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7章
耐える力の無い己
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「エリオット、レイフォードが何処に行ったか知らんか?」
ダイオンは夕食後、姿の見えなくなった息子の行方を長男に尋ねた。
ソファで寛いでいたエリオットは、ダイオンへ顔を向け、
苦笑交じりにダイオンの質問に答えた。
「我が弟はもう少し忍耐力を鍛えなければいけないようだよ、父上。」
ダイオンから窓へと視線を移し、ダイオンをそちらへ誘導する。
ダイオンは窓に近づき、自分の屋敷から馬車が出て行く所を視認すると、
頭に手を当て溜息と一緒に言葉を吐き出す。
「あの馬鹿息子め・・・。」
「シルヴィア嬢に会いたくて仕方が無かったみたいだね。」
読みかけの本を手に取り、続きを読みだすエリオット。
「はぁ、明日の仕事に支障をきたす様であれば、明日からのアイツの行動を律する事にするか。」
腕を組み、ソファに腰を下ろすダイオンをエリオットは窘める。
「父上は本当にレイフォードに甘い。」
「そう言うお前も止めなかったのだろう?」
ダイオンに反論されて、エリオットは肩を竦める。
「あんな悲愴感を漂わせた弟を制するなんて、兄としては心苦しかったもので。
父上もご覧になったら気持ちが分かるよ。」
「う、ううむ。」
それ以上は、何も言葉が出てこなかった。
(シルヴィアのおかげではあるが、あそこまで変わると一抹の不安を覚える。
シルヴィアに何か起きれば、アイツはどうなってしまうのだろうか。)
父として息子の身を案じる。
当の息子は、愛しき己の妻の姿を目に焼き付けたいが為、
馬車を走らせ自宅へと急ぐのであった。
夜半過ぎであった、レイフォードが自宅に到着したのは。
屋敷へ入り、自室へ向かう。
その途中、ゴードンと出くわす。
「レイフォード様?一体どうなされたのですか?
何かお忘れ物でも?」
「・・・いや、別にそういう訳では無い。」
誰にも気づかれずに部屋に戻りたかったが、ゴードンは起きていたかと内心で舌打ちを打った。
訝し気にこちらの様子を窺っているゴードンに、
非常に気まずい気持ちでレイフォードは白状した。
「・・・・シルヴィアの顔を、見に来ただけだ・・・。」
「そ、・・・・・。」
二の句が継げないゴードンは、この目の前に居る主人のバツの悪そうな顔を、
只々ジッと見る事しか出来なかった。
自分でも愚かだと思いつつも、シルヴィアの顔見たさに居ても立っても居られず、
こうして舞い戻ったレイフォードは、ゴードンが何も言わないのを良い事に、
自分の部屋へと足を向けようとした。
「レ、レイフォード様。シルヴィア様はもう御就寝なされていますが・・・・?」
当たり前の事だが、今は夜中。
もしかしたら、以前の様にシルヴィアを起こすつもりなのか、
ゴードンは心配になり、慌ててレイフォードに言い募る。
「・・・分かっている。顔を見に来ただけだと言っただろう。」
そう言ってレイフォードは足早に階段を昇って行った。
「数日家を空けるのに、帰りが遅くなると仰っていたのは・・・まさか・・・・。
レイフォード様、まさか毎日戻ってくるおつもりですか・・・。」
呆然と立ち尽くすゴードン。
主人の言葉の真意を理解して身震いした。
薄暗い部屋。
寝台から規則正しい寝息が聞こえる。
カーテンから漏れる月明かりに銀糸の髪がキラキラと輝いて見える。
その光のおかげで少しばかりの明かりでも、
この部屋の主であるシルヴィアの寝顔がはっきりと分かった。
レイフォードは起こさないよう化粧台の椅子を寝台まで近付け腰掛ける。
幸せな夢を見ているのかとても穏やかな寝顔だ。
その寝顔を見ているだけでも、心の中がじんわりと暖かい物で満たされていくのが分かる。
シーツに広がる銀の髪を一房、レイフォードは手に取った。
ふんわりと軽い手触り、ほつれる事無く指を軽く滑る。
その感触を数回楽しむ。
そして彼女の髪を唇に寄せる。
愛おしい気持ちで彼女の髪に口付ける。
シルヴィアの髪から香る匂いが鼻を掠める。
(ああ、シルヴィアの匂いは何故こうも幸せと感じるのだろうか。
抱き締めたら、もっと彼女の匂いを感じる事が出来るのに。)
名残を惜しむように髪をするりと離す。
これだけ髪を触っても、シルヴィアは全く起きず熟睡している。
(起きている彼女を見る事が出来るまで、あと3日もある。)
明日もきっと自分は、此処へ訪れるのだろう。明後日も、明々後日も。
(彼女を見ずに一日を過ごす事がこんなにも胸を締め付けるとは。)
指先でシルヴィアの頬にそっと触れる。
(シルヴィア、君は知らないだろうな。
俺がこんな夜更けに君に会いに来る程、君を想っている事を。
君は未だ俺が君を認めていないと思っているのだろう?
俺はとっくの昔に、君を、君だけを求めているのにな。)
自嘲気味に笑い、すっと指を離す。
そして椅子を元に戻し、部屋を出る。
扉を閉め、玄関へ向かう。
玄関にはゴードンが待っていた。
「済まないな、余計な仕事を増やしてしまって。」
レイフォードがゴードンに詫びる。
「いいえ、お気になさらず。お体にお気を付けて行ってらっしゃいませ。」
「ああ、シルヴィアを頼む。」
ゴードンは深く頭を下げ、主人を見送った。
馬車が出発し、音が聞こえなくなり、ゴードンは屋敷へと入っていった。
(レイフォード様は本当にお変わりになられた。
以前はあのような言葉、口にする事は無かった。
ああ、本当に良かった。
シルヴィア様が来てくださって、本当に良かった。)
胸にこみ上げて来るものを堪え、ゴードンは静かに奥へと消えて行った。
ゴードンの想定通り、レイフォードは夜更けにシルヴィアの顔を見に一時帰宅し、
満足したらまた戻って行くという事を3日間繰り返し、
案の定、体調を崩した。
ダイオンは夕食後、姿の見えなくなった息子の行方を長男に尋ねた。
ソファで寛いでいたエリオットは、ダイオンへ顔を向け、
苦笑交じりにダイオンの質問に答えた。
「我が弟はもう少し忍耐力を鍛えなければいけないようだよ、父上。」
ダイオンから窓へと視線を移し、ダイオンをそちらへ誘導する。
ダイオンは窓に近づき、自分の屋敷から馬車が出て行く所を視認すると、
頭に手を当て溜息と一緒に言葉を吐き出す。
「あの馬鹿息子め・・・。」
「シルヴィア嬢に会いたくて仕方が無かったみたいだね。」
読みかけの本を手に取り、続きを読みだすエリオット。
「はぁ、明日の仕事に支障をきたす様であれば、明日からのアイツの行動を律する事にするか。」
腕を組み、ソファに腰を下ろすダイオンをエリオットは窘める。
「父上は本当にレイフォードに甘い。」
「そう言うお前も止めなかったのだろう?」
ダイオンに反論されて、エリオットは肩を竦める。
「あんな悲愴感を漂わせた弟を制するなんて、兄としては心苦しかったもので。
父上もご覧になったら気持ちが分かるよ。」
「う、ううむ。」
それ以上は、何も言葉が出てこなかった。
(シルヴィアのおかげではあるが、あそこまで変わると一抹の不安を覚える。
シルヴィアに何か起きれば、アイツはどうなってしまうのだろうか。)
父として息子の身を案じる。
当の息子は、愛しき己の妻の姿を目に焼き付けたいが為、
馬車を走らせ自宅へと急ぐのであった。
夜半過ぎであった、レイフォードが自宅に到着したのは。
屋敷へ入り、自室へ向かう。
その途中、ゴードンと出くわす。
「レイフォード様?一体どうなされたのですか?
何かお忘れ物でも?」
「・・・いや、別にそういう訳では無い。」
誰にも気づかれずに部屋に戻りたかったが、ゴードンは起きていたかと内心で舌打ちを打った。
訝し気にこちらの様子を窺っているゴードンに、
非常に気まずい気持ちでレイフォードは白状した。
「・・・・シルヴィアの顔を、見に来ただけだ・・・。」
「そ、・・・・・。」
二の句が継げないゴードンは、この目の前に居る主人のバツの悪そうな顔を、
只々ジッと見る事しか出来なかった。
自分でも愚かだと思いつつも、シルヴィアの顔見たさに居ても立っても居られず、
こうして舞い戻ったレイフォードは、ゴードンが何も言わないのを良い事に、
自分の部屋へと足を向けようとした。
「レ、レイフォード様。シルヴィア様はもう御就寝なされていますが・・・・?」
当たり前の事だが、今は夜中。
もしかしたら、以前の様にシルヴィアを起こすつもりなのか、
ゴードンは心配になり、慌ててレイフォードに言い募る。
「・・・分かっている。顔を見に来ただけだと言っただろう。」
そう言ってレイフォードは足早に階段を昇って行った。
「数日家を空けるのに、帰りが遅くなると仰っていたのは・・・まさか・・・・。
レイフォード様、まさか毎日戻ってくるおつもりですか・・・。」
呆然と立ち尽くすゴードン。
主人の言葉の真意を理解して身震いした。
薄暗い部屋。
寝台から規則正しい寝息が聞こえる。
カーテンから漏れる月明かりに銀糸の髪がキラキラと輝いて見える。
その光のおかげで少しばかりの明かりでも、
この部屋の主であるシルヴィアの寝顔がはっきりと分かった。
レイフォードは起こさないよう化粧台の椅子を寝台まで近付け腰掛ける。
幸せな夢を見ているのかとても穏やかな寝顔だ。
その寝顔を見ているだけでも、心の中がじんわりと暖かい物で満たされていくのが分かる。
シーツに広がる銀の髪を一房、レイフォードは手に取った。
ふんわりと軽い手触り、ほつれる事無く指を軽く滑る。
その感触を数回楽しむ。
そして彼女の髪を唇に寄せる。
愛おしい気持ちで彼女の髪に口付ける。
シルヴィアの髪から香る匂いが鼻を掠める。
(ああ、シルヴィアの匂いは何故こうも幸せと感じるのだろうか。
抱き締めたら、もっと彼女の匂いを感じる事が出来るのに。)
名残を惜しむように髪をするりと離す。
これだけ髪を触っても、シルヴィアは全く起きず熟睡している。
(起きている彼女を見る事が出来るまで、あと3日もある。)
明日もきっと自分は、此処へ訪れるのだろう。明後日も、明々後日も。
(彼女を見ずに一日を過ごす事がこんなにも胸を締め付けるとは。)
指先でシルヴィアの頬にそっと触れる。
(シルヴィア、君は知らないだろうな。
俺がこんな夜更けに君に会いに来る程、君を想っている事を。
君は未だ俺が君を認めていないと思っているのだろう?
俺はとっくの昔に、君を、君だけを求めているのにな。)
自嘲気味に笑い、すっと指を離す。
そして椅子を元に戻し、部屋を出る。
扉を閉め、玄関へ向かう。
玄関にはゴードンが待っていた。
「済まないな、余計な仕事を増やしてしまって。」
レイフォードがゴードンに詫びる。
「いいえ、お気になさらず。お体にお気を付けて行ってらっしゃいませ。」
「ああ、シルヴィアを頼む。」
ゴードンは深く頭を下げ、主人を見送った。
馬車が出発し、音が聞こえなくなり、ゴードンは屋敷へと入っていった。
(レイフォード様は本当にお変わりになられた。
以前はあのような言葉、口にする事は無かった。
ああ、本当に良かった。
シルヴィア様が来てくださって、本当に良かった。)
胸にこみ上げて来るものを堪え、ゴードンは静かに奥へと消えて行った。
ゴードンの想定通り、レイフォードは夜更けにシルヴィアの顔を見に一時帰宅し、
満足したらまた戻って行くという事を3日間繰り返し、
案の定、体調を崩した。
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