げに美しきその心

コロンパン

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7章

先が遠い

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「レイフォード様が、レイフォード様が、私の事を好きだと仰ったの。」

夕食後、レイフォードと別れ自室に戻ったシルヴィアは、
興奮気味にソニアに今日の出来事を報告した。

頬を赤く染め、少し瞳が潤んでいる。
ソニアは自分がもし男なら、確実に襲っているだろうに、
シルヴィア様は本当に無防備だなぁと思った。


「それは、それは、念願が叶って良かったじゃないですか。」

抑揚の無いソニアの返しに、シルヴィアは自分が思っていた反応と大きく違い、首を傾げる。

「驚かないの?私は心臓が止まる程、驚いたのだけれど・・・。」

ソニアは想像通りのシルヴィアの反応に、全く表情を変える事無く述べる。

「まぁ、強いて言うならば、漸く言ったのか、(のろまめ)とは思います。
ご当主にですけれども。」

「え?」

ソニアは本音をほんの少しだけ隠した。
シルヴィアには聞こえていなかった様で、聞き返す。

ソニアはニコリと微笑み、真実を述べる。

「ご当主がシルヴィア様を、お好きだという事は皆さん知っていましたよ。」

「嘘!?」

周知の事実は、シルヴィアにとって驚愕の事実。
口に手を当て、瞳が零れんばかりに見開かれる。

「本当ですよ。知らないのはシルヴィア様だけかと。」

「ええ!?」

更に驚く。
今日は何の日だろう。

終始驚いてばかりだ。
シルヴィアは思った。

「あそこまであからさまに意思表示されていたのに、シルヴィア様は全く気が付く事が無く、
ご当主のアプローチを華麗にスルーされていましたよ。」

「まさか、そんな!?」

全く身に覚えが無い。

「まぁ、シルヴィア様は世界で1、2を争う程の鈍感でいらっしゃるから、
仕方の無い事だとは思いますけどね。」

「うう・・・。ソニアの話を聞いていたら、反論なんか出来ないわ。」

情けない気持ちになる。
畳み掛ける様にソニアは尚も続ける。

「あれだけの執着や独占欲、嫉妬を向けられて、気が付かれないと、
あのご当主でも同情しましたね。」

「それは無いわよ!レイフォード様がそんな感情なんて持つ筈が無いわ!
ソニアったら、私を揶揄っているのでしょうけど、騙されないわよ?」

「ああ・・・。」

シルヴィアは自信満々に断言する。
ソニアは額に手を当て、下を向く。

「ええ?どうしたの?ソニア。」

緩々と顔を上げてソニアは苦笑する。

「いえ、やはりシルヴィア様は超絶に鈍感でいらっしゃるなと再認識した所です。」

「それは私でも分かっているわよ?」

改めて言われて、少しだけ頬を膨らませるシルヴィアに夜着を渡す。

「いいえ、シルヴィア様は分かっていらっしゃらない。
ご本人に聞いてみては如何です?」

夜着を受け取るが、シルヴィアは首を横に振る。

「お聞きするまでも無いわ。だって、絶対に無いもの。
そんな事を聞いてまた、レイフォード様に呆れられたくはないわ。」

「はぁ・・・・。」

(あの男のシルヴィア様に抱いている感情をシルヴィア様が知ったら、大混乱に陥るだろうな。)

夜着に着替えて、寝台へもそもそと入り込むシルヴィアを尻目に、ソニアは、

(シルヴィア様が嫌がれば、それをお助けすれば良いだけのこと。
二人の仲が進展するのは、まだ先であろう。)

そう思った。


「おやすみなさい、ソニア。」

シルヴィアはそう言って目を閉じる。

「お休みなさいませ、シルヴィア様。」

部屋の灯りを消し、ソニアは退室した。



ああ、今日は本当に色々あったわ。
まさか、レイフォード様が私の事を好きだなんて。

まだ夢を見ているようだわ。

沢山レイフォード様とお話も出来た。
驚きの連続で折角のお話も断片的にしか覚えていないのよね・・・。

私、何でいつもこうなのかしら?
レイフォード様とお話出来るなんて嬉しいのに、
緊張して上手く話せない。

私、ちゃんとお返事出来ていたかしら?

はっ!もしかしたら、明日起きたら全て夢だったという事・・・。
無い・・・わよね?

そうであって欲しいわ。

ああ、眠るのが怖いわ。


どうか、どうか。
明日目が覚めても、レイフォード様が私を好きでいてくれますように。


・・・・・・。










時を同じくして、レイフォードの自室で。



「今日、シルヴィアに好きだと告げた。」

レイフォードは直立不動のゴードンに告げた。
ゴードンは一瞬、言葉に詰まる。


「そ、れは、良う御座いました。
・・・・そうですか。想いをお告げになられましたか。
それで、シルヴィア様は何と仰られたのですか?」

本当に良かった。心からそう思うゴードンは、
シルヴィアの返答が気になった。
レイフォードの様子からして、無いとは思うが。


レイフォードは何とも言えない表情で答える。

「俺がシルヴィアを好きだという事は理解してくれたよ。」

「は、と言うのは・・・・。」

レイフォードの言い回しが気にかかった。

「・・・・俺の忍耐力の問題だな。」

「そ、それはどういう・・・。」

レイフォードは遠い目をする。

「全て俺が悪い。」

「・・・左様で。」

否定は出来ない。
それほどレイフォードの仕打ちは酷かった。

「あんな純粋なシルヴィアの俺は、男を宛がったなんて。
今更ながらゾッとする。
あの、ケビンと言ったな。アイツが言葉の通りシルヴィアをどうにかしていたら・・・・。」

「シルヴィア様はこの屋敷を出て行かれるでしょうね。
レイフォード様もビルフォード家から、口に出すのも恐ろしい制裁を受ける事かと。」

レイフォードは首を横に振る。

「俺がどうなるかは、正直どうでもいい。
シルヴィアが居なくなる事の方が、俺には耐えられない。」

顔を手で覆い、項垂れるレイフォードにどう言葉を掛けて良いか分からなかった。
まごついているゴードンに構わず、バッと顔を上げ、ゴードンに詰め寄る。


「信じられるか?触れるだけ、ほんの一瞬だぞ?口付けただけで気絶したんだぞ!?
どれだけ箱入りなのだ!
それ以上の事をしようものなら、どうなる?
分からない。
俺が俗物なのか?
なぁ、ゴードン。
お前は好きな女に触れたいと思うだろう?」

「え、ええ。まぁ、はい。」

レイフォードに気圧されながら、どうにか答えるゴードン。

「心も身体も繋がりたいと思わないか?」

「え!?あ、そ、そうですね・・・。」

曖昧な返答しか出来ず、困窮するゴードンを半眼で睨むレイフォード。

「・・・お前は良いよな。
最初からシルヴィアの信頼を得ているから、あんな屈託のない笑顔をシルヴィアは見せるのだものな。」

「・・・それは、レイフォード様があのような事をなさらなければ、
今頃は仲睦まじい夫婦になれていたのでは?」

誰が聞いても自業自得だと責められるであろう八つ当たりに流石のゴードンも反論する。
ぐっと言葉を詰まらせ、そっぽを向くレイフォード。

「先程もレイフォード様ご自身が自分が悪いと仰る通り、身から出た錆ですので、
此処で私を責めるより、これから挽回する為にシルヴィア様を大切になされた方が良いかと思いますが?」

「・・・分かっている。
シルヴィアを傷付ける様な事は二度としない。」

レイフォードは真剣な面持ちでゴードンに告げる。
ゴードンは頷き、穏やかに笑う。

「時間は沢山あるのです。
少しずつ歩み寄って行かれたら良いのですよ。」

「ああ・・・。だが・・・。」

言い淀むレイフォード。
何か不安な事があるのか、ゴードンは尋ねる。

「レイフォード様?」

「・・・分かってはいるのだが・・・・。」

「?どうされたというのですか?」

「シルヴィアには全くその気が無いのは分かってはいるのだが・・・。
今日だっていつもと変わらない様子で部屋に入っていってしまったし、
夫婦なら、寝食を共にしたいと思うものじゃないのか?
父上と母上は寝室が同じだった。
俺は夫婦はそう言う物だと思っていた。」

「・・・・夫婦の在り方は多様です。
一度シルヴィア様とお話になられてみてはどうですか?」

ゴードンは少し不貞腐れた様子のレイフォードを宥める。







数十分前、部屋の前でレイフォードはシルヴィアに切り出そうとしたが、
それよりも先にシルヴィアに、

「今日は本当に楽しかったです。
レイフォード様、ありがとうございました。
ゆっくりお体をお休めくださいね?
それでは、おやすみなさい。」

そう告げられ、レイフォードは

「・・・ああ、おやすみ。」

と返す事しか出来なかった。
あっさりと部屋に入って行くシルヴィアを、只見つめるだけ。




「・・・・今からでも、行っても良いだろうか?」

「それはお止めになった方が。」

「駄目だろうか、顔を見るだけでも駄目か?」

「先程まで一緒に居られたではないですか。」

堪え性の無い主人に呆れつつ、これを諌めるゴードン。

「片時も離れたくない。
何故シルヴィアは平気なんだ?
俺と離れても平気なのか?
そう、だよな・・・。
俺が居なくても過ごしていたものな・・・。」

切なげに眉を寄せ、言い募るレイフォードにゴードンは溜息混じりに話す。

「それも自分の蒔いた種ですからね。
少しはシルヴィア様のお気持ちがお分かりになるでしょう。
シルヴィア様はずっとお一人で貴方に認められようと努力為さっておいででした。
今度はレイフォード様がシルヴィア様に認めて貰う様に努力するしかないですね。」


「分かっている!
・・・分かっているが、どうしても我慢出来ん。」

「ちょ、レイフォード様!?」

立ち上がりゴードンの制止も聞かず、部屋の奥の扉へ向かう。

扉をノックする。
返答はない。
扉を開けて中へ入る。

「知りませんよ?シルヴィア様に嫌がられても。」

後ろからゴードンの呆れた声が聞こえたが、レイフォードは構わず足を踏み入れた。

部屋はもう暗かった。
シンと静まり返った部屋から、小さな寝息だけが聞こえた。
シルヴィアはもう眠ってしまっているようだ。

起こさないよう、足音を立てずに寝台へ近付く。

ベッドの真ん中で規則正しい寝息を立て、シルヴィアは眠っている。

静かにベッドの脇へ腰を下ろす。
そして、手を伸ばしベッドに広がるシルヴィアの髪を一房掬い上げる。

指に巻き付け、離す。
そのままシルヴィアの頬を触れる。
感触を楽しむように指先で擽る。

「んぅ・・・。」

口を尖らせ、声を漏らすシルヴィア。
はっと溜息を零し、レイフォードは

「ああ、駄目だ。もう・・・。」

尖らせたシルヴィアの唇へ顔を寄せる。

ちゅ、とリップ音を鳴らし、シルヴィアの顔から離れる。
シルヴィアの唇を指先で撫で、部屋を出る。

レイフォードは自分の唇をなぞる。

「はぁ、耐えられるのか、俺は。」


顔を手で覆い、誰に聞かれるでも無く呟いた。



明日、シルヴィアと話そう。
直ぐには無理だとしても、少しずつ慣れていってくれれば。


「どうか、受け入れてくれ、シルヴィア。」


乞う当人が居ない懇願の言葉を吐くレイフォード。
早く明日になれと祈る。












「ねぇ、そこの貴方。」

ケビンは後ろからの声で立ち止まる。
振り返ると背をピンと伸びた貴族の女性が鋭い眼をケビンに向けていた。


「は、はい。何でしょうか?」

恐る恐る答えるケビンに対して、その女性は強い口調で言い放つ。

「此処にシルヴィアが居るのでしょう?
シルヴィアを呼んできて頂戴。」

「あ、あの・・・、失礼ですけれども・・・。」

この女性は誰だ。
ケビンの疑問に答えるかのように言う。







「タチアナが来たと伝えたら、シルヴィアは分かるわ。」



















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