自分勝手な俺だから、自由に生きる! と思っているのはヒクトだけ。

nano ひにゃ

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第二話 二年経ち……、自分のためだけに。

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ヴォリスが国境の辺境を去って二年。
あいつの婚約の話は国の端でもきちんと伝わって来た。
ヴォリスのお相手は、まさにこのお隣の国のお姫様。
平和のための政略結婚だろうと言われていた。

そうなって俺は漸く決心がついた。
そして王都への旅に出た。
どうせ、王都に行ったからってすぐに目的が果たせるわけではないから、のんびり徒歩と乗合馬車で、それでも一週間で着いた。
そして想定外にすぐに会えてしまった。

「よっ」

もっと何日も待ち伏せないと出会えないかと思ったが、意外な場所で見つけた。
辺境伯も王都にタウンハウスを持っているが、今の俺がそんなところ使えないから、とりあえず城下の安宿に数日宿泊する手続きをして、荷物を置くだけで出てきた。
王都なんてもう五年は来ていないから、昼下がりの街を情報収集がてらプラプラと歩き回っていたら、ひっそりとした路地にスタンドカフェがあって、そこで珈琲を買っている背中で気が付いた。

近衛兵の騎士が制服でそんなところにいるのは違和感しかないが、辺境にいる時はよく行っていたから、ヴォリスだからこそ不思議ではなかった。

声を掛けると、振り返るや否や目を見開き、驚いてくれた。

「何で王都に……」
「休暇」
「こんな人混みしかない場所に休暇で来るわけない」

返す刀で全否定。
二年経ってもよくお判りですな。
貴族の責務以外で人混みなんか行って何が面白いんだ。と今もちゃんと思っている。
だから人が多い王都は好きじゃない。

驚いている横で、ラテを注文する。
できあがるまでの間に返事をした。

「じゃあ結婚祝いかな」

ヴォリスは再度驚いたが、次第に怖い顔になっていく。

「余計なお世話だな」
「分かってる。でも幸せなお前でいてくれて良かったよ。これで心置きなく言える」

すぐに出てきたカップを片手に歩き、近くに木陰に行くと以前のように後ろを付いてきたヴォリスに振り返って、旅の目的を果たした。

「今でも好きだよ」

昼下がり。周りには人の姿もほとんどなく、喧騒は遠く。王都でも探せばいくらでもある落ち付いた広い路地は、乾いた空気のうららかな天気で、清々しいほど落ち着いていた。
だから、俺の声はよく届いたはずだ。

たっぷり俺がラテをのみ込むほどの一拍の後、ヴォリスは、らしからぬ声を上げた。

「…………はあ?!」

ま、これは想定内の反応だな。
沈着冷静なはずのヴォリスに限らず俺の周りではよくそんな声を聞くから、そんな反応も俺が可笑しいことはもう諦めてくれと思うしかない。

そんなヴォリスを改めてみる。
清潔で皺もない制服をカッコよく着こなしている。辺境領にいる時の方が、カッコいいのは変わらないけど、俺に巻き込まれてもう少し埃っぽかった気がする。スマンかった。

驚愕の表情は、どういう意味か。
心配しなくてもヴォリスの今の暮らしを壊しに来たわけではない。

「あー良かった、もし悲惨な王都生活してたら一緒に地獄に行ってもらうことになってたよ」

凛々しさは以前より増している。
俺が話しかけた瞬間から似合わない表情ばかりさせているが、黙ってコーヒーを飲んでいた佇まいは風格が溢れ出て、哀愁まで感じさせる渋みまで増していた。そんな男が俺が何か助ける必要などあるわけが無い。
実際、ヴォリスは唖然として声に力がなくなった。

「地獄って、なんだよ」

これからの俺の暮らしなんて、ヴォリスにしてみたら地獄以外のなにものでもないだろう。ただ地獄にも種類があっていいだろうし、そこで俺が楽しそうに暮らしていれば少しは気が紛れるかもしれないとか勝手に考えたりして。
どうせ無駄になる想像は、それだから楽しかった。

「タバコってやめて二年くらいで肺が綺麗になるんだってさ、吸ってた過去は消えないけど、やっぱり健康の差は出るらしい」

嘘か誠か。
どっちにしろ、タバコをやめたイライラと自分の本当に気持ちの痛みと混同して、その辛さを誤魔化すのにちょうど良くて、俺は呼吸が多少楽にできるようになった。
それは肺が綺麗になったおかげか、それとも何か自由になったのか。逆に不自由になったのか。
いつまで経っても忘れられないのは、嘘をついたから。
だからその精算に来ただけだ。

「待って、もう何も理解できてないんだ」

わざと多くの説明を省いていたのだから、ヴォリスは正しい。

「それで良いって、理解は求めてない。ただ体も心機一転ってことで」
「勝手すぎるだろ」
「俺が勝手じゃないことなんかなかったと思うけど」

いつだって自分勝手で、俺は好きに生きてきてた。それで、これからも好きに生きていく。

「そんな我儘なところも可愛いんだったな」

いつだったかヴォリスに言われたセリフだ。
その時は目がおかしいのだと、ヴォリスの残念度が上がったけど、本当は少し嬉しかったりもした。だから記憶から消えなかった。
もう言葉を失っているヴォリスに俺は一人勝手に話を進めることにする。

「目が覚めたみたいで良かったよ、当時は割と本気で心配してたんだからな。こんな俺に心配されるなんてよっぽどだからな」
「は?」
「もう心配いらないみたいだし、今まで通りまた忘れて幸せでいてくれよ。な!」

俺はちゃんと笑えた。
ちゃんと自分の気持ちに蹴りが付いていたのを、実感できてホッとした。

辺境に居てもやっぱり王都に行ったヴォリスの話題は俺の耳にもよく届いた。どれも輝かしいもので、嬉しくて俺の選択は正解だったと一人で噛み締めながらも、甘やかされ、与えられたぬくもりは一向に消えることがなくて、ふとした瞬間寂しさに苦しくなった。そんな自分が情けなくて、やっぱりヴォリスを送り出して良かったと思えたから、うっかりヴォリスと付き合う判断をして甘い誘いに耐え切れなかった自分への罰だと思っていた。

それも二年も抱えたままなんて本当に俺って、ダメな奴だ。
でも立ち止まらないのが俺の良さでもある。
すっかり忘れていただろうヴォリスには申し訳なかったが、俺なんかと付き合った最後の害だと思って、ケジメに利用させてもらった。

ただヴォリスの怖い顔はそのままで、最後くらいヴォリスも微笑んでくれないかなと贅沢にも見つめてしまった。
だからなのか、ヴォリスはエスプレッソの小さなカップを煽ると、俺のカップまで奪って一気に飲み干してしまった。

「あ。おい!」

俺のそんな声とほぼ同時に店が置いているゴミ箱にカップを叩き捨てたヴォリスは俺の手首を掴んだ。

「行くぞ」
「へっ? え?」

抵抗する余裕もないほど、凄まじい勢いで歩き始めたヴォリスによろけながら付いていくしかできない。
王都の路地裏をグイグイと進まれると多少の地理感ではどこにいるのか把握しきれなくなっていく。
俺も一応、五年前まで王都の学園に通ってはいたからそれなりに街の地図は頭の中にあるけど、細道を認識できるほど歩き回っていたわけじゃない。立ち止まって周りを見渡せば大通りに出れはするだろうが、ヴォリスはどうやらその大通りを避けているようで、俺の頭の地図では追えない道ばかりを進んでいく。

そして、そろそろヴォリスの足の歩く速さでは俺が息切れし始めた頃、人が丁度すれ違えるほどしかない道に立ち並ぶ住居の様な扉の一つをノックも声掛けもなく開けた。すぐに受付のようなカウンターがあり、そこに驚いた顔の店の人らしき妙齢の女性が何か言う前に、現金をカウンターに叩き置いて、「借りるぞ」と一言。掴んだままの俺の腕をまた引いて、近くの階段を上がっていくと、二階は廊下の両脇に扉が並んでおり、宿屋なのだと分かった。

俺が自分で取った宿よりさらに安い、ただ寝るためだけにある宿泊所だ。
安全も風呂もなにも無い。ベッドで寝られること以外は自己責任な場所で、ヴォリスには縁遠い所に見えて、実は情報屋と秘密裏に会う時とか便利だったり、意外と利用方法は豊富な場所だと言うくらいは知っている。

ただ今俺とここに来る意味は全く分からない。

ヴォリスは慣れたように、とある部屋の扉を開けると、そこはもうほどんどがベッドで占められて、辛うじて片側を歩くスペースだけあった。
そう思った時には俺はもう、ヴォリスにベッドの上へ押し倒されていた。

「なにっ?!」
「分かるだろ」
「わからん! わからんッ!」

なんとか押し返そうとするも、更に分厚くなったような胸板は硬さを主張するだけで遠ざからない。
何でこんな状況になっているのか、大混乱の俺がじたばたとしているのを簡単にベッド押さえつけて、流石に俺でさえこれから何が起ころうとしているのか分かる。
分かるからこそ、必死に逃れようとする。
その心意気をヴォリスはちゃんと汲み取るが、しかし、俺の手首を捕まえベッドに体重乗せて押し付け、絶望を告げてくる。

「逃がすと思うの?」

思わずして、何を思うと言うのか!
そもそも、立場的にヤバいのはヴォリスの方だ。
国際関係に影響のある婚約を噂されている人物が、王都生活の欲求不満か何か知らないが、いくら隠れ家の様な場所だとして、男相手でも不貞行為を咎められるはずだ。バレなければいいという問題ではない、こういうことは必ずバレるものだからだ。
俺の告白を勘違いさせたのは申し訳ないけど、そんな気は全くない。

「俺浮気とかマジ無理だから、人のもん奪うとかそんな燃費悪そうなことしないし! ヴォリスだってそういの嫌いだろ!」

効果的な言葉だったのか、少しの間があった。

「チッ」

二年前にも聞いた舌打ちを凶悪な顔でされた。
目を見て必死に「やめろ」という気持ちを込めて顔を振ると、頭の両側で俺の手首を押さえていた力が少しだけ軽くなった。
ホッとしそうになった瞬間、ヴォリスの声が飛んだ。

「一カ月!」
「え?」

突然の宣言の意味も分からず、俺の頭には疑問符だけが浮かぶ。

「一カ月、そのまま、その気持ちのまま、誰にも絶対見向きもせずに」
「え、なんで」

解消されない疑問は、答えを聞いても解消されなかった。

「なんでも、一か月後会いに行くから」

意味も目的も分からないが、そんなこと言われても、そもそも俺には叶えられない事情があった。

「会いに行くって、俺たぶん引っ越してるんだけど」
「は? どこ行くんだよ」

今度はヴォリスに疑問が移った。そして、眉間の皺がさらに深まっていくのを見上げながら、事情を話すしかなくなる。
嘘ついてもきっとヴォリスにはすぐばれるし。

「どこって、仕事辞めるから」
「はあ!?」

耳が痛くなるほどの声で驚愕されて、いくらヴォリスの腕が長くても、そんな距離で上から叫ばれると、いくら好きな顔面でもこっちが顔を背けるし、耳は少しグワングワン言ってる。

「そんな驚かれても」
「やめてどうするんだよ」

声が怒ってるが、俺の耳に害があると感じてくれたのか声量は戻っていた。
それでも眼力で答えを促し続けてくるのを横目で見る。

「冒険者。少し魔法使えるの知ってるだろ」
「駄目だ」

否定が早いって。
ヴォリスの周りの人間に比べたら実力なんて無いも等しいのかもしれないけど、そんなすぐに決めつけなくてもさ。

「だめって言われても、もう辞表出しちゃったし。すでに無断欠勤だし」
「休暇じゃなかったのか?」

ぺろっと舌を出して、目線を逸らした。
嘘も方便。
最初に黙って出てきたなんて言ったら、本題に入る前に心配されるか説教されるかになってただろう。
なんて考えてから、もう俺がどうなろうがヴォリスに何を言われても思われても良いと思い出した。

「貧乏生活になるけど、生きていけないことはない」

そもそも反対されたって、ヴォリスにはもう関係のないのだから勝手に生きていくだけだ。

「辺境伯は何と言ってるんだ」

さすがヴォリス鋭いな。
実は親父にだけは、仄めかしてから来てる。
はっきり何をどうするとは言わなかったけど、辺境領からは出ることはなんとなくは伝わってるはずだ。

「好きにしろって。俺、それ以外言われたことないから」

二人で最後に話した時にそう言われた。
親父は大体俺が何か話をすると、好きにしろと言う、今回もそうだっただけだ。

そうか。と今ヴォリスも言う。

しかし、そう言った直後ヴォリスは俺にここで待っていろと言って、部屋から出ていってしまった。
部屋を出る前に、自分で宿も取れないと思われているのかと、もう泊るところは確保していると言ったのに、その宿の名を聞かれて答えたらまた舌打ちされた。ちゃんとしたところだと思ってたんだけど、流石に最新情報まで知らないから、何かダメだったのかもしれない。俺ってば、そういう所引き当てちゃう質だからな。
でも俺が巻き込まれるだけならヴォリスが怒ることないと思うんだけど、もしかして、辺境領に居た頃に俺と一緒に巻き込まれたことを思い出したりしちゃったのかも。

そんなことを思いながら、少し待っていると、ヴォリスは見知らぬ騎士を連れて来て、辺境領に帰すと宣告してきた。

「いやいやいや! 戻らんって」
「残念だが、向こうにも便りを送った。速達でな」

わざわざ魔法を使った伝達方法を使ってなんて、なんか、めっちゃ怒らせたのか?
仕事をほっぽり出して出てきたんだから戻ったら、至るところで説教の嵐だし、そんなに嫌われたのか。

それでもいいから、俺は戻る気なんてないのに、騎士に連行される様に馬車に乗せられ、たった二週間で家出は終わりを迎えた。

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