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37 期待
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屋敷へ戻るため、大公と馬車に乗り込む。
緩やかに進み始めた馬車。
その窓から外に視線を向ければ王宮のざわめきがゆっくりと遠ざかり、車輪の音だけが馬車の中に響く。
視線を戻せば、向かいに座る大公がいつもと変わらぬ穏やかな表情でこちらを見ていた。
「あの、大公殿下……申し訳ありません」
「……急に、どうしました?」
「私……母が歌姫だということ、黙っていました」
絞り出した言葉に、沈黙が落ちた。
馬車の揺れが、その沈黙をやわらかく揺らす。
「驚きはしましたが、謝る必要はありません。心に染みる良い歌を歌われる、素敵なお母上ですね」
顔を上げると、大公は微笑んでいた。
「素敵なのは……大公殿下の方です!」
私は勢いよく身を乗り出していた。
そんな私に大公は少しだけ目を瞬かせて、くすりと笑う。
「私のことをそんな風に言ってくれるのは、貴女だけですよ、ヴィオラ」
「そんなことありません! だって、大公殿下はとても素敵です。なのにどうして……どうして、『怪物』と呼ばれているのです? 全然そんなことないのに……」
「……そうですね。そう呼ばれる理由は、いくつかありますが――私の魔力量と、この赤い瞳でしょうか? ヴィオラは覚えていますか、魔獣の目が赤かったことを」
大公は私から視線を外し、窓の外へと目を向けた。
夜の街の灯りが、大公の横顔を淡く照らす。
「え……」
「魔獣と同じ赤い目と、人間離れした魔力量……主にこの二つがそう呼ばれる原因ですね。そのせいで大公家当主は代々怪物と呼ばれています。ですがそれは仕方のないこと、人は自分とは違うものを……おそれますから」
「だからって……そんな呼び方、ひどい。大公殿下は私にも優しくしてくれて、エステルやルイスにとって自慢のお父様で……」
捲し立てるように私は言い返していた。
「ありがとうございます、ヴィオラ」
大公はそう言って少しだけ目を細める。
その微かな笑みは、どこか寂しさを含んでいるようにも見えた。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「……納得、できません」
気づけば、そう呟いていた。
大公が首を傾げる。
「ヴィオラ?」
「だって……見た目や力だけで決めつけるなんて、おかしいです。怖いからって、怪物なんて……」
言葉を重ねるほどに、胸の中の感情が熱を帯びていく。
大公はしばらく何も言わなかった。
ただじっと私を見つめ――やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……そう言っていただけるのは、嬉しいことです。ですが、人の評価というものはそう簡単には変わりません。長い時間をかけて積み重なったものですから」
その声音は穏やかで、けれどほんの少しだけ掠れていた。
「それでも……! 変えます、私が違うって証明します」
そう強く私が言い切ると、大公の目がわずかに見開かれた。
「証明、ですか?」
「はい。大公殿下が怪物なんかじゃないってこと。私はちゃんと知っています。だから、それを……他の人にもわかってもらえるようにします」
「……困りましたね。そんなふうに言われてしまったら、期待してしまいそうだ」
その言葉に、胸がどくんと跳ねる。
「期待して、ください」
「本当に……貴女は不思議な方だ」
「え。そう、ですか?」
「ええ。普通なら私を恐れるはずなのに、全く動じない。ヴィオラは度胸のある女性ですね」
その視線は、どこか眩しそうだった。
「すみません、図々しくて……」
「謝らないでください。私はそんなヴィオラが……好ましいのだから」
馬車は変わらず夜の街を進んでいく。
けれどその中で――
先ほどまでよりも、ほんの少しだけ近づいた距離を感じていた。
屋敷へ戻るため、大公と馬車に乗り込む。
緩やかに進み始めた馬車。
その窓から外に視線を向ければ王宮のざわめきがゆっくりと遠ざかり、車輪の音だけが馬車の中に響く。
視線を戻せば、向かいに座る大公がいつもと変わらぬ穏やかな表情でこちらを見ていた。
「あの、大公殿下……申し訳ありません」
「……急に、どうしました?」
「私……母が歌姫だということ、黙っていました」
絞り出した言葉に、沈黙が落ちた。
馬車の揺れが、その沈黙をやわらかく揺らす。
「驚きはしましたが、謝る必要はありません。心に染みる良い歌を歌われる、素敵なお母上ですね」
顔を上げると、大公は微笑んでいた。
「素敵なのは……大公殿下の方です!」
私は勢いよく身を乗り出していた。
そんな私に大公は少しだけ目を瞬かせて、くすりと笑う。
「私のことをそんな風に言ってくれるのは、貴女だけですよ、ヴィオラ」
「そんなことありません! だって、大公殿下はとても素敵です。なのにどうして……どうして、『怪物』と呼ばれているのです? 全然そんなことないのに……」
「……そうですね。そう呼ばれる理由は、いくつかありますが――私の魔力量と、この赤い瞳でしょうか? ヴィオラは覚えていますか、魔獣の目が赤かったことを」
大公は私から視線を外し、窓の外へと目を向けた。
夜の街の灯りが、大公の横顔を淡く照らす。
「え……」
「魔獣と同じ赤い目と、人間離れした魔力量……主にこの二つがそう呼ばれる原因ですね。そのせいで大公家当主は代々怪物と呼ばれています。ですがそれは仕方のないこと、人は自分とは違うものを……おそれますから」
「だからって……そんな呼び方、ひどい。大公殿下は私にも優しくしてくれて、エステルやルイスにとって自慢のお父様で……」
捲し立てるように私は言い返していた。
「ありがとうございます、ヴィオラ」
大公はそう言って少しだけ目を細める。
その微かな笑みは、どこか寂しさを含んでいるようにも見えた。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「……納得、できません」
気づけば、そう呟いていた。
大公が首を傾げる。
「ヴィオラ?」
「だって……見た目や力だけで決めつけるなんて、おかしいです。怖いからって、怪物なんて……」
言葉を重ねるほどに、胸の中の感情が熱を帯びていく。
大公はしばらく何も言わなかった。
ただじっと私を見つめ――やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……そう言っていただけるのは、嬉しいことです。ですが、人の評価というものはそう簡単には変わりません。長い時間をかけて積み重なったものですから」
その声音は穏やかで、けれどほんの少しだけ掠れていた。
「それでも……! 変えます、私が違うって証明します」
そう強く私が言い切ると、大公の目がわずかに見開かれた。
「証明、ですか?」
「はい。大公殿下が怪物なんかじゃないってこと。私はちゃんと知っています。だから、それを……他の人にもわかってもらえるようにします」
「……困りましたね。そんなふうに言われてしまったら、期待してしまいそうだ」
その言葉に、胸がどくんと跳ねる。
「期待して、ください」
「本当に……貴女は不思議な方だ」
「え。そう、ですか?」
「ええ。普通なら私を恐れるはずなのに、全く動じない。ヴィオラは度胸のある女性ですね」
その視線は、どこか眩しそうだった。
「すみません、図々しくて……」
「謝らないでください。私はそんなヴィオラが……好ましいのだから」
馬車は変わらず夜の街を進んでいく。
けれどその中で――
先ほどまでよりも、ほんの少しだけ近づいた距離を感じていた。
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