ムカデちゃん百鬼夜行

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呪術者達

"耳屋"

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新宿に着いたゲンジとムカデちゃんの二人は、バイクを適当な場所に駐車すると歌舞伎町に向かった。

 新宿歌舞伎町、言わずと知れた日本一の歓楽街である。
 二人は先ず、新宿に生業を持つ”耳屋”の元に向かった。

 耳屋とは、各地の都市に根をはる呪術的探偵業の様なものである。
 人によっては便利屋の様にアンダーグラウンドで魔術具を売ったり、色々な家業を行なっている者もいる。その歴史は古く、遡れば平安京の時代の都の民間呪術道へつながるのだ。

 ここ、新宿の耳屋は所謂街の情報屋のような事を専門的にやっている。
 歴史的には民間の呪術によっているので官製魔道の陰陽師とは連携を取っていない。ゲンジ達の声聞師とは近い間柄で陰陽師達よりかは情報の交換が出来る。

 ゲンジ達は市役所通りの裏の道を通り、ある雑居ビルへと足を踏み入れた。

 何十年も前から立っているビルで全体的に古ぼけている。
 一階にはしなびたバーやパブが入居している。入ると階段の手前にあるスペースには、訳の分からない政治団体のビラやライブのチラシなどが所狭しと貼り付けられていた……
 奥からは、外人がデカイ声で喋る音が聞こえる。それが、何語かはわからなかった。
 とにかく怪しさ以外の何物もない空間である。

「確か、ここの二階にあったはずだ」

 ゲンジはそう言ってビルの奥へと足を進める。
 エレベーターは付いてないのだ。
 ゲンジはこんな怪しい場所にムカデちゃんを連れてきたのを少し後悔した。

 「滅茶苦茶怪しさ爆発してる場所ヤサだぜ」

 すると、上階から一見してコワモテのとてもカタギではないおじさんが降りてきた。

「ヤクザ! ヤクザ!」

 ムカデちゃんはおじさんに向かい指を差して喚きだした。

「コラッ駄目だろムカデちゃん!」

「チャカ! チャカ!」

「……ッ!」

 マズイと思ったゲンジはすぐに頭を下げた。

「すいません……」

 おじさんは、一瞬怖い視線をゲンジに送ったが行ってしまった。

「ムカデちゃん! いい加減にしろ、おじさん怒ってただろ!」

「ププーッ!」

 ムカデちゃんは無邪気に口を手で押さえて笑っている。

「ププー、じゃねぇよ。マジでやめてくれよな!」

 二人は二階に行くと、看板も何も下げられていない部屋の前に立つ。

「確か此処だったよな……」

 この雑多なビルに、インターホンだけしかない無愛想な鉄の扉だけがポツンとあった。

「もしも~し!」

 ピンポンを押してゲンジは部屋の応答を待った。
 しかし、返事がない。

 すると、ムカデちゃんがピンポンを連続で押しまくる。

「駄目だって! やめろよ!」

 だが、インターフォンから声がした。

「誰……」

 女の子の声だった。

「あの、春原占術堂の者なんすけど……」

 すると、扉が開いた。

 中には背の低い黒いボブカットの着物の少女が居た。

「女の子……?」

 おかっぱの少女は、少し面倒そうな顔でこちらを眺めている。しかし、少女はムカデちゃんをその目で確かめると、表情の少ない顔に若干の動きが見られた。

「春原占術堂……春原ムカデ…」

「ッ!?」

 ゲンジは少女がムカデちゃんを知っている事に驚いたが、耳屋と名乗る昔からの情報屋なら当然かとも納得した。何故なら、ムカデちゃんは官製、民間、問わず呪術者の間では特別な力を持ち畏敬されているからである。 

「荼枳尼天だきにてんの神堕士かみおろし……」

 ムカデちゃんはアホみたいな顔をして呆けている。

「まぁ、近くこういった客がくると思っていた……入りなさい」

 そう言われると二人はおかっぱの少女に部屋の中に招き入れられた。少女はゲンジ達とそう歳は変わらなそうな雰囲気であった。着物を着ているが、顔立ちはまだ若い。しかし、怖ろしく無表情であった。だが、整った顔の部位は人形の様な作りである。無機質な美しさを持ってると言っていい。

「へぇ、こんな女の子がやっているなんて思わなかったよ」

「此処のオーナーは父よ、私は助手の様なものよ。

 部屋には積み上げられた本や書類が束になっている。
 客間にも何やら怪しげな仏具や調度品、掛け軸などが散乱としている。
 壁紙はボロボロの紫色で、遮光性の高い厚手のカーテンは締め切りになっている。

「ソファにでも座っていて……」

「あぁ……」
 ゲンジは居心地の悪そうに古い三人掛けのソファに腰掛けた。
「わぁーい」
 ムカデちゃんは、そんなゲンジのもとにダイブしてくる。

「グハァ! コラァ、何ふざけてんだよ!」

「ぶーーーーーん!」

「あまり五月蝿くしないで貰えるかしら……」

「すまねぇ、俺は春原ゲンジ、そしてムカデちゃん……は、知っているみたいだな」

「私は”耳屋”のアサクラマリカよ。えぇ、有名ですもの。あの怖ろしい夜叉神の加護を受けている少女……春原ムカデ」

 マリカはそう言って怪しく笑んだ。

「うちのババァ……いや、師匠の所に来た案件なんだが、どうやらアンタ達の住むこの街の事件ななんだ! 知っている事があったら教えて欲しい。篠田秋美という女の子が歌舞伎町で行方不明だ」

 ゲンジは自分たちの資料を見せようと、ムカデちゃんの背負っているデイパックを開ける。
 すると、マリカは手を出して制した。

「要らないわ、何故ならそんな物、私達には必要ないから……知っているわよ? その子の事は」

 マリカは平然と言いのけた。

「マジか!? 教えてくれないか? 頼むよ」

「なら、お金を頂くわ? でなければ相応の物を用意して頂戴……」

 ゲンジはそれを聞くと財布を取り出した。

「……150円とレシートしかねぇ」

「金無し! 金無し!」

 ムカデちゃんが笑う。

「はぁ……なんで貴方達の様なものを寄越したのかしらマダム・ヴァルヴァラは」

 すると、ムカデちゃんは部屋の中をキョロキョロと見回すと二つのサイコロを目ざとく見つけてそれをなぶり出した。

「そうね……じゃあ、それを使ってゲームをしない?」

「ゲーム? 何だよ、それ」

「数当てゲームよ、サイを振り、二つの目が合計で奇数か偶数かを賭けるの。どう?」

「うーうー……あーッ!!」

 なんとムカデちゃんは立ち上がり、それを承諾するかの様な態度を取った!

「ダメだ! ムカデちゃん! 相手が相手だ、イカサマを仕込んでる可能性がある!」

 ゲンジはムカデちゃんの腕を引っ張る。

「だいじょぶ! だいじょぶ!」

 ムカデちゃんは自信たっぷりであった。

「あら、イカサマとは失敬ね……貴方達の様なガキの使いに時間を割いてあげようというのに。嫌なら帰ってヴァルヴァラを連れて来なさい。貴方達とは交渉はしないわ」

 マリカはそう言うと口元を綻ばせた。

 何か狙いがある……

 ゲンジは咄嗟にそれを思った。
 相手は一筋縄ではいかない情報屋である。タダで此方に味方する筈はない。だからと言って、こんな相手の陣地で仕掛けられた勝負事など受けても、いい様にまんまと転がされる恐れがある。

 まずい状況である。
 しかし、恐らくこれはヴァルヴァラも分かっていて、ゲンジを試していると言えよう。
 ここでまんまと逃げ帰る様では、後で何を言われるか分からない。
 すごすごと帰る訳にはいかない……ゲンジはそう思った。

「あうあー!! ムカデしょうぶやるー!!」

「……なら偶数か奇数か選ばせてあげる」

「丁半博打か……?」

「いいえ、違うわ。二つのサイが先に二回連続で出た方が勝ちよ。ホラ? サイコロを隅から隅まで調べてくれても構わないわ。どうぞ」

 ゲンジとムカデちゃんは、二つのサイコロを渡されると、それを色々な角度で見たり部屋のあかりに透かしたりしたり、実際にテーブルで降って回してみたりする。サイコロは通常の小さな物ではなくやや大振りの物であった。
 ムカデちゃんは妙に楽しげにサイコロを弄っている。

「じゃあ、一度試しに二人で回しましょう」

 勝負なしの試しのゲームである。

 マリカはムカデちゃんへとサイコロを渡す。

「どっち?」

 ムカデちゃんはピースサインを出して偶数を選んだ。

 二回続けてサイコロの目が偶数になればムカデちゃんが勝つ。逆に二回続けて奇数になればマリカである。続かなければ次に持ち越される。

「そうね、ゲンジ君? 貴方がサイを振っていいわ私が降ればイカサマだと勘ぐられてしまうもの……」

 それが逆にゲンジには怪しく感じさせた。
 やはり何か企みがあるのではないか……?

 しかし、一度勝負を受けてしまった以上は引き返せない。
 今更どうこう言っていられない。

 だが、ゲンジにはある考えがあった。
 それはムカデちゃんに掛かっている。

「そういや、勝てば俺達は情報を貰えるが、負けた場合はどうなるんだ?」

「えぇ、まぁ、なんて事ないわよ。暫く貴方達を良い様に此方わたしたちで使わせて貰えればいいわ」
 マリカが薄く笑った。

「タダ働きってことかよ」

「まぁ、こういう所で私達は情報を得たり、物や金銭を得たりしているのよ。仕事よ、これも」

「へっ、耳屋てのは逞しいもんだな」

 そう言うと、ゲンジはサイを振った。
 出た目は2、3、合計は5。つまり次に合計で奇数が来ればゲンジ達の負けという事である。

「ゲンジー!」
 ムカデちゃんが叫ぶ。
「くっ次は……」

 次に偶数が来れば持ち越し、奇数が来れば負けだ。

 これは試しのゲームだが、ゲンジの手に汗が滲む。

「どうだ!!」

 ゲンジの手からサイコロが振られる。

 コロコロと転がりながら、古いサイコロが転がる。

「……よし! 4、4で合計8で偶数、流れたぞ!」

「そう、そう言う事……勝手はわかったわね? それじゃあ勝負、しようかしら……ね?」

 次からは本番である。
 二回連続で自分の選ぶ偶数がでれば勝ち、二回連続で奇数が出れば負ける。

 サイコロを降るのはゲンジである……
「よし、行くぞ!」

 ゲンジはサイの目を振った。

 テーブルに転がる二つのサイコロ。

 それはコロコロと転がりながら目を定めた。

 4、3の7。奇数である。

「あううー、ゲンジー!!」

 ムカデちゃんの責めるような視線がゲンジには痛かった。

 しかし、次は持ち直し、偶数の目が出た。

「やっった!! 救われたぜ」

「ゲンジー!」

 ムカデちゃんがゲンジに飛び付く。

「やめろよっ! 離れろよ」

 シャンプーのいい匂いが、ゲンジの鼻をかすめる。これは女の子特有の匂いである。当然であるが、野郎が女物のシャンプーを使ってもこの匂いは発生しないのだ。ゲンジはうなじ辺りから漂うムカデちゃんの匂いにボー然となるも、現在の状況に頭を戻す。
 今は勝負中である。

 次の勝負は先にゲンジ達の偶数が決まるも次手で奇数になり勝負は流れた。

「!?」

 ゲンジは目を擦った……

 おかしい。

 今、一瞬サイコロの目が動いた……いや、目自体が移動したのだ。
 何か軟体動物のようにサイコロが一瞬しなった様にも見えた!

「待った!! マリカ! サイコロを確かめる! 今動きやがった」

 マリカは表情一つ変えず手で「どうぞ」とジェスチャーした。

 何か仕込んでいるに違いない! ゲンジはサイコロを手繰り寄せるとサイの目を指で弄り出した。

「材質はなんだ!? 象牙かなにかか?」

「いいえ、牛の距骨くるぶしの骨よ」

 ゲンジはサイコロを食い入る様に見つめながら、弄り倒すが異常は見当たらない。

「チッ、おかしい! さっき絶対にサイコロの目が動いた!!」

「ふふ、でもそれを証明出来なければしょうがないのよ? 私が何か仕掛けた証拠が提示出来ないのなら勝負を続けましょう……」

 それを言われると、ゲンジは何も言えなくなった。

 だが……もし、今自分達が呪術的な攻撃を受け、この勝負をしているとすれば……

 そろそろ反応して来れないか……?

 ゲンジはそう心の中で呟きながらサイコロを振った。

 3、2、で5。マリカの勝ち。

 次の勝負!

 ゲンジは際を振った。

 サイコロが転がる!

 4、4、偶数で勝負は流れる……か、に見えたが。一つのサイコロの目が動いた!
 4、5、奇数になりマリカの勝ち

「!?」

「あー!」

 ゲンジは際に手を出そうとする、しかし、マリカにその手を鋭く弾かれた。

「くっ!!」

「勝負ありよ、私の勝ち。先程はあなたはサイコロを丹念に調べた筈よ! 貴方達の負けよ」

「いや、おかしい!! あのサイコロはやっぱり何かあるとしか思えねぇ! 目が動いた!!」

 ゲンジが抗議するが、マリカはほくそ笑みながらゲンジの手を掴んで離さない。
 小さな体躯の少女であるが、意外と力は強い。

「あーあー!」

 その時、ムカデちゃんがサイコロを両手で拾い上げた……!

「ムカデちゃん!」

 ゲンジがそう叫ぶと、いつの間にやらムカデちゃんの背後に現れた白い影がゲンジを睨めた。

 赤黒い、眼球を以って。

「!?」

 マリカはそれを見ると、いつの間にか自分が冷や汗をかいている事に気付いた。

「来たか……荼枳尼天ッ! 最強の夜叉神……!!」

 ムカデの背後で蠢く影がギラリと凶悪に笑った。 
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