げに美しきその心

コロンパン

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7章

自我崩壊

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「ねえ、ソニア。」

真っ青な顔でソニアに声を掛けるシルヴィア。

「どうされましたか?シルヴィア様。」

全く心配せずにソニアは答える。

「今日、レイフォード様に・・・膝枕をさせていただいたわ・・・。」

まるで重大事件の様に話すが、ソニアは変わらない。

「それは、良うございましたね。」

そう言いながら、シルヴィアのカップに紅茶を注ぐ。

「もう!もう少し真剣に聞いてよ!危うくレイフォード様を殺してしまう所だったのよ!!」

頬を膨らまし唇を尖らせるシルヴィア。
シルヴィアの前にカップを優雅な動作で置き、間を置いて。

「伺いましょう。」

ソニアはそう言った。








時間は遡り、シルヴィアがレイフォードに膝枕をしていた頃。
自分の膝にレイフォードが頭を乗せ、目を閉じている。

シルヴィアにとって目を疑う光景が、自分の眼下に存在している。

レイフォードは寝ている訳では無く、只目を閉じているだけで、
シルヴィアが混乱の極みにいる事、音は立てないが頻りに辺りをキョロキョロと見回している行動が、
見えなくても感じ取る事が出来た。
ニヤける口元を必死で抑える。



ゴードンが二人分の上掛けを持って部屋に戻ってきた時、
レイフォードが寝ているとシルヴィアは思っていたので、
ありがとう、口だけを動かしゴードンに礼を告げた。

ゴードンもそれに倣って、静かに頭を下げて退室した。

レイフォードに上掛けを掛ける。
そして自分もレイフォードを起こさないように細心の注意を払い、肩に羽織る。

(夢を見ているのかしら?凄く幸せな夢を。
・・・抓っても痛いわね。やっぱり現実だわ。
あ!もしかして・・・。お部屋に行けない程、レイフォード様の御気分が悪かったのかも。
大丈夫だと仰っていたけれど、気を遣われていたのかもしれないわね。
だとしたら、私はしっかり枕の役目を果たさなければいけないわ!!)


自分の納得のいく結論が出たシルヴィアは、レイフォードの枕の役目を全うする為、
気合を入れ直し背筋を伸ばした。


レイフォードはレイフォードで、急にシルヴィアの雰囲気が変わったので、


(また、変な勘違いをしているだろうな・・・。)

嫌な予感はしつつも、シルヴィアの膝の柔らかさを堪能したい欲求が勝り、そのまま放置した。





そして更に時間が経ち、窓から差し込む陽光の暖かさ、上掛けの温もり。
尚且つ、レイフォードから伝わる熱が、シルヴィアの眠気を誘い始める。

(ああ、駄目だわ。眠ってしまいそう・・・。
でも、このまま寝てしまったら、
レイフォード様の頭が私の膝から落ちてしまう。
そうしたら、私は枕の役目すらまともに出来ない女というレッテルを貼られる。
何としてもそれは回避しなければ。)


自分を叱咤するが、睡魔に抗えば抗う程襲ってくるもので、
とうとうシルヴィアは、こくり、こくりと舟を漕ぎ出した。

最初は頭だけがゆらゆらと揺れていたが、次第に体も揺れ始める。
右から左、左から右、横揺れだった体が、だんだん縦に揺れる。


レイフォードもシルヴィアの体の揺れに気付き、
さすがにこのままでは酷だと感じて、身を起こそうとしたが、
シルヴィアの体がカクンと前に倒れた時、
レイフォードの眼前に迫るものに、
もしやと思い、目を開けたままシルヴィアを凝視する。


(これは、アレだよな。このままシルヴィアが前に倒れてきたら・・・、
だよな?いいよな?別に何も構わないよな?
俺達は夫婦だし、何も咎められる事は無いよな?)


自分の中で言い聞かせて、期待に胸を膨らませる。


シルヴィアはレイフォードの思惑など知る由もなく、睡魔と戦っている。


(だ、駄目だわ・・・・。ねむ、くて・・・・。
ああ・・・、もう・・・・。)


体の揺れが大きくなっていく。
レイフォードが目の前の存在感のあるそれにしか目が外せない。


そして、シルヴィアはガクンと前に倒れ込んだ。
レイフォードが膝上に居るにも関わらず。


「・・・ふ。」

小さな声を漏らすだけで、微動だにしないレイフォード。

シルヴィアは眠りに落ちてしまい、レイフォードを下に敷いてしまっている事に気が付かない。


レイフォードは自分の顔面の柔らかい感触に途轍もない衝撃が走る。

(・・・これは・・・。
想像以上の破壊力だな。
もう、これで窒息死しても・・・・。)



30分後、様子を見に来たゴードンが、
その光景を目の当たりにして、慌ててシルヴィアを揺り起こす。


目を覚ましたシルヴィアは、自分の膝の上で顔を赤くさせたレイフォードを見た途端、
血の気が引いた。


レイフォードは起き上がり、シルヴィアに背を向ける。
確実に怒っていると確信したシルヴィアは頭を下げて謝罪する。

「レ、レイフォード様、申し訳ございません!!
レイフォード様を潰して寝てしまうなんて、私ったら、何て事を!」


「・・・・いい。大丈夫だ。」

レイフォードは自分の緩みきった顔を見られたくない為に背を向けたのだが、
シルヴィアはそう捉えず、謝罪の言葉を続ける。


「いいえ、一歩間違えればレイフォード様を窒息させてしまう所でした。
もう、このような事は二度と致しません。
本当に申し訳ありませんでした!!」


「い、いや、だから、大丈夫だ。
二度としないとか言わずに、これからも・・・・。」


「え?」

「・・・・・疲れが取れたのは本当だから、またお願いしたい。」

「え、でも・・・。」

「お願いしたい。」

「は、はい、分かりました?」


謎の圧力で押し切られたシルヴィアだったが、長時間膝枕をしたおかげで足が痺れて、
歩けなくなってしまった。

ゴードンに肩を貸してもらおうとしたが、レイフォードがこれを許さず、
何回かの押し問答の末、結局レイフォードがシルヴィアを抱え上げて、シルヴィアの部屋まで連れて行った。











「確実にお苦しかった筈なのよ。
顔も赤くて、呼吸も乱れていたし。
それなのに私を怒る事もせずに、部屋まで送ってくれたのよ?
私は本当に申し訳なさで一杯で、今後これをどう挽回したらいいのか、絶望だわ。
レイフォード様は何であんなにお優しいの?
私はどうしたらいいのかしら・・・。」

シルヴィアが途方に暮れながらソニアに話す。
それを聞いているソニアは、

「・・そのまま息を引き取ったら良かったのに。」

笑顔のまま小さな声で言い放った。

「ソニア?何か言った?」

シルヴィアには聞こえなかった様で、
ソニアはしれっとした態度でこう返す。

「いえ、ご当主が気にしていないのであれば、
シルヴィア様も気にする必要は無いのでは?」

「でも・・・。」

「シルヴィア様がお嫌なら、断れば良いだけの話です。
それでも強要してくるのであれば、私が代わりに断りますよ?」

ソニアの言葉に慌てて首を横に振る。

「嫌じゃない、嫌じゃないの!!
ただ、またあのような失態を見せてしまったら、
レイフォード様でもお怒りになるわ。それが不安で。」


ソニアは深く溜息を吐く。


「大丈夫ですよ、寧ろその失態を望んでいるでしょうから、
シルヴィア様を眠らせようとしてくるのではないですか?」

「ええ!!・・・・まさか、そんな事・・・・。
でも、もしそうなら、今度こそ離縁されてしまうのかしら?」

悲し気に俯くシルヴィアを、ソニアは宥める様にシルヴィアの肩を抱く。


「無いですから、それは絶対。」

きっぱりと言い切ったソニア。

「え、え、そうな、の?」


シルヴィアは首を傾げるだけだった。













「なぁ、ゴードン。」

ソファに座り、ボーっと天井を眺めてい自分を呼ぶレイフォードに、ゴードンは少し間を置いて返事をする。


「・・・はい、何か御用でしょうか?」

恐らくは予想できる話で、皮肉に近い返答をレイフォードに返した。

だが、レイフォードは上の空で、ゴードンの皮肉にも気付かない。


「俺は、今日程、生きていて良かったと思う日は無かった。」

やはりか。
ゴードンは表情は変えなかったが、心中は悟りの境地に達していた。

「左様でございますか。」


それ以外に、何も返す言葉が無かった。
レイフォードはそれすらもお構いなしに呟く。


「シルヴィアの体は何故あんなに柔らかいのだろうな。
それにとても心地の良い匂いもした。
ずっと嗅いでいたくなる。」


「・・・そのような事はご自分のお心の内に留めておいた方が良いかと。」


「毎日でも良い。ああ、くそ。明日から帰りが遅くなるのか。
だが、仕事が疲れたからと言えば、シルヴィアは了承してくれる筈。」


「レイフォード様、あまりシルヴィア様を困らせては。」

「困らせてつもりは無い。嫌がったら、無理強いはしない。」


(断れない状況に持って行くでしょうに・・・。)


これ以上は無駄だと感じ、


「仕事に差し障り無い程度になさってくださいね。」


そう言い、レイフォードの部屋を退室した。











仕立てた服が届けられた。



「この仕事が終わったら、直ぐにでも行こうな。」


レイフォードはシルヴィアに甘く微笑む。
シルヴィアはコクコクと頷く。未だにレイフォードに微笑みかけられるのに慣れていない。

分かり易い上機嫌振りにソニアがポツリと呟く。


「当初からは考えられない程のムッツ・・・変貌ぶりで。」


微笑みを崩さずにレイフォードはソニアを見る。


「何か言ったか?」


ソニアも微笑む。


「いいえ、何も?」


両者の間で緊迫した空気が流れる。


「ねぇ、ゴードン。二人は本当に仲が良いわね。
羨ましいわ。私もあのようにレイフォード様と気軽にお話したいけれど、
どうしたらいいのかしら?」



シルヴィアはゴードンに小声で相談するが、ゴードンは苦笑交じりに言う。


「シルヴィア様はそのまま御変わりにならない方がよろしいですよ。」



この屋敷の癒しであるシルヴィアには是非ともこのままでいて欲しい。
全員の総意であるのは間違いないであろうとゴードンは思った。








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