泣いた邪神が問いかけた

ネコノミ

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『何処にもない部屋』

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 風呂の準備をしてから食器を洗い始める。こうすると食器を洗い終わった頃に風呂のお湯が溜まっているからだ。
 食器も洗い終わり、服やタオルの準備をしようとしたところで。

「何をしている?」
「ぺんぎんも一緒に入ろうかと思って!」
「先程入っただろう」
「びちょ濡れにされただけだもん!」

 あれはお風呂とは言わないの! 水だったんだからね! 頬を膨らませて怒っているらしきぺんぎん。
 しかしそのヒレにはしっかりタオルを持っている。入る準備は万端のようだ。

「……風呂に入ることは許可するが、一緒には入らん」
「え!? なんで!?」
「なんでがなんでなのだが?」

 何やらショックを受けているらしきぺんぎんを置き去りにして、アイルはさっさと風呂に入るため、洋服やタオルを用意している横。
 ぺんぎんが一生懸命に一緒に入ろうと粘っているがアイルはにべもなく断る。

「あいるん! 可愛いぺんぎんが溺れちゃったらどうするの!?」

 とうとう自分の命すら持ち出してきたが。

「天命尽きるならそれまでだろう」
「ひどい!!」

 取り付く島もなかった。



「やはり今日も開かないか……」

 壁に描かれた不思議な模様がいくつも絡まった扉の絵の前で、膝をついてアイルはうなだれた。御縁の本家のものなら反応するはずのこの模様が、アイルにだけは昔から反応しなかったのだ。
 誰しも、悲しみに暮れているときに後ろをほこほこと湯気を立てた風呂に入ったぺんぎんが。

「ほこほこですなぁ、ぺんぎん、踊っちゃう?」

 なんて言いながら通れば苛つくものだ。
 例に漏れず、アイルもいらっとしてぺんぎんを鷲掴みその横腹をもふった。ボディーソープのいい香りがした。
 ぺんぎんがセクハラだのえっちだの叫んでいるが、近所のいない家だ迷惑にもならないし変な噂も立たない。
 なんとなくだった。
 なんとなく扉の絵が目についてそちらを見たアイルは目を丸くした。
 縁が浮き出て、本物の扉になっていたからだ。
 あまりのことに狼狽えて、ぺんぎんを取り落としたアイル。
 ぺんぎんは尻から床に落ちたのか「ぺんぎんの可愛いお尻が二つに割れちゃう」などと嘆いていたが、元から割れている。
 ぺんぎんから手を離した途端、扉は絵に戻ってしまった。まさかと思いながらももう一度喚いてうるさいぺんぎんを持つ絵は扉になった。
 アイルとぺんぎんは揃ってきょとんと顔を見合わせる事態となった。

 とりあえず、ぺんぎんを捕獲しアイルは勝手に開かれた扉にびくりと肩を震わせる。「おばけは嫌い!」と暴れるぺんぎんを無視して盾代わりに前へ突き出して、奥に広がる闇の中へと入った途端。
 主人の帰還を歓迎するようにシャンデリアに勝ってに灯る。中はそこそこ広い、全体的に青でまとめられた窓のない部屋だ。
 ただ、三人掛けのソファー、猫足のテーブル、その上には辞書よりも分厚い本が乗っている。
 有り体に言えば、それだけしかない部屋で、特別感を出しているのはローテーブルの真上にあるシャンデリアくらいだった。

「ここなんのお部屋? あいるんの秘密基地?」
「馬鹿めが。……『何処にもない部屋』と呼ばれる、都市伝説たちの命とも呼べる命髄の函を修理する部屋だ」
「ほへー」
「間の抜けた返事をして。……まぁいい。ここに入ることが出来たのならば御縁の使命である都市伝説を消すことも出来るというもの。待っていろ、あの害悪共め」
「……都市伝説は悪くないと思うんだけどなぁ」

 喉の奥で笑うアイルは、中には入れたこと、都市伝説を消すという御縁の使命を遂行できることに喜んでいて、ぺんぎんの言葉など聞こえてはいなかった。
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