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第十二話 野盗
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「どどどど、どうしよ」
「どうするの? いまなら引き返せ……ないわね。気づかれたわ」
「ええ!? う、うーんと。えーっと、フラン、戦える?」
「……それは命令かしら?」
「え」
やがて剣戟の音がしなくなり、馬車の横にだらんと血まみれの手がうなだれたようにたれるのを見ていたフラン。普通は盗賊がでたら一目散に逃げて森や木に馬車を隠してやり過ごすのが普通だ。そしてアンルティーファの場合、旅籠に入ってやり過ごすのが最善策だろう。きょろきょろと辺りを見回すがここは枯れ木に岩や石しかない荒野のど真ん中。辛うじて土が固く踏み固められ道らしくなっているところを街道と呼んでいるだけに過ぎない。それに目と鼻の先に見える十台馬車が入れる旅籠はすでに鉄門が閉まっているし、昨日アンルティーファが泊まった旅籠からは目先の旅籠を見るに二百五十ホールは後ろだ。
しかもアンルティーファが迷っているうちに気付かれてしまったらしい。ぐるぐると回っていた人馬が一瞬動きを止め、こちらに向かって即座に土煙を上げながら駆けだしてくるのがわかった。
このままでは襲われる。そんなことフランだってわかっているだろうに、面倒くさそうにフランは御者台に座ったまま問われて硬直しているアンルティーファを見下ろした。逆光になり、視界はフランの白金色の髪に輪郭を惑わされよく見えなかったがそれでもどこかこの状況を楽しむかのようにフランは笑っている気がした。
「で、どうするの? 夜に言ったでしょう? 冷酷な支配者であれって」
「いや、いやよ。だって、友達は友達に命令なんかしないわ!」
「言ったでしょう。お前と私は友達なんて無理だって」
「う……うー!! 行って! 戦って! じゃないと泣いちゃうんだから!!」
「……簡単なことでしょう? 『わたしはお前の暗証番号を握ってるんだ、行かなきゃ苦痛をもたらす』と言えばいいだけなんだから」
「いやなものはいやなの! う、うう……」
ひどく楽し気なフランの囁き声が風に乗ってアンルティーファの耳に届く。その言葉の意地悪さにもうすでに半泣きの状態になりながらもがくがくと恐怖に震える手で手綱を握りながらアンルティーファがそう言えば。まるで幼い生徒を諭す教師のように甘い声が上から降ってくる。
それでも、ルチアーナから引き継いだ自分の信条を曲げてまでも奴隷を購入してなお。そこだけは絶対に譲れない一線だった。『お友達になりたい』その言葉に偽りはなく、友達は友達を脅したり命令なんかしない。断られてもいいお願いをすることはあっても。だから冷酷な支配者にはなりきれないアンルティーファは、必死でお願いをしていま断られて。
滲んできた涙にぎゅっと目を閉じれば、ぽろりとその透明な涙が目じりを伝って木造の御者台の足元に落ちる。その様子を見ていたフランは首をすくめて、大きくため息をつくと。
「……わかったわ、とりあえずは助けてあげる。もうあの奴隷商人も逃げてるだろうし。感謝なさいね」
フランが自由になるには暗証番号が必要だ。しかしアンルティーファがフランを自由にしなくても、暗証番号を知っている奴隷商人を脅せばすぐに吐かせることができる。だからそうならないため、奴隷商人は奴隷……特に戦闘奴隷を売った後は早々にテントを片付けて遠くの町へと逃げることを繰り返すのだ。
フランは泣きべそをかき始めたアンルティーファをひどく面倒気に眺めてから、ふわりとまるで体重を感じさせない動きで御者台から緩やかに荒野へと降り立つと。アンルティーファの箱型馬車に向かって砂埃を上げながら駆けてくる五騎の人馬を迎えるようにアンルティーファの馬の前に立つ。左手のひらを太陽にかざし、それを掴むようにぎゅっと握る。御者台にいて、しかも涙目だったアンルティーファには見えなかったがフランの紅唇は楽しそうに弧を描き、目じりは下がる。
そうしていると、フランの左手のひらに向かって周囲からきらきらとしたものが集まり始めていた。光の粒子とでも言えばいいのだろうか。それはあっという間に凝縮し、細長い部分と弧を描かく部分に形作られ、白亜の弓へと変化した。
しかし矢がない。それを見たのか、フランに向かってきていた盗賊たちは下品な笑い声をあげながら今夜の慰み者にできる上質な女奴隷にいやらしい笑みを浮かべていた。
そんなことは知らないとばかりに、矢がないまま狙いを低く馬の足に定めて。ぎしぎしとしならせたそれから、ぱっと手を離せば。整列していたわけでもない、むしろ矢じりの形に広がって陣形をとっていた五騎の馬の前足後ろ足がひゅんっと透明ななにかが通り過ぎる音とともに切断される。それはまるで広範囲の鋭い刃に切り落とされたかのように。足のなくなった馬から盗賊たちが転がり落ちる。
それを視界にとらえると、残りはいないと思っていたがどうやらそれはアンルティーファの箱型馬車から見たためだったらしい。死角にもう一頭馬がいた。襲われていた古びた箱型馬車から出てきた盗賊はひと際身体が大きくごつかった。その頭には、地面に転がる盗賊たちと同じバンダナをしている。どこもかしこも筋肉に覆われていて思考の方はあまりよくなさそうに思えるが、仲間たち全員地面に倒れ込んでいるのを認めるや否や馬に飛び乗り我先にと荒野へと馬を走らせ逃げ出した。もう、自分が助かるだけで精一杯だとでもいうように。そんな盗賊頭の後を追うように逃げだしたのが四名、最後の一名はゆっくり立ち上がると、頭を低くして走り出し武骨な剣でフランに斬りかかってきた。
「どうするの? いまなら引き返せ……ないわね。気づかれたわ」
「ええ!? う、うーんと。えーっと、フラン、戦える?」
「……それは命令かしら?」
「え」
やがて剣戟の音がしなくなり、馬車の横にだらんと血まみれの手がうなだれたようにたれるのを見ていたフラン。普通は盗賊がでたら一目散に逃げて森や木に馬車を隠してやり過ごすのが普通だ。そしてアンルティーファの場合、旅籠に入ってやり過ごすのが最善策だろう。きょろきょろと辺りを見回すがここは枯れ木に岩や石しかない荒野のど真ん中。辛うじて土が固く踏み固められ道らしくなっているところを街道と呼んでいるだけに過ぎない。それに目と鼻の先に見える十台馬車が入れる旅籠はすでに鉄門が閉まっているし、昨日アンルティーファが泊まった旅籠からは目先の旅籠を見るに二百五十ホールは後ろだ。
しかもアンルティーファが迷っているうちに気付かれてしまったらしい。ぐるぐると回っていた人馬が一瞬動きを止め、こちらに向かって即座に土煙を上げながら駆けだしてくるのがわかった。
このままでは襲われる。そんなことフランだってわかっているだろうに、面倒くさそうにフランは御者台に座ったまま問われて硬直しているアンルティーファを見下ろした。逆光になり、視界はフランの白金色の髪に輪郭を惑わされよく見えなかったがそれでもどこかこの状況を楽しむかのようにフランは笑っている気がした。
「で、どうするの? 夜に言ったでしょう? 冷酷な支配者であれって」
「いや、いやよ。だって、友達は友達に命令なんかしないわ!」
「言ったでしょう。お前と私は友達なんて無理だって」
「う……うー!! 行って! 戦って! じゃないと泣いちゃうんだから!!」
「……簡単なことでしょう? 『わたしはお前の暗証番号を握ってるんだ、行かなきゃ苦痛をもたらす』と言えばいいだけなんだから」
「いやなものはいやなの! う、うう……」
ひどく楽し気なフランの囁き声が風に乗ってアンルティーファの耳に届く。その言葉の意地悪さにもうすでに半泣きの状態になりながらもがくがくと恐怖に震える手で手綱を握りながらアンルティーファがそう言えば。まるで幼い生徒を諭す教師のように甘い声が上から降ってくる。
それでも、ルチアーナから引き継いだ自分の信条を曲げてまでも奴隷を購入してなお。そこだけは絶対に譲れない一線だった。『お友達になりたい』その言葉に偽りはなく、友達は友達を脅したり命令なんかしない。断られてもいいお願いをすることはあっても。だから冷酷な支配者にはなりきれないアンルティーファは、必死でお願いをしていま断られて。
滲んできた涙にぎゅっと目を閉じれば、ぽろりとその透明な涙が目じりを伝って木造の御者台の足元に落ちる。その様子を見ていたフランは首をすくめて、大きくため息をつくと。
「……わかったわ、とりあえずは助けてあげる。もうあの奴隷商人も逃げてるだろうし。感謝なさいね」
フランが自由になるには暗証番号が必要だ。しかしアンルティーファがフランを自由にしなくても、暗証番号を知っている奴隷商人を脅せばすぐに吐かせることができる。だからそうならないため、奴隷商人は奴隷……特に戦闘奴隷を売った後は早々にテントを片付けて遠くの町へと逃げることを繰り返すのだ。
フランは泣きべそをかき始めたアンルティーファをひどく面倒気に眺めてから、ふわりとまるで体重を感じさせない動きで御者台から緩やかに荒野へと降り立つと。アンルティーファの箱型馬車に向かって砂埃を上げながら駆けてくる五騎の人馬を迎えるようにアンルティーファの馬の前に立つ。左手のひらを太陽にかざし、それを掴むようにぎゅっと握る。御者台にいて、しかも涙目だったアンルティーファには見えなかったがフランの紅唇は楽しそうに弧を描き、目じりは下がる。
そうしていると、フランの左手のひらに向かって周囲からきらきらとしたものが集まり始めていた。光の粒子とでも言えばいいのだろうか。それはあっという間に凝縮し、細長い部分と弧を描かく部分に形作られ、白亜の弓へと変化した。
しかし矢がない。それを見たのか、フランに向かってきていた盗賊たちは下品な笑い声をあげながら今夜の慰み者にできる上質な女奴隷にいやらしい笑みを浮かべていた。
そんなことは知らないとばかりに、矢がないまま狙いを低く馬の足に定めて。ぎしぎしとしならせたそれから、ぱっと手を離せば。整列していたわけでもない、むしろ矢じりの形に広がって陣形をとっていた五騎の馬の前足後ろ足がひゅんっと透明ななにかが通り過ぎる音とともに切断される。それはまるで広範囲の鋭い刃に切り落とされたかのように。足のなくなった馬から盗賊たちが転がり落ちる。
それを視界にとらえると、残りはいないと思っていたがどうやらそれはアンルティーファの箱型馬車から見たためだったらしい。死角にもう一頭馬がいた。襲われていた古びた箱型馬車から出てきた盗賊はひと際身体が大きくごつかった。その頭には、地面に転がる盗賊たちと同じバンダナをしている。どこもかしこも筋肉に覆われていて思考の方はあまりよくなさそうに思えるが、仲間たち全員地面に倒れ込んでいるのを認めるや否や馬に飛び乗り我先にと荒野へと馬を走らせ逃げ出した。もう、自分が助かるだけで精一杯だとでもいうように。そんな盗賊頭の後を追うように逃げだしたのが四名、最後の一名はゆっくり立ち上がると、頭を低くして走り出し武骨な剣でフランに斬りかかってきた。
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