げに美しきその心

コロンパン

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幕間

自覚

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ケビンの言葉が頭を反芻する。
考えがまとまらないまま、父上から俺の快方を祝う夜会が開かれると言われた。

勿論、功労者であるシルヴィアも連れてだ。

丁度良かった、夜会迄の馬車の中で話をしよう。






と、思ったのだが、ここでもシルヴィアは俺の言った事に忠実で、

俺がエスコートする事を伝える前に、自分でエスコート役を探すと言われ、

自分の愚かな言動に後悔しながら、
先に父上の屋敷へ向かう。

宴が開かれる迄、控室で何をする訳でもなく、只長椅子に座っていると、

「あれ?今日もシルヴィア嬢と一緒に来ていないのか?」

エリオットが意地の悪い顔をして、俺を揶揄う。

「誘う前に、自分で見繕うって言われたんだよ。」

ふてくされた俺の物言いの、エリオットは僅かに目を見開いて、

「これは、自覚・・・したのか?」

「自覚?何の事だ、兄上。」


エリオットが何を言っているのかが分からない。
首を傾げる俺を見て、更に目を見開くエリオット。

「おいおい、それでまだ自覚していないのか。
シルヴィア嬢もそうだが、お前も大概だな。」

「だから、自覚って。何を言っているのか、分からないぞ、兄上。」

エリオットは肩を竦める。

「こればっかりは、僕が口を挟む問題では無いから、教えてやる事は出来ない。
自分の気持ちの事だからな。」


「自分の気持ち・・・?」

俺の気持ち・・・?
どういう事だ。
分からない。
そんな俺を余所にエリオットは、
背を向け大広間へと足を進める。

「早く気付かないと、失う事になるぞ。」

そう言い残し、エリオットは去った。

長椅子にそのまま倒れ込む。

「何なんだよ、一体・・・。」


俺の気持ち、何に対する気持ちなのか、どういう気持ちなのか。
ただ、シルヴィアを見ていると、突然胸の奥で疼く感情。

自分の心臓を針で捻巻かれているいるのでは無いかという、鋭い痛み。
何処も怪我をしている様子は無いのに、痛みは確かにある。

かと思えば、胸の中が暖かく満たされていく感覚を感じる事もある。

これらは全て、今までには無い。


俺は一体どうしてしまったのか。



そうこうしているうちに、父上がやって来て、
俺を大広間へ引っ張っていく。


いつか分かる時が来るのだろうか、一先ず頭の隅に追いやる。
今はこの夜会での招待客の対応が先だ。









大広間に入ると、嫌でも目を引く人だかりの中心に、

シルヴィアが居た。




俺は絶句する。



な、何ていう格好をしているんだ、あいつ!!


いや、似合っていないというか、寧ろ似合っている。

その似合っているのが問題だ。

シルヴィアのふわりとした銀色の髪。
陶器の様に白く滑らかな肌を、惜しげもなく見せるかの様に、
露出させている深紅のドレスが、コントラストで美しい。

(胸も開き過ぎじゃないのか!?)

周りに居る男共の視線が一様にシルヴィアの胸元に向けられている。

ああ、まただ。
以前にケビンと一緒に居たシルヴィアを見た時の、
あのどす黒く、焼き付く程の怒りに似た感情が、胸の中を占める。


(何故、あいつは周りの目線が気にならない!?
お前の体を舐めるような目つきで見ている男共に気が付かない?)


シルヴィアは俺の妻であるという事実を、大声で叫びまわりたくなった。
全てが以前の俺と矛盾している。
そのジレンマが俺を止める。


シルヴィアが俺を見つめているのに気づく。
頬が紅色に染まり、瞳は潤んでいる。
彼女の紫色の瞳が、淡い桃色に変化している。

自分の顔に熱が集中するのが分かる。
思わず顔を逸らす。
あんな表情で、見つめられたら誰だってそうなる。


父上が口上を述べる。

謗る声が聞こえる。
分かっている、全て自分が蒔いた種だという事も。

父上がシルヴィアの功績を讃える。
シルヴィアは父上に礼の代わりにと、俺の元へ来る。




徐に俺の手を取り、





俺の手の痣に口づける。



ずくり。
心臓を握り潰されたのかと思った。

シルヴィアの唇の感触が、消えない。



周りがざわつく中で、俺はシルヴィアの手を取り、
控室へ向かう。

柔らかく、滑らかなシルヴィアの手。
心臓の鼓動が大きく自分の耳に響く。


何故。
手を握る位でこんな。



こんな感情、俺は知らない。
他の女達の手に触れても、心が騒ぐ事は無かった。

部屋に入り、気持ちを鎮める。


シルヴィアは俺が先程の事を問おうとすると、何故か謝る。
腹を立てている訳では無いのに、いや寧ろ良かったというか、
・・・・俺は何を言っている。



シルヴィアは俺が周りから謗られている事に、
そして、俺の過去の事と今回の事を結び付ける様な言動に、憤りを覚えたと言う。


そんな事で。
俺が蒔いた種で、逆にお前は自業自得だと周りと同調しても良い筈なのに、


胸が締め付けられる。

俺の為に彼女はあの行動をしたのか。
目に熱が篭る。

俺は過去の自分の事を語る。

母の事。
今の自分は何も感じる事は無い。

尊敬する父上が居る。
気を遣う事のない兄上達の関係に、俺は満足している。


シルヴィア。


お前と出会った事で、俺は今まで全く違う感情が生まれた。
お前の仕草で胸に光が灯った様に穏やかな気持ちになる。
お前が俺じゃない男と居るだけで、微笑みを向けるのを見るだけで、
焼ける程の胸の苦しみを覚える。




この感情はなんだ?
俺は本当にどうしてしまった?






好き?
目の前の女性を、俺は好きなの、か?





そうだ。
好き、これは好きという感情だ。

当人に教えられるなんて、滑稽でしかないが、
これは間違いようがない。


シルヴィアの事が好きだ。



そう自覚すると、途端に彼女が愛おしく見えてきた。

告げたい。
だが、今までの事を思うと受け入れてくれるか不安だ。

彼女が背を押してくれる。
誠意を込めて謝ればちゃんと伝わると。

本人が言うのだ。
きっと俺を受け入れてくれる。

伝えよう。
その瞬間、彼女は帰ると俺に言った。

出鼻を挫かれて俺は間の抜けた声が出る。

俺と一緒に帰れば良いだろう?
もう、俺は受け入れてくれるものと信じて疑わなかった。

しかし、彼女は先に帰ると譲らない。
その顔は何故か浮かない表情で、今の俺の気持ちとは全くの正反対だった。


無理強いをして、彼女に嫌われたくない。
彼女に拒絶されるのが怖い。


俺は渋々了承する。


俺達は順番こそ違えど、今は夫婦なのだ。
これから、伝える時間は幾らでもある。
でも、早々に伝えて彼女と一緒に居る時間を少しでも長くしたい。




悠長に俺は思っていた。









想像しなかった。
彼女はずっと居てくれると言ったから。
傍から離れないと言ってくれたから。



あんな事になるなんて思わなかったんだ。











この時にシルヴィアを引き留めてでも、
想いを告げなかった事に
俺は深く後悔する。






























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