幼女神の物見遊山観光記

ネコノミ

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 歌声がした。
 幼い少女の声で紡がれるそれは、理不尽を笑いながら『仕方ない』と歌っていた。さやかに、のびやかな歌声はどこかしみいるように僕の身体に効いていった。

 カーテンが開けられた窓はほんの少しだけ開いていて、そこから入ってくる小さい風が青い新緑の香りを告げてくる。時計の針は七時三十分を示していて、窓の向こう側に広がる空は雲ひとつなく突き抜けるように青かった。
 
 ぼんやりと天井を見つめていると、いつの間にか止んだ歌声と同時に身体を起こす。頭痛や節々の痛みは消えていて、思考にかかった靄はとりはらわれて意識がはっきりとしていた。
 
 はっと座布団を見ると<当千>はいなくなっていたけど、さっきとは違い、あの幼い女の子が<当千>に悪いことをするはずがないと確信めいた考えが明瞭とした頭の中には浮かんでいた。

 頭もとに置かれた氷の入った水差しからふせてあったコップに水を入れて喉を潤す。思わずお代わりしてしまうくらいには喉が渇いていたらしい。冷たい水が喉を通る感触が気持ちよかった。

 かちかちと時計の針が動く音以外はからんと時折氷が音を立てるくらいの静かな部屋を出ようと布団からはい出る。
 立ち上がろうとすると、若干のふらつきはしたものの普通に立てた。腕や手を曲げてみても痛いところもだるさもなかった。完全に回復したらしい。
 立ち上がってみると浴衣は寝乱れていて、崩してしまった形を一応見れる程度には整えて、握り開いた自分の手を見る

「うん」
 
 声もいつもと変わらないことを確認したら障子に手をかけて開いた。瞬間、ふわりと部屋にいるときよりも強い緑の匂いがした。さっぱりとして、これからをイメージさせるこの匂いは気持ちよかった。

 あっさりと開いたそれに拍子抜けしながらも、廊下の突き当りで左側は明るくなっていて、扉が開いているのが分かった。風が吹いてくる方向に向かって歩いていく。ぎし、ぎしと一歩進むごとに床がきしむ音に気付いたのか、あと少しというところで外に通じているだろう扉から顔を出したのはあの女の子だった。
 
 思わず足が止まる。驚いたように一回ぱちくりと瞬きすると、顔を引っ込めて<当千>を抱っこしながらゆっくりと僕の前まで歩いてくる。
 じっと僕の顔を見つめる瞳は何かをうかがっているようで、探っているようで居心地が悪くなりながらも見つめ返す。しばらく見つめ合ったころ

「キュアッ!」

 つまらなくなったのか、少女が抱えていた<当千>は一回少女にすり寄るとその腕から僕の腕の中に飛んできた。迎え入れるために腕を広げながら、飛べるということは元気な証拠で、飛行の際にもふらつきがないかの確信、抱きしめた身体は心地よい体温しか感じなくって、熱も下がったことが分かって、ほっと息をつく。
 自分の腕の中に帰ってきたパートナーに一息ついていると、少女の視線が柔らかくなった。

「痛いのな、い?」
「<当千>」
「キュア!」
「ないって」
「違く、て。君だ、よ」
「痛くないよ」
「そう。よかった、のー」

 ふわりとまるで花がほころぶみたいに雰囲気を明るくさせる少女に、こっちの目がおかしくなったのかと思って何回も瞬きしてしまう。瞬きを繰り返す僕に女の子が不思議そうに首を傾げる。
 そういえば、一度名前を聞いている気がする。あいにく朦朧としていた意識でははっきりとは覚えていなかったが確か。

「サクヤ?」
「おれ、咲也子で、す」
「僕、ツキヒ」
「ツキヒ、いいお名前、ね」

 ちょっと間違えていたがサクヤコは呼びづらいし、サクヤの方が呼びやすいからそう呼ばせてもらおうと思った。それと同時に、今まで言われたことのない言葉に照れてしまう。

 開いた扉からさあっと入ってきた風がサクヤのワンピースやケープの裾、僕がきている浴衣の裾まで揺らす。一年中雪が降り積もるあの場所とは違い、新緑の香りがすることから、もう下界は夏だったのかなんて自分でもわかるくらいずれた感想が浮かぶ。

「ツキヒ、お腹すいてな、い?」
 
 思考もそぞろな僕を空腹のせいと思ったのかサクヤが聞いてくる。別に空腹は感じなかったから、そう返事をしようとしたところ

 ぐううう

 返事よりもさきに腹が鳴いた。結構恥ずかしくて思わず視線をそらすと

「ご飯、こっち、よー」

 サクヤがどこか気遣うように袖越しにゆっくりと僕の手を引くのと、<当千>が壊れたように笑っている対比がすさまじかった。あんなに心配したのに。<当千>め。

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