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とある噂が王都にいる貴族達の間で流れた。
誰がそれを最初に言い出したのか、それはもう誰にもわからないし今や知る術もない。
けれどその噂は瞬く間に貴族達の間に広がっていき、どこか真実味を帯びていた。
その噂とは。
レオンハルト第一王子お気に入りの優秀な侍女が、一方的に婚約を破棄されて捨てられた。
しかもその婚約破棄の原因は相手の男の浮気で、その侍女に落ち度はまるでなかった。
そしてその相手の男というのが侯爵家の嫡男なのだが特に何か目立ったところは無く、ただ爵位が高いだけでなんともパッとしないと普通の男。
『完全にクズ野郎ですな……確かその侍女の結婚式まで三ヶ月もないって話を私は聞きましたぞ』
『レオンハルト第一王子殿下のお気に入りの侍女なのに、なんて勿体ないことをする』
『しかも浮気相手を妊娠させたんですって!』
『まあ……婚姻前に? なんてふしだらな……』
そしてその噂を耳にした貴族達は皆口々に、侍女と婚約破棄をした相手の貴族を馬鹿にして笑った。
だって婚約破棄されたという噂の侍女は、有能だと有名でこの王宮では知らぬ貴族は一人もいないから。
だが有能なだけでどうして一介の、それも子爵家出身の侍女が有名になったかと強いて言えば。
それはやはり、王族からも恐れられている鬼の侍女長ブリジットのせいであろう。
誰に対しても分け隔てなく厳しい事で知られる侍女長、そんな侍女長が認めた侍女マリアベル。
そして女性嫌いだったレオンハルト第一王子が初顔合わせで直ぐに気を許し、まるで本当の姉のように慕う侍女マリアベルとして彼女の顔は貴族達の間で知れ渡った。
なのでこの王宮に出入りする事が許された貴族で、彼女の顔を知らぬ者はただの一人もいない。
彼女の事を知らない者が居るとすれば、それは領地に引き籠もっていて王宮に寄り付かない貴族達や、仕事もせず遊び呆ける馬鹿くらいのもので。
そんな侍女が婚約を破棄された、それすなわち噂を聞いた貴族達にとっての大チャンスなのである。
彼女が次の侍女長になる事はほぼ確実。
それに加えてレオンハルト第一王子殿下の覚えもめでたく、王妃様からの信頼も厚いと噂に聞く。
それに加えて彼女の家格は子爵家と低く、多少強引な手段を使って囲っても大して問題にはならない。
だから噂を聞いた貴族達は。
こぞってマリアベルを探して回るが王宮のどこにも彼女の姿はなく、探すのを諦めかけていた頃。
ようやく姿を表した噂の侍女マリアベル。
だがこの侍女マリアベルには、もうおいそれと下心を持った者が気軽に近付けるような状態ではなかったのである。
理由としてはマリアベルの近くには常にレオンハルト第一王子の騎士が何故かいて、無遠慮に近付こうものなら威嚇してくる始末。
それになけなしの勇気を振り絞ってマリアベルに話し掛けようとしても、ルーホン公爵家の嫡男クロヴィスが直ぐに間に入ってきて話の邪魔してくる。
一介の侍女でしかないマリアベル。
なのに厳戒態勢で守られていて、貴族の誰も話し掛けることはおろか近付く事さえもままならない。
だが何故こんな事になっているのかと言えば。
オズワルドのような不埒な男をマリアベルに近付かせない為にクロヴィスの主導の元でこの厳戒態勢が敷かれ、それにレオンハルト第一王子も喜んで協力したその結果であった。
だがクロヴィスに厳重に守られている、侍女マリアベル本人はというと。
「クロヴィス様は宰相様の所へは行かれなくても、よろしいのでございますか?」
「え」
「宰相様が困っておられましたよ? クロヴィス様がお仕事にいらっしゃられず、この銀獅子の宮にばかりおられるので……」
「あ。いや、それは……!」
「あまりこんな事を申し上げたくはございませんが、クロヴィス様の友人として申し上げさせて頂きます。任されたお仕事を中途半端にするのは如何なものかと私は思います」
「はい……直ぐ仕事に言ってきます」
と言って。
クロヴィスを宰相の元へと行かせたのである。
「相変わらず真面目ねマリアベルは。それでどうだった長期休暇は? 少しは休めたかしら」
「マチルダさん。はい、おかげさまで心身共に回復致しました。これも全て皆様のおかげだと……」
「マリアベル、そういうのは無し無し! 普段貴女にはみんなお世話になってるんだから、こんなのはお互い様!」
「っ……ありがとうございます」
そんなマリアベルに話し掛けて来たのは、侍女仲間のマチルダ伯爵令嬢。
マリアベルとマチルダは先輩後輩の仲で、一年ほど後輩のマリアベルは姉御肌なマチルダをとても慕っていた。
「でもねマリアベル、あれでは少しクロヴィス様が可哀想よ? 貴女を心配してお仕事を抜け出して来てくださってたのに……」
「えっ、そうなんですか?」
「だってそろそろでしょう? 貴女が挙げるはずだった結婚式の予定日は」
「あ……色々忙しくて忘れておりました」
「忘れてたって……貴女ねぇ?」
「私はてっきりクロヴィス様はここでお仕事をサボっていらっしゃるだけだと思っておりましたが、私の心配をして下さっていたんですね……申し訳ない事をしてしまいました」
「後で謝っておきなさいな、きっとクロヴィス様落ち込んでると思うから」
「友人の気遣いを無下にしてしまうなんて、私は最低です……直ぐに謝らねばいけませんね。教えて頂きありがとうございますマチルダさん!」
「あ、うん。ほんと……可哀想なクロヴィス様」
ルーホン公爵家の嫡男クロヴィスが、侍女マリアベルに恋をしている。
それはレオンハルト第一王子に仕える侍女達の中では、周知の事実。
知らないのはマリアベル本人だけ。
それはオズワルドとマリアベルが、レオンハルト第一王子の婚約を祝う夜会で出会う遥か以前。
それは遡ること今から約五年前。
レオンハルト第一王子に新しい侍女として紹介されたマリアベルは、まだ十四歳の少年だったクロヴィスには大人っぽくとても魅力的に見えた。
同年代の令嬢達と違い、お淑やかで大人の女性らしく落ち着いた雰囲気のマリアベル。
もう好きにならずにはいられなかった。
なのでマリアベルに全く相手にされなくてもあの手この手で決死のアピールをクロヴィスは繰り返した。
結果、侍女達にクロヴィスの想いはバレバレで。
オズワルドとマリアベルが婚約した際は、侍女達のみんなでクロヴィスを慰めた。
だからマリアベルの婚約破棄を受けて。
マリアベル本人には悪いが、これはクロヴィスチャンス到来か!?
と、期待している侍女達なのである。
とある噂が王都にいる貴族達の間で流れた。
誰がそれを最初に言い出したのか、それはもう誰にもわからないし今や知る術もない。
けれどその噂は瞬く間に貴族達の間に広がっていき、どこか真実味を帯びていた。
その噂とは。
レオンハルト第一王子お気に入りの優秀な侍女が、一方的に婚約を破棄されて捨てられた。
しかもその婚約破棄の原因は相手の男の浮気で、その侍女に落ち度はまるでなかった。
そしてその相手の男というのが侯爵家の嫡男なのだが特に何か目立ったところは無く、ただ爵位が高いだけでなんともパッとしないと普通の男。
『完全にクズ野郎ですな……確かその侍女の結婚式まで三ヶ月もないって話を私は聞きましたぞ』
『レオンハルト第一王子殿下のお気に入りの侍女なのに、なんて勿体ないことをする』
『しかも浮気相手を妊娠させたんですって!』
『まあ……婚姻前に? なんてふしだらな……』
そしてその噂を耳にした貴族達は皆口々に、侍女と婚約破棄をした相手の貴族を馬鹿にして笑った。
だって婚約破棄されたという噂の侍女は、有能だと有名でこの王宮では知らぬ貴族は一人もいないから。
だが有能なだけでどうして一介の、それも子爵家出身の侍女が有名になったかと強いて言えば。
それはやはり、王族からも恐れられている鬼の侍女長ブリジットのせいであろう。
誰に対しても分け隔てなく厳しい事で知られる侍女長、そんな侍女長が認めた侍女マリアベル。
そして女性嫌いだったレオンハルト第一王子が初顔合わせで直ぐに気を許し、まるで本当の姉のように慕う侍女マリアベルとして彼女の顔は貴族達の間で知れ渡った。
なのでこの王宮に出入りする事が許された貴族で、彼女の顔を知らぬ者はただの一人もいない。
彼女の事を知らない者が居るとすれば、それは領地に引き籠もっていて王宮に寄り付かない貴族達や、仕事もせず遊び呆ける馬鹿くらいのもので。
そんな侍女が婚約を破棄された、それすなわち噂を聞いた貴族達にとっての大チャンスなのである。
彼女が次の侍女長になる事はほぼ確実。
それに加えてレオンハルト第一王子殿下の覚えもめでたく、王妃様からの信頼も厚いと噂に聞く。
それに加えて彼女の家格は子爵家と低く、多少強引な手段を使って囲っても大して問題にはならない。
だから噂を聞いた貴族達は。
こぞってマリアベルを探して回るが王宮のどこにも彼女の姿はなく、探すのを諦めかけていた頃。
ようやく姿を表した噂の侍女マリアベル。
だがこの侍女マリアベルには、もうおいそれと下心を持った者が気軽に近付けるような状態ではなかったのである。
理由としてはマリアベルの近くには常にレオンハルト第一王子の騎士が何故かいて、無遠慮に近付こうものなら威嚇してくる始末。
それになけなしの勇気を振り絞ってマリアベルに話し掛けようとしても、ルーホン公爵家の嫡男クロヴィスが直ぐに間に入ってきて話の邪魔してくる。
一介の侍女でしかないマリアベル。
なのに厳戒態勢で守られていて、貴族の誰も話し掛けることはおろか近付く事さえもままならない。
だが何故こんな事になっているのかと言えば。
オズワルドのような不埒な男をマリアベルに近付かせない為にクロヴィスの主導の元でこの厳戒態勢が敷かれ、それにレオンハルト第一王子も喜んで協力したその結果であった。
だがクロヴィスに厳重に守られている、侍女マリアベル本人はというと。
「クロヴィス様は宰相様の所へは行かれなくても、よろしいのでございますか?」
「え」
「宰相様が困っておられましたよ? クロヴィス様がお仕事にいらっしゃられず、この銀獅子の宮にばかりおられるので……」
「あ。いや、それは……!」
「あまりこんな事を申し上げたくはございませんが、クロヴィス様の友人として申し上げさせて頂きます。任されたお仕事を中途半端にするのは如何なものかと私は思います」
「はい……直ぐ仕事に言ってきます」
と言って。
クロヴィスを宰相の元へと行かせたのである。
「相変わらず真面目ねマリアベルは。それでどうだった長期休暇は? 少しは休めたかしら」
「マチルダさん。はい、おかげさまで心身共に回復致しました。これも全て皆様のおかげだと……」
「マリアベル、そういうのは無し無し! 普段貴女にはみんなお世話になってるんだから、こんなのはお互い様!」
「っ……ありがとうございます」
そんなマリアベルに話し掛けて来たのは、侍女仲間のマチルダ伯爵令嬢。
マリアベルとマチルダは先輩後輩の仲で、一年ほど後輩のマリアベルは姉御肌なマチルダをとても慕っていた。
「でもねマリアベル、あれでは少しクロヴィス様が可哀想よ? 貴女を心配してお仕事を抜け出して来てくださってたのに……」
「えっ、そうなんですか?」
「だってそろそろでしょう? 貴女が挙げるはずだった結婚式の予定日は」
「あ……色々忙しくて忘れておりました」
「忘れてたって……貴女ねぇ?」
「私はてっきりクロヴィス様はここでお仕事をサボっていらっしゃるだけだと思っておりましたが、私の心配をして下さっていたんですね……申し訳ない事をしてしまいました」
「後で謝っておきなさいな、きっとクロヴィス様落ち込んでると思うから」
「友人の気遣いを無下にしてしまうなんて、私は最低です……直ぐに謝らねばいけませんね。教えて頂きありがとうございますマチルダさん!」
「あ、うん。ほんと……可哀想なクロヴィス様」
ルーホン公爵家の嫡男クロヴィスが、侍女マリアベルに恋をしている。
それはレオンハルト第一王子に仕える侍女達の中では、周知の事実。
知らないのはマリアベル本人だけ。
それはオズワルドとマリアベルが、レオンハルト第一王子の婚約を祝う夜会で出会う遥か以前。
それは遡ること今から約五年前。
レオンハルト第一王子に新しい侍女として紹介されたマリアベルは、まだ十四歳の少年だったクロヴィスには大人っぽくとても魅力的に見えた。
同年代の令嬢達と違い、お淑やかで大人の女性らしく落ち着いた雰囲気のマリアベル。
もう好きにならずにはいられなかった。
なのでマリアベルに全く相手にされなくてもあの手この手で決死のアピールをクロヴィスは繰り返した。
結果、侍女達にクロヴィスの想いはバレバレで。
オズワルドとマリアベルが婚約した際は、侍女達のみんなでクロヴィスを慰めた。
だからマリアベルの婚約破棄を受けて。
マリアベル本人には悪いが、これはクロヴィスチャンス到来か!?
と、期待している侍女達なのである。
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