げに美しきその心

コロンパン

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6章

まずは

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王城から戻り、案の定シルヴィアはソニアにお叱りを受けた。

ジュードの援護の甲斐あって1時間のお説教で済んだ。
それでも、心身共に疲れ果てたシルヴィアは、
お説教の後、ベッドに倒れ込むように寝入ってしまった。


目が覚めたのは、丁度晩御飯前。

「今、何時頃かしら?」

くうううとお腹が鳴る。

「お昼も食べずに寝てしまったわね・・・。」

ノックの音がする。

「どうぞ。」


ソニアが入ってきた。

「もう少しでお食事の準備が整うそうです。」

「良かった!もうお腹がペコペコなのよ。」

ふっと笑みを零したソニア。
次の瞬間、顔が真顔に変わる。

「シルヴィア様、ちょっと失礼いたしますね。」

そう言って、部屋を出て行った。

シルヴィアがどうしたのかと、疑問に思っていると、
数分後、また部屋に戻ってきた。

とても嫌そうな顔を見せている。

「どうしたの?何か問題があったの?」

「問題と言いますか・・・・・・。」









ソニアは気配を察知し、シルヴィアの部屋を出た。

そこには、ノックをしようかしまいかで扉の前で突っ立っているレイフォードが居た。


「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

両者共に無言。


「・・・・何か?」

「・・・いや、シルヴィアはもう起きているのか?」

「今、お目覚めになりました。」

「迎えに来た。もうすぐで食事だろう?」


全く感情が無い受け答えをするソニアを気にすることのないレイフォード。


(コイツ・・・。とうとう部屋まで来やがった。)

ソニアの胸中を察するかのように、レイフォードが気不味そうに喋る。

「自分でも必死なのは分かっている。だが、こうでもしないと、いやこれ以上しないと
シルヴィアは一生気付かない。
もう、俺はなりふり構わずアイツに攻めていくつもりだ。」


「はぁ、それはそれは。」

(嫌われていると思っていますからねぇ。)

「だからシルヴィアに伝えてくれ。待っていると。」

(直接、言えばいいのに。)

「直接言えば宜しいのでは?」

心の声と全く同じ言葉が出るソニア。
レイフォードは口ごもりながら話す。

「いきなり来て、拒絶されるのが怖い。」

「うわ・・・。拒絶なんてシルヴィア様はなさらないと思いますけど。」

「おい、今、うわって!うわって言ったな。」

「分かりました。シルヴィア様に御伝えします。」

レイフォードを無視して部屋へ入る。










首を傾げているシルヴィアに嫌々ながらソニアが口を開く。

「ご当主が食堂まで一緒にと、お迎えに来られてます。」

「そうなの!?お待たせしてはいけないわ。早く支度をしないと。」

身支度を急いで整える。
最後に鏡を見て、最終確認をする。

「よし。大丈夫。」

大きく頷き、シルヴィアは扉へ向かう。

ソニアに扉を開けてもらい外へ出ると、外の壁に寄りかかり腕を組むレイフォードの姿があった。

「旦那様、お待たせして申し訳ございません。」

シルヴィアは頭を下げようとするが、レイフォードに肩に触れられ止められる。

「俺が勝手に来ただけだから、謝らないでくれ。」


触れられた肩が熱い。
それと同時に自分の顔も熱く感じられた。
恐らく赤くなっているであろう顔をレイフォードに向ける。

「・・・・・っ!どうした、シルヴィア?」

一瞬、息を呑むも務めて平静を保ち、レイフォードはシルヴィアに優しく語りかける。

「いいえ!何でもありません。」

ふるふると横に首を振るシルヴィア。

(やっぱり、好きになられた方のおかげなのかしら?
私にも優しくしてくださるのはとても嬉しい。
でも、途轍もなく胸が痛い。)


そんな様子のシルヴィアを愛おしく見つめるレイフォード。
顔が益々熱くなり、ふらりと後ろによろめくシルヴィア。

咄嗟にレイフォードがシルヴィアを受け止めようとするが、
丁度後ろに居たソニアが、シルヴィアの両肩をしっかりと手で支える。

「大丈夫ですか?シルヴィア様。」

シルヴィアは首だけを後ろに向けてソニアに安心させるように微笑む。

「ええ。大丈夫。少し立ち眩みをしただけ。
ソニア、ありがとう。」




「・・・・嫉妬とは醜いものですよ。」

ソニアの発した言葉にシルヴィアはどきりと胸が跳ねる。

(嫉妬?ソニアは一体何を・・・・。
!!まさか、私、レイフォード様の好きな方に嫉妬を?
だから、こんなに胸が苦しいの?)


「・・・・余計なお世話だ。」

目の前の声に反応して、目を遣るとレイフォードが不機嫌そうな目でソニアを見ていた。

ソニアに向き直ると、意地の悪い顔をレイフォードに向けていた。

「こんな事でそのような態度をしていたら、これからやっていけませんよ?」

「・・・分かっている。
仕方ないだろう、此方にも余裕が無いのだから。」

「まあ、自業自得だと思いますがね、このややこしい状況を作ったのは。」

「ぐっ・・・。それも分かっている!
だから、努力しているつもりだ。」

「努力ですか。
果たしてシルヴィア様のこれまでの努力と釣り合いますかねぇ。」

「・・・・・・。」

二人は何故このような言い合いをしているのだろう?
二人を交互に見る。

取り敢えず。

「二人とも、何の話をしているのですか?」

素朴な疑問を口に出す。

「シルヴィア様が気にする事ではありませんよ。」

「そうだ、シルヴィア。大した事ではない。」




ん?とシルヴィアは首を傾げる。

「二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの?」

シルヴィアの発言に、二人が口を揃えて言う。

「「仲良くなってない(いません)!!」」


二人のあまりの剣幕にシルヴィアは、呆気に取られる。
そして、声を出して笑いだす。


「ふ、ふふふふふふ。そんなに揃っているのに。ふふふふふ。
仲良くない、って。
説得力無いですよ、ふふ、ふふふふ。」


バツが悪そうに二人は黙り込む。
シルヴィアの楽しそうな笑い声だけが、廊下に響く。



「・・・早く、食堂に行かなくて良いのですか?
シルヴィア様、お昼も召し上がっていないのでしょう?
お腹の虫が鳴ってしまいますよ?」

ソニアの言葉にシルヴィアは、ボッと顔が赤くなる。

「嫌だ!ソニア聞いてたの!?」

「いいえ、私は鳴ってしまいますよと言っただけです。」

「え!?あ!!」

さらに顔を赤くし、顔を伏せるシルヴィア。
ソニアは苦笑交じりにシルヴィアに話す。

「さあ、早く行って下さい。私はジュード様に呼ばれていますので。」

「お父様、いらっしゃるの?」

「はい。シルヴィア様は私のお話の後、すぐに眠ってしまいましたので、
そこのご当主が積もる話もあるだろうと、引き留めて下さったのですよ。」


シルヴィアはレイフォードの顔を見る。
レイフォードは少し照れた様に肯定する。

「伯もシルヴィアと話したそうにしていたしな。
晩餐を一緒にどうかと思ったんだ。」


シルヴィアは破顔して輝く笑顔を見せる。

「旦那様!!ありがとうございます!!とても嬉しいです!!!」

「あ、ああ。シルヴィアが喜んでくれて何よりだ。」

レイフォードは赤くなった頬を隠す様に、顔を背ける。




「では、お先に失礼します。」

ソニアはそう言い、ジュードの元へ向かった。


「・・・借りを作ってしまった様な気がする・・・。」

一抹の不安を覚えるレイフォード。

「旦那様?」

シルヴィアがレイフォードを窺う。

「いや、さあ、行こう。」

レイフォードがシルヴィアの手を取る。
シルヴィアは嬉しそうに頷く。

「はい!」



レイフォードはにこにこと歩くシルヴィアを横目で見る。

「あ、あのな、シルヴィア?」

歩きながらシルヴィアに話しかける。

「はい、旦那様。」

シルヴィアも歩きながら、レイフォードを見る。

「その・・・旦那様・・・と言う呼び方なんだが・・・」

もごもごと切り出すレイフォード。
シルヴィアは立ち止まり、顔をサッと青くする。

「駄目でしたか!?他の呼び方にした方が良いですか!?」

「い、いや、駄目、・・・・そうだな!駄目だな。」

「・・・・どうお呼びすれば・・・。」

途方に暮れるシルヴィアを見て、これ幸いとレイフォードは切り出す。

「レイフォード。」

「え・・・?」

シルヴィアは我が耳を疑う。

「レイフォードと呼んでくれ。何ならレイでも良い。
うーん。レイの方が良いな。どちらかはシルヴィアに任せる。」

「え、と。」

シルヴィアは戸惑う。
どさくさ紛れに自分の愛称で呼ばせようとするレイフォード。

「これからはレイフォードかレイじゃないと駄目だからな。」

「だ、旦那様?それは一体・・・。」

「・・・レイフォード。」

シルヴィアはレイフォードの圧に負けそうになる。
それ程レイフォードの瞳は真剣で、シルヴィアも真剣な表情で確認する。

「・・・本当に?」

「ん?」

「本当にお呼びしても良いのですか?レイフォード様と。」

レイフォードは頬を染めて、微笑する。

「ああ、俺はシルヴィアに俺の名前で呼んで欲しい。」

「・・・はい。分かりました。・・・・・レイフォード様・・・。」

レイフォードが居ない時に呼んだ事はあったとしても、
本人をそう呼んだのはもう随分と前の事だった。

小声で呼んだにも拘らず、自分の耳にはとても大きく聞こえた。
その音を拾った耳は自覚して熱を持ち、そこから顔全体広がった様に赤く染まり上がる。

「ああ。シルヴィア。」

レイフォードが自分の呼び掛けに応えてくれた。
だがレイフォードの顔を見る事が出来ない。
慌てて前を向くシルヴィア。


耳は真っ赤で、頬も真っ赤のシルヴィア。
レイフォードは握っている手を引き寄せて、抱き締めたくなる衝動に駆られる。

(あああ!駄目だ!可愛過ぎる!
ここで抱き締めてシルヴィアが嫌がったら、俺は・・・。)

「さあ、急ごう。」

「は、はい。」

歩き出す二人。
シルヴィアはずっと顔を伏せたまま。
無言で歩く二人。


(レイフォード様と呼んで良いだなんて。
一体何が起きているの?
レイフォード様のお好きな方は?
分からない・・・。
レイフォード様はお話があると仰った。
それをまずは聞かなくては。)



(よし、まずは一歩前進した。
次は落ち着いた場を設けて、
シルヴィアにちゃんと謝罪をする。
そして、俺の気持ちを伝える。
抱き締めるのは、シルヴィアが俺の気持ちをちゃんと受け止めてくれた後だ。)





まずは話を。そこだけは一致しているが、
どこかズレた二人は無言のまま食堂へ向かった。












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