げに美しきその心

コロンパン

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7章

レイフォードの居ない日

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重い足取りで仕事に向かうレイフォード。
以前ならば、敬愛するダイオンの為、喜び勇んで赴いていた。
その気持ちは変わらないが、今は家残していくシルヴィアの事が気がかりでならない。


「行って来るが、くれぐれもへんな変な男には気を付ける様に。(これ以上、シルヴィアに群がる男が増えたら困るからな。)」

「はい!分かりました。(変な男の人ってどういう方の事かしら?)」

「ミゲルでもライオネルでも、もし来たら一人で対応せずにゴードンやソニアを必ず付き添いに。
扉も開けておくように。(あいつ等、油断も隙も無い。俺が居なくても構わず此処へ来るのが予想できる。)」

「は、い。(ミゲル様達はレイフォード様のご友人なのに、レイフォード様が不在の時にいらっしゃるのかしら?)」

「もし外に出る時は、ソニアを必ず連れて行け。(腹が立つが、俺より確実に堅固な守りだからな。)」

「はい・・・。(うう・・・。やっぱり子供扱いされているわ・・・。仕方が無いけれど悲しいわ。)」

「それから・・・。「レイフォード様・・・、もう出発致しませんと。ダイオン様が・・・。」


言い足りないレイフォードだが、ゴードンに遮られる形で、渋々屋敷を後にする。


「帰ったら、必ず、必ず二人で出掛けるぞ!」

馬車から顔を出して、大声で叫ぶレイフォード。
シルヴィアも同じく大きな声でレイフォードに応える。


「はい!!楽しみにしております!!」






「ようし!名誉挽回ね!
レイフォード様が次からは安心して仕事に行って貰う為に頑張るわよ!!」

むんと気合を入れるシルヴィア。

「じゃあ、先ずはソニアと剣術の鍛練ね!」

ソニアを見てやる気に満ちた瞳を見せる。
ソニアは頑張る方向がやはりズレているシルヴィアを敢えて訂正する訳もなく。

「では、朝食の後に軽く体を動かしましょう。」

ソニアもシルヴィアと居る時間が大切なのだ。
レイフォードとシルヴィアが通じ合えば、このようにシルヴィアと共に居る時間も少なくなる。
自分の命よりも大切なシルヴィア。
限られた時間、一秒一秒を大切にしよう。


(まぁ、あの様子だともう少し時間がかかりそうだが。)


ソニアとシルヴィアは二人で食堂へ向かった。





朝食後、シルヴィアは厩舎でソニアと打ち合いをする。

カッ!カッ!と木剣のぶつかり合う音。

「中々様になってきましたね、シルヴィア様。」

悠然としたソニアに必死のシルヴィア。

「そ、そう!?で、でも全然ソニアに当てる事が出来ないわ!!」

「当たり前です。私に当てようなんて、シルヴィア様。
貴女は何を目指しているのですか。」


貴族の淑女が本来する筈のない剣術を行うだけでも褒められた事では無いのに、
ましてや元騎士のソニアに一撃与えたいという考えは、最早貴族の淑女の考え方ではない。

「だって、一度もよ!一度もソニアに、当てる事が出来ないのよ!悔しいわ。」

「私に当てる事が目的じゃないでしょう。しかも、もう体型も元に戻られたのに、
いつまでもこんな事を続ける必要も無いのですよ?」

当初はシルヴィアの体型を元に戻すために始めた剣術の鍛練。
だが、シルヴィアは未だに続けている。

「習慣になってしまって、止めたら何だか気持ち悪くて。
それに楽しいもの!」

汗の雫が太陽の光に反射して、キラキラと光る。
それにも負けずにシルヴィアの笑顔も輝く。

「仕方ないですね。」

屈託のない笑顔にソニアも苦笑する。

「ご当主より強くなりそうですね。」

軽く冗談を言えば、真剣な面持ちでシルヴィアは肯定する。

「そうね。そうなれば、レイフォード様を御守りする事が出来るわね!」

「・・・。シルヴィア様、それは色々面倒な事になりますよ。(主に周りが。)」

「え?」

確実にレイフォードのプライドが粉々になる。
只でさえ以前、シルヴィアに庇われた事を引摺り、

「剣術を真面目にすれば良かった・・・。」

溢していたのを耳にしたのだ。

これで、本当にシルヴィアが強くなってしまえば、
レイフォードの立つ瀬は無くなる。
ソニアは別にどうでもいい事だが、シルヴィアにまたしわ寄せが来たら非常に不愉快だ。

「まぁ、何事も程々で。」

「ええ!」








昼食後、シルヴィアは昨日出来なかった苗を植える為、ケビンと土を均していた。

「これなら、もう植えても大丈夫そうね!」

「そうですね。それでは飢えて行きましょうか。」

「そうね!」


鼻歌交じりに楽しそうに苗を植えていくシルヴィア。
苗一つ一つを手に取って、とても愛おしそうに優しい手つきで、土へと埋める。


その丁寧な所作に見入っていたケビンは、昨日のライオネルの言葉を思い出す。

そして、遠慮がちにシルヴィアに声を掛ける。

「あ、あの・・・シルヴィア様・・・。」

苗から視線をケビンに向け、笑顔をそのままにシルヴィアは応える。

「どうしたの、ケビン?」


それだけでケビンの顔が紅潮する。
美しいシルヴィアの微笑みが自分に向けられているのだ。

目を合わせられず、苗で誤魔化しながら下を向く。


「昨日、いらっしゃった男性の方々は、・・・・レイフォード様のご友人、ですよね・・・。」

「ええ、そうよ。ミゲル様とライオネル様。お二人共とても素敵な方だわ。」

「そ、そうですか・・・。」

「お二人がどうかしたの?」

「い、いいえ、何でも・・・。」

言い淀むケビン。
シルヴィアは首を傾げるが、口を閉ざしてしまったケビンはそれ以上何も話さなかった。











「ケビン、ちょっと。」


ケビンの肩が大きく震える。
後ろを振り返ると、ソニアが無表情で立っていた。
その無表情が何よりも恐ろしかった。

ケビンは自分が何かしたのか、恐怖で凍りつく。

「失礼な態度ですね、全く。
別に貴方に危害を加える訳でもないのに。」

「す、すみません・・・。」

ソニアは傷付いている体を装う。

「まぁ、それは良いとして。
先程の貴方、何か言いたい事があったのではないですか?」

「あ・・・。」

ソニアはケビンの様子がおかしかったのを見逃さなかった。

「ミゲル様かライオネル様に何か気になる事でも?」

「あの・・・。」

「シルヴィア様には言いませんので、教えて貰えますか?」


あくまでも優しく尋ねるソニア。
直感的に何かシルヴィアに関わりのある事だと悟った。
要らぬ火の粉は払わねばならぬ。
シルヴィアに届く前に。

それがソニアの使命だからだ。




ケビンは下を俯き、暫く考え込んだ後、
ソニアの顔を見据えて口を開く。






「・・・・・・・昨日、ライオネル様から声を掛けられました。」
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