げに美しきその心

コロンパン

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8章

想う者

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「タチアナお義姉様!?一体どうなさったのですか?」

シルヴィアは驚きながら、タチアナの元へ近付く。
タチアナは澄ました顔で言う。

こちらへ来る用事があったのよ。そう、偶々ね。
この近くにシルヴィアが居ると、思い出したから立ち寄ってみただけよ。」

「そうなのですか?」

「ええ、そうよ。」

シルヴィアは首を傾げてタチアナを見るが、タチアナはツイと目線を逸らす。
いつもと変わらないタチアナの態度だ。

だが、シルヴィアは本当に嬉しそうに笑う。

「お義姉様、わざわざ訪ねて頂いてありがとうございます。
とても嬉しいです。」

「そ、そう?本当に偶々ですからね?
勘違いしない事ね。」

「はい!」

ニコニコと笑うシルヴィアを見て、頬が赤くなるタチアナ。
それを見られないように今度は、顔ごとシルヴィアから反らした。

シルヴィアが自分が来た事を喜んでいる。
口角が上がるのを見られないようにする為だった。


「げっ!!」

タチアナが反らした先にソニアがちょうど歩いて来た。
ソニアが思わず出してしまった声に、タチアナは片眉を吊り上げる。

「・・・『げっ』?とは何かしら?
そこの無礼な侍女は、私の顔を見て蛙の様な声を出すなんて、本当にどういう事かしらね?」

ソニアは咳払いをして、平静を保つ。

「これは申し訳ございません。
予期せぬ方が居らしていたので、驚きまして。」

「・・・あら、私が来たら何か問題でもあったのかしら?」

「いいえ、何も問題はございませんよ。
タチアナ様はシルヴィア様がこの屋敷で暮らすようになられてから、シルヴィア様がどんな様子か、無体を受けていないか気にしていらしたので、いつかはお越しになられるとは思ってはおりました。
今日は先触れも無く突然に来られたので、驚いただけですよ。」

「な!あ、貴女!な、何を言って!」

ソニアの言葉に分かりやすく動揺し、慌てるタチアナを見て、シルヴィアはノーランが言っていた事を思い出した。

「お義姉様、私の事を心配して下さっていたのですね。」

瞳を潤ませ、タチアナに近寄るシルヴィア。
タチアナはどんどん顔が赤くなる。
シルヴィアはタチアナの手を握る。

「ノーランお兄様が言っていたのです。
タチアナお義姉様が私の事を心配してくださっていると。
私、ずっとお義姉様に嫌われているとばかり思っていましたの。
けれどそうではないと、私の事を本当に心配してくださっていると聞いたのです。
私、それを聞いて本当に嬉しくて。
お義姉様ともっと仲良くなりたいと思っていましたの。」

「あの男・・・・!!」

タチアナは顔を真っ赤に染め上げながら、此処には居ないシルヴィアの兄、
義理の弟であるノーランへ怒りの感情を向ける。

「お義姉様?」

シルヴィアに声を掛けられて、ハッと意識をシルヴィアへ戻す。
小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

「あら、妹を心配しない姉が居るかしら?
それに、私がいつ貴女を嫌いだと言った?」

ツンと顔を上に向け、視線をシルヴィアから逸らす。
こうでもしないと、気持ちが落ち着かない。

シルヴィアは少しだけ眉尻を下げる。

「ごめんなさい・・・。
いつも私と目を合わせて下さらないので、
てっきり嫌われていると。」

「だから、嫌いだなんて一言も言っていないでしょう!」

バチッとシルヴィアと瞳がかち合う。
タチアナは治まっていた顔の紅潮がぶり返す。
シルヴィアはキョトンとした顔でタチアナを見る。
シルヴィアに握られた手を固く握り締める。


(あああああ!!何て、何て、愛らしいの!!
撫で繰り回したい!!
そのすべすべのほっぺに頬ずりしたい!!
駄目よ!我慢よ!!
そんな事をして、シルヴィアに引かれたらどうするのよ。)

心の中で葛藤するタチアナを余所にシルヴィアはタチアナの様子を窺う。

「お義姉様?どうかなさったの?
ご気分が悪くなったの?」

上目遣いでタチアナを見るシルヴィアに、
タチアナの理性の糸がぷつりと切れた。

「きゃあ!」

タチアナにグイと引き寄せられ、小さな悲鳴を上げたシルヴィア。
何故かタチアナの胸元へ抱き抱えられている。

「お義姉様?」

タチアナに抱き締められているシルヴィアは何も発せず、自分を抱き締めながら震えているタチアナを窺う。

「ひゃあ!」

自分の頭を撫で回すタチアナに面食らう。
嫌われていないと感じたシルヴィアはされるがまま。

「ほんっとうに、貴女は何て可愛いのかしら!!
もう、突然剣術を習うと聞いた時は耳を疑ったのよ!」

「ごめんなさい。」

シュンとするシルヴィアに構わず、タチアナは捲し立てる。

「本当にもう!
怪我とかしたらどうするの!
あんな非道な男の為に貴女が辛い思いをするなんて我慢ならないわ!!」

シルヴィアの頭にタチアナは頬ずりする。

「わわわ!お義姉様、擽ったいです!」

逃れようと試みるがタチアナは許さない。
更にぎゅっと抱え込み、自分の胸元にシルヴィアを押し付ける。

「シルヴィアがあの男に愛想を尽かしたなら、今すぐにでもビルフォードのお屋敷に連れ戻すのに、
貴女はまだあの男が好きだなんて・・・。
全く理解できないわ。」

「お義姉様ぁ~!苦しいですぅ!!」

シルヴィアの悲鳴にハッと我に返り、解放する。
シルヴィアはふうふうと呼吸を整える。

「・・・しまったわ。我慢していたのに、シルヴィアの可愛さに耐え切れなくなったわ。」

親指の爪を噛み、ぼそりと呟くタチアナ。

「我慢?何を我慢なさっていたのですか?」

シルヴィアはタチアナの呟きを聞き返す。

「・・・・・・。」

タチアナは無言だ。
シルヴィアは首を傾げてタチアナの返答を待つ。
タチアナは重々しく口を開く。

「貴女は・・・。」

「私が?」

がバッとシルヴィアにかぶり寄るタチアナに驚いて目を見開く。

「貴女は私の好みのど真ん中なのよ!!」

「へぇ?ど、ど真ん中?」

タチアナはシルヴィアの両肩をガッと掴む。
シルヴィアは自分の両肩を見合わせる。

「そうよ!!
幼い時にパーティーで見かけた貴女を見て、
何て可愛い子が居るのかと思ったわ。
お友達になりたかったのに、貴女はそれからパーティーに顔を出さなくなった。
数年後、イザークと結婚して貴女がイザークの妹だと知って、
・・・ああ、貴女が妹になるなんて夢の様だったわ。
でも、でも、どうやって接したらいいか分からなくて、
貴女があんまりにも可愛いから、もう・・・・。
思っている事と違う事ばかりしてしまって。」

つらつらと思いを語るタチアナ。
シルヴィアは自分の事をそんなに考えてくれていたのかと嬉しくなって思わず笑顔になる。

「私、そんなにお義姉様に思ってくれていたのですね。
・・・・嬉しい・・・。」

「うぐっ!!」

タチアナは妙な声を出して胸を押さえる。

「もう・・・本当に可愛い・・・。」

「お義姉様?」

こてりと首を倒しタチアナを見る。

「もう!もう!何で貴女はそんなに可愛いのよ!!」

またシルヴィアを抱き締める。

「私から見ればタチアナお義姉様が可愛いと思うのですが、
そう思って下さってとても嬉しいです。」

シルヴィアもタチアナを抱き締め返す。
暫く二人で抱き締め合った。







「シルヴィア?部屋に居ないから、何処に行ったのかと思ったぞ。
・・・・と、一体何をしている?」

シルヴィアを探しにレイフォードがやって来た。
タチアナとシルヴィアが抱き合っている現場を見て怪訝な表情で問い掛ける。

シルヴィアはタチアナ越しにレイフォードに答える。

「レイフォード様、この方は私の・・・。」

「来たわね、この極悪非道男!!」

シルヴィアが答える前にタチアナが憎々し気にレイフォードに言い放った。

「お、お義姉様!?」

シルヴィアに向ける目とは全然違う鋭さでレイフォードを睨み付ける。
レイフォードもタチアナに負けない程の鋭さでタチアナを見据える。

「随分な言い草ですね。」

静かな怒りを言葉に乗せて低い声でレイフォードは言う。
タチアナは怯む事無く、声を出す。

「あら?私の可愛い妹に酷い仕打ちをしておいて、極悪非道じゃなければ何だと言うの?」

「妹?」

シルヴィアも姉だと言っていたが、シルヴィアには兄しかいない筈だと疑問に思った。
タチアナは自分の腕をシルヴィアの腕をに絡め、
どうだと言わんばかりに胸を張る。

「私はイザークの妻、そしてシルヴィアの義理の姉よ。
可愛い大事な妹を心配して此処へやって来たの。
貴方の様なシルヴィアに酷い事をする男、絶対に許さないわよ!!」

「イザーク殿の・・・。」

義理の姉がシルヴィアを心配して単身で来たというのか。

(シルヴィアの人を惹き付けるのはもう天性の素質だな。)

レイフォードはしみじみと思った。

「いいこと?これ以上私の妹を悲しませる気なら、いつでもシルヴィアを連れ戻す準備は出来ているのよ!
貴方もそのつもりでいなさい!」

レイフォードに指を指してタチアナは言いのける。
レイフォードは動じる事無く、笑顔を浮かべる。

「ご忠告甘んじてお受けいたします。
以前、私はシルヴィアに酷い言動、態度を取りました。
それは後悔しても、後悔しても無かったことには出来ない私の愚行です。
シルヴィアにはもうどう謝罪しても許して貰えない程の。
ですが、彼女は慈悲深くも謝罪を受け入れ、その上、私の愚行を許してまでくれた。
そんな彼女を傷付けるつもりも、悲しませるつもりもありません。
勿論手放すつもりも。」

タチアナから奪い取る様にシルヴィアを自分へと引き寄せる。
シルヴィアの腰に腕を回し、ぴったりと密着する。
シルヴィアはたちまち顔が真っ赤に染まる。

「私は心の底からシルヴィアを愛しています。」

レイフォードはそう言いながら、シルヴィアの左手を取り自分の口元へ寄せる。
ほんの一瞬、眉毛がピクリと上がる。
シルヴィアも気付かない程の速さで笑顔に戻す。

「ひえ!!」

シルヴィアは悲鳴を上げる。
タチアナが凝視しているのが分かっていたので、レイフォードから離れようと必死に離れようとする。

レイフォードはびくともしない。
寧ろ力を強め、逃がすまいと腰を更に引き寄せる。
そしてシルヴィアを見つめて微笑む。

その微笑みにびくりと体が震えるシルヴィア。
いつもの微笑みではなく、熱の篭った瞳で自分を見ている。

自分を求めている瞳に身動きが取れなくなる。

「彼女の意思は尊重しますが、彼女が私を好いてくれる限り、
私はシルヴィアを逃がす事はしませんよ?」

タチアナへ視線を変え、牽制の意味を込めた言葉を吐く。
笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。
自分とシルヴィアの仲を引き裂く者を絶対に許さない。
そんな感情が瞳に乗っていた。

当のシルヴィアは

(ああ!レイフォード様、一夜明けても私の事を好きでいてくれた!
良かった・・・。
でも・・・、お義姉様が見ている前でこんなに密着するのは、駄目だと伝えた筈なのに、
どうしたらいいの、離れようにもレイフォード様の力が何故かしら?
途轍もなく強く感じる。
力も入らないし、どうしよう、どうしよう。
ソニア、助けて・・・。)


助けを求める目をソニアに送る。
その様子にレイフォードとタチアナが反応する。

何故か二人共、不機嫌な様子だ。
レイフォードはシルヴィアに顔を近づけて言う。

「シルヴィア?何処を見ている?
まさかとは思うが、あの侍女ではないよな?」

優しい声なのだが、尋問の様な口調にシルヴィアは焦る。
追撃の様にタチアナも強い口調でシルヴィアに詰め寄る。

「まさか、貴女、この私を差し置いて、あの慇懃無礼な侍女に助けを求めた訳では無いわよね?」

タチアナも恐ろしい形相をしている。
シルヴィアはどんどん焦り、混乱する。

(え?ええ?何故?何故、お義姉様とレイフォード様が怒っているの?
ソニアを見ただけ・・・で、二人の空気がとても怒りに満ちている様に感じるわ。
どうしてなの?ソニアは何もしていないわよね?)

シルヴィアは言葉が出て来ない。
何故、何を問い詰められているのかが分からないからだ。

その間もシルヴィアはソニアとレイフォード達とで視線が彷徨う。

流石に焦れてレイフォードが口を開く。

「シルヴィア、質問に答えてくれないのか?」

レイフォードの低い声に肩が上下する。
しまった、と心の中で思い、シルヴィアは答える。

「も、申し訳ございません、レイフォード様。
ソニアを見ていたのは本当です。」

目を伏せて謝る。
そしてタチアナを見る。

「お義姉様もごめんなさい。
私、ソニアに助けて貰ってばかりで、困った事があるとソニアに頼ってしまうのです。」

落ち込むシルヴィアを見て二人はバツが悪そうな表情になる。

暫くの沈黙の後、声を発したのはソニア。


「お二人共、大人気ないですね。」












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