げに美しきその心

コロンパン

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7章

街へ行ってみようと思うの

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翌日、シルヴィアは庭に苗を追加する為に、
街へ行こうと考えた。

「この間はレイフォード様が居てくださったけれど、今日は一人。
気をしっかり引き締めて、周りに注意して出掛けなくてはね。」

「苗なら私が買いに行きますのに。」

「駄目よ、ソニア。以前貴女が買って来た苗、全部毒性の強い物ばかりだったじゃない。
薬を作るのには有用だけれど、今回はお庭に植える物よ?
万が一レイフォード様が触って、かぶれでもしたら大変だわ。」

ソニアは何故か、毒を持つ植物を買って来る。
意図せずに。

今回はレイフォードの庭に植える苗だから、
その様な危険な植物は駄目だ。

「・・・では、私も一緒に参ります。」

ソニアは少しばつが悪そうに言う。

「今日は苗を買いに行くだけだから、直ぐに帰るわ。
だから一人でも大丈夫よ。」

にこりと笑うシルヴィアにソニアは首を横に振る。

「シルヴィア様、貴女はお一人にすると碌な事が起きない。
駄目ですよ、私も一緒に参りますので。」

「大丈夫だって言っているのに・・・。ソニアは心配性ね、本当に。」

頬を膨らましてシルヴィアは抗議する。
ソニアはそれを軽くあしらう。

「シルヴィア様がもう少ししっかりしてくだされば、此処まで心配致しませんが。」

更にシルヴィアは頬膨らませる。

「むうううう!!これからしっかりするの!!だから、今日は一人で街へ行くの!!」

ソニアは譲らない。

「しっかりするのと、護衛を付けずに無謀に街へ行くのは違います。
貴女は貴族なのです。街へ一人で行って、また人攫いに遭ったらどうするのですか。」

更に更に頬が膨らむ。正論を言われて恥ずかしくなった。
頬がどんどん萎んでいく。

「そ、それはそうだけれど・・・。
・・・・・・・・・・そう、よね。ごめんなさい。私が意地になっていたわ。」

ソニアは八の字に眉を下げて穏やかに微笑む。

「シルヴィア様はすぐ暴走しますからね。」

「うう・・・。」

反論の余地も無く、小さく呻き声を上げるシルヴィア。

「では、参りましょうか。どのみち荷物持ちも必要ですからね。」

「・・・ありがとう。そうね、沢山苗を買うのなら、一人だと大変だものね。」

シルヴィアは頷き、ソニアと共に自室を出た。









街へ着いてソニアとシルヴィアは早速花屋へ赴く。

「どれも可愛い子ばかりね。どうしようかしら。」

顔を綻ばせながら、苗を手に取り弾む声で呟く。
花屋の主人はまさか此処にシルヴィアが来るとは思ってもみなかったらしく、
緊張の面持ちでシルヴィアに話しかける。

「き、貴族様がこんな所で、な、何か御用ですか?」

花屋に来るのは、花を買いに来る為。
だが、貴族自らが足を運ぶ事は稀だ。
自分の店に何か不味い事でもあったのか、
不安が心を占めた。

シルヴィアはそんな主人の心を知る筈もなく、
笑顔のままに当たり前の様に話す。

「お庭に植える苗を買いに来たの。
此処の苗、どれも可愛くて迷ってしまうわ。
貴方のお勧めを伺っても良いかしら?」

「な、えですか?」

全く予想していない答えに、言葉が詰まる。
シルヴィアは大きく頷き、主人を期待に満ちた瞳で見つめる。

シルヴィアの瞳が赤みが差す。
それと同時に主人の顔も赤くなる。


「あ、あの、でしたら、この苗はどうでしょうか?」

手に取るとシルヴィアが顔を近づけ、苗をじっと見る。
余りにも警戒心無く近づいてくるシルヴィアに思わず後退りをする。

「?」

シルヴィアは首を傾げる。
そしてハッとした表情から直ぐに申し訳なさそうな顔で主人に謝る。

「不快に感じたかしら・・・?ごめんなさい。
不用意に近づいてしまって。少し、離れるわね。」

(ミゲル様はああ言ってくださったけれど、私の瞳は奇異だから、恐れられる事、忘れていたわ。)

「い、いいえ。貴女の様な美しい女性が近くに来られて、少し驚いただけで・・・。
不快だなんて、滅相も無い。」

キョトンとした顔のシルヴィア。
少しだけ頬を赤くして微笑む。

「美しいだなんて、やっぱり商売をなさっている方はお世辞がお上手なのね。
ふふふ。嬉しくなって沢山買ってしまいそうになるわね。」

ニコニコして横に居るソニアに話す。

(お世辞では無いんだけどな・・・。)

主人は本心で言ったつもりがお世辞に取られてしまった。

その後は主人から勧められた苗を幾つか購入し、
少しだけ雑談をした後、店を後にした。

「うふふ。沢山買えたわ。」

ほくほく顔のシルヴィアにソニアも穏やかな表情で話し掛ける。

「良かったですね、シルヴィア様。」

「ええ!!私、レイフォード様のお屋敷に来て初めて一人でお買い物出来たわ。
私もやれば出来たわ。」

「そうですね。」

これで、レイフォードも少しは自分を認めてくれるかもしれない。
そう考えた。


だが、シルヴィアのこの行動はレイフォードが更に過保護になるのをこの時は知らなかった。















「お、おい。さっきお前の店に来てたのって・・・。」

「ああ、レイフォード様の奥様、シルヴィア様だ。」

「なんで、お前の店に?」

「屋敷の庭に植える苗を買いに来たんだとよ。」

「シルヴィア様がわざわざ?」

「それが、シルヴィア様本人が庭の手入れをしているって話だ。」

「そんな貴族がそんな事、」

「俺もそう思った。だが、話を聞いていると、俺も知らない様な植物の知識を教えてくれた。
本当に手入れをしていなければ、分からない事もあの方はご存じだったよ。」

「はあ~、変わったお人だな。」

「ああ、全くだ。貴族なのにお高く留まっていないし、美しい容姿を笠に着る訳でも無い。
何とも気持ちの良い方だ。
この前に街に来た時に見た奴らの話、ほら話だと思っていたが・・・。
本当の話だったんだな。」

「レイフォード様を恐ろしい病から救った女神だという話だもんな。
その女神に絆されてレイフォード様も人が変わった様だと聞いたぞ。」

「まぁ、あんな美しい女性が妻だったら、俺でも変わるさ。
はぁ、また来て下さると言ってくれたし、
店の掃除でもしておくかな。」

「な、なに!!なんて羨ましい。
あ~、俺の店にも来ないかなぁ~。」

「来るんじゃないか?
色々な店に行ってみたいとも言っていたぞ。」

「!!本当か!!
ちょっと、床屋に行ってくる!!」

「お、おい。いつ来るかは分からんぞ!」




花屋の主人は最後まで話を聞かず去って行ったパン屋の店主を呆れた様子で眺めていた。


次に来る時は、もう少し話が出来ればいいなと膨らむ期待を胸にする。
実際に来るには来たのだが、後ろに般若の様な顔をした彼女の夫が、
自分を威嚇して、今日よりも話をする事が出来ない事になるのだが、それは別の話。






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