死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

文字の大きさ
52 / 68

52 投げやり

しおりを挟む
52


 ……口が滑った。
 よりによって、どうして今。
 あとで話そうと思っていたのに。

 隣に座るフリードをチラリと横目で見れば、驚いたように目を大きく見開いてこちらを見ていた。
 大きく見開かれた薄氷のような青い瞳は、信じられないとでも言っているようだった。

「フランツェスカ。あとでお話があります」

 そう告げたフリードの声には、ただならぬ圧があった。
 『絶対に話してもらう、どこにも逃がさない』という無言の圧が。

「は、はい……」
 
 そう答えた私の声は、我ながら情けないものだった。

「話し合いは大事だぞ、フランツェスカ」

 ――すると、空気を読まない男がここに一人。
 そう、それはうちの……クソ親父。
 
 自分の話を終えた途端、最悪のタイミングでそんなことを言ってきたのです。
 ……薄ら笑いを浮かべて。

「……お父様、よくそんな風に笑えますね。民が犠牲になったのに」

「だからこそだ、むしろ……お前のおかげで両軍の死者はほとんど出ていない。それどころか民の被害も最小限だったと報告を受けている。まるで奇跡だ、結果だけ見れば称賛に値する」

「奇跡ですか」

「お前が考え抜いて、必死に守ったものを私は軽くなど扱っていない。むしろ誇りに思っている、私は守れなかった、なのにお前は守った……たった一人で。まるで神の救いみたいじゃないか」

 言葉だけならば、立派。
 でもその投げやりな言い方が許せない。

「戦争に救いなんてありません。そしてそれを招いたのは……王であるお父様です。そんな言葉で責任から逃げないでください」

「そうかもしれんな。だが結果は変わらん、私はもう引き返せん、王としても人としても……」

 そう言って父は自嘲したように笑う。
 ……それは笑ったというより吐き出したに近いかもしれない。

「それでもお父様はモルゲンロートの王族です。そして王だった人……なのにどうして、そんな投げやりな言い方ができるのですか」

「そう言われてもな。もうなにも残ってないんだよ私には……王位も民の信頼も、妻も全部消えて亡くなった。今さら後悔しても、もうなにも戻らん。だから話し合いが大事だなんて、言えるうちに言っておけと思っただけだ」

 『話し合いが大事』?
 よくもまあ、ぬけぬけと。
 よくそんなことが私に言えたものです。

 こうなるまで話さなかったくせに。
 
 気が付けば、私は席から立ち上がっていた。
 
 父が接近する私に「ん?」と首を傾げたときにはもう、拳を強く握りしめていた。
 
「……歯、食いしばってくださいませ?」

「え」

 そう言い終えると同時に、私はクソ親父の顔面に拳を叩き込んでいた。
 鈍い音が部屋に響く。
 
 私に顔面を殴られたクソ親父は見事なまでにぐらりとよろめいて、床にずるずると腰を落とした。
 けれど、誰も私を止める気配はない。
 
 ……ですよね。
 止めませんよね。
 だって悪いのはどう考えてもこのクソ親父ですもの。
 
 暖炉の火がはぜて、灰が舞った。

「……よくもいままで、私を騙してきましたね?」

「でも、そのおかげでお前は生きてる。それでいいじゃないか」

 投げやりなその言いぐさが、神経を逆撫でする。

「それでいい? あれだけ多くの民を傷つけてそれでいいですって?」

「どうせ誰かが傷つくんだ。あの者達が戦を勝手に始めた時点で、国が無傷なんてありえない。ならせめてお前だけでも守る。そう考えただけだ。それに気付かなかったお前も悪い」

「屁理屈ばかり言って!」

 バンッ、と机を叩いた。
 暖炉の火がぱちりと跳ねて、部屋の空気が一瞬張り詰める。

「まあ落ち着けフランツェスカ。お前はそうやってすぐ頭に血を昇らせる……いったい誰に似たんだ?」

 ……この人、反省という言葉をご存知ないのでしょうか。
 こうやって笑っていないと心が潰れそうなのは理解しますが、その薄ら笑いを見ていると怒りがこみあげてくる。
 
 ――その後。
 その場には奇妙な沈黙が流れた。
 
 だけどその沈黙の中で私ははっきりと感じていた。
 このクソ親父、まだなにか隠してやがるなと。

「そういえば、お父様。国をほったらかして、ここでいったいなにをしていらっしゃるのです? 王としての自覚あります?」
 
「私はもう王ではない。退位したからな? それに今頃国を治めているのはレナードだろう、だがそれも直ぐに終わる」

 レナードが……王に。

「終わる、それはどういうご意味でございますか?」

 終わる? それはどういう?
 
「なぁに。ちょいと、置き土産を残して出てきたからな。あとは先方がうまいことやってくれるだろう。書簡でも伝えておいたし」

「なんですか、その置き土産って……」

「そのうちわかるさ。それに、そのほうが……国民のためだしな」

 そう言った直後クソ親父は真面目な顔になったが、すぐに元の軽薄な笑みを戻った。
 
「国民の為? 次はいったいなにを企んでいらっしゃいますの? 私にも教えていただけませんか」

「相変わらずお前は心配性だな、フランツェスカ。心配するな、その結末は私の計算通りだ。まあお前は怒るだろうがな? ただ怒るというのは、お前は生きている証拠だ」

「……はあ。わかりました。もういいです。どうせお父様は私には話すおつもりがないのでしょう?」

「ほう。それがわかるなら、お前も少しは成長したということだな」

「それ褒め言葉のつもりですか?」

「もちろんだ」

 クソ親父は私に話す気がないらしい。
 そしてその投げやりな声に余計腹が立つ。
 まるで……生きることにすら諦めたような声。
 
 そしてシュヴァルツヴァルト国王夫妻もなにか知っているようだが、クソ親父に口止めでもされているのかただ微笑むだけで。
 
 なら勝手に調べるしかない。
 けれど、この国で私に協力してくれる人はいるだろうかと考えた結果、すぐに思いついたのは。
 ……隣に座るフリードだった。

 フリードならなにがあっても私を助けてくれる、そんな気がした。
 
 ――もっとも。
 さっきの「あとでお話があります」を思い出すと、助けてくれる前に色々と怒られそうで嫌ですが。
しおりを挟む
感想 348

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

処理中です...