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№21の朝は、大体9時前後に始まります。それは完全に寝坊の時間です。
目覚まし時計は7時にセットされていてちゃんと鳴ってはいるんです。けれど、いつのまにか止めてしまっているらしく、№21はその音を聞いた記憶も無ければ、目覚まし時計を止めた意識もありません。そもそも目覚まし時計などなくても本物の体内時計で正確に行動できなければおかしいのですが……。
その上№21の仕事は家事全般をこなし、仕える主人の身の回りの世話をすることなのです。
ハウスキーパー用アンドロイドとして登録されている者ならば、主人より早く起きるのは当然の行動なんですが、№21が主人を起こす事はこの家に来てから一度もできないでいます。逆に起こされることはよくある事です。
№21が起きてこず時計が九時を示すとさすがに主人は№21のところへやってくることにしているようなのです。
アンドロイドのくせに。
それが主人の口癖になっています。
幸い今日は自主的に目覚めることができたようですね。時間は8時50分。目を開けた時に主人の顔がはじめに飛び込んでこないことにほっとしています。
しかし完全に寝坊は寝坊ですよ。
№21専用の小さなベッドから慌てて起きて着替えをします。生成りの少しよれたシャツに短パンよりも少し長めのズボン。寝癖を直す余裕もないので、はねたりペシャンコだったりする髪型もそのままリビングに飛びこみました。そのせいでつまずきそうなりましたが、なんとか堪えます。
転ばずにすんだことにほっとして「セーフ」と口の中だけで言ったつもりだったのに、その声はしっかりと聞かれていました。
「よう、今日も良く寝たみたいだな」
毎朝そこに座っていると承知しているのに、№21は思わず息を呑んでしまいました。
「ヒッ…………っはようございます!」
驚いたのを誤魔化すために、急いて挨拶を発してしまったので「お」はどこかに行ってしまいました。
ソファーから眺めていた青年はすっかり身支度を整えて、仕事の資料を手にしてはいるが、焦りや苛立ちは感じられません。
毎朝のこととしてすっかり受け入れている様子で、№21が起きてくるのを仕事の準備などしながら気長に待っていました。
この青年が№21のご主人です。短髪で洗いざらしの髪に、程よく焼けた筋肉質の肉体。Tシャツとツナギを腰で結んでいる完全な作業着姿。鋭い視線は生まれつきで決して機嫌が悪いわけではありません。
今は各家庭に一台ほどアンドロイドを持っていますが、介助を必要としない単身者が所有しているのは珍しいことです。
その上№21のようなオリジナルタイプであるなんてことは類稀な状況でした。
一般に普及しているアンドロイドは一つのDNAから作られた複製といえるものです。
機械なのにDNAなんて不思議かもしれませんね。
ある人間のDNAを基にして作ってはいますが、決してクローンではありません。核は機械であり、システムで制御されてプログラムで動いています。
しかしその機械を覆っていて肉体をなしているものが、特殊な技術であり、それが最大の特徴をもたらす原因でもあるのです。そこにそのDNAが関わっているのです。
その性質上皆同じ顔をしています。しかし使用していくうちにその特徴が現れるのです。
女性型も男性型も皆同じ顔をしているのに、なぜか男女の判断ができる不思議な顔。
これがそのアンドロイドの一番の特徴、それは顔が変化してくることだった。アンドロイドなので老いるというものではありません。そして変化と言っても劇的にではなく、雰囲気や目つきや表情が何か違うという程度。それでも人々に愛着を持たせるには大きな効果がありました。
この今普及しているタイプのアンドロイドの作成に、大きな役割を担っているDNAを持っていた人間はもうこの世に存在していません。それでもこの技術とそのDNAの特質的な能力でこの先も複製を作ることは難しくないのです。
そのおかげで皆同じ顔てすが、大量生産もでき、長年使うことである意味カスタマイズできるという優れものだったのです。
それでも完全オリジナルを欲しがる人間はいます。当然別のDNAで作れば顔は全く別になるのだから作れないことはありません。
しかし同じ技術を用いて別の新たなDNAを使ってアンドロイドを依頼する者は決して多くはありません。それは単純にとても難しいからでした。
理由は簡単、オリジナルで作成するのは莫大な資金が必要だから。時間も掛かりますが、一番の障害はやはり金銭的なもので一般市民なんてとんでもない、少しくらいの金持ちでもとても手に入らない。筋金入りの大金持ちでどうにかというくらいです。
そして№21は完全オリジナル、その中でもほとんど見かけることのない子供型アンドロイド。
このご主人にはその資金がありました。けれど、№21の製作に彼は一銭も出していません。
あるオリジナルのアンドロイドを作る職人が主人とは面識どころか関係もまったくない老人に頼まれて作ったのが№21でした。
主人はオリジナルのアンドロイドを作る技術者がいることは知っていましたが耳にした事がある程度で、興味もなければアンドロイドそのものを必要としていませんでした。だからもちろん№21というアンドロイドが作られているとは知る由もありません。
№21は主人の全く知らないところで順調に依頼通りに完成しました。しかし依頼主の老人は№21を手にする前にこの世を去ってしまったために、持ち主のいないオリジナルアンドロイドとなってしまったのです。
そんなとき偶然、主人と№21は出会いました。
その時から№21は今の特性を持っていました。
そう出会ったときからずっと№21の能力は極めて低いのです。そして普通のアンドロイドとはどこもかしこも違う容姿をしていました。
この主人をしてアンドロイドと一瞬気がつかないほど、№21は常識とはかけ離れたものだったのです。
この何事にも動じなさそうなご主人でも少しだけ驚いたものです。
だから今更№21が変なところで気に障ることなど一つもないのです。
主人はどんな時も№21の動揺も失態ももちろん気にした様子も無く、いつもただちょっと口の端を上げるだけ。
「おはよう」
主人は№21の目を見てそれだけ。からかい半分に嫌味の一言くらいは言いますが、寝坊を責めたりはしません。
№21も怒られていないことは分かっています。でもちゃんと反省はしています。たとえ毎朝のことでも。
「すっ、すぐ朝ごはん作ります」
「アンドロイドのくせにどもるな」
そう言いはしますが、別に急かしたりはしません。
「はい! すぐ!」
№21も急かされているとは思っていません。
けれど、さらに慌ててキッチンに行こうとする№21を主人はいつの間にか立ち上がってその首根っこを捕まえました。そしてだらしなく乱れているその服を調えながら朝食の注文をつけます。
「今日はまともな朝食が食いたいから、ゆで卵にトースト、サラダはいいからトマトを洗って持って来い」
主人の声はいつも通り低く穏やかで、焦る№21を落ち着かせます。
「はい!」
№21は飛び切りの笑顔で元気良く返事をしました。
マイエプロンには可愛いイラストがプリントされています。昔二足歩行のロボットがまだ空想の中だけのものだった頃の古典的なロボット柄です。
いつからか主人がどこからか持ってきたそのエプロン。それまできっちり着せてもらった№21は早速キッチンに向かいます。愛用の台に乗って作業するのは、№21の身長ではキッチンの高さに届かないからです。
朝食のメニューは毎朝変わります。№21に任される事もあれば、今日の様に指定されることもあります。主人がその日一日をどう過ごすつもりなのかで変化して“まともな朝食”を所望される日は、重要な仕事がある日です。
それはなぜなのか。
№21が絶対失敗しないレシピは五つほどしかないから。卵料理ではゆで卵が唯一。つまり重要な仕事の日=ゆで卵なんだと№21は最近やっと気が付きました。
人と見間違うほどのアンドロイドが一般家庭に普及しだした最近でも、ゆで卵くらいは子どもでもできます。
そんな料理とも言えない物でも№21は真剣に取り組みます。卵を取り出し、水を張った鍋にゆっくりと入れます。そのあと火に掛けタイマーが鳴るまで片時も目を離さない。それは万が一失敗することあるというのを経験から知っているからです。
誤解が無いように言っておきますと、通常のアンドロイドに万が一なんてことはありません。彼らは何事も完璧に実行し、失敗などという単語は不釣合いの筆頭にくるものです。システムで制御されているのだから同然ですし、失敗なんて事があればそれはすなわち故障を示していてすぐさまメンテナンスが必要な状態なのです。
そして修理すれば二度目なんてことは起こらないのが一般のアンドロイドです。だからこそアンドロイドで、それがアイデンティティーだとでも言えるでしょう。
しかし№21はあくまでも自らの経験で気を抜くと失敗すると知っています。その失敗癖は修理しても直りません。だから二度あることは三度あるなんて諺を身をもって実行しているのが№21だったりしました。
アンドロイドのくせに。
「できましたー、どうですか?」
主人をジッと見ながら、息を詰めるのは毎朝の事。
アンドロイドに食事は必要ありません。食べることはできますが、№21が主人と食事をともすることはあまりありません。例え一緒に食べずどもいつもかならず主人の近くには必ずいます。食事の介助なんてことではなく、単純に味の感想を聞くためにです。
常人の二倍の時間は掛けて作られた食事ですが見かけは悪いです。主人一人しか食べないのに三つも茹でた卵は全部剥かれて、一番マシなものを選んでも黄身が半分見えているし、パンもギリギリ焦げてないと言えるくらい黒に近い色をしています。唯一綺麗なのは洗っただけのトマト。
それでも主人は文句も言わずに食べだしました。
「まあ合格だ」
「やった」
№21は小さくガッツポーズとすると、ニコニコとキッチンに帰って、食後のコーヒーの準備をします。
エスプレッソマシーン。簡単な操作で№21でもいつも上手にコーヒーを入れられる優れものなんです。
「エッソ、いい日になりそうだよー」
エスプレッソマシーンの愛称エッソ。№21の話し相手です。
返事なんてあるはずもありません。至ってノーマルな機械であるエッソに、もちろん人工知能も無ければ感情感知システムもないし、アンドロイドだけに備わっている心憶細胞もありません。万一ただの機械であるエッソに人格なるものがあったとしても、それを聞き取れる機能はまだ開発されていないため、№21もエッソと本当に会話しているわけではありません。
でも№21は、エッソは大事な友達だと豪語します。
「今日もおいしくお願いしまーす。ドクターは今日大事な実験をするみたいなんだ、僕のご飯も上手くいったし、後はエッソが頑張って最高のエスプレッソで完璧だよ」
№21は主人のことをドクターと呼びます。博士という意味合いでもあるし、医者という意味合いもあります。ただ№21はそう思っていますが、実際のところはどう言う意味でそう呼ばされているのかはよく分かっていません。主人がそう呼ぶように言った理由は聞いた事がないからです。
でも№21はその呼び名が好きなのです。
ドクターをドクターと呼べるだけで毎日嬉しい。そのドクターは毎食後コーヒーを飲む。エッソは頑張らなくても毎回極上品を仕上げる。
エッソに任せれば主人を必ず喜ばせることができるのです。だから毎日感謝します。
「いつもありがとー、エッソ」
エスプレッソマシーンをなでなでと磨きます。
№21は頑張っても大失敗でまずい事も、あれば驚くほど美味なものを作ることもあるんです。
それでもどんな時でも主人の食後は一杯のコーヒーであるため、食事は必ず美味かったの一言で終えられます。
№21にしてみればエッソ様様なのです。主人が懲りずに№21に食事を任せるのはエッソのおかげだと№21は感謝を惜しみません。
その感謝を№21は行動で示します。それはエッソのメンテナンスを主人にお願いすることです。№21がやるとエッソを壊してしまう可能性しかないので、そこは遠慮せず主人に頼むことにしています。エッソにありがた迷惑だと思われないように、友達は大事にするのだと主人の休日の時間は容赦なく利用しているのでした。
そして今日も程なくして、エッソはいつも通りの品を抽出し始めました。
それを眺めながら、№21はルンルンと話し続けています。
「今日はね、ゆで卵作ったんだよー。二つ余ったから晩ご飯の時に作ろうと思ってるポテトサラダに入れてみようと思うんだー。おいしそうでしょ?」
もちろん誰も返事はしませんが、№21は満足そうにうんうんと頷いています。
「外もいい天気みたいだし、洗濯もたくさんしよー」
昨日は雨だったからねとエッソに告げました。
すると、ご主人に呼ばれます。
「エン」
主人の呼ぶ声に№21は素直に返事をしました。
目覚まし時計は7時にセットされていてちゃんと鳴ってはいるんです。けれど、いつのまにか止めてしまっているらしく、№21はその音を聞いた記憶も無ければ、目覚まし時計を止めた意識もありません。そもそも目覚まし時計などなくても本物の体内時計で正確に行動できなければおかしいのですが……。
その上№21の仕事は家事全般をこなし、仕える主人の身の回りの世話をすることなのです。
ハウスキーパー用アンドロイドとして登録されている者ならば、主人より早く起きるのは当然の行動なんですが、№21が主人を起こす事はこの家に来てから一度もできないでいます。逆に起こされることはよくある事です。
№21が起きてこず時計が九時を示すとさすがに主人は№21のところへやってくることにしているようなのです。
アンドロイドのくせに。
それが主人の口癖になっています。
幸い今日は自主的に目覚めることができたようですね。時間は8時50分。目を開けた時に主人の顔がはじめに飛び込んでこないことにほっとしています。
しかし完全に寝坊は寝坊ですよ。
№21専用の小さなベッドから慌てて起きて着替えをします。生成りの少しよれたシャツに短パンよりも少し長めのズボン。寝癖を直す余裕もないので、はねたりペシャンコだったりする髪型もそのままリビングに飛びこみました。そのせいでつまずきそうなりましたが、なんとか堪えます。
転ばずにすんだことにほっとして「セーフ」と口の中だけで言ったつもりだったのに、その声はしっかりと聞かれていました。
「よう、今日も良く寝たみたいだな」
毎朝そこに座っていると承知しているのに、№21は思わず息を呑んでしまいました。
「ヒッ…………っはようございます!」
驚いたのを誤魔化すために、急いて挨拶を発してしまったので「お」はどこかに行ってしまいました。
ソファーから眺めていた青年はすっかり身支度を整えて、仕事の資料を手にしてはいるが、焦りや苛立ちは感じられません。
毎朝のこととしてすっかり受け入れている様子で、№21が起きてくるのを仕事の準備などしながら気長に待っていました。
この青年が№21のご主人です。短髪で洗いざらしの髪に、程よく焼けた筋肉質の肉体。Tシャツとツナギを腰で結んでいる完全な作業着姿。鋭い視線は生まれつきで決して機嫌が悪いわけではありません。
今は各家庭に一台ほどアンドロイドを持っていますが、介助を必要としない単身者が所有しているのは珍しいことです。
その上№21のようなオリジナルタイプであるなんてことは類稀な状況でした。
一般に普及しているアンドロイドは一つのDNAから作られた複製といえるものです。
機械なのにDNAなんて不思議かもしれませんね。
ある人間のDNAを基にして作ってはいますが、決してクローンではありません。核は機械であり、システムで制御されてプログラムで動いています。
しかしその機械を覆っていて肉体をなしているものが、特殊な技術であり、それが最大の特徴をもたらす原因でもあるのです。そこにそのDNAが関わっているのです。
その性質上皆同じ顔をしています。しかし使用していくうちにその特徴が現れるのです。
女性型も男性型も皆同じ顔をしているのに、なぜか男女の判断ができる不思議な顔。
これがそのアンドロイドの一番の特徴、それは顔が変化してくることだった。アンドロイドなので老いるというものではありません。そして変化と言っても劇的にではなく、雰囲気や目つきや表情が何か違うという程度。それでも人々に愛着を持たせるには大きな効果がありました。
この今普及しているタイプのアンドロイドの作成に、大きな役割を担っているDNAを持っていた人間はもうこの世に存在していません。それでもこの技術とそのDNAの特質的な能力でこの先も複製を作ることは難しくないのです。
そのおかげで皆同じ顔てすが、大量生産もでき、長年使うことである意味カスタマイズできるという優れものだったのです。
それでも完全オリジナルを欲しがる人間はいます。当然別のDNAで作れば顔は全く別になるのだから作れないことはありません。
しかし同じ技術を用いて別の新たなDNAを使ってアンドロイドを依頼する者は決して多くはありません。それは単純にとても難しいからでした。
理由は簡単、オリジナルで作成するのは莫大な資金が必要だから。時間も掛かりますが、一番の障害はやはり金銭的なもので一般市民なんてとんでもない、少しくらいの金持ちでもとても手に入らない。筋金入りの大金持ちでどうにかというくらいです。
そして№21は完全オリジナル、その中でもほとんど見かけることのない子供型アンドロイド。
このご主人にはその資金がありました。けれど、№21の製作に彼は一銭も出していません。
あるオリジナルのアンドロイドを作る職人が主人とは面識どころか関係もまったくない老人に頼まれて作ったのが№21でした。
主人はオリジナルのアンドロイドを作る技術者がいることは知っていましたが耳にした事がある程度で、興味もなければアンドロイドそのものを必要としていませんでした。だからもちろん№21というアンドロイドが作られているとは知る由もありません。
№21は主人の全く知らないところで順調に依頼通りに完成しました。しかし依頼主の老人は№21を手にする前にこの世を去ってしまったために、持ち主のいないオリジナルアンドロイドとなってしまったのです。
そんなとき偶然、主人と№21は出会いました。
その時から№21は今の特性を持っていました。
そう出会ったときからずっと№21の能力は極めて低いのです。そして普通のアンドロイドとはどこもかしこも違う容姿をしていました。
この主人をしてアンドロイドと一瞬気がつかないほど、№21は常識とはかけ離れたものだったのです。
この何事にも動じなさそうなご主人でも少しだけ驚いたものです。
だから今更№21が変なところで気に障ることなど一つもないのです。
主人はどんな時も№21の動揺も失態ももちろん気にした様子も無く、いつもただちょっと口の端を上げるだけ。
「おはよう」
主人は№21の目を見てそれだけ。からかい半分に嫌味の一言くらいは言いますが、寝坊を責めたりはしません。
№21も怒られていないことは分かっています。でもちゃんと反省はしています。たとえ毎朝のことでも。
「すっ、すぐ朝ごはん作ります」
「アンドロイドのくせにどもるな」
そう言いはしますが、別に急かしたりはしません。
「はい! すぐ!」
№21も急かされているとは思っていません。
けれど、さらに慌ててキッチンに行こうとする№21を主人はいつの間にか立ち上がってその首根っこを捕まえました。そしてだらしなく乱れているその服を調えながら朝食の注文をつけます。
「今日はまともな朝食が食いたいから、ゆで卵にトースト、サラダはいいからトマトを洗って持って来い」
主人の声はいつも通り低く穏やかで、焦る№21を落ち着かせます。
「はい!」
№21は飛び切りの笑顔で元気良く返事をしました。
マイエプロンには可愛いイラストがプリントされています。昔二足歩行のロボットがまだ空想の中だけのものだった頃の古典的なロボット柄です。
いつからか主人がどこからか持ってきたそのエプロン。それまできっちり着せてもらった№21は早速キッチンに向かいます。愛用の台に乗って作業するのは、№21の身長ではキッチンの高さに届かないからです。
朝食のメニューは毎朝変わります。№21に任される事もあれば、今日の様に指定されることもあります。主人がその日一日をどう過ごすつもりなのかで変化して“まともな朝食”を所望される日は、重要な仕事がある日です。
それはなぜなのか。
№21が絶対失敗しないレシピは五つほどしかないから。卵料理ではゆで卵が唯一。つまり重要な仕事の日=ゆで卵なんだと№21は最近やっと気が付きました。
人と見間違うほどのアンドロイドが一般家庭に普及しだした最近でも、ゆで卵くらいは子どもでもできます。
そんな料理とも言えない物でも№21は真剣に取り組みます。卵を取り出し、水を張った鍋にゆっくりと入れます。そのあと火に掛けタイマーが鳴るまで片時も目を離さない。それは万が一失敗することあるというのを経験から知っているからです。
誤解が無いように言っておきますと、通常のアンドロイドに万が一なんてことはありません。彼らは何事も完璧に実行し、失敗などという単語は不釣合いの筆頭にくるものです。システムで制御されているのだから同然ですし、失敗なんて事があればそれはすなわち故障を示していてすぐさまメンテナンスが必要な状態なのです。
そして修理すれば二度目なんてことは起こらないのが一般のアンドロイドです。だからこそアンドロイドで、それがアイデンティティーだとでも言えるでしょう。
しかし№21はあくまでも自らの経験で気を抜くと失敗すると知っています。その失敗癖は修理しても直りません。だから二度あることは三度あるなんて諺を身をもって実行しているのが№21だったりしました。
アンドロイドのくせに。
「できましたー、どうですか?」
主人をジッと見ながら、息を詰めるのは毎朝の事。
アンドロイドに食事は必要ありません。食べることはできますが、№21が主人と食事をともすることはあまりありません。例え一緒に食べずどもいつもかならず主人の近くには必ずいます。食事の介助なんてことではなく、単純に味の感想を聞くためにです。
常人の二倍の時間は掛けて作られた食事ですが見かけは悪いです。主人一人しか食べないのに三つも茹でた卵は全部剥かれて、一番マシなものを選んでも黄身が半分見えているし、パンもギリギリ焦げてないと言えるくらい黒に近い色をしています。唯一綺麗なのは洗っただけのトマト。
それでも主人は文句も言わずに食べだしました。
「まあ合格だ」
「やった」
№21は小さくガッツポーズとすると、ニコニコとキッチンに帰って、食後のコーヒーの準備をします。
エスプレッソマシーン。簡単な操作で№21でもいつも上手にコーヒーを入れられる優れものなんです。
「エッソ、いい日になりそうだよー」
エスプレッソマシーンの愛称エッソ。№21の話し相手です。
返事なんてあるはずもありません。至ってノーマルな機械であるエッソに、もちろん人工知能も無ければ感情感知システムもないし、アンドロイドだけに備わっている心憶細胞もありません。万一ただの機械であるエッソに人格なるものがあったとしても、それを聞き取れる機能はまだ開発されていないため、№21もエッソと本当に会話しているわけではありません。
でも№21は、エッソは大事な友達だと豪語します。
「今日もおいしくお願いしまーす。ドクターは今日大事な実験をするみたいなんだ、僕のご飯も上手くいったし、後はエッソが頑張って最高のエスプレッソで完璧だよ」
№21は主人のことをドクターと呼びます。博士という意味合いでもあるし、医者という意味合いもあります。ただ№21はそう思っていますが、実際のところはどう言う意味でそう呼ばされているのかはよく分かっていません。主人がそう呼ぶように言った理由は聞いた事がないからです。
でも№21はその呼び名が好きなのです。
ドクターをドクターと呼べるだけで毎日嬉しい。そのドクターは毎食後コーヒーを飲む。エッソは頑張らなくても毎回極上品を仕上げる。
エッソに任せれば主人を必ず喜ばせることができるのです。だから毎日感謝します。
「いつもありがとー、エッソ」
エスプレッソマシーンをなでなでと磨きます。
№21は頑張っても大失敗でまずい事も、あれば驚くほど美味なものを作ることもあるんです。
それでもどんな時でも主人の食後は一杯のコーヒーであるため、食事は必ず美味かったの一言で終えられます。
№21にしてみればエッソ様様なのです。主人が懲りずに№21に食事を任せるのはエッソのおかげだと№21は感謝を惜しみません。
その感謝を№21は行動で示します。それはエッソのメンテナンスを主人にお願いすることです。№21がやるとエッソを壊してしまう可能性しかないので、そこは遠慮せず主人に頼むことにしています。エッソにありがた迷惑だと思われないように、友達は大事にするのだと主人の休日の時間は容赦なく利用しているのでした。
そして今日も程なくして、エッソはいつも通りの品を抽出し始めました。
それを眺めながら、№21はルンルンと話し続けています。
「今日はね、ゆで卵作ったんだよー。二つ余ったから晩ご飯の時に作ろうと思ってるポテトサラダに入れてみようと思うんだー。おいしそうでしょ?」
もちろん誰も返事はしませんが、№21は満足そうにうんうんと頷いています。
「外もいい天気みたいだし、洗濯もたくさんしよー」
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すると、ご主人に呼ばれます。
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2025.4.11 完結 25649字
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