自分勝手な俺だから、自由に生きる! と思っているのはヒクトだけ。

nano ひにゃ

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最終話 幸せ者に戻るため……未来は幸せに満ちている sideヴォリス

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今の辺境伯は、あの方が今の辺境伯で良かったと王都どころか国中から言われるほどのバランス力に優れた人物だ。
そんな父がいて、そして、その美貌で社交期に限らず王都で毎年噂になるになる上に影日向に領主を支える母。
次期当主として申し分ないと言わしめる長男、辺境軍で副長であり王都騎士団に引き抜きの話が絶えない次男、王都で王太子の右腕として勤める三男。長女は辺境領の隣の侯爵領の幼馴染の元へ嫁ぎ、そこは商業の都市としてさらに繁栄してきている。次女は王立魔法技術開発所で研究職に就き、成果を上げている。
兄弟は皆、幼少の頃から、その片鱗が顕著に現れていた。
その末っ子だから、何もしなくても勝手に彼を落ちこぼれにする。
家族以外が勝手に彼に失望する。

彼の耳を、生まれてからずっと塞ぎ続けることはできない。
家族以外に会わせず育てることもまた彼を不幸にすると、両親は分かっていた。
だから彼にその要らぬ失望は届いてしまった。それも普通であれば、のまれて壊れてしまうほどに。

ヒクトに全てを撥ね除ける力はなかった。
彼は徐々にその失望に蝕まれていく。
家族の愛だけでは救えない程に、彼は自分に失望していった。
希望に満ちてたくさんのことに挑んでいった彼は、何一つ兄弟に叶わないのだと思い知らされていくだけ。

何も成しえないのだと成長することを恐れるようになったヒクトに家族だからこそ掛ける言葉が見つからない日々が訪れてしまった。
その時まだぎりぎり子供だといえる年頃だったヒクトは、多くを諦めたように見えた。
勉強も鍛錬も、魔法訓練も、それまで死に物狂いでしがみ付いていたそれらをすべてやめてしまって、愛馬と護衛一人を連れて領内をただぶらぶらするだけ。
街中を歩き回るだけの時もあれば、領内の農地をプラプラと見て回るだけの時期も、森へ入って何もせずに歩き休みを繰り返す日々も、川辺を上流へ遡ってみたり下ってみたり。そのうち野宿をして領主の館へ帰って来ない日も増えた。
国境の砦で何をすることなく寝泊まりしている期間もあった。

そんな彼に苦言を呈する親戚たちもいたが、ある時それらの声を黙らせてしまった。

社交シーズンに家族で王都に来ていた時。
辺境領を長期離れることはできない辺境伯の父だけは必要な会議の出席と王との会談を終えると早々に領へ戻ったが、すでに王都の学園を卒業して領に戻っていた長男と、王都学園に在学中の兄二人と長女、母と次女とヒクトはタウンハウスに滞在してさまざまな会に出席していた。

領にいる時と違い、ヒクトはほとんどをタウンハウスで過ごしていた。
年齢的に夜会にでることはないが、それでも子供も集まる茶会はいくつもあり、当然招待も多かった。
母が選りすぐり母と次女とヒクトで出席しなければならないものもあり、ヒクトはそれを少しも拒むことなくついていった。
多くは黙って、座っているだけだったが、目に付かないようにしている者をわざわざ晒し者にしなければ気にくわない奴はどこでもいて、ヒクトはそんな奴等の格好の獲物になってしまった。
そして、その時々で彼は対応を変えた。
完璧な所作でその場を収めたり、武力で叩きのめしたり、知識で論破し黙らせたり、笑われるくらい大泣きしたり、心配にさせる程に固まり身動きできなくなってしまったり。
そのすべてを見ていた者は感情の起伏の激しいただの子供として映ったし、一つ一つしか見なければそれぞれ、見目麗しい大人しい少年であり、機転の利く利発な子で、武術の優れる姿に将来を期待し、正論を振りかざす小生意気なガキで、大人ぶりたいただの子供であり、心の闇を感じさせる影のある不安の残る存在になる。
親戚たちはその話でそれぞれ勝手に解釈して言葉を失っていた。

そして始めに安心したのは母だった。
母やはり偉大だった。

ヒクトは蝕まれ、内に劣等感を植え付けられてしまったが、人生を何一つ諦めていなかった。
達成できない目標に確かに絶望したが、辿る道が違うだけで目的は一緒。
領民の役に立ちたい。
生まれ育った土地を愛し、守り、栄えさせる。
彼は自分ができることを探し、そしていくつも見つけていた。

彼はただ、父や母、兄たちや姉たちのようになれないだけで、完璧だった。
他の家に生まれたならば彼は神童と謳われたに違いないほど、知性も美貌も武術も魔力も、すべてを兼ね備えていた。それなのに、彼は他人の誰もに落ちこぼれだと言われてしまっていた。

結果、それでよかった。
それをいつからか彼も知っていた。

彼はそう言われることに慣れて、学園では辺境で役立ちそうな勉強ばかりをしていたそうだ。
テストは自分が理解している基礎部分は答えず、最後のやたら難しい問題に夢中になったり、面倒くさい教師の科目は良い点を取って誤魔化し、話の分かる教師のテストではまるで論文の様な回答をしてテスト自体の点数は悪いが、終わった後に話し込むのが楽しかったとヒクトは話してくれた。

不敬罪に問われそうな場などでは完璧な所作、機転で上手に切り抜ける。
力でしか人間を図れない相手には、それを示す。
伸びすぎた鼻は知識で叩くのが効果的で、子どもだと侮らせるのが有効な場面もある。陰のある人間は時に惹きつけてしまう質の人間もいるがそれを病的に怖がり嫌がる質の人間もいる。

ただ五月蠅い連中の声など無視して、必要なことのために時間を費やした。

ヒクトはそれを計算でなく、肌感でこなす。
王都の人間など、その程度で十分だと、無意識でヒクトは辺境領を愛してやまなかった。

そんな彼を俺は愛してしまっていた。

ヒクトが、俺の気持ちを受け入れてくれた時期の前後。
俺の元にはヒクトを不幸にするならこの世から消すと、様々な方法で伝えに来た人物が数多くいた。
その時にヒクトの幼少期の頃の話をそれぞれ聞かされ、そしてその隣に並び立つ資格はあるのかと問われ、誓いを立てさせられた。
それで静観してくれるならば安いものだし、ヒクトに対しての誓いだから、むしろ喜びすらあった。

けれど、喜んでいられたのは短い期間だった。辺境領に根を下ろすつもりしかなかったのだが、何よりヒクトが認めなかった。
ヒクトが少し本気になれば、俺を王都に戻すことなど容易いことで、書類はもちろんあらゆる強制力でもって、俺の居場所は王都になっていた。

全てを無視する行為はヒクトの傍にもいられないのだから、従うしか無かった。
地位も役目も捨てて辺境領にいても、ヒクトの恋人でいることは難しい。情をかけて見捨てることはしないでくれるかもしれないが、俺は領民となり彼に守られるだけの立場になってしまう。
貴族と平民ではどうしても共に行けない場所ができてしまう。

そして何よりヒクトに失望されるのが怖かった。

別れるのは嫌だったが、俺のライバルは辺境領そのものだ。
だから三年。
期間を設けた。
自分の決意の示すためでもあった。
俺に誓いを立てさせた面々に三年間、ヒクトに誰も寄せ付けず、事あるごとに俺の話題を出すように頼み込んで辺境領を出て、王都に向かった。

三年後に絶対にヒクトに認められる男になって戻ってくると、ヒクトにだけ黙って新たな誓いを立てた。

ヒクトに言わなかったのは、本当に後を追えない消え方をされる恐れがあったからだ。
ヒクトなら完全に影の者になっても、辺境領のために行動できてしまうほどの実力の持ち主なのだ。自覚がないからこそ、その力を隠れることにまで全力になられてしまったら、再び出会えるのにもっと時間が掛かってしまう。
それなら、俺は黙って、ヒクトが穏やかに過ごせる環境を整えるだけだ。

辺境の脅威は多くは隣国の不安定さにある。
その脅威さえ収めてしまえば、ヒクトは自由になるはずで、辺境領を離れられなくても、俺が辺境領に居座るのには納得させるだけの材料にはなるのは間違いなかった。
同じく辺境領を愛してしまえば、隣にいることを許してくれる算段だった。

愛を知るヒクトはそんな俺なんかより、ずっと先を行っていた。

家族がヒクトの自由を望んでいるのを感じていたヒクト。
辺境領の領民はどこに住む民より偉大で勇敢だと自負して余りあるほど誇りだと領民自身にも浸透した心持。
いつまでも家族の存在に劣等感を持ち続ける、不必要な失望に取憑かれている自覚。

愛し愛されるからこそ、領地を離れる覚悟と、真の自立。

辺境は王都から直線距離ならそれほど遠くない。
実際騎士が単騎で馬を全力で走らせれば三日で着くことも可能だった。
ただ一般市民が行こうとすると一カ月は余裕でかかる。なぜなら大きく迂回しなければならない程の荒野と森が広がっているからだ。魔物はもちろん、不安定なダンジョンが不定期で出現することもある。
王国で管理してはいるからこそ、迷い込んでしまう一般人がいないで済んでいるのであって、辺境領の所以になるほどに人が通れる場所ではなかった。

けれど、そこを一人歩いてヒクトは一週間でやってきてしまう。
当たり前のよう、実際それくらいは当たり前なのだヒクトにとっては。

そんなヒクトだから、どこへ行ってもやっていけてしまう。

逃がすかよ。

勝手に自立とか許さない。
俺に見つかったのが運の尽きだ。

辺境領から離れられないのだと見誤った自分を悔やみ、けれど、黙って消えずに、俺の元にやって来てくれたことに至上の幸福を感じ、切れずにいた縁に感謝した。

二年間何の連絡もしなかった、できなかった俺を、忘れられない様に手を尽くしていたとしても、好きで居続けてくれた事実は痺れる程の感動だった。

ヒクトの想いの強さを俺は分かっていなかった。
辺境領への愛の大きさに、俺への関心はその余りのように勝手に思っていた自分を恥じた。
一度好きになったなら、その愛は深かった。

突き放したのは俺に期待してるから。
交わらない人生を捻じ曲げず、それでも俺を忘れず、万が一不幸に落ちそうならばと確かめに来てくれて、もしそうならと自分の人生に誘ってくれた。
嬉しすぎた。
せっかく積み上げた何もかもを放り出して、その手を取って、二人だけの極上な世界へ飛び込みたくなっても仕方ないじゃないか。
二人で冒険者?
喉から手が出る程、麗しいお誘いだ。
しがらみもなにも無く、日々の生活を自分達だけで成り立たせる。一緒に討伐に出れば四六時中一緒にいられる上に、一発大金を稼げば、家で淫らに籠っていたって文句を言うのはヒクトだけ。そのヒクトを甘やかすのもまた俺で、想像しただけで、脳が溶けるほどの幸せだ。

けれど。
俺はその誘惑に負けなかった。

絶対に現実はそんなに甘くない。
ヒクトのことだから、どこに行こうとそこに人の輪ができ、手伝えることならと簡単に手を貸して、また何でもできるから辺境領にいた時と何も変わらないだろう。
むしろ領主の息子という肩書がなくなることで言い寄られる回数も増えると思われる。身分の差は時に躊躇いを生じさせるからだ。それがなければ、どれだけ勢いで告白されるか分かったものではない。

いっそ、冒険者に集中させたなら。
もっと魅力的になってしまう。剣術も武術も魔法も平均以上のオールマイティ。その上、貴族のマナーから平民に溶け込める幅広い知識と磨くと光り輝いてしまうのに、無造作にしていれば人懐っこい笑顔と感情を表しすぎる表情でその輝きがあたかも凡庸と惑わせる容姿。
コミュニケーション力までどんな相手でも多種多様に対応できる。
冒険者になったらきっとすぐ、どんどん仕事を回されるようになって、うまく立ち回ってしまう。
向き過ぎて、最早向いてないと言わざるを得ない。

本人の意志とは関係なく祭り上げられるか、人の良さに付け込まれてタダ働きで扱き使われるか。
危険すぎる案件ばかりを回されるか、貴族相手の面倒事に巻き込まれるか。
ヒクトは楽に解決していくだろうが、ヒクトだって時間は有限で、俺にかまう時間が減る。

俺がそれを上手く捌けばいいだけなのだけど、もう少しのんびりしたい。
それには今は辺境領にいるのが一番だ。
辺境領を穏やかにするためにこの二年以上費やしたのだから、それを利用せずしてどうするというのか。

冒険者になるのはそれを満喫してからでも十分遅くない。

手ごわいのは、やはりヒクトだけだった。

それでも何とか、繋ぎ止めることに成功した。
俺は世界一の幸せ者に戻ることができた。

あとはもう一番近くで、俺の幸せを証明し続ければ良い。
そしてヒクトの幸せを支え、いつか俺と一緒で良かったと笑ってくれたら、そんな未来を必ず手に入れると決めている。

俺はもう二度とヒクトと離れないと誓った。



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