フィリピン放浪記

kenta452002

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第2話 フィリピン最南端。過疎の港町スラム地区!ガキんちょ達との凄惨な戦いが始まる。(4)

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彼女(ジョイの姉)の頭の中では、常日頃から麗しい蝶が舞い踊っているとの事でした!?昼夜を問わず四六時中、彼女の意識は夢の中を揺蕩(たゆた)う夢遊病宛(さなが)らな症状。それはジョイから聞き及んでいた姉の精神状態のお話です。その表現が的を得ていたかどうかは定かではありません。
其(そ)れが如何(いか)なるモノなのか・・・
私は薬物摂取の経験が無いが故に理解しがたいお話でした。

フィリピンはあらゆる場所に薬物が蔓延(私の周りに限って?)。私が旅した大凡(おおよそ)4年間。あらゆる場所で私は其(そ)の被害を被(こうむ)りました。
薬物による影響なのか常軌を逸した者達の暴挙。時には大事な所持品を奪われ、時には暴行を受け等々・・・それらの起こりは現地の方々の中毒者のみならず、同胞の日本人の中毒な方も存在しました。それは後々フィリピンパサイ地区で出会い、共に路上で暮らした『トオルさん』。彼も又重度の中毒者。私自身は、奇蹟的に其(そ)の悪魔の習性に溺れる事無く過ごす事が出来ました。その時期、軽く手を伸ばせばいつ何時でも溺れてしまえたはずの環境でした。つまりは、その悪辣な習性から私を守って下さった当時の現地の方々に、今も感謝の想いでイッパイです。

その件については追々綴(つづ)るとして・・・

さて、
毎朝5時に起床です。まるで濡れネズミの如しな、二日酔い汗だくの私を叩き起こすジョイの雄叫(おたけ)び。
「おぎろー!!!朝だどぉー!!!でっけぃ息子ぉ!!!」
8畳掘立トタン小屋の個室内を響き渡る怒鳴り声。
私は手作り粗削りなダブルベッドから軽く呻(うめ)きがちに這い出します。勿論辺り一面は蹲(うずくま)るガキんちょども。今か今かとゲーセン開店を待ち望んでいる様子。出入り口ドアを出て不規則に木板を打ち付けた軋(きし)む廊下を抜けて・・・すぐさま土間右横に設けられたバストイレ兼用スペースへと向かうのです。私が排便とシャワーを所望の其(そ)の小部屋は、勿論大家族共用のスペースです。内鍵が設(しつら)えてはおりますが・・・
勢いよく押し開けたドア。錆びれた簡素な手作りの内鍵が、軽く千切れてネジごと吹き飛ぶ始末。バストイレ兼用のスペース奥の狭い空間。その便器の横に深々と埋(うずく)まる姿勢で私を睨みつけるジョイの末の妹。高校生のアップルです。素っ裸で蹲(うずくま)り両の腕で前を隠しながら大声を上げた。ギャッ!!!と叫ぶなりビサヤ語で私に捲(まく)し立てる。恐らくは出ていけとかそんな処(ところ)でしょう。勿論(もちろん)それらは私が狙い定めた所業ではありません。無意識の内の不可抗力。偶然が起こした絶妙及び悪しきタイミング。面食らう私はそのままのダラケ切った二日酔いの姿勢でキッチンへと向かう。破廉恥(ハレンチ)極まるノゾキ事件を窺(うかが)い知る3人のジョイの弟たち。ゲタゲタと大笑いの声を上げて私に「グッモオニン」と朝の挨拶。お酢がベースの野菜スープと簡素な堅パンとマンゴージュースを思い思いの定位置で啜(すすっ)ている。彼ら3人は共々に無職です。内ふたりは妻子持ち。金銭には無頓着に見えるのだが、時折思い立ったように闘技用のクモを採取し何処ぞの寄り合い所で売り捌(さば)いている。ジョイの母親は数分前に市場へと出掛けたようだ。毎朝、野菜だか何だか南洋の種々雑多な食べ物を市場の通りで茣蓙(ござ)に積み上げ売り捌(さば)いている。
私は暫(しばら)くの間キッチンのプラスチック製椅子に深々とモタレうな垂れて待つのです。先ほど起きたノゾキ事件の被害者アップルがシャワーを終えるまで・・・やがて毎朝の習慣の一連の流れを終えて・・・。
私はスラム住人達が集う些細な広場へとひとり向かいます。私を見つけた幾人かのガキんちょどものシュプレヒコールが沸き起こる。彼らは口々に叫びます。『オンゴイ!オンゴイ!』と。タガログ語の意味はゴリラ。何故私をゴリラ呼ばわりするのかは以前記述した通り。屈辱極まる毎朝の私の哀れな風景。お察し頂ければ幸いです。些細な広場の片隅に一軒の掘立トタン小屋の出店。私はそこで通例となった出来立てパンを数個買います。これがまた尋常なく旨い。旨すぎるくらいの程よいフワフワ感。コーヒーと共に流し込む私の唯一至福の時。付かず離れずのガキんちょどものコールは続きます。「オンゴイ!オンゴイ!」と・・・



         

稚拙(ちせつ)極まる仕上がりですが描いてみました。ゲーセンモドキの私の部屋に備えられた傷み崩れかけの木造りテーブル。其処(そこ)にペタリと腰掛けて日がな一日ボンヤリ眺め過ごすジョイの姉。其(そ)の姿は異様な空気を醸(かも)していました。ゲームプレイの画面を眺めるとも無しに眺め続ける。それは年端も行かないガキんちょ達も、何やら肌で感じている様子。これは触っちゃいけない大人の中のひとりだと・・・
何故なら、ガキんちょ達の中で誰一人として彼女に語り掛ける者はいませんでした。悪童『ケンジー』を除いては。
『迷惑ではありません。何時でも気兼ねなくいらして下さい!』と言えば嘘になる。あの時の私の正直な心持ちでした。

ジョイの大家族の中で最も子沢山の薬物中毒の姉でした。悪童『ケンジー』は(そ)其の子供の中のひとりです。悲しい事にケンジーの父親は不明との事(どうやらパートナーはヒトリやフタリでは無い様子。ジョイ情報です。余りに哀れ極まる事ですが・・・正気を失ったうら若き女性を慰(なぐさ)み者とした、当時のスラムにおける多くの悪辣で不運を掲げた男たちとの病んだ交わり。それは引き返せない悪運だとのジョイから聞き及んだ情報でした。ただ事実関係は定かではありません。)
成れの果ての成されるがままに、家族も気が付かぬ間に妊娠していた事がシバシバだったらしく、私は当初、そんな彼女を無意識に軽蔑していました。基(もとい)、いやいやハッキリと意識し軽蔑していた筈でした。何故なら私は、出来るだけ彼女と視線を合わさず其(そ)の存在を無為に打ち消し避けていました。

粋(いき)がった私のクンシ アヤウキ ニ チカヨラズの心持ちです。

此処(ここ)数年数か月。何をするでも無く・・・育児は勿論の事、炊事・洗濯・掃除。何ひとつ彼女は手に付かずな佇(たたず)まいだったとの事。
一日中テレビの前に陣取り、独り言、そして禁断症状が高じると大声で喚(わめ)き散らし目にするモノを叩き壊す。
ジョイの母親を筆頭に大家族の苦悩は本物でした。

しかしそれは、私がゲーセンモドキをスタートする迄(まで)のお話しです。振り返るに、もしかしたら彼女。辛い禁断症状を抜け切る間近の余りに良いタイミングの状態だったのかも知れません。定かでは無いのですが・・・
その事の起こりに付いて綴(つづ)ります。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



私が相変わらずガキんちょどもの対応に追われていた或る昼の日中。3台のパソコンがフル稼働の連日超満員で人気の我が個室。その玄関口です。彼女が虚ろな目で揺蕩(たゆた)うように私を伺っていました。
『又来やがった。ウンザリなんだよ!出てけ!こん畜生め!!!』
忙しさも相まったストレス超過気味な私は心の中で叫びました。相手をする余裕など無いのです。彼女より先に発狂しそうな心持ち。
僅(わず)かの後。
「タロ・・・」
彼女が利き腕を小さく伸ばし、始めて私の名を呼びました。
「タロぅ・・・★○▼▽▲△■!!」
さっぱり分かりません。
「★○▼▽▲△■!!」
彼女が指差す方向を伺うと・・・
乳幼児を負(お)ぶった5~6歳の女の子がひとり。其(そ)の女の子の背中がゲロまみれ。どうやら乳幼児が吐いたらしく・・・
乳幼児を背中に縛ってあやすガキんちょは辺りで普通に見かける光景。ただ其(そ)の女の子はゲロなどお構いなしに夢中でゲーム画面に見入っていました。
『あううゥ』と力なく呻(うめ)くだけの無力な私。辺りを漂う酸っぱい臭気と熱気に包まれ只々(ただただ)天を仰ぐ私。どうやったらこんな大量のゲロを吐けるのか???女の子の足元の床もゲロまみれ。私は部屋に備えられた古布をベッドの裏手から引きずり出そうとした、その時・・・
一瞬の間姿を消していた薬物中毒の彼女が、母屋から持出したモップでゲロに塗(まみ)れた床を微(かす)かに震える両腕で・・・しっかり拭き出し始めた。私は彼女に軽いジェスチャーで両手の平を向けて静止を促(うなが)します。『良いからほっといてくれ』と心で(つぶや)きながら・・・
意思の疎通が難しいと判断した後でした。思い余った私は思わず彼女に告げました。
「クールダウン。クールダウン」と・・・
まったく的外れな私の英語。
「クール?ダウン???」
やがて彼女は自身を指差して、
「クールダウン・・・ミィ?」
突然の彼女のバカ高い笑い。アハハハアハハハハっと大声で正(まさ)に痴呆者さながらに笑い出しました。彼女は何を理解し、はたまた何を理解出来なかったのか!?今だ定かではありません。私が彼女に告げたかった事。それは・・・『どうか、無理しないで』と言った具合のはずでした。

当時のゲロ事件の其(そ)の日の宵の刻。
確か深夜12時を大きく過ぎた時刻です。我がゲーセン及び映画館モドキ部屋にジョイが戻って来ません。又、何か問題発生か?と心配な心持ちの私でしたが・・・
私は我が個室のテーブルに腰掛けて其(そ)の日の自身にご褒美。つまりはジョイの小売店から買い上げてた、フィリピン産ビール『レッドホース』の中ビンボトルを呷(あお)ります。ツマミは劇的に旨い淡水魚のテラピア。カラカラに揚げたフライ仕上げ。小粒のカボスを絞り満遍(まんべん)なく魚肉に漬(ひた)すのです。今だ忘れられない極上の風味。母屋の方でジョイの家族達が大声で笑い合う声が此方(こち)らまで漏れてきます。ジョイの何時(いつ)ものゲラゲラな笑い声も・・・
どうやら何か愉快な事件があったのでしょうか?ひとりの私は一抹の寂しさを感じました。今だクッキリ記憶に焼き付いてる。
僅(わず)かの後々。
ジョイが半泣きの涙顔で戻って来ました。
「ありがとうございましたァ!タロ」
驚いた事に丁寧極まる敬語。
「何が・・・あったァ!?ジョイ!!!」
「ありがとうございましたァ!!!」
違和感だらけの驚きの言葉。感謝の言葉を繰り返すジョイ。ジョイらしからぬジョイです。『薬物中毒の姉が昼間ゲーセン部屋で床掃除をしていた』という些細な事のように思えたのですが・・・
数年間はたまた数か月。何ひとつ手に付かずだったジョイの姉。それは大家族にとって余りに幸福な大事件だったらしいのでした。
・・・そんな大袈裟(おおげさ)な。
私の心の中の呟(つぶや)きです。
私は何ひとつ特別な事などしていない。1ミリも感謝される云(い)われはない!反(かえ)ってあの姉に反感すら覚えている。今だ私は彼女の存在を受け入れがたい想いのままなのです。

ただ・・・既に前述した、もしかしたら彼女。辛い禁断症状を抜け切る間近の余りに良いタイミングだったのかも知れません。

その後、彼女(シャブ中の姉)は何を閃(ひらめ)いたのか、私のゲーセンモドキ部屋に居座り続けました。
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