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最終話
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行為を重ねてもう何度目かになっていた。ただ後背位を櫂とするのは初めてだった。
「櫂……もう」
「うん」
「……櫂……ッ後ろから、もうやだ」
違和感があった。
でも最近よくやりすぎる櫂に、ヤダヤダ言うから、今回もそれだと思われているのは分かっていた。
だから止まらないだろうとも分かっていたのだけど、違っていたのは俺の方だった。
いつもなら快楽に流されるところが、それを上回る妙な動悸とぞわぞわと広がる恐怖心のような不快感。体は気持ち良さを伝えているのに、心が受け入れないそんな乖離がどんどん大きくなっていく。
「櫂!」
そんなに強い力で捕まえられているわけでもないのに、逃げる様な動きはできない。
「かい……」
俺の異常さに気が付いたのか、櫂は俺を開放して正面から抱きしめてくれた。
「ごめん、意地悪しすぎた」
でも俺はまだ混乱の中にいた。
それでも言わなければならないことはある。
「……おま、ッ、お前は、なにも……お、れ…が…勝手に」
「もうしない」
そのしないが俺を責めるものではないと、一瞬では判断できず許しを請わなければならないとそちらの方が反射で思考は巡っている。そう俺が過去に囚われてると思えるのはこの瞬間には無理だった。
「ごめん……お前は、別に、悪くない、から」
櫂の表情が曇る。
「こういう時はもっと責めるべきだ」
責めるところなんて一つもない。
いつも通り、俺のことを見てくれていた。
それなのに意識を違うところにやったのは俺の方だ。
申し訳なくて、つい逃げ出したくなる。
「行かせるわけないだろ」
腕の中どころかベッドからも出て行こうとしていたのを分かるのか、櫂は俺を離さない。
「でも」
ため息が聞こえる。
思わず俺の肩は震える。
嫌われるのが怖いのか、呆れられるのが怖いのか、それとも支配の予感を思い出すのか、そのため息は俺に絶望を教え込もうとしていると体に刺さる。
「ご、ごめん、ほんとに、ちがうくて」
こんな時、泣いたりできれば、もっと感情を伝えることもできるのかもしれないのに、俺はぐるぐると頭の中で纏まらない言葉が回るだけで、震えて固まるしかできない。
こういうとこが可愛げのなさなのだと、知っている。
櫂は、俺を毛布で包むと、シャツとパンツを身に付け、俺にも着替えを渡してくれた。
それをのそのそと身に付けてる間に水を持ってきてくれて、戸惑いながら俺はそれに口を付ける。
櫂はそれを見届けると、俺を抱きかかえてベッドに座り自分ごとまた毛布で包んだ。
「分かった、傷えぐってもいいから、とことんいこう」
「それは」
どう言う意味だと聞く前に櫂の質問は飛んでくる。
「例のやつに酷いことされた?」
酷いことの定義を俺の中で考える。
跡が残る様な手酷い暴力は受けたことはない。暴言もそこまでだったはずで、思い返すと無能感を植え付けられていたのだろうという言動が多かった。
そんなのは俺がしっかりしていれば気付けた筈だし、相手もそこまで意図的にやっていたとまでは思っていない。
「そんなのは」
「じゃあ道具みたいに使われたんだ」
即座にそう言い返されて、否定の思考は出てこなかった。
実際当時俺が何度か思ったことだから。
俺は櫂の腕の中で微かに頷いた。
「俺の感覚の問題だけど」
実際どうだったかは分からない。だって下手だったし。というのはまだ言ってないけど、それが笑い話にできない状態の俺がいるのは確かだった。
「あんたの意思無視してたってことだ」
「無視はされてない」
「同意の上の行為だったと」
「それは……そう」
100パーセントと言えないところはあるが、本気で抵抗したことはなかった。
「でも嫌だったんだろ」
「……ちょっと」
「ちょっとの泣き方じゃなかった」
さっきの言動のことを言われているのは分かる。
でも泣いてはない。
泣ければ逆に良かったと思うほどだから、でもそれを訂正する場面でもないからそのまま気持ちの方を話す。
「……ちょっと嫌だったわけじゃなくて」
「なくて?」
こんがらがっている思考も感情も必死に解きほぐしながら、言葉を吐き出す。
「愛が……感じられなくて……ちょっとしんどくて……したくないって思ってた」
「しんどかったんだ」
櫂の腕の中で昔の男のことなんか思い出したくない。
そう意識した瞬間だった。
俺は櫂の手に昔を思い出したことは一度もない、と悟る。
正直、自分の知らない自分ばかりが櫂の前では露呈しているから、それも含めて今まで出会ったことのないタイプの櫂相手に過去を振り返っている暇はない。じゃあなんでフラッシュバックが起こるのかは、単純に俺の気持ちの方が揺らいでいるからだ。
俺が昔と同じ言動を取る瞬間に、相手の言動が俺の中で自動再生されて、その時の感情がぶり返す。でも俺はまだ別のところで、今近くにいてくれるのは櫂だとはっきり認識もしている。
「……ただ」
溢れる様に理解したことが声に乗る。
その声質が変わったのが分かったのか、櫂は抱きしめている俺の顔を覗き込んできた。
「ん?」
目線はわざと合わせないように、少し逸らす。
「さっきのは」
「うん」
「それを思い出したってより」
「うん」
きちんと聞いてくれようとしているのが分かって、そこがまたどこか苦しくなる。
「……櫂……櫂は、そうしないって分かって、分かってるんだけど、櫂が……、櫂もそうなったらって、パニックに」
「うん、本当にごめん」
「違う! 櫂は変なことしてない! 普通の体位だし、むしろ俺が変なトラウマ発動させて、櫂に謝らせて」
櫂に謝らせたいわけじゃない。櫂が謝る事なんか何一つない。
そう思うのに、どう伝えたらそれが伝わるのか。
それと同時に、どうしてそこまで伝えたい気持ちになるのか傍観する自分もいて、それがまた俺に悪魔のささやきをする。
お前の方こそ櫂をコントロールしたがってんじゃないか、と。
「っ違う……違うから、俺は、……櫂に! ただ、俺のことなんて」
「全然大丈夫、大丈夫だから」
また、ため息だ。
駄目だ、全然冷静になれない。
「俺、ごめん、帰る」
言い訳するにしても、謝るにしても、一回離れるべきだと思った。
けれど、櫂はそれを許してくれない。
「いっそもっと酷いことして、上書きしてやろうか」
それでも良い。
櫂に償えるなら。
「肝心な時に抵抗しないな」
櫂はまたため息を吐いた。
刺さり続けるその重たさは俺の体を冷やすのに、それが分かるのか櫂は強く俺を抱きしめた。
「そんなところも好きなんだよな」
困ったように、柔らかい声だった。
俺はなぜだか金平糖を飲み込んだような、甘いのに苦しくて、痛くて息が吸えないような感覚になる。
「あんたは自分のこと面倒くさいやつだって思ってそうだけど、逆だから」
面倒くさいとまでは自覚はなかったが、確かに考えるとそうだと反省する。けど、同時にそれが逆だとはどういうことかと首を傾げることになる。
困って返事をできないでいると、櫂は笑って俺の頬を撫でた。
「普段は全然動じず余裕が溢れてる、仕事中なんか特にだ。それが仕事から意識が離れて俺がいると途端に動揺したり、右往左往したり、怒ってみせたりさ」
櫂の右手は俺の頬を軽くつねったりひっぱたりして、痛くはないが俺は困惑するばかりで余計変な顔になっているだろう。
少しの間そうしていると思ったら、手は止まって静かに見つめられた。
「あんたが必要ないって言うならもう謝らない」
素直に頷けた。
「だからあんたも泣けばいい」
流れていないはずの涙を拭う様に頬を撫でられる。
「俺に意地悪されて、パニック起こして、震えるほど泣けばいい」
俺は泣いていたのだろうか。
そんなどうでもいいことを頭の中に湧き上がってくる。
涙は流してなかった気がするんだけど、本当は涙を流していたのかな。
「俺はただ愛しいだけだから」
「愛しい?」
どこが? その想いが顔に出ていたのか、櫂は優しく笑う。
「俺に冷たくされたくなかったんだろ? 心のないセックスされるのが嫌だったからあんなに泣いたんだよな?」
さっき自分でそう説明したくせに、櫂に改めて言われると急に恥ずかしくて居ても立っても居られなくなった。
「そうだよ! 悪かったな! それに泣いてない!」
もう逆ギレするくらい俺は動揺していた。でも混乱でも錯乱でも無くて、ただいつものどうしていいのか分からない戸惑いだ。
「そのままでいいから」
櫂は俺を捕まえる様に抱きしめた。
「怖かったら、震えたままでいい」
それからも、俺は何度か過去に振り回されておかしな言動をすることがあったが、櫂は呆れもせず俺の隣りに居続けた。
だから、俺は櫂のため息が恐くなくなった。
嫌われたり、面倒くさいと感じたからではないときちんと染みたからだ。
頭で理解しただけだとため息を聞くと大丈夫だと自分で言い聞かせないと心が騒めいていたのが、最近は逆に余計な妄想してやがるとまで思うようになっている。こっちが呆れる方だ。
ただ同じ職場に恋人がいるというリスクにはまだ怯えている。
関係の変化を公表していないし、櫂の態度も変わらない。だから俺も変わらず櫂の言動に取り乱すし、それを周りに笑われている。
怯えてもいるし、それでもそんな自分がどこか面白くなってもきていて、苦痛ではない。
日常なんて流れる様に過ぎていくものだと、もう怖がってもいない。
流される楽しさもあるのだと、俺は知ってしまったから。
そんな自分も楽しめ始めた。
楽しみながら、怯えながら、そんな風な矛盾だらけの自分を受け入れられたのだと、それが櫂のおかげだとは言うつもりは無い。
きっと、もうバレているはずだから。
************
「航さん」
「ん?」
「好きって言って」
「好き」
「……感情込めてください」
「無理」
「つまり、本当に好きだからってことですね」
「……ばーか」
「航さん、好きですよ」
「……バカ」
「そこに愛が込められてることも分かってます」
「ホント、変な奴だ」
「何の問題もありません」
「恋人が変人なんて」
「え?」
「え?」
「今、恋人って」
「……別に! 別にいいだろっ! 言ったらダメだったのかよ!」
「あぁ、可愛すぎかよ。今日寝れると思わないで下さいね」
「は!?」
「ほら、一緒にお風呂入りましょうね」
「おい! それはヤダって! な、ひっぱるな!」
「行きますよ」
「うぅ……幻滅すんなよ」
「……あー、もう押し倒す。航さんが悪い」
「え? え? ちょ、なんで? だめ、だって」
「じゃあ、風呂で犯す」
「え! ちょっと、なに、なに、なに?!」
「ほら、いくよ」
櫂も楽しい毎日だといいな。
(おしまい)
「櫂……もう」
「うん」
「……櫂……ッ後ろから、もうやだ」
違和感があった。
でも最近よくやりすぎる櫂に、ヤダヤダ言うから、今回もそれだと思われているのは分かっていた。
だから止まらないだろうとも分かっていたのだけど、違っていたのは俺の方だった。
いつもなら快楽に流されるところが、それを上回る妙な動悸とぞわぞわと広がる恐怖心のような不快感。体は気持ち良さを伝えているのに、心が受け入れないそんな乖離がどんどん大きくなっていく。
「櫂!」
そんなに強い力で捕まえられているわけでもないのに、逃げる様な動きはできない。
「かい……」
俺の異常さに気が付いたのか、櫂は俺を開放して正面から抱きしめてくれた。
「ごめん、意地悪しすぎた」
でも俺はまだ混乱の中にいた。
それでも言わなければならないことはある。
「……おま、ッ、お前は、なにも……お、れ…が…勝手に」
「もうしない」
そのしないが俺を責めるものではないと、一瞬では判断できず許しを請わなければならないとそちらの方が反射で思考は巡っている。そう俺が過去に囚われてると思えるのはこの瞬間には無理だった。
「ごめん……お前は、別に、悪くない、から」
櫂の表情が曇る。
「こういう時はもっと責めるべきだ」
責めるところなんて一つもない。
いつも通り、俺のことを見てくれていた。
それなのに意識を違うところにやったのは俺の方だ。
申し訳なくて、つい逃げ出したくなる。
「行かせるわけないだろ」
腕の中どころかベッドからも出て行こうとしていたのを分かるのか、櫂は俺を離さない。
「でも」
ため息が聞こえる。
思わず俺の肩は震える。
嫌われるのが怖いのか、呆れられるのが怖いのか、それとも支配の予感を思い出すのか、そのため息は俺に絶望を教え込もうとしていると体に刺さる。
「ご、ごめん、ほんとに、ちがうくて」
こんな時、泣いたりできれば、もっと感情を伝えることもできるのかもしれないのに、俺はぐるぐると頭の中で纏まらない言葉が回るだけで、震えて固まるしかできない。
こういうとこが可愛げのなさなのだと、知っている。
櫂は、俺を毛布で包むと、シャツとパンツを身に付け、俺にも着替えを渡してくれた。
それをのそのそと身に付けてる間に水を持ってきてくれて、戸惑いながら俺はそれに口を付ける。
櫂はそれを見届けると、俺を抱きかかえてベッドに座り自分ごとまた毛布で包んだ。
「分かった、傷えぐってもいいから、とことんいこう」
「それは」
どう言う意味だと聞く前に櫂の質問は飛んでくる。
「例のやつに酷いことされた?」
酷いことの定義を俺の中で考える。
跡が残る様な手酷い暴力は受けたことはない。暴言もそこまでだったはずで、思い返すと無能感を植え付けられていたのだろうという言動が多かった。
そんなのは俺がしっかりしていれば気付けた筈だし、相手もそこまで意図的にやっていたとまでは思っていない。
「そんなのは」
「じゃあ道具みたいに使われたんだ」
即座にそう言い返されて、否定の思考は出てこなかった。
実際当時俺が何度か思ったことだから。
俺は櫂の腕の中で微かに頷いた。
「俺の感覚の問題だけど」
実際どうだったかは分からない。だって下手だったし。というのはまだ言ってないけど、それが笑い話にできない状態の俺がいるのは確かだった。
「あんたの意思無視してたってことだ」
「無視はされてない」
「同意の上の行為だったと」
「それは……そう」
100パーセントと言えないところはあるが、本気で抵抗したことはなかった。
「でも嫌だったんだろ」
「……ちょっと」
「ちょっとの泣き方じゃなかった」
さっきの言動のことを言われているのは分かる。
でも泣いてはない。
泣ければ逆に良かったと思うほどだから、でもそれを訂正する場面でもないからそのまま気持ちの方を話す。
「……ちょっと嫌だったわけじゃなくて」
「なくて?」
こんがらがっている思考も感情も必死に解きほぐしながら、言葉を吐き出す。
「愛が……感じられなくて……ちょっとしんどくて……したくないって思ってた」
「しんどかったんだ」
櫂の腕の中で昔の男のことなんか思い出したくない。
そう意識した瞬間だった。
俺は櫂の手に昔を思い出したことは一度もない、と悟る。
正直、自分の知らない自分ばかりが櫂の前では露呈しているから、それも含めて今まで出会ったことのないタイプの櫂相手に過去を振り返っている暇はない。じゃあなんでフラッシュバックが起こるのかは、単純に俺の気持ちの方が揺らいでいるからだ。
俺が昔と同じ言動を取る瞬間に、相手の言動が俺の中で自動再生されて、その時の感情がぶり返す。でも俺はまだ別のところで、今近くにいてくれるのは櫂だとはっきり認識もしている。
「……ただ」
溢れる様に理解したことが声に乗る。
その声質が変わったのが分かったのか、櫂は抱きしめている俺の顔を覗き込んできた。
「ん?」
目線はわざと合わせないように、少し逸らす。
「さっきのは」
「うん」
「それを思い出したってより」
「うん」
きちんと聞いてくれようとしているのが分かって、そこがまたどこか苦しくなる。
「……櫂……櫂は、そうしないって分かって、分かってるんだけど、櫂が……、櫂もそうなったらって、パニックに」
「うん、本当にごめん」
「違う! 櫂は変なことしてない! 普通の体位だし、むしろ俺が変なトラウマ発動させて、櫂に謝らせて」
櫂に謝らせたいわけじゃない。櫂が謝る事なんか何一つない。
そう思うのに、どう伝えたらそれが伝わるのか。
それと同時に、どうしてそこまで伝えたい気持ちになるのか傍観する自分もいて、それがまた俺に悪魔のささやきをする。
お前の方こそ櫂をコントロールしたがってんじゃないか、と。
「っ違う……違うから、俺は、……櫂に! ただ、俺のことなんて」
「全然大丈夫、大丈夫だから」
また、ため息だ。
駄目だ、全然冷静になれない。
「俺、ごめん、帰る」
言い訳するにしても、謝るにしても、一回離れるべきだと思った。
けれど、櫂はそれを許してくれない。
「いっそもっと酷いことして、上書きしてやろうか」
それでも良い。
櫂に償えるなら。
「肝心な時に抵抗しないな」
櫂はまたため息を吐いた。
刺さり続けるその重たさは俺の体を冷やすのに、それが分かるのか櫂は強く俺を抱きしめた。
「そんなところも好きなんだよな」
困ったように、柔らかい声だった。
俺はなぜだか金平糖を飲み込んだような、甘いのに苦しくて、痛くて息が吸えないような感覚になる。
「あんたは自分のこと面倒くさいやつだって思ってそうだけど、逆だから」
面倒くさいとまでは自覚はなかったが、確かに考えるとそうだと反省する。けど、同時にそれが逆だとはどういうことかと首を傾げることになる。
困って返事をできないでいると、櫂は笑って俺の頬を撫でた。
「普段は全然動じず余裕が溢れてる、仕事中なんか特にだ。それが仕事から意識が離れて俺がいると途端に動揺したり、右往左往したり、怒ってみせたりさ」
櫂の右手は俺の頬を軽くつねったりひっぱたりして、痛くはないが俺は困惑するばかりで余計変な顔になっているだろう。
少しの間そうしていると思ったら、手は止まって静かに見つめられた。
「あんたが必要ないって言うならもう謝らない」
素直に頷けた。
「だからあんたも泣けばいい」
流れていないはずの涙を拭う様に頬を撫でられる。
「俺に意地悪されて、パニック起こして、震えるほど泣けばいい」
俺は泣いていたのだろうか。
そんなどうでもいいことを頭の中に湧き上がってくる。
涙は流してなかった気がするんだけど、本当は涙を流していたのかな。
「俺はただ愛しいだけだから」
「愛しい?」
どこが? その想いが顔に出ていたのか、櫂は優しく笑う。
「俺に冷たくされたくなかったんだろ? 心のないセックスされるのが嫌だったからあんなに泣いたんだよな?」
さっき自分でそう説明したくせに、櫂に改めて言われると急に恥ずかしくて居ても立っても居られなくなった。
「そうだよ! 悪かったな! それに泣いてない!」
もう逆ギレするくらい俺は動揺していた。でも混乱でも錯乱でも無くて、ただいつものどうしていいのか分からない戸惑いだ。
「そのままでいいから」
櫂は俺を捕まえる様に抱きしめた。
「怖かったら、震えたままでいい」
それからも、俺は何度か過去に振り回されておかしな言動をすることがあったが、櫂は呆れもせず俺の隣りに居続けた。
だから、俺は櫂のため息が恐くなくなった。
嫌われたり、面倒くさいと感じたからではないときちんと染みたからだ。
頭で理解しただけだとため息を聞くと大丈夫だと自分で言い聞かせないと心が騒めいていたのが、最近は逆に余計な妄想してやがるとまで思うようになっている。こっちが呆れる方だ。
ただ同じ職場に恋人がいるというリスクにはまだ怯えている。
関係の変化を公表していないし、櫂の態度も変わらない。だから俺も変わらず櫂の言動に取り乱すし、それを周りに笑われている。
怯えてもいるし、それでもそんな自分がどこか面白くなってもきていて、苦痛ではない。
日常なんて流れる様に過ぎていくものだと、もう怖がってもいない。
流される楽しさもあるのだと、俺は知ってしまったから。
そんな自分も楽しめ始めた。
楽しみながら、怯えながら、そんな風な矛盾だらけの自分を受け入れられたのだと、それが櫂のおかげだとは言うつもりは無い。
きっと、もうバレているはずだから。
************
「航さん」
「ん?」
「好きって言って」
「好き」
「……感情込めてください」
「無理」
「つまり、本当に好きだからってことですね」
「……ばーか」
「航さん、好きですよ」
「……バカ」
「そこに愛が込められてることも分かってます」
「ホント、変な奴だ」
「何の問題もありません」
「恋人が変人なんて」
「え?」
「え?」
「今、恋人って」
「……別に! 別にいいだろっ! 言ったらダメだったのかよ!」
「あぁ、可愛すぎかよ。今日寝れると思わないで下さいね」
「は!?」
「ほら、一緒にお風呂入りましょうね」
「おい! それはヤダって! な、ひっぱるな!」
「行きますよ」
「うぅ……幻滅すんなよ」
「……あー、もう押し倒す。航さんが悪い」
「え? え? ちょ、なんで? だめ、だって」
「じゃあ、風呂で犯す」
「え! ちょっと、なに、なに、なに?!」
「ほら、いくよ」
櫂も楽しい毎日だといいな。
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