、自由に植えて良いのよ!
私も一緒に植えてもいいかしら?」

ケビンは顔を少し赤く染めて、笑顔を浮かべる。

「もちろんです!」

にこにこと笑顔を浮かべるシルヴィア。
だが、直ぐにあっと声を上げて、済まなそうな顔をする。

「・・・ごめんなさい。先に聞こうと思っていたのに。
ケビン、あの後体に違和感とか出ていない?」

「大丈夫です。シルヴィア様。先生から頂いた薬が効いたみたいで、
何ともないです。」

ケビンもまた、シルヴィアを安心させるように穏やかな表情で応える。
それを聞いて、ほうと息を吐き、シルヴィアは鉢植えに目を遣る。

「・・・本当に良かったわ。これでこの屋敷で血斑症の感染は食い止める事が出来たと思うわ。
ありがとう、ケビン。この鉢植え大切にするわね。」

(あとは、この領内での感染がどのくらいかを調べて、対応に当たらないと。)

シルヴィアが鉢植えを見つめ、考え込んで俯く。
ケビンはそのシルヴィアを愛おしそうに見つめる。

(シルヴィア様が喜んでくれて良かった。
少しあからさまと思ったけれど、
気付いていらっしゃらないみたいだ。
叶うことは無いけれど、その花だけでもシルヴィア様の傍に居れるのなら。)




ケビンの顔が強張る。

「・・・随分と、使用人と仲が良いのだな。」

低いのにやけに通る聞き間違いようのない声が後ろから聞こえてきた。
慌てて後ろを振り返ると、やはりそこにはレイフォードが立っていた。
その顔は酷く歪んでいる。
だが、以前の様な侮蔑の表情ではなく、怒りに近い。


(えええ!何故、レイフォード様が此処にいらっしゃるの!?
ま、まさか先程の事でまた私、何かしでかしたの!?)

シルヴィアは焦った。
今まで、ほとんど、全くレイフォードと顔を合わせる事が無かったのに、
今日はこの短い時間で、2回もレイフォードと遭遇している。
余程、自分がレイフォードの怒りを買うような事をしてしまったのだと、
絶望感で一杯になった。

目に見えて落ち込んでいるシルヴィアを横に控えていたソニアが小声で囁く。

「シルヴィア様、取り敢えず先程の返答をなさった方がいいのでは?」

ビクンッと体が跳ね、シルヴィアはレイフォードの顔見る。
自分の答えを待っている様にレイフォードは、シルヴィアを睨みつけている。
シルヴィアは辿々しく話す。

「あ、あの、此処の方々は皆さん私に良くしてくれて、私も皆さんと仲良くなりたくて、」

シルヴィアの言葉が聞こえていなかったのか、シルヴィアを睨んでいたレイフォードの目がケビンへと移る。

「・・・・・・?
よく見たら、お前、以前俺が金で買った奴ではないか。」

ケビンの肩が震える。
レイフォードは身が灼け付くような感覚に陥る。
シルヴィアを一瞥し、考え込む。

(何故、この男が此処で働いている。しかも、やけに親し気に、こいつと。
しかも、先程のあの目。
使用人が雇主に向ける目ではない。)

押し黙っているレイフォードを見て、
シルヴィアはケビンに貰った鉢植えをソニアに預けケビンの前に庇うように立つ。

「旦那様、ケビンは庭師として、私が雇いました。
旦那様に無断で雇ってしまった事は大変申し訳ありませんでした。
ですが、ケビンはこの庭を手入れするのに必要なのです。」

「必要・・・。」

その言葉が、やけに頭の中に響いた。
レイフォードはシルヴィアがケビンを庇う仕草にどうしようもない焦燥感に駆られる。
喉がひりつく。
やっと出た言葉が、シルヴィアを傷付けるとしても
レイフォードには考える余裕が無かった。



「そいつは、お前の愛人なのか?」






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