蓮華は春に咲く

雪帽子

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復讐?編

5話 マイワシは海の中で光る

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 一人で水族館に来ることがある。別に理由なんてない。しいていうなら、人が少ない時の館内の静寂な雰囲気が好きだから。水槽をぼぅっと眺めていると魚は光の方へ集まっていく。

 俺は一匹の魚。
 彼は差し込む光。

 どんなに泳いでもそこに辿り着くことはなくて、でも、じっとそこにいて、温かに照らしてくれる。何かお返しできないだろうか? マイワシはきらきらと光って群れを作り遊泳する。俺も彼の希望になれるだろうか?
 未来への予感が水中に揺蕩う。
 マイワシのいる海を想像する。太陽光を吸収した温かな海は、温度が上がりすぎてもいけないので自然が調節してくれる。心地よい海で、マイワシは快適に過ごす。そして、群れの他のイワシと一緒に皆で巨大な魚を作り、外敵から身を守る。苦難を皆で乗り越えていく。
 俺にはきっと、できない生き方だ。他人に期待をしないから期待もされない。

『もしもし、レンゲちゃーん、今日休みだけど何してる?』
「水族館です。一人で」
『あは、一人で? 今度、一緒に行こうよ』
「取材で行きそうですよね」
『休日にだよ』
「考えときます」
 電話口で上条の声がする。今、聞きたかった声だ。

『……うん、よく考えてね?』

「よく考えたんですが……もし、都合が悪くなければ、今からどうですか?」
 結果、上条は来てくれた。
「わー、綺麗だねー、来て良かったよ。水族館とか久しぶり」
 仄暗い館内。上条が水槽で踊るクラゲを指差した。
「蓮華ちゃん、昨日のことだけど」
「あの後、夜にもう一度同じ映画を見に行ったので、記事は大丈夫です」
「うん」
「クラゲ、毒があるのに綺麗ですね。……インドネシアンシーネットル?」
「……うん。そうだね!」
 今は、今はこれで良い。満たされる思いは、きっと明日の糧となるから。
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