げに美しきその心

コロンパン

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7章

心の距離

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「どうかしら?
変ではない?ちゃんと似合っている?」

ドレスの裾を翻しながら、何回もくるくると回るシルヴィアをソニアはやんわりと手で止める。

「先程から何遍も言いましたが、ミシェル様のお見立てで似合わなかった事は一度も無いでしょう?
とても似合っていますよ。似合い過ぎて外に出すのが惜しい位に。
今からでも間に合います。
ご当主とのお出掛けは止めて、私と出掛けませんか?」

ソニアは真面目な顔で言う。
シルヴィアはプッと吹き出してクスクスと笑う。

「大袈裟よ、ソニアは。
ソニアとお出掛けなんてとても魅力的なお誘いだけれど、
レイフォード様とのお約束を破ることになるもの。
これ以上、失望されたくは無いわ。
たから、また改めてお出掛けしましょう?」

ソニアも少し笑いながら、

「冗談ですよ?
でも、それ位に今日のシルヴィア様はお美しい。
いつもお美しいけれどもね。
自信をお持ちください。」

シルヴィアは目を見開いて、そしてまた朗らかに笑う。

「まぁ!ソニアったら。
でも、ありがとう。
少しだけ自信が持てた気がするわ。
このドレスに負けてそうで不安だったの。」

ソニアの髪の色。
空色のドレス、華美な飾りは少なく、シルヴィア好みのシンプルなデザイン。
胸元のレースの刺繍はきっとミシェルの物だろう。
とても細やかで美しい。
ウエストをキュッと絞り、後ろを主張し過ぎないレースリボンで結ぶ。

「何を言っているのですか、シルヴィア様はどんなドレスにも負ける筈が無いですよ。
はい、後ろを向いてください。」

ソニアに言われて、素直に後ろを向く。

パチンと緩やかに編み込んだシルヴィアの銀の髪をバレッタで留める。
鏡でバレッタを確認し、ほぅ、と溜息を吐く。

「素敵ね・・・。」

ソニアの花を使ったバレッタもミシェルから送られてきた。


―凄く不本意だけれど、このドレスにはとても似合う筈だから。


ミシェルからそう添えられていたカードを読み、何が不本意なのだろうと首を傾げた。
ソニアに聞いても、微笑を浮かべるだけで、何も答えてくれなかった。

「とても良くお似合いですよ。」

「ふふ、ありがとう。何だか、ソニアに守られている様な気がするわね。」

嬉しそうに何度もバレッタを見る。

(ミシェル様の事だから、本当に何か呪い(まじない)をかけていそうだけれど。)

「本日は私がご一緒出来ませんので、お守り代わりにそちらを私だと思って下さい。」

ソニアが言うと、シルヴィアはニッコリ笑って頷いた。

「分かったわ。では玄関ホールまで行きましょう。」

そう言った矢先、奥の扉からノック音がする。
シルヴィアは少し早足で扉の前へ行く。

扉の向こうからはレイフォードでは無く、ゴードンの声がした。

「・・・シルヴィア様、ご用意が出来ましたでしょうか?」

少し遠慮がちに言うゴードンにシルヴィアは元気よく答える。

「ええ!大丈夫よ。今玄関ホールへ向かう所なの。」

部屋の向こうから、話し声が聞こえてくる。
レイフォード様かしら?そう思っていると、

「シルヴィア、入ってもいいだろうか?」

本当にレイフォードの声がして、シルヴィアは快く応じた。

「はい!勿論です。」

カチャリと扉の開く音と共にレイフォードが現れる。

レイフォードの姿にシルヴィアは釘付けになる。

(ああ、今日もとても素敵だわ・・・。)

ダークグレーのスーツで金髪をきっちりと纏めて前髪は後ろに流している。
見惚れているシルヴィア同様、レイフォードも

(惚れた弱みだろうか。
彼女が着る全ての物が自分にとって好ましく思えて仕方が無い。
出来る事なら、この清楚で美しい姿を誰の目にも触れさせたくない。
というか、ゴードン。お前、見つめ過ぎじゃあないか?)

ゴードンも礼を忘れる程、シルヴィアに見惚れていた。
敢えてゴードンの前に立ち、壁を作りシルヴィアを隠す。
ゴードンはハッと我に返り、一礼した後でその場を去る。



暫くの沈黙の後、レイフォードが漸く絞り出した

「良く・・・、似合っている。」

の言葉にシルヴィアは瞳も頬も薔薇色に色付いた。

「ありがとうございます・・・。
レイフォード様もとても、とても素敵です。」

消え入るような声でシルヴィアは呟く。

(嬉しい!嬉しい!
レイフォード様が褒めてくださった!
ミシェのドレスは本当に素晴らしいの!
またお礼のお手紙を書いて、あの娘の好きなぬいぐるみを贈ろう。)

心中は大興奮で踊り跳ねていた。

レイフォードはシルヴィアの手を取り、美しく微笑む。

「ありがとう。このまま一緒に行こうと思うのだが、構わないか?」

更に顔が熱くなり、シルヴィアは大きく頷く。

「では、行こう。」

シルヴィアの手を握り、エスコートをするレイフォードに、シルヴィアは素朴な疑問を投げ掛ける。

「レイフォード様はお先に行かれてると思っていました。
私、準備に時間がかかりましたので。
もしかして、お待ちになって下さったのですか?」

ピタリと立ち止まるレイフォード。

「あ、ああ、勿論だ。
妻を待つのは夫として当然だろう?」

若干目が泳いでいたのをソニアは見逃さなかった。

「まぁ!そうなのですね。ありがとうございます。」

シルヴィアはレイフォードの言葉を全く疑う事無く、喜びの感情を素直に出す。

「気にしないでくれ。さ、行こうか。」

ソニアの胡乱な眼差しを無視して歩みを早め、部屋の外へ出る。




「扉の前で聞き耳立てていやがったな、あの男。」

恐らくレイフォードは、奥の扉にかぶり付いてか、
こちらの会話を盗み聞きしていたのであろう。

でなければ、あんなにタイミング良くこちらに赴く筈はない。

「日に日に気色悪くなっていくな。」

溜息を吐いて、シルヴィアを送り出すため玄関へと足を向けた。

シルヴィア様を傷付ける様な事が、
どうか起こらないよう、それだけを祈りながら。





「じゃあ、行ってきます!
ソニア、次はきっとお出掛けしましょうね。」

「はい、シルヴィア様の為に私はいつでも体を開けておきますので。
お気を付けていってらっしゃいませ。」


シルヴィアへとても嬉しそうにソニアとの約束を結ぶ。

レイフォードとしては、これから出掛けるのは自分なのだから、
次の自分ではない者との約束をそんなに楽しそうに話されるのは正直面白くない。

少しだけ強引にシルヴィアを引き寄せ、
馬車へと誘導する。

「さあ、早く中に入って。」

「はい!ゴードンも行ってきます!」

「行ってらっしゃいませ。楽しい一時を。」

ゴードンは深々と一礼をする。

レイフォードは堪らず、先に馬車の中へ入る。

(これじゃあ、いつまで経っても出発出来やしない。)

苛つきをシルヴィアへ向けたくない為に、
椅子に深く座り、大きく息を吸い、そして吐く。

そして漸くシルヴィアが中へ入って来た。

シルヴィアは一瞬止まる。

(ど、どうしましょう。何処に座ればいいのかしら?
隣、は駄目よね。馴れ馴れしすぎるわ。
向かいは、やっぱり駄目。
恥ずかしくて目を合わせられないわ。
やっぱり、)

レイフォードが先に座った対角線の席へシルヴィアは座る。

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

沈黙。

(何故、そこへ座るのだろうな。)

胸が軋む。
苛つきを抑えた筈なのに、シルヴィアが自分の近くに来ない事が、こんなにも苦しい。
苛つきがシルヴィアにも伝わったのか、
シルヴィアは居心地悪そうに俯く。

(うう・・・。緊張するわ・・・。
何か話せば良いのかしら、
ああ、でも私が勝手に話し掛けても良いのかしら。)


シルヴィアの髪飾りを見つめているレイフォード。

(これが、シルヴィアとの距離なのかもな。
この距離がこんなにも遠い。
彼女は俺を慕ってくれているが、
俺が始めに言ってしまった言葉で、俺に必要以上に近寄らず、話し掛けることもしない。
もう俺はシルヴィアが少しでも離れているだけで、
心臓が握り締められるほど、辛く、苦しいのに。)

「シルヴィア。」

愛しい名を呼ぶ。
それに反応し、顔を上げたシルヴィアの少し青みがかるアメジストの瞳がレイフォードを見る。
その瞳に吸い込まれ二の句が継げない。

「レイフォード様?」

自分の名前を呼ばれたが、反応の無いレイフォードに首を傾げるシルヴィア。

「あ、ああ、楽しみだな。」

レイフォードの言葉にシルヴィアは笑顔で返す。

「はい!」

(この距離も、今日で終わる。俺があそこで告げるだけなんだ。
君の事を俺はこんなにも・・・。)






早く目的地に着いて欲しい。

お互いの思いは同じようで違った。









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