げに美しきその心

コロンパン

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6章

王の威厳とは

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王城へ到着する。
馬車を降りると、そこにはジュードが立っていた。

「お父様!どうして此処に?」

ジュードが憮然とした態度で答える。

「・・・馬鹿に呼び出されたんだよ。」

「お父様、まさか、それは。」

「ん?トランスヴァニア国王の馬鹿だよ。」

レイフォードもシルヴィアも顔を蒼褪める。

「伯。それは不敬ですよ・・・。」

「そうよ、お父様。幾ら仲が良くても、人を馬鹿と言ってはいけないわ。」

「シルヴィア・・・。何か違うぞ。」

「え?」

レイフォードがシルヴィアの発言に突っ込む。
シルヴィアはキョトンとする。

ジュードはシルヴィアの頭を撫でる。
そして、ふ、と小さな溜息を吐き、ポツリ。

「アイツから聞いた。」

「え?」

「サルデージャの王がお前に会いに来ると。」

「お父様もお聞きになったの?」

苦々しい顔でジュードは頷く。

「ああ、万が一の為に、俺も居た方が良かろうと言われて、
まあ、その通りだと思った訳だ。」

「万が一?何か起きるの?」

ジュードは優しく話す。

「何も起こらないのであれば、それに越したことは無い。
が、あの馬鹿が馬鹿な事を仕出かすかもしれんからな。」

「お父様!」

シルヴィアは頬を膨らませる。
ジュードはシルヴィアを抱き締めて、背中をあやす様に叩く。

「すまん、すまん。もう言わないさ。(お前の前ではな。)」

「もう・・。」

「あの、伯。」

放って置かれたままのレイフォードが発言する。

「ああ、なんだ。レイフォード。」

「王は何と言っていたのですか?」

「サルデージャ王がシルヴィアに会いたいと、それだけだが?」

「そうですか・・・。」

「だが、あそこの王も中々に曲者だ。用心しておけよ。」

ジュードがそう言うと、レイフォードの顔も険しくなる。
シルヴィアは二人の顔を交互に見る。

(どうしたのかしら、二人共怖い顔。)

「取り敢えず、中へ入ろう。」

ジュードは二人を従え、城の中へ入る。

「アイツに顔を見せておかねばならないからな。謁見の間へ行くぞ。」

三人は廊下を通り、王の待つ謁見の間へ。






扉を開けると、既に玉座に王が座っていた。
そして三人の姿を視認するや否や、


「ジュードおおおおおおお!!!!!」

こちらへ恐ろしいスピードで向かってくる。
両手を広げ、満面の笑みで、ジュードへ一直線である。

ジュードは途端に表情を無くし、
突進してくる王をひらりと躱す。

そして、目標を見失った王はスピードはそのまま床へ滑り込む。

レイフォードとシルヴィアは唖然とその光景を眺めていた。

この国の王が床に伏している異様な光景。


「うふふふふふふふふふ。流石、ジュード。
相変わらずつれないねぇ。」


ゆっくりと起き上がる王。
ジュードより少し低いトランスヴァニア国王サリュエルは、
アッシュグリーンの髪。ゴールドの垂れ気味の瞳。右目の下に泣き黒子がある。
優し気な印象で、ジュードより少し若く見える。

「お前がもっとまともなら、もう少し態度を改めるがな。」

「お前じゃなくて、サリュって呼んでくれって言っているじゃあないか~。」

ジュードの肩に手を置こうとするが、遠慮の無い手刀で叩き落とされる。

「お前で十分だ、お前で。」

「あああああ・・・。相変わらず、容赦の無い仕打ち。堪らないよ!
・・・・・と。シルヴィアちゃんだねぇ~。」

呆然としていたシルヴィアは、パチンと弾かれた様に跪く。レイフォードもそれに続く。

「御挨拶が遅れまして申し訳ございません。
ジュード・・・・「ああ!いいよ!いいよ!もうそんな堅苦しい挨拶良いから、二人とも立ち上がって?」


「ダイオンの息子、レイフォードだね。先日は大変だったね。
君には酷だろうけれど、ご母堂は厳罰に処した。もう二度と陽の目を見る事は無い。
君も承知の上と聞いていたが、報告はしておくよ。」


「はっ。王の仰せられる通り、覚悟の上で御座います。
ご配慮感謝致します。」

シルヴィアはレイフォードを見る。
その顔には全くの未練が無いようだ。
慈愛の表情を浮かべる。
それに気付いたレイフォードは頬が朱に染まり俯く。

サリュエルは二人の様子を見て、意地の悪い顔でレイフォードを揶揄う。

「ふ~ん。以前の君とは些か進歩しているようだねぇ?
良かった、良かった。
ダイオンも少し胸をなで撫で下ろすだろう。
でも・・・・。」

どうも、お互い噛み合っていないよねぇ・・・。

心底面白そうな顔なサリュエルは、シルヴィアの手を取り、甲に口付けをする。

「本当に大きくなったね。それに凄く美しいレディになった。
まだ君が赤ん坊だった時から、ジュードが全然会わせてくれないから、
シルヴィアちゃんがこんなに大きくなったなんて驚きでしかないよ。」

王の口づけを受けて、シルヴィアは目に見えて混乱する。

「へ、へへ陛下!!そんな、勿体無きお言葉です・・・!!」

「いや、ほんと。あ~。僕の息子のお嫁さんにしたかったのにな~。
ジュードが凄く反対するんだもんなぁ~。」


ちらりとレイフォードを見やるサリュエル。
レイフォードは驚きを隠せず、目を大きく見開いたまま。


(で、殿下の妃候補に挙がっていたのか?シルヴィアが!?
伯は何故、反対を?
いや、反対してくれて良かったのだが、殿下より侯爵家を選んだのは何故・・・。
だが、本当に良かった。
シルヴィアに会えなければ、俺はずっと最低な人間のまま・・・。
というか・・・。王はいつまで、シルヴィアの手を握っているんだ?
おい!手を撫で過ぎだろ!)

疑問と嫉妬が混ざり合い何とも言えない複雑な表情をするレイフォードが、王に意見など出来る筈もなく、
自分の愛しい妻が、好き勝手に手を撫で回されているのを、
歯噛みしながら見ているしか出来なかった。


「お前と親族になるくらいなら、俺は亡命する。
そして、二度とこの地に戻らん。
いい加減にしろよ?
いつまでシルヴィアの手を握っているつもりだ。」

ジュードがサリュエルの頭に拳骨を見舞う。
サリュエルはそのまま床に沈み、
頭を抱えて呻き声を上げる。

レイフォードは少しばかり溜飲が下がる。

「きゃああ!お、お父様!!陛下に何て事を!!
陛下、陛下、大丈夫ですか!?」

シルヴィアは蒼褪め、跪き、うずくまるサリュエルを気遣う。
ジュードの手加減抜きの拳骨に涙目のサリュエルは何故か、頬が薔薇色に紅潮している。


「ふふふ、ふふ。ああ、三日振りのジュードの拳骨・・・。
いいねえ・・・。」

(???陛下どうなされたのかしら?まさか、打ち所が悪くて錯乱しているのかしら!?)


シルヴィアは持っていた鞄から、ハンカチを取り出して依然涙目のサリュエルの目にそっと宛てる。
サリュエルは数回瞬きをした後、
シルヴィアの持つハンカチをシルヴィアの手ごと握り込む。

「優しいね。シルヴィアちゃん。
大丈夫だよ~。こんなの挨拶でしかないよ!
剣で斬られそうになる事なんてざらだしね~。」

さらりと言いのける。
シルヴィアは愕然とし、ジュードに向き直る。

「シルヴィア、大丈夫だ。
コイツにとれば、何もしない方が不敬になるんだ。
本当に気持ちが悪い。」

「気持ちが悪い!もう最高の褒め言葉じゃないか!!!」


サリュエルが身を捩じらせ震える。
サリュエルが怒っていないと感じ、仲の良い友達のじゃれ合いなのだと解釈する。


「陛下とお父様は、本当に仲良しなんですね。
私、そんな気の置けない関係の方がソニア位しか居ないから、羨ましいです。」


ずっと家に籠っていたから、当然でソニアしか話し相手が居なかった。

家族とは別で友人が居ないシルヴィアには二人の関係が本当に羨ましかった。

微笑するシルヴィアを見て、
サリュエルはシルヴィアの手を握ったまま、
大きく目を見開いた後、
満面の笑みを浮かべて、二人共が座り込んだままにも関わらず、シルヴィアを抱き締める。

「うわあああ!もう!ジュードに似てる!
可愛い!可愛い!」

流石に我慢出来ず、レイフォードがサリュエルの腕の中でワタワタと、
慌てるシルヴィアの手をぐいと引っ張り上げ、シルヴィアの腰に手を当て、
自分の体に引き寄せる。

「だ、旦那様?」

「ダンナサマ。」

サリュエルが目を細め、にいいいいと音が付きそうなほど、両の口角を引き上げ、シルヴィアの発した言葉を反芻する。

レイフォードは僅かに右の眉毛を上げる。
サリュエルをまるで威嚇するかのような眼差しで見据える。

「陛下、恐れながら私の妻は男性に慣れておりません。
過度な接触はお控え願いたく。」

「んふふふふ!
ごめんね!可愛くてつい。
気を悪くさせたね。
・・・君はダイオンに似ていないねえ。」

レイフォードはビシリと固まる。
それがシルヴィアにも伝わり、レイフォードを見上げる。
瞳はサリュエルに向いたまま、表情は強張っている。


「おい。」

見兼ねてジュードが声は掛ける。

「あらら、意地悪しすぎたかな?
まあ、気にしないで?それが悪いと言っている訳では無いからさ。
じゃあ、僕はまだ仕事が残っているから、
先に失礼するよ。」

レイフォードの力が緩まり、シルヴィアはレイフォードの横に並び、頭を下げる。

レイフォードもそれに倣って、ゆるゆると頭を下げる。

「あ、そうそう。」

何かを思い出したかのように、サリュエルが後ろ歩きをしながら、レイフォードの側で立ち止まる。

「余計なお世話だと思うけどさ、
まだシルヴィアちゃんになーんにも伝えてないだろう?」

レイフォードにしか聞こえないように耳打ちする。
顔を伏せたままのレイフォードの肩がピクリと震える。


「君の中にある花がいつまでもそこに咲き続けるとは限らないからねぇ。
誰かの手に渡る前に、伝えた方が良いと思うよ?
あの子を欲している人間、僕が知る所でもた~くさん居るから。」


レイフォードはそのまま動かない。
サリュエルは満足したのか、そのまま歩き出す。

「シルヴィアちゃん、またね~。」


歩きながら、手を上げヒラヒラと振る。


サリュエルが去り、残された三人は微妙な雰囲気のままで沈黙している。

漸く口を開いたのはジュード。

「レイフォード、アイツは人の反応を見て楽しむ悪癖がある。
適当に流しておけ。」

「・・・はい。」

頷くしか今のレイフォードには出来なかった。

ジュードも所用で退室し、レイフォードとシルヴィアの二人。

シルヴィアはレイフォードの様子を伺う。
ずっと俯いたまま、動こうとしない。


(言われなくても分かっているさ!そんな事。
シルヴィアを慕う人間も多い事だって。

伝えたいさ、伝えたいよ。
でも、シルヴィアの前だと上手く言葉が出てこない。
言いたい事は沢山ある。

俺の名前を呼んで欲しい。
他の男の前で、そんなに笑わないで欲しい。
傍に居て欲しい。
離れないでくれ。
俺だけを見てくれ。

シルヴィア。
シルヴィアが好きなんだ。
こんな気持ち初めてなんだ。)



レイフォードはゆっくりと顔を上げる。
シルヴィアは眉根を寄せて、心配そうな顔でレイフォードを見ている。


「シルヴィア。」

「・・はい!!」

レイフォードの顔が先程より幾分かマシになっているのが分かり、
シルヴィアは安心する。

「伝えたい事が沢山ある。
屋敷に帰ったら、聞いて欲しいんだ。」


(遂に来たわ!私も覚悟を決めないと。
荷造りをしないといけないわね。)

「分かりました。」

シルヴィアは真剣な面持ちで頷いた。










一方は愛を告げる為。
一方は訣別の覚悟を。


正反対の想いを心に、部屋を出て行く。















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