№21と岩下の日常

nano ひにゃ

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「はい! 何ですかドクター?」
「洗濯は張り切らなくてもいい。しばらくは快晴が続く」
「はーい、うふふ」

 №21はどんなことでも主人と会話を交わせるのが嬉しいのです。
 №21とエッソの会話は主人も聴いています。狭くはないが広くもない室内で音を発しているのが№21だけでは聴かざるを得ないというのが正しいのですが、その独り言のような会話に主人が口を挟むことはあまりありません。
 大抵№21が一人でしゃべっている時、主人は食事をしているか配信された記事を読んでいるか、仕事に没頭しています。
 それでもこうして声をかけるのは、ある種主人の条件反射に近いものがありました。この反射は№21と生活し始めて主人が身につけた特技になりつつあります。
 例えば今日、主人が何も言わずに仕事場である実験室に篭ったならば№21は有言実行とばかりに、一日洗濯ばかりに励むでしょう。 
 すると何が起こるのか、主人には簡単に予測できます。
 パターンとしてはいくつかありますが、着替えが一着もなくなるか、洗濯したそばから汚れ物が増えていくか、もしくは主人には想像も及ばないほどの不都合な事態が起こると予測できるのです。
 ついでに述べると、この想像できない不都合な事態を予想するのを主人は最近趣味の一つにしていたりします。時間があるときはあえて声を掛けずに自分の予想が当たるか外れるか賭けたりして遊んでいるんですね。 
 そして多くは見事に予想外の事態が起こるのです。
 たった一人でする賭けなのですが、しっかりペナルティーも設けてもします。
 主人の予想が外れ、惨事とも言えることが起きたとしても、別に№21を叱ったりはしません。寧ろ面白いことをしてくれたと思うくらいです。
 だから反省して落ち込む№21に数十年前まで走っていたと言うタイヤで道を走る自動車なるものの模型を買い与えたり、博物館に実物を観に行ったりするというのを自分ルールにしてします。
 そして予想通りのことが起こった場合は自分への褒美として、№21は次の日一日休暇、という名のメンテナンス日になり、主人は№21のあちこちを隈なく点検します。
 それが何故褒美になるのかと言うと、別段故障の疑いがあってすることではないからです。
 アンドロイドエンジニアである主人は、開発なども手がけている先駆者的な存在なのですが、№21を作ったのは別の人間なのです。そのため、他との差異が多々ある№21は主人にとっては重要な調査対象であり、好奇心をそそる存在でもあります。
 もちろん本当にメンテナンスとしても行っているのですが、本人の感覚と適合しているか調べるために電源を落とすことをしないために、№21が始終嫌そうな顔をするのでイベント的にこなさなければ行うことができないというのも本音の一つだったりします。
 だからあまり頻繁にすることもなく稀にあたる自分の予想というのが適度な時期なのです。 

 №21は主人がそんな賭けをしているとは知る由もなく、メンテだと言われれば拒むことはしません。
 それでも№21は痛みが無くとも己の意識とは無関係に手足が動いたりするのが気持ち悪いと毎回不満を口にして、№21が自分の中で作っている『できればやりたくないリスト』のベスト3には必ず入れています。
 幸い今日は主人が忙しいおかげで№21の知らない所で賭けの対象になることはなく、メンテナンスの可能性を回避できました。

 忙しくても№21のペースに合わせてゆっくりと食事をとった主人は、自宅の真横に隣接する巨大な建物へと消えていきました。
 そこが主人の仕事場で、他に働いてるものは機械以外はいません。
 それは住居スペースでも変わりは無いことです。

 主人は人間が好きではありません。そして機械も機械としてしか見ていません。
 もちろんアンドロイドも例外ではなく、それは職業柄当然とも言えたし、そうだったからエンジニアになれたとも言えました。
 世間では自宅にいるアンドロイドを家族として認識している人も少なくありません。愛犬や愛猫と似た様な感覚です。逆に、人間とあまり変わらない姿をした機械に抵抗を覚える人たちも当然います。それでも今やアンドロイドは人々のくらしに必要不可欠な存在になっていました。

 そのアンドロイドの改良をしたり、バージョンアップを主人はほぼ一人で担っているといっても過言ではありません。世界でも主人は有名なのですが、主人自体は自分がいかなる存在かということは全く関係なく、ただ興味があるから日中実験室にこもって研究に余念がないだけなのですが。

 だからこそ自分のプライベートな時間までアンドロイドと関わり合いたくないと思っていました。ほんの少し前までは。

 主人にとって№21は様々な意味で特別な存在でした。
 その№21は主人とは逆に機械はもちろん人間も大好きです。というか、そこに区別がないというほうが正しいですね。
 だから日中、人間と全く会わない日でもいろいろな機会に囲まれた家の中では寂しくないし、会話にもこましません。傍から見ればかなり一方通行のコミュニケーションであっても№21は心の底から楽しんでいました。

 主人が仕事を行った後、今日も一人№21は汚れた食器を食洗機に任せて、バッチリオッケーと胸を張ります。
 床の埃は毎日定時に掃除機が勝手に綺麗にしますが、窓拭きなんかは№21がします。そもそもあまり汚れが付かない素材のガラスなのです。さらにすると言っても窓に機械をセットするだけであとは自動なのですが、その機械も№21の友達だから丁寧に対応します。その名もフクフク。№21にネーミングセンスはあまりないのでした。
 そんなことは関係なくフクフクを正しく扱いさえすれば窓拭きは失敗がありません。けれど№21が取り扱いを誤れば、友達フクフクを傷つけることになるので慎重に、慎重に取り組みます。
 だからとても時間が掛かりました。とてもじゃないですが毎日はできないほど。そしてたまにしかできないくらいが本当にちょうど良い間隔だったりします。

 洗濯も衣類を集めて洗濯機に頼めば、ミスの多い№21でも大丈夫。ただし余計なことをしなければです。
 洗濯機にバサバサと洗濯物を放り込みながら話しかけます。

「文明ってスバらしいー」

 その最たるものが№21なのですが、本人にあまり実感はないです。下手をすると家電を尊敬している時さえあるくらい。
 №21はせっせと手を動かしながらもおしゃべりも止まりません。

「歴史が違うから仕方ないよねー、アンドロイドなんて家電の歴史からするとひよこくらいで、洗濯機なんて鷹くらいかな。あれ、鷹ってそんなに長生きだったっけ。じゃあ恐竜くらいかな。でも絶滅しちゃってるもんなー、ってことは印刷機が恐竜かな。自宅に持ってる人もういなくなっちゃったって聞いたことあるし。紙媒体なんて貴重だもんね、保存も難しいってドクターが言ってたし。でもドクターは紙でできた本ってのをいっぱい持ってるもんねー、お金持ちの証拠だよねー。それを僕にもスキャンさせてくれちゃうんだから、優しい。ドクターはなんて優しいんだ!」

 ムフフと笑う№21を見ているものは稼動中の家電達だけでした。
 真面目に洗濯を続けるそれの前で独り言を続けていると、家のチャイムが鳴りました。

「あっ、もう荷物が届く時間なんだ」

 玄関の扉を開けると定時配達のコンテナが待っていました。人は誰もいません。

「今日は少なめだ」

 №21が手をかざすとロックが外れ蓋が開く。

「いつもご苦労様です」

 返事をするものはいないですが、コンテナにお辞儀しました。
 そこから荷物を取り出すと、コンテナは静かに道路に返って流れに乗り次の目的地へ向かって行きました。

「バイバーイ」

 見えなくなるまでコンテナを見送って、下ろした荷物と向き直ります。

「先に洗濯物干しちゃおっかなー、荷物の整理はその後だ」

 №21は荷物をそのままにして、洗濯機が止まるまで眺めます。通常のモードにしておけば、乾燥をしシワまで伸ばしてくれるのですが、そこは№21のこだわりでわざわざ太陽の下に干します。

 №21は太陽も好きなのです。

 洗濯物を干し終わるまでたっぷり荷物は玄関に放置された後、№21によって主人の仕事場、岩下生体遺工学研究所に運ばれた。そこは倉庫のような場所なので主人は大抵いません。

 №21は荷を解くと自分に分かる物だけ定位置にしまい、残りはその工場に置いておくと主人が捌きます。
 この研究所は主人の祖父がその昔、人もほとんど住まない郊外に立てたのだが、時の流れで都市の方が移り変わって来てしまったのです。今や、周りは大いにシステム化された街の中でその研究所という名称も相まって建物も存在そのものが浮いたとなっています。

 高層ビルや宙を飛び交う乗り物。道路には歩かず進む道に大きさも様々な自動運転のカプセルが道の上を縦横無尽に行きかい荷物や人を運んでいます。
 土地の高騰とスペースもないことから研究所の付近に一軒家を持つ人々はおらず、マンションや人工太陽のある地下に住んでます。もちろん地方に行けば土地を持ちのどかに暮らしている人もいるのですが、祖父の時代にはここもそんなはずだったのに、こうなったのはもしかしたらこの研究所が立っているからかもしれないですね。
 なぜなら付近にはアンドロイドに関する会社が多々存在し、商業施設もアンドロイド用の専門店が並んでいたりしているからです。

 それでも、研究所が異質なことには違いないはないのですけど。
 どのビルにも光を遮られることない(主人の祖父はこの家のある一体全ての土地を持っていたので、貸し出したりする際日照権を強く主張したからです)広い庭には本物の太陽光が降り注ぎ、芝生や少し鬱蒼と茂っている庭木を煌かせています。その奥にこじんまりと佇む住居部分は平屋だが天井は高くとられ、さらにウッドデッキも大きくその面は全窓になっていました。
 その他部屋の中も全体的に見通しが良く、動くものの気配をどこにいても感じられる造りになっています。また内装やインテリアは和テイストを盛り込んだモダンな雰囲気にまとめてありました。

 その横にぴったりと隣接された施設は住居とは逆に無機質で排他的な雰囲気を纏った三階建てで、一階は工場、二階三階は実験所。実験所の設備に関しては街の雰囲気以上にハイテクノロジーでこれ以上無いというほどに整っているのですが、一階の工場に関しては、昭和と呼ばれた頃の町工場そのものを呈しておりガレージが開け放たれていることも多いため、殊更異様な空気をかもし出していました。

 一つの敷地の中にそんな真逆な建築物が密接に連立している様は珍妙で怪奇な空間に人々の目には映っているのでした。 

 しかし主人は気にも留めていません。
 稀に歴史好きの観光客がやって来るくらいで、実害がほぼ無い事もその異様さを維持することになっている一因です。
 さらにそこの対応に出てくる子どもがまたそれを助長させてもいるのです。よくみればそれがアンドロイドだと分かるのですが、子どもの姿をしているアンドロイドがいるなど現代に概念としてないため、通報されること数度、何を勘違いするのか悲鳴を上げて逃げていく人間までいるのでした。
 №21が主人に泣きながらそれを話すと、№21の服装が悪いのかもしれないと慰めました。
 №21は主人の趣向でこれまた昭和の子どものような格好をしているため、廃屋にいる子どもの幽霊にでも見えるのだろうと説明してくれました。
 それからも№21の服装が変わることは無かったのですが、№21が見知らぬ人間を出迎える時は必ず一言叫ぶようになりました。

「僕は幽霊じゃないです!」

 この建物を度々訪れる人間は、№21に顔を覚えられるまでその一言が出迎えの挨拶になっていました。№21はやはりというべきか人の顔を覚えるのも苦手なので余程短期間に頻繁に訪れない限り初対面の人間をすぐに覚えることはありません。それでも一度覚えてしまえば、どれほど期間が空こうとも忘れてしまうことはありませんでした。
 あまり来客は多くない家だですが、それでも数日に一人や二人やってくる客人はいます。その対応をするのも№21も役目です。必ずと言っていいほど失態を披露していますが、それに機嫌を損ねるような客人は主人によって二度と来訪することは許されなくなっりました。
 主人が強く我を通す人間であるため、№21の些細なミスも大らかに受け止められないような人間とは相対することも面倒だと考えているからです。結果的に辛抱強く粘りのある人間か、どこか少し変わっている人間だけが№21に顔を覚えられることになっていました。


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