げに美しきその心

コロンパン

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7章

それでも

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ああ、可愛いな。
愛おしい。

彼女の存在が俺の中でどんどん大きくなる。

彼女は怒るだろうが、あの病に倒れて良かった。
俺は何も気が付かないまま、一生を終えた事だろう。

彼女と心を通わせる事の無いまま。

彼女がどれ程俺を想ってくれていても、きっと気が付かない。
あの美しい笑顔にも気が付かない。

彼女が離れて行ったとしても気が付かなかっただろう。


それを考えたら、背筋が寒くなる。

他の男と結婚した彼女を想像して吐き気を催した。


無理だ。絶対に無理だ。

気付く事が出来て良かった。
だが、遅すぎた。


彼女を沢山傷つけた事実は消えない。
自分の愚行を無かった事には出来ない。


彼女を愛する者達から、俺は憎まれているのも知っている。
彼女を離そうとしている事も。


でも、それは無理だ。

彼女を手離す事は出来ない。

全力で阻止する。
誰であろうとも絶対に。


無防備に俺の膝で眠る彼女。
触れるだけの口づけをしただけで、気を失ってしまった。


これからそれ以上の事をするというのに、
いつになったら、慣れてくれるのだろうな?


「まさか、な。」


まさか一生慣れないとかは無いよな?
否定しきれない不安が過る。


銀色の彼女の髪が日の光に反射して美しく輝く。

目が覚めたら、どんな反応をするのか?
目に見えて慌てるのだろうな。

思わず顔がにやけるのを抑える事無く、眼下の彼女を見つめる。

早く目を覚ましてくれ。
君の笑顔が見たい。
君の声が聞きたい。










「う、うん?」

シルヴィアは意識が浮上してくる。
日差しの眩しさで、まだ日は沈んでいない。

(あら?私、いつの間に眠ってしまったのかしら?
え?レイフォード様と植物園に来ている筈よね?
何故、私は眠っているの?
あら?まさか植物園に来ている夢を見ていたの?
嬉しさのあまり?気の早い夢ね。)


真上から声がする。


「気が付いたか?」

(え?あら?まだ私眠っているのかしら。
レイフォード様の声がするわ。)

まだ夢を見ているのかと目を擦る。

「シルヴィア?」

「は、い?」

シルヴィアは再度、レイフォードの声がしたので、
返事をすると、
自分の事を愛おしそうに見つめるレイフォードの瞳とぶつかった。

「????」

全く状況が把握できない。

「中々目が覚めないから、心配したぞ。」

「・・・・あの、」

シルヴィアの混乱を余所にレイフォードは優しく語りかける。
それでも尚、混乱しているシルヴィアは恐る恐る尋ねる。

「此処は植物園、でしょうか?」

レイフォードは固まる。
口元が引きつる。

「・・ああ。そうだ。シルヴィア、先程の事、覚えているよな?
まさか、とは思うが、忘れていないよな?」


ソニアがいつか話していた事を思い出した。
シルヴィアが攫われた時、レイフォードがシルヴィアを抱き締めた前後の記憶が、
抱き締めたショックで抜け落ちたと言う。

今回もまた、同じ様に記憶が抜け落ちたのなら、
もう一度同じ事を伝えねばならなくなる。


(まぁ、俺としては別に構わないがな。
伝わるまで何回でも告げるつもりだし、そうでなくても毎日言うつもりだったが。)

「あ、・・・ああ、お、覚えています・・・。」

やっと理解したのか、シルヴィアの顔がどんどん赤くなっていく。

(レイフォード様に好きだと告げられたのだわ・・・。
夢だと思ったけれど、夢では無かったのね。
し、しかも・・・・、レイフォード様と・・・・・
く、く、口づけを・・・・・。)


レイフォードの顔をまともに見る事が出来なくなったシルヴィアは、
両手で顔を覆う。

レイフォードは安堵したが、シルヴィアが顔を隠したのが不満で、
シルヴィアの手を退けようとする。


「何故、顔を隠す。」

だが、シルヴィアの手は頑なにそれを拒む。

「ちょ、ちょっとお待ちください。
恥ずかしくて、レイフォード様のお顔を見る事が出来ないのです・・・。」

レイフォードも引かない。

「嫌だ。シルヴィアの顔が見たい。」

「駄目です!駄目です!
兎に角、今は。少しだけで良いのです。」

必死な様子のシルヴィアに少し悪戯心が芽生える。
ニヤリと笑いながら、レイフォードは言う。

「分かった。だが、いいのか?
今の状況、シルヴィアの言う恥ずかしい事になっているぞ?」

「え・・・?」

シルヴィアは手を外し、自分の置かれている状況を確認する。

先ず、何故レイフォードが自分を見下ろしているのか。
自分の後頭部が温かいのは何故か。

自分は仰向けに寝ている筈なのに、目線の位置が地面よりも高い位置にある。

顔だけを動かす。
目線の先に見えるのは、足だ。

間違いない。
自分はレイフォードに膝枕をされている。


血の気が引いていく。
顔がどんどん青褪めていく。

シルヴィアのただならぬ様子に、レイフォードは焦る。

「お、おい、シルヴィア、どうした!?」

ゆっくりと起き上がるシルヴィア。
レイフォードに向き直る。
その瞳には涙が溜まっていた。

「レイフォード様、申し訳ございません。」

突然の謝罪。
一体どうした事か、レイフォードは今にも泣き出しそうなシルヴィアを宥める。

「シルヴィア、何を謝っている?何も謝る様な事はしていないぞ。」

シルヴィアの肩に手を置く。
シルヴィアは首を横に振る。

「レイフォード様にまたご迷惑を掛けてしまって。
私はもう、情けなくて・・・。」

「迷惑?何の事だ?」

首を傾げるレイフォード。
シルヴィアも首を傾げる。

「え?あの、気を失って、レイフォード様のお膝をお借りするなんて。」

「それのどこが迷惑なんだ?」

「あの、だから、」

「シルヴィアも俺に膝を貸した時、迷惑だと思ったのか?」

首をぶんぶんと横に振り、シルヴィアは答える。

「いいえ!全く思いませんでした!」

「なら、俺も迷惑だと思う筈が無いだろう?」

シルヴィアの肩に置いていた手を、頬に移動させる。

「それに、愛しい妻を労わるのは夫として当然だ。」

「愛しい・・・。」

レイフォードの言葉を反芻する。

「そうだ。シルヴィアは俺の愛しい妻だ。
シルヴィアが謝る必要なんて何も無い。」

シルヴィアの睫毛に溜まる涙の雫を指で掬い上げる。
その動作に蒼褪めていたシルヴィアの顔が、またボボボと熱を持つ。

「は、はう・・・・。」

よく分からない声が出た。
その羞恥から、更に顔が赤くなる。

レイフォードも目が丸くなり、そして、ふ、と笑う。

「それは返事なのか?」

「忘れて下さい・・・!」

涙目で懇願する。
レイフォードは、ぐっと息を呑む。
頬を紅潮させ、潤んだ瞳でこちらを見てくるシルヴィア。

(自分の忍耐力を試されている様だな。
最早、拷問だ。こんな顔を見せられて何も出来ないなんて。)

「無理だな。」

「ええ!!!」

「そんなに可愛い顔をされたら、忘れる事は出来ない。」

「かわ!!そ、そんな顔をしたつもりは無いです!
揶揄わないでください!」

ふいと顔を横に背けてにシルヴィアは言う。
瞳が赤い様に見えた。

「揶揄ったつもりは無いのだがな・・・。
・・・参ったな。」

肩を竦める。
これ以上言えば、シルヴィアが怒り出すかもしれない。
それも見てみたいが、嫌がられて逃げられるのは勘弁だと考え、
レイフォードは少しだけ乱れたシルヴィアの髪を整える。

「今日はこのくらいにして、そろそろ帰ろう。」

レイフォードに言われて、ハッとした様子のシルヴィアは肩を落とす。

「レイフォード様、申し訳ございません。
私が気を失ったせいで、あまり植物園を見る事が出来なくて。」

「ん?俺は全く気にしていないぞ。
植物園はこれから幾らでも来る機会はある。
俺にしたら、シルヴィアと想いを通わす事が出来て、
寧ろ良い一日だった。」

穏やかに微笑むレイフォード。
シルヴィアはその微笑みに見惚れる。

レイフォードは立ち上がり、シルヴィアの手を取る。

先にシルヴィアを馬車に乗せ、レイフォードはシルヴィアの隣へ腰掛ける。

シルヴィアは体が跳ね、端へ寄ろうとする。
が、レイフォードが先にシルヴィアの腰に手を回し、自分の方へ引き寄せる。
そして、ニコリと笑顔で言う。

「何故、離れる?」

「特に・・・、理由は無い、です。」

レイフォードの笑顔が、離れる事を許さないと言っている様に感じ、
シルヴィアは大人しくレイフォードのされるがまま、ぴったりとくっついて座った。


(これは、また気を失うかもしれないわ。
駄目よ!気をしっかりと保たないと!
レイフォード様は良いって仰られたけれど、
それに甘えて気を失うなんて、
今度こそ絶対呆れられるわ。
頑張るのよ!シルヴィア!)

キリリと顔を引き締め、背筋をピンと伸ばすシルヴィアを、レイフォードは苦笑を浮かべながら見つめる。

(そんなに気を張り詰めなくても、普通にしていたら良いのに。
俺に迷惑がかかると思っているのだろうな。)

真剣な面持ちで、一点を見据えるシルヴィア。
宛らソニアと剣術の打ち合いをしていた時の緊張感と同じだ。

(シルヴィアは何処に向かおうとしているのだろうか。)

会話を楽しむ事が出来るのはいつになるのか、レイフォードは思わず遠い目をした。




大した会話も無いまま、無論甘い空気も少しも漂わす事も無いまま屋敷に到着した。



「お帰りなさいませ。植物園は如何で御座いましたか?」

ゴードンの出迎えにシルヴィアは笑顔で答える。

「ただいま、ゴードン。とても素晴らしかったわ!
管理されている方の愛情を感じる事が出来たわ。」

「それは良う御座いました。」

ゴードンも嬉しくなり、にこやかに笑みを浮かべる。

「あら?急に寒くなったわ。まだ、日は沈んでいないのに、どうしたのかしら?」

空気が冷えた気がして、身震いするシルヴィア。
ゴードンはその理由が分かった。

「ゴードン。温かい紅茶を用意してくれるかしら?
体を温めないと。
レイフォード様はどうされますか?」

「ああ、頂こう。」

(あら、寒くなくなったわ?
気のせい?だったのかしら?)

首を傾げるシルヴィア。

「さぁ、中に入ろう。」

レイフォードに促されて、シルヴィアもそれに従う。

すれ違いざま、レイフォードはゴードンに、

「後で話がある。」

シルヴィアに聞こえない声で告げる。


レイフォードとシルヴィアが泣かへ入り、残されたゴードンは、


「・・・何もあんな殺気を向けなくても。」

思わず口から溢れた。
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