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15 大切な人に
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――大公城の主塔。
その最上階にあるドレスルームへ案内された私は、その光景にしばらくの間言葉を失っていた。
眼前に広がるのは豪華絢爛なドレスの数々。
繊細な刺繍が施された生地や宝石のように輝く装飾品、そして可愛らしい小物たち。
どれも見るからに高そうで、特別な存在感を放っている。
こんなもの平民であれば、一生をかけても目にすることすら叶わないだろう。
私も書類上は一応公爵令嬢、だけど中身は平民だったあの頃となにひとつ変わってない。
だから……ここにいると場違い感が半端ないのである。
そんな私がなぜここにやってきたのかといえば、理由は単純明快。
二週間後に差し迫った結婚式のためであった。
本来ならば、もっと早く準備しておくべきだったのだろう。
だが、私が足を怪我してしまったせいで後回しになってしまっていた。
「どれも素敵ね……」
繊細なレースに刺繍、そして豪奢な装飾の数々。
それはどれも息を呑むほどに美しく。
『ヴィオラだけじゃ心配だわ。ウェディングドレスのチェック、私がしてあげる』と。
一緒についてきてくれたエステルも、どこか嬉しそうな表情で見渡している。
「せっかくの機会でございますので、新作のドレスもいくつかお持ちいたしました。どうぞお手に取ってご覧くださいませ」
恭しく頭を下げたのは、衣装店からやってきた一人の老婦人。
銀髪を後ろできっちり結わえ、朗らかな笑顔を浮かべている。
「ふ、ふぅん? それとこれが、結婚式のウェディングドレス……?」
エステルがぽつりと呟いた声には、隠しきれない憧れのようなものが宿っていた。
「エステルお嬢様、もっと近くで見られても大丈夫ですよ。ほら、このレースなんて特に……お綺麗でしょう?」
侍女のララが優しい笑顔を浮かべながら声をかけると、エステルは遠慮がちに一歩ドレスに近付いた。
「……ほんとね。すごく、綺麗」
その様子をぼんやりと眺めながら。
私は気付かれないように、そっと息を吐く。
……こんな豪華なドレス、半分平民の私なんかが着てもいいのだろうか。
しかも結婚相手の大公には、三年で離婚すると告げられてしまっている。
大人しく離婚に応じるつもりはこれっぽっちもないけれど、三年で終わるかもしれないのに。
少しだけ……申し訳なく思ってしまう。
「……はっ、くしゅんっ」
「あら、ヴィオラ様? どうされました……」
ララが心配そうな顔で、こちらに駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫。ちょっと、肌寒くて……」
公爵家が用意した、このドレス。
薄手で軽く、ここにやって来るまでは問題はなかった。
けれど、大公城のあるこの北部の気候には適さなかった。
「……ヴィオラ。前から思っていたけどそのドレス……すごく寒そうよ? 新しく用意してもった方がいいわ」
エステルが、じっとこちらを見て言う。
「え? そ、そうかな?」
「だってここは北部だもの。そのドレスじゃ、そのうち風邪をひいてしまうわよ」
「でも……これで十分だし」
「それのどこが十分なのよ! ヴィオラは、もうこの城の人間なのよ? そんな格好でいられたら、見ている方が落ち着かないし、私達が虐げていると思われちゃうわ!」
「エステル様のおっしゃる通りでございます。大公妃となられるお方が、寒さを我慢なさるなどあってはなりません」
それを隣で聞いていたララも、すかさずエステルの言葉に同意する。
「ラ、ララ!?」
「それに――」
ララはにこりと、なにやら意味ありげに微笑む。
「それに……?」
「先ほど大公殿下から指示がございました。ヴィオラ様のお召し物を大公妃に相応しいものへ改めるように、と。加えて北部の寒さでお身体を冷やすことがないよう、急ぎ新たに用意せよと……仰せでございます」
「えっ、大公殿下が?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「はい。それにですね……ヴィオラ様は北部の気候に慣れていないだろうから、無理はさせるな、とも大公殿下は仰っておられましたわ」
「大公殿下がそんなことを……」
「ですので。せっかくでございますし、ドレスを全て新しいものにいたしましょう! 出来上がるまでの繋ぎとして、ここにあるドレスをいくつかいただいておきましょうかね……既製品みたいですが温かそうですし……」
「全部新しく!? いやでも、これもまだあまり着ていませんし。そんな、もったいない……」
このドレスに袖を通したのは今日を含めて二度目。
それなのに新しいものを新調するなんて、流石に贅沢過ぎる。
「なに言ってるの! ヴィオラの馬鹿!」
エステルが声を荒らげる。
「えっ、エステル?」
「もったいないなんて、そんなことあるはずないでしょう? お父様もおっしゃっている通り、ヴィオラは大公妃になるのよ!?」
「でも……」
「それにヴィオラは、私達の……」
そこまで言いかけて、エステルは少しだけ言葉を飲み込む。
けれど、まっすぐにこちらを見て。
「大切な人に……なるのよ」
そう、はっきりと。
「大公殿下も、きっと喜ばれますわ。ヴィオラ様が綺麗なお姿でいらっしゃる方が」
そして追い打ちをかけるように、ララがそんなことを私に告げてきた。
「ルイスも、ヴィオラが綺麗にしてるのを見たら喜ぶと思うわ。あの子も貴女が好きだもの」
「……っ」
なにか言い返そうと思うが、うまい言葉が出てこない。
二人の視線が私にまっすぐに向けられて。
その圧に、じりじりと追い詰められていく。
「……ヴィオラ。遠慮しないで? ここでは、我慢しなくていいの」
我慢しているわけじゃ、ないのだが。
……でも。
『我慢しなくていい』
そんなふうに言われたのは、いったいいつ以来だろう。
「……わかりました。二人にお任せします」
そう告げた、その瞬間。
「やったぁ!」
ぱっと花が咲いたように、エステルの表情が明るくなった。
「じゃあね、この色もいいし……こっちも素敵!」
「エステルお嬢様、ヴィオラ様にはこちらの生地もよろしいかと」
「それもとっても素敵ね! じゃあこれと組み合わせるのは?」
「素晴らしいです。流石はエステルお嬢様!」
二人が一気に盛り上がり始める。
次々と運ばれてくる布地と装飾品に囲まれて、私は少しだけ目を瞬かせた。
……なんだか、大変なことになりそうだ。
けれど、悪い気はまったくしなかった。
――大公城の主塔。
その最上階にあるドレスルームへ案内された私は、その光景にしばらくの間言葉を失っていた。
眼前に広がるのは豪華絢爛なドレスの数々。
繊細な刺繍が施された生地や宝石のように輝く装飾品、そして可愛らしい小物たち。
どれも見るからに高そうで、特別な存在感を放っている。
こんなもの平民であれば、一生をかけても目にすることすら叶わないだろう。
私も書類上は一応公爵令嬢、だけど中身は平民だったあの頃となにひとつ変わってない。
だから……ここにいると場違い感が半端ないのである。
そんな私がなぜここにやってきたのかといえば、理由は単純明快。
二週間後に差し迫った結婚式のためであった。
本来ならば、もっと早く準備しておくべきだったのだろう。
だが、私が足を怪我してしまったせいで後回しになってしまっていた。
「どれも素敵ね……」
繊細なレースに刺繍、そして豪奢な装飾の数々。
それはどれも息を呑むほどに美しく。
『ヴィオラだけじゃ心配だわ。ウェディングドレスのチェック、私がしてあげる』と。
一緒についてきてくれたエステルも、どこか嬉しそうな表情で見渡している。
「せっかくの機会でございますので、新作のドレスもいくつかお持ちいたしました。どうぞお手に取ってご覧くださいませ」
恭しく頭を下げたのは、衣装店からやってきた一人の老婦人。
銀髪を後ろできっちり結わえ、朗らかな笑顔を浮かべている。
「ふ、ふぅん? それとこれが、結婚式のウェディングドレス……?」
エステルがぽつりと呟いた声には、隠しきれない憧れのようなものが宿っていた。
「エステルお嬢様、もっと近くで見られても大丈夫ですよ。ほら、このレースなんて特に……お綺麗でしょう?」
侍女のララが優しい笑顔を浮かべながら声をかけると、エステルは遠慮がちに一歩ドレスに近付いた。
「……ほんとね。すごく、綺麗」
その様子をぼんやりと眺めながら。
私は気付かれないように、そっと息を吐く。
……こんな豪華なドレス、半分平民の私なんかが着てもいいのだろうか。
しかも結婚相手の大公には、三年で離婚すると告げられてしまっている。
大人しく離婚に応じるつもりはこれっぽっちもないけれど、三年で終わるかもしれないのに。
少しだけ……申し訳なく思ってしまう。
「……はっ、くしゅんっ」
「あら、ヴィオラ様? どうされました……」
ララが心配そうな顔で、こちらに駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫。ちょっと、肌寒くて……」
公爵家が用意した、このドレス。
薄手で軽く、ここにやって来るまでは問題はなかった。
けれど、大公城のあるこの北部の気候には適さなかった。
「……ヴィオラ。前から思っていたけどそのドレス……すごく寒そうよ? 新しく用意してもった方がいいわ」
エステルが、じっとこちらを見て言う。
「え? そ、そうかな?」
「だってここは北部だもの。そのドレスじゃ、そのうち風邪をひいてしまうわよ」
「でも……これで十分だし」
「それのどこが十分なのよ! ヴィオラは、もうこの城の人間なのよ? そんな格好でいられたら、見ている方が落ち着かないし、私達が虐げていると思われちゃうわ!」
「エステル様のおっしゃる通りでございます。大公妃となられるお方が、寒さを我慢なさるなどあってはなりません」
それを隣で聞いていたララも、すかさずエステルの言葉に同意する。
「ラ、ララ!?」
「それに――」
ララはにこりと、なにやら意味ありげに微笑む。
「それに……?」
「先ほど大公殿下から指示がございました。ヴィオラ様のお召し物を大公妃に相応しいものへ改めるように、と。加えて北部の寒さでお身体を冷やすことがないよう、急ぎ新たに用意せよと……仰せでございます」
「えっ、大公殿下が?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「はい。それにですね……ヴィオラ様は北部の気候に慣れていないだろうから、無理はさせるな、とも大公殿下は仰っておられましたわ」
「大公殿下がそんなことを……」
「ですので。せっかくでございますし、ドレスを全て新しいものにいたしましょう! 出来上がるまでの繋ぎとして、ここにあるドレスをいくつかいただいておきましょうかね……既製品みたいですが温かそうですし……」
「全部新しく!? いやでも、これもまだあまり着ていませんし。そんな、もったいない……」
このドレスに袖を通したのは今日を含めて二度目。
それなのに新しいものを新調するなんて、流石に贅沢過ぎる。
「なに言ってるの! ヴィオラの馬鹿!」
エステルが声を荒らげる。
「えっ、エステル?」
「もったいないなんて、そんなことあるはずないでしょう? お父様もおっしゃっている通り、ヴィオラは大公妃になるのよ!?」
「でも……」
「それにヴィオラは、私達の……」
そこまで言いかけて、エステルは少しだけ言葉を飲み込む。
けれど、まっすぐにこちらを見て。
「大切な人に……なるのよ」
そう、はっきりと。
「大公殿下も、きっと喜ばれますわ。ヴィオラ様が綺麗なお姿でいらっしゃる方が」
そして追い打ちをかけるように、ララがそんなことを私に告げてきた。
「ルイスも、ヴィオラが綺麗にしてるのを見たら喜ぶと思うわ。あの子も貴女が好きだもの」
「……っ」
なにか言い返そうと思うが、うまい言葉が出てこない。
二人の視線が私にまっすぐに向けられて。
その圧に、じりじりと追い詰められていく。
「……ヴィオラ。遠慮しないで? ここでは、我慢しなくていいの」
我慢しているわけじゃ、ないのだが。
……でも。
『我慢しなくていい』
そんなふうに言われたのは、いったいいつ以来だろう。
「……わかりました。二人にお任せします」
そう告げた、その瞬間。
「やったぁ!」
ぱっと花が咲いたように、エステルの表情が明るくなった。
「じゃあね、この色もいいし……こっちも素敵!」
「エステルお嬢様、ヴィオラ様にはこちらの生地もよろしいかと」
「それもとっても素敵ね! じゃあこれと組み合わせるのは?」
「素晴らしいです。流石はエステルお嬢様!」
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