げに美しきその心

コロンパン

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5章

変容

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書置きに指定された場所に到着する二人。

古びた屋敷の扉に、大男が立っていた。
男の元へ躊躇いも無く進んでいくジュード。

男はジュードに気付き、片方の口角を上げる。

「金は持ってきたのか?」

そしてジュードもニヤリと笑う。

「金?そんな物は無い。俺は娘を迎えに来ただけだ。」

男の顔が醜く歪む。

「あああん?お前何、言ってやがる!!
金を持って来いと書置きに書いてあっただろうが!
娘を殺されてぇのか!?」

ふんっと鼻を鳴らすジュード。
赤い瞳の色が徐々に濃くなっていく。


「・・・・ほう。俺の娘を殺す。
面白い話だ。
この、ジュード・フォン・ビルフォードの娘を、か。」

男はジュードの瞳と名前を聞いて、顔がどんどん蒼褪めていく。
口の端から泡が溜まっていく。


「お、お、お前・・・まさか・・・・
煉獄の・・・・・ききき鬼神・・・!?」


その場で腰を抜かす大男。
そのまま後退りしようとするが、扉にぶつかり足だけがズルズルとその場で動くだけ。


「先程までの威勢はどうした?
俺の娘をどうするって?」

全く笑っていない瞳で、口元だけが吊り上がる。

「め、め、め滅相もない!!
鬼神様の娘様だったとは知らなかったんです!!
直ぐに!直ぐに娘様を連れて来ますから!!」

腰を抜かしたまま、四つん這いの状態で屋敷の中へ引っ込む男の後を追う二人。

「他の奴らも、こいつみたいに素直だといいのだがな。」

ジュードの呟きが聞こえず、レイフォードは辺りを見回す。

(シルヴィアはこんな所に、捕まっているのか・・・!?早く見つけないと。)

そこかしこに穴が開いて、整備が全く行き届いていない屋敷内。
埃だらけで、レイフォードは布で鼻と口元を覆いながら、大男の後に続く。


大男がピタリと立ち止まる。


「こ、ここでさぁ。この中に娘様が居ますんで・・・。」

中へ促す大男。
ジュードは大男の顔を一瞥し、軽く溜息を吐いた後、レイフォードに耳打ちをする。

(レイフォード、ここにシルヴィアは居ない。お前は俺が合図したら、屋敷の奥へ走れ。)

(え、伯はどうされるのですか。)

(言っただろう?敵の殲滅は俺が引き受けると。
経験則から言うとこういう輩は、大概が人質は奥へ隠している。
最奥まで走れ。必ずシルヴィアは居る。)

(分かりました。)

「ここにシルヴィアが居るのだな。」

ジュードは念押しする。
大男はにやけながら頷く。

「へえ!確かにここに居ます!さ、さ中へ。」


「ふん・・・。」

ジュードが中へ入ろうとした瞬間、大男の胸倉を掴み、部屋の中へ投げ飛ばす。

「行け!!」

ジュードがレイフォードに向かって叫び、そのまま部屋の扉を閉める。
中から、数十人は居るであろう野太い男の唸り声と悲鳴が聞こえる。

それと同時にレイフォードは、まだ続いている廊下の奥へ走る。



予めあの部屋に全員を待機させて、そこでレイフォードを殺すつもりだったのか、誰にも遭遇する事なく、奥の部屋に辿り着いた。

明かりが漏れていて、やけに甲高い女の声が聞こえる。

(あの女の声だ。)

その声の主がデボラであると確信したレイフォードは、扉にそっと近づき、聞き耳を立てる。

すると、小さいが自分が探し求めていた声も聞き取れた。

(シルヴィア!)

ドアノブに手をかけ、中に入ろうとした体がピクリと止まる。

先程の声よりも大きく、そして怒りに満ちたシルヴィアの声が、レイフォードの耳に飛び込んで来たからだ。








「貴女は、母親に殴られた事はありますか?」










いきなりのシルヴィアの発言に、
デボラは、一瞬言葉に詰まる。

「なんっ、。」


シルヴィアは構わず続ける。

「貴女は、理不尽に母親に殴られた事はありますか?
まともな食事を与えられずに、ずっと放置された事はありますか?
寒さに震えながら、自分を捨てた母親の帰りを待っていた事は?」


「あんた、何を。」


「全て。全て貴女がレイフォード様になさった事です。」

デボラに何も言わせる事無く、言い切るシルヴィア。

「貴女は幼い子供だったレイフォード様に、
何をしてあげましたか?
母親の愛情を与えましたか?
伸ばした手を取り、抱き締めましたか?」

「・・・さい。」

「貴女がなさった仕打ちは、今もレイフォードの心を深く傷付けたまま。
そしてまた貴女は、こんな愚かな事をして、
どれだけレイフォード様を傷付けるおつもりなのですか!?」

「うるさい!うるさい!黙れ!」

ヒステリックに喚き散らすデボラに動じる事なく、

「いいえ!黙りません!
レイフォード様が貴女を拒絶したのならば、
こんな事をしたとしても、貴女の望みは叶う事はありません。
それでも尚、貴女はこの愚かな事を続けるつもりですか?」

「黙れ!黙れ!さっきから、何なのよ!あんた!
・・・ひっ。」

シルヴィアに喰ってかかったデボラだが、シルヴィアの瞳を見て悲鳴を上げる。

「あ、あんた、何のよ!
その目!さっきまで紫だったのに、何で。
・・・・・・化け物!!!」

「そうです、私は化け物です。
ですが、貴女も化け物です。
子供を道具としてしか見ない貴女は、化け物以外、何者で無い。」

「こんの・・・!」


シルヴィアとデボラが睨み合う。










「そうだな、貴女は化け物だ。」














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