死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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27 甘いお茶

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 ――王宮に帰ると。
 そのまま浴室に連れていかれて、頭のてっぺんから足の先に至るまで侍女達に徹底的に磨き上げられた。

 せめてお茶一杯くらい飲む時間のゆとりが欲しかったのですが、これもまあ一応王太子妃の仕事の内。
 
 なので、なされるがまま。
 どうぞお好きに磨いてくださいませ。
 ああ、でも、そこはちょっと。
 足の裏はやめてください。弱いんですの。
 
 気分はまな板の上のなんとやら。
 
 そして女官レイチェルを筆頭に、数人の侍女達の手によって名実ともに清らかな乙女となった私に差し出されたのは。
 
 一杯のお茶でした。
 琥珀色の透明な液体、馴染みのある茶葉の香り。
 けれどほんの少し……違和感を覚えた。

「喉が渇かれたかとおもいまして。どうぞお召し上がりくださいませ、フランツェスカ様」
 
「……ありがとう、レイチェル。よく気が付いたわね? とても喉が渇いていたの」

「いえ、ご休憩もなく、浴室にお連れしてしまったので……配慮が足らず申し訳ありません」

 そっとカップを持ち上げると馴れ親しんだ香りの奥に、かすかに甘い香りが混ざっていた。
 
 モルゲンロートの後継者教育の中には、毒の選別やその耐性をつけるものがある。
 だからこれがなんの香りなのか、嫌でもわかってしまう。

「ふふっ、とってもいい香りね……いつもと茶葉が違うのかしら?」

「え、はい。新しい茶葉ですのよ」

 一瞬、レイチェルの表情が強ばった。
 それを私は見逃すことができない。

 口元にカップを寄せて舌先だけを濡らし味を確かめた。

 花の蜜のような甘さの中に混ざる僅かな苦みと渋み。
 この程度の量なら飲み干しても直ぐに死ぬことはない。
 けれど全部飲み干す気にもなれません。
 
 結婚式の夜に相応しい媚薬、それと遅効性の毒。
 
 これを指示したのはフリード王太子か、それとも国王夫妻か。
 ……いや、どちらも違う気がします。
 
 王太子が用意した女官に毒を盛らせるなんて、こんな浅慮なことをするような愚か者だとはどうしても思えません。
 それにたぶんうちのクソ親父でもこんな馬鹿な真似はしない。
 ならば、いったい誰が?

 きっと私の知らない誰かが、裏でこそこそと糸を引いているんでしょうね。
 そしてレイチェルも、その誰かさんに脅されて仕方なく……といった所でしょうか?
 
 だけどそれを今考えても仕方がない、犯人がわかった所で今はどうしようもないですし。
 これから口に入るものは全て自分で調達したほうがよさそうです。

 そう結論付けてカップをソーサーの上にそっと戻した。
 
「ありがとう、レイチェル。美味しかったわ」

「あの……もう、よろしいのですか?」

 カップに残るお茶を見たレイチェルが、訝しい目で私を見る。

「初夜なのにお茶でお腹がぽっこりしている花嫁なんて、嫌でしょう?」

「あ……、そうでございますね。私としたことが大変失礼いたしました」

「ううん、私を気遣ってしてくれたことだもの。謝らないで?」

「……ありがとうございます」

 ……ああ、面倒くさい。
 私が今ここで「毒だ」と騒ぎ立てればきっと和平は壊れ、また逆戻り。
 今は多少面倒でも気付かないフリをして耐えるしかありません。

 そして初夜に相応しい薄絹の夜着に身を包んだ私は、侍女達に囲まれながらフリード王太子の私室へと向かう。
 
 夜の王宮は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 回廊を照らす蝋燭の灯りが夜の風に揺れて、どこか遠くの方で誰かの足音が響く。
 心なしか、身体が冷えてきたような気がします。
 それは夜の風にあたったせいか、先ほど飲まされた毒のせいか。

 そして長い回廊を歩いた先に見えたのは、王太子の部屋の前で不寝番をする年老いた侍女の姿でした。
 
「フリード殿下、王太子妃殿下をお連れしました」

 レイチェルの声が響く。
 侍女の一人が深く頭を下げて扉を開く。

 開かれた扉の先から、温かな空気が漏れ出てきた。
 そしてその中に立っていたフリード王太子と、ふと目が合った。

「待っていましたよ、フランツェスカ。さあ、どうぞ中に入ってください」

「お待たせいたしました、フリード」

 部屋の中に入るよう促された私は、ゆっくりと歩を進める。
 足音が毛足の長い絨毯に吸い込まれていく。

「部屋の外は寒かったでしょう? 暖炉の前で温まってくださいね。あと……これをどうぞ、とても美しい装いですがその姿では寒いでしょう」

 フリード王太子はそう言って、肌触りのいい温かなガウンを私の肩に掛けてくれた。
 用意された夜着は肌が透けるほど薄く、心許なかったから……嬉しかった。

「ありがとうございます。確かに少し……冷えたかもしれません」

「では温かいお茶を淹れますね。フランツェスカ、ミルクと砂糖はどうされます?」

「え、王太子殿下自らがお茶を淹れるのですか……?」

 王太子がお茶を淹れる?
 茶を淹れる王族なんて聞いたことがありません。

「ええ、一通り出来ますよ。これでも美味しいと評判なんです」

「砂糖もミルクも必要ありません、甘いお茶は苦手なので」

 余計な味の付いたお茶は絶対に飲むなと言われて育った。
 毒が入っていても気付けないから。
 
「そうですか、なら私と同じですね」

 手慣れた所作で入れてくれたお茶は、先ほどのお茶と違っておかしな香りはどこにもなく。
 温かくてほっとするような美味しいお茶で。

 ほんの少しくらいなら、信用してあげてもいいかもしれない。
 そう思えたのはきっと、このお茶が美味しかったから。
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