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6章
瞳は語る
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食堂に入ると、ジュードが既に席に着いていた。
「お父様!」
レイフォードからするりと離れ、ジュードの隣へ座るシルヴィア。
数分前の出来事がまるで幻の様に思えるレイフォードは、
何ともやるせない気持ちになった。
(こうも簡単に手を離されるとは、な。
しかも、伯の隣に座るとか。
もう隣に座れと言い出せないじゃあないか。)
仕方なく、ジュードに対面する形で座るレイフォード。
右向かいに父親との食事が嬉しくて堪らない様子のシルヴィアがにこにことジュードに話している。
「お父様はもう帰られたと思っていましたので、今こうして一緒にお食事が出来るなんて、
本当に嬉しいです。」
「シルヴィアと席に着いて食事をするのは、1年振り位か?
俺も嬉しいぞ。」
シルヴィアの頭を撫でるジュード。
シルヴィアも満面の笑顔でそれを受け入れる。
レイフォードは気付かれないように溜息を小さく吐く。
(シルヴィアの父親にまで嫉妬してしまうなんて、いよいよ末期だな。
シルヴィアに触れる者全てに、こんな気持ちを抱いてしまう程、
俺は独占欲の強かったのか。
それとも・・・。)
シルヴィアの笑顔に肉親であるジュードは慣れているのだろうが、
鬼神とはかけ離れた優しい瞳でシルヴィアを見る。
後ろに控えている従者達は、一様に見惚れてシルヴィアを頬を染めて見つめている。
(・・・・俺の独占欲だけの問題では無い気がする。
確実に俺の屋敷の人間全員はシルヴィアを色々な意味で好いている。
本当に色々な意味で。)
「あの・・・。だ・・・・レイフォード様、どうかされたのですか?」
まだぎこちなくレイフォードの名前を呼ぶシルヴィアは、内心身悶える程愛しかった。
これにはレイフォードの後ろに控えていたゴードンも驚きを隠せない。
ゴードンだけでなく、その場に居合わせた人間全員が驚いていた。
主人の手前、口に出す事はしないが、シルヴィアとレイフォードを交互に見、
従者同士で目配せをしていた。
レイフォードもそうなるだろうなと、大して気にも留めない。
ただ、シルヴィアがちゃんと自分の名前を呼んでくれている事実だけが、
純粋に嬉しかった。
「少し考え事をしていただけだ。」
出来るだけ自然に返したつもりだったが、口元がにやけるのを抑える事が出来ず、
シルヴィアの隣に居るジュードに、しっかりと目撃された。
「シルヴィア。今の暮らしはどうだ?」
ジュードは敢えてなのか、シルヴィアにそう尋ねる。
レイフォードはどくりと心臓が跳ねる。
シルヴィアが嫌だと言ったら、瞬く間に離縁の手続きが進み、
自分とシルヴィアの関係は無かった事になる。
そしてシルヴィアとは二度と会うことは出来ないだろう。
シルヴィアの人柄なら、幾らでも貰い手が現れる。
事実、己の兄も虎視眈々にシルヴィアを狙っている。
背筋が凍る。
テーブルの下、拳が無意識に強く握り締められる。
(無理だ。無理だからな、シルヴィア。
お前が嫌だと言っても、もう離してやる事は出来ないからな。)
固唾を呑んでシルヴィアを注視する。
「皆良くしてくださって、本当に感謝しています。
お父様、心配しなくても大丈夫ですよ?」
先程と同じ笑顔でシルヴィアは応える。
偽りの無い言葉だと分かる。
レイフォードは安堵する。
「幸せか?」
更にジュードは聞く。
「はい。」
「・・・そうか。」
この話はジュードの短い言葉で終わった。
食事の間、和やかな雰囲気で進んだ。
シルヴィアが主に話をして、それにジュードやレイフォードが相槌を打つ。
終始笑顔のシルヴィアをずっと見つめながら食事が出来た。
レイフォードはこの上なく幸せだった。
一つの懸念材料と言えば、
シルヴィアが屋敷の人間に渡したと言うハンカチの話。
(俺、貰ってないよな?)
後ろを見ると、胸元から出ているハンカチをそっと中へ押し込むゴードンの姿を確認した。
(お前も貰ってるのか!?)
目が据わったレイフォードに、ひきつり笑いをするゴードン。
やらなければいけない事が追加された。
シルヴィアのハンカチを手に入れる。
自分だけが貰っていないという事実が我慢ならない。
何としてでも手に入れる。
心に誓うレイフォードだった。
食事が終わり、ジュードは王に呼び出されたと、非常に不快な表情で屋敷を出た。
見送りの際、シルヴィアに
「辛い事があれば、いつでも帰って来い。」
そう言い残し、馬を走らせた。
(お父様、気付いてらしたのね・・・。)
幸せかと訊ねられて、ほんの一瞬躊躇った。
幸せなのは本当だ。
レイフォードの傍に居る事が出来るのだから。
でも、レイフォードは?
自分が妻でいる限り、レイフォードは好きな人と一緒になれない。
自分が居る限りレイフォードは幸せになれない。
そう考えると即答出来なかった。
はい、と答えたが、ジュードには通用しなかった。
自分の瞳もジュード同様に色が変化する。
恐らくはそれでシルヴィアの感情を読み取ったのだろう。
(お父様も仰ってくれたのだから、離縁されて帰っても怒られなさそうね。
少し安心したわ。)
貴族の中で、離縁された女性は肩身が狭い。
家族からも見放されると何処かで聞いた。
今のジュードの口振りでは、そんな事態に陥る様には感じなかった。
気持ちが楽になった。
(後は、お話を聞いて、私が受け入れるだけ。)
「なあ、シルヴィア。この後、時間を取れるか?」
隣に居たレイフォードからそう言われ、
(来たわ!)
いよいよだと覚悟を決める。
「はい。大丈夫です。」
「そうか!」
心を奮い立たせて返事をするシルヴィア。
レイフォードは心なしか声が明るい。
(そうよね。やっとお話が出来るのだもの。)
俯かず笑顔でレイフォードを見る。
「何処で、俺の部屋・・・、駄目だ。
自分を抑えれる自信がない。
シルヴィアの部屋・・・。もっと無理だ。」
ぶつぶつと呟くレイフォード。
何を抑えるのだろうか、
困っている様子だったので、
「でしたら、談話室はどうでしょうか?」
一階の食堂の隣の部屋。
レイフォードが居ない時に、屋敷の皆とお茶を楽しんだ部屋。
あそこなら、ゆっくり話が出来るはず。
「!そうだな。そうしよう!」
二つ返事でレイフォードは快諾した。
シルヴィアの手を引き屋敷へ入る。
とても嬉しそうなレイフォードに胸が傷む。
余程待ち詫びていたのだろう。
自分が本当に狡い人間だと感じた。
(私から早く切り出せば良かった。
こんなにも嬉しそうなレイフォード様を見た事が無い。
好きな人と漸く一緒になれるのだもの。
嬉しい筈よ。
私は自分がレイフォード様と居たいから、
レイフォード様が言うまで何も言えなかった。
本当に最低だわ。
せめて、最後まで泣かない様にしなければ。)
前を向き歩く。
絶対に俯かない。
姿勢良く歩くシルヴィアがまさかそんな事を考えているなんて露とも思わず、
(やっと!話が出来る。ちゃんと謝罪して、想いを告げて。
シルヴィアと名実共に夫婦だ。
もう、いいよな。我慢しなくていいよな。
部屋だって、もう一緒だっていいよな?
夫婦なんだから。
ああ、式もちゃんと挙げよう。
シルヴィアは俺の妻だと知らしめる為に。
これでシルヴィアにちょっかいを掛けてくる奴も居なくなる。)
浮かれ切っていた。
どんどんズレていく二人。
想いを通わせる事は容易ではないと、レイフォードは思い知る。
「お父様!」
レイフォードからするりと離れ、ジュードの隣へ座るシルヴィア。
数分前の出来事がまるで幻の様に思えるレイフォードは、
何ともやるせない気持ちになった。
(こうも簡単に手を離されるとは、な。
しかも、伯の隣に座るとか。
もう隣に座れと言い出せないじゃあないか。)
仕方なく、ジュードに対面する形で座るレイフォード。
右向かいに父親との食事が嬉しくて堪らない様子のシルヴィアがにこにことジュードに話している。
「お父様はもう帰られたと思っていましたので、今こうして一緒にお食事が出来るなんて、
本当に嬉しいです。」
「シルヴィアと席に着いて食事をするのは、1年振り位か?
俺も嬉しいぞ。」
シルヴィアの頭を撫でるジュード。
シルヴィアも満面の笑顔でそれを受け入れる。
レイフォードは気付かれないように溜息を小さく吐く。
(シルヴィアの父親にまで嫉妬してしまうなんて、いよいよ末期だな。
シルヴィアに触れる者全てに、こんな気持ちを抱いてしまう程、
俺は独占欲の強かったのか。
それとも・・・。)
シルヴィアの笑顔に肉親であるジュードは慣れているのだろうが、
鬼神とはかけ離れた優しい瞳でシルヴィアを見る。
後ろに控えている従者達は、一様に見惚れてシルヴィアを頬を染めて見つめている。
(・・・・俺の独占欲だけの問題では無い気がする。
確実に俺の屋敷の人間全員はシルヴィアを色々な意味で好いている。
本当に色々な意味で。)
「あの・・・。だ・・・・レイフォード様、どうかされたのですか?」
まだぎこちなくレイフォードの名前を呼ぶシルヴィアは、内心身悶える程愛しかった。
これにはレイフォードの後ろに控えていたゴードンも驚きを隠せない。
ゴードンだけでなく、その場に居合わせた人間全員が驚いていた。
主人の手前、口に出す事はしないが、シルヴィアとレイフォードを交互に見、
従者同士で目配せをしていた。
レイフォードもそうなるだろうなと、大して気にも留めない。
ただ、シルヴィアがちゃんと自分の名前を呼んでくれている事実だけが、
純粋に嬉しかった。
「少し考え事をしていただけだ。」
出来るだけ自然に返したつもりだったが、口元がにやけるのを抑える事が出来ず、
シルヴィアの隣に居るジュードに、しっかりと目撃された。
「シルヴィア。今の暮らしはどうだ?」
ジュードは敢えてなのか、シルヴィアにそう尋ねる。
レイフォードはどくりと心臓が跳ねる。
シルヴィアが嫌だと言ったら、瞬く間に離縁の手続きが進み、
自分とシルヴィアの関係は無かった事になる。
そしてシルヴィアとは二度と会うことは出来ないだろう。
シルヴィアの人柄なら、幾らでも貰い手が現れる。
事実、己の兄も虎視眈々にシルヴィアを狙っている。
背筋が凍る。
テーブルの下、拳が無意識に強く握り締められる。
(無理だ。無理だからな、シルヴィア。
お前が嫌だと言っても、もう離してやる事は出来ないからな。)
固唾を呑んでシルヴィアを注視する。
「皆良くしてくださって、本当に感謝しています。
お父様、心配しなくても大丈夫ですよ?」
先程と同じ笑顔でシルヴィアは応える。
偽りの無い言葉だと分かる。
レイフォードは安堵する。
「幸せか?」
更にジュードは聞く。
「はい。」
「・・・そうか。」
この話はジュードの短い言葉で終わった。
食事の間、和やかな雰囲気で進んだ。
シルヴィアが主に話をして、それにジュードやレイフォードが相槌を打つ。
終始笑顔のシルヴィアをずっと見つめながら食事が出来た。
レイフォードはこの上なく幸せだった。
一つの懸念材料と言えば、
シルヴィアが屋敷の人間に渡したと言うハンカチの話。
(俺、貰ってないよな?)
後ろを見ると、胸元から出ているハンカチをそっと中へ押し込むゴードンの姿を確認した。
(お前も貰ってるのか!?)
目が据わったレイフォードに、ひきつり笑いをするゴードン。
やらなければいけない事が追加された。
シルヴィアのハンカチを手に入れる。
自分だけが貰っていないという事実が我慢ならない。
何としてでも手に入れる。
心に誓うレイフォードだった。
食事が終わり、ジュードは王に呼び出されたと、非常に不快な表情で屋敷を出た。
見送りの際、シルヴィアに
「辛い事があれば、いつでも帰って来い。」
そう言い残し、馬を走らせた。
(お父様、気付いてらしたのね・・・。)
幸せかと訊ねられて、ほんの一瞬躊躇った。
幸せなのは本当だ。
レイフォードの傍に居る事が出来るのだから。
でも、レイフォードは?
自分が妻でいる限り、レイフォードは好きな人と一緒になれない。
自分が居る限りレイフォードは幸せになれない。
そう考えると即答出来なかった。
はい、と答えたが、ジュードには通用しなかった。
自分の瞳もジュード同様に色が変化する。
恐らくはそれでシルヴィアの感情を読み取ったのだろう。
(お父様も仰ってくれたのだから、離縁されて帰っても怒られなさそうね。
少し安心したわ。)
貴族の中で、離縁された女性は肩身が狭い。
家族からも見放されると何処かで聞いた。
今のジュードの口振りでは、そんな事態に陥る様には感じなかった。
気持ちが楽になった。
(後は、お話を聞いて、私が受け入れるだけ。)
「なあ、シルヴィア。この後、時間を取れるか?」
隣に居たレイフォードからそう言われ、
(来たわ!)
いよいよだと覚悟を決める。
「はい。大丈夫です。」
「そうか!」
心を奮い立たせて返事をするシルヴィア。
レイフォードは心なしか声が明るい。
(そうよね。やっとお話が出来るのだもの。)
俯かず笑顔でレイフォードを見る。
「何処で、俺の部屋・・・、駄目だ。
自分を抑えれる自信がない。
シルヴィアの部屋・・・。もっと無理だ。」
ぶつぶつと呟くレイフォード。
何を抑えるのだろうか、
困っている様子だったので、
「でしたら、談話室はどうでしょうか?」
一階の食堂の隣の部屋。
レイフォードが居ない時に、屋敷の皆とお茶を楽しんだ部屋。
あそこなら、ゆっくり話が出来るはず。
「!そうだな。そうしよう!」
二つ返事でレイフォードは快諾した。
シルヴィアの手を引き屋敷へ入る。
とても嬉しそうなレイフォードに胸が傷む。
余程待ち詫びていたのだろう。
自分が本当に狡い人間だと感じた。
(私から早く切り出せば良かった。
こんなにも嬉しそうなレイフォード様を見た事が無い。
好きな人と漸く一緒になれるのだもの。
嬉しい筈よ。
私は自分がレイフォード様と居たいから、
レイフォード様が言うまで何も言えなかった。
本当に最低だわ。
せめて、最後まで泣かない様にしなければ。)
前を向き歩く。
絶対に俯かない。
姿勢良く歩くシルヴィアがまさかそんな事を考えているなんて露とも思わず、
(やっと!話が出来る。ちゃんと謝罪して、想いを告げて。
シルヴィアと名実共に夫婦だ。
もう、いいよな。我慢しなくていいよな。
部屋だって、もう一緒だっていいよな?
夫婦なんだから。
ああ、式もちゃんと挙げよう。
シルヴィアは俺の妻だと知らしめる為に。
これでシルヴィアにちょっかいを掛けてくる奴も居なくなる。)
浮かれ切っていた。
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