水底からみる夢は

小雨路 あんづ

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第四話 戦闘奴隷

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「失礼だけど、ほんとうに戦闘奴隷なの? なんていうか、美人すぎて愛玩奴隷にしか……」
「気持ちはわかるけどな。こいつのきん持で気味悪がられて客が寄り付かなくってな。こんな端まで追いやられちまったぜ。それに、そもそもお嬢ちゃんはかね持ってんのかい?」
「お金ならあるわ。そうね……百ローナでどうかしら」
「お嬢ちゃん、馬鹿言っちゃいけない、三百ローナだ」
「さっき暴言を吐かれたわ。百二十ローナ」
「おいおい、そりゃあ謝っただろう? 二百八十ローナ」
「しつけは奴隷商人の仕事でしょう? 百四十ローナ」

 きん持。それは金色の髪を、特に白金の髪を持つ者をさす単語だ。
 売れる前にエルフに礼儀を仕込むことも、奴隷商人の仕事だ。間違っても客相手に皮肉や暴言を吐くようなエルフを店頭に並べておくのはいかがなのかしらと視線で問えば、それにたじろいだように奴隷商人が一歩後ずさる。さすがに二百八十ローナはふっかけすぎだと思ったのか、今度はだいぶ値段を下げてきた。

「こいつを捕まえるために奴隷狩人が十二人犠牲になったんだ、二百ローナ」
「わたしには関係のないことだわ百六十ローナ」
「……あー……、違いねえな。わかった、百六十ローナだ。その分返品はなしだぜ」
「ありがとう、おじさんが話の分かる人でよかったわ!」

 ぱっと明るく笑ってみせたアンルティーファに、奴隷商人は黄ばんだ歯を見せながら怒ったような笑ったような何とも言えない顔をした。なおもにっこりと笑ってみせたアンルティーファにやれやれと言わんばかりにしわしわの手を出して、金をせびる。
 斜めにかけたポシェットの中から銀貨に紛れて三枚だけある金貨のうちの一枚をとりだし、銀貨を六枚数えてその手のひらの上に乗せる。

「へへ、金貨だなんてお嬢ちゃんは金持ちだね」
「……まあね」

 これらのお金はルチアーナがいままでアンルティーファのためにと溜めていたお金と、ルチアーナを轢いた馬車の持ち主から届けられたお金をあわせたものだった。その金貨がゆっくり見分されるのを見ながら、アンルティーファはきゅっと唇を噛みしめた。金貨四枚だ。それが、ルチアーナを轢いた貴族の馬車から届けられた金額だった。たった金貨四枚が、ルチアーナの命の値段だった。急激にその時のことを思いだして足元がふらつきそうになったが、自分には大事な使命があるのだと、信条を曲げてまで果たさなくてはいけないそれがあるのだということに足をしゃんとさせる。
 やがて銀貨六枚も見分し終わった奴隷商人からテントの奥に手招きされた。近くによると加齢臭がしてどこか懐かしい気持ちになる。祖父祖母など、父方母方どちらも会ったことなどないというのに。そこで奴隷商人が首から下げた革袋の中からかがんで一枚の厚紙を見せてきた。きっと光に透けてエルフ側に見えないようにという配慮なのだろう。

「これだ……覚えたか?」
「……ええ、大丈夫」
「じゃあ燃やすぞ」

 ニニ三九と四桁の番号が書かれたそれが、あのエルフを縛っている首輪の暗証番号なのだと教えられ。覚えたと言えばその書かれた文字は即座に燃やされた。戦闘奴隷だというエルフは振り返って鋭い眼差しでそれを見つめていた。おいでと手招きされてちょこちょこと後をついて行けば、奴隷商人がエルフの首輪から鎖を外した。エルフの女性が立ち上がる。

「これでこいつはお嬢ちゃんのもんだ」
「その首洗って待ってなさい、いつか殺してやるわ」
「わかったわかった、楽しみにしてるよ……お嬢ちゃんさっきの暗証番号、こいつには知られるなよ」

 薄氷のように鋭い笑みを浮かべながらの物騒なエルフからの挨拶に片手を上げて受け流すと、奴隷商人は再度念を押して、頷いたアンルティーファたちが去るのを見届けながら。やっと売れた不良品にほっと肩の荷が下りて力を抜いて。懐から煙草を一本取り出すとマッチをかすかしゅっと手慣れた様子で火をつけてテントを片付ける前の一服を始めたのだった。
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