YUZU

箕面四季

文字の大きさ
37 / 84

【柚の木と父さん】

しおりを挟む
 おーい。と、柚葉の声が聞こえた気がした。

(幻聴とか、ヤバくね)

 ははっ、と乾いた笑いが漏れた時「柚樹~? こっちこっちぃ~。中庭よ~」と、今度は確実に柚葉の声が言った。

 幻聴じゃない!
 柚樹は急いでママの部屋から飛び出して、リビングへ戻る。

「あ」
 よく見れば、中庭へ続く大窓が少し開いている。遮光カーテンをジャーと引っ張ると、薄暗闇の中「こっちこっち~」と柚葉が手を振っていた。

「……なんだよ、いるじゃん」
 一気に脱力する。

(よかった)と、柚樹は心底ほっとしながら、いつの間にか、柚葉の存在がとても大きなものになっていたんだな、と改めて思ったのだった。

「ほら、早く早く!!」
 無邪気に手招きする柚葉に「そんなとこで何してんだよ」と、ぶっきらぼうに言って、安心で滲んだ涙をこっそり拭ってから、柚樹はサンダルをつっかけて中庭に向かった。

 柚葉は、最初に会った日みたいに、柚の木の前に立っていた。

「ほら見てすごいの! ここ!」
「すごいって何が?」

 柚葉が青々と茂る柚の葉を両手でかきわけ「ここ見て」と顎で指し示す。覗き込むと黄色いころんとしたものが見えた。

「実が生ってる……」
「そう! 柚子の実が二つも生ってるの!」

 柚葉は嬉しそうに柚樹に笑いかけながら「こういうことだったのね」と呟いた。

「何が?」
「ううん、こっちの話」

「? ……にしても、実が生ってるなんて、全然気づかなかった」と柚樹も驚く。

 そういえばここ最近、赤ちゃんのこととか、学校のこととか、いろいろありすぎて、庭の水やりをさぼっていたな。

「でも今まで実なんか、つけたことなかったのに」
「初生りかもね。ちゃんと剪定すれば、もっといっぱい実をつけるようになるわよ」

「剪定かぁ。オレにできるかなぁ」と、柚樹は考え込んだ。

 剪定って確か、でっかいハサミでチョキチョキ枝を切るんだよな。トゲトゲなこの木を上手く切れるだろうか。

「パ……、お父さんにお願いしたら?」
「うーん」

「何かまずいことでもあるの?」
「父さんは、この木に近づけないんだよ。死んだママの思い出が強すぎて」

「そうなの?」
 うん、と頷いて、柚樹は鋭いトゲをちょんと指先でつついた。

「この家はさ、ママがオレを妊娠した時に購入したんだって。中古だけどめちゃくちゃ広い家と、庭にポツンと生えてた小さい柚の木をママがえらく気に入ったらしいよ。オレの名前も柚樹って、どんだけ柚好きなんだよって話だけど」
「小さな苗木がお腹の赤ちゃんと重なって見えたのよ」と柚葉が知った風なことを言う。

「いや、木と赤ちゃんってだいぶ違うよね」
「お腹に赤ちゃんがいるとね、全ての命が愛おしく思えてくるの。誰も住んでいない家で一生懸命生きようとする柚の木ちゃんが健気で、愛おしかったのよ」

「……柚葉って妊娠とか、してないよな」
 家出の原因って、まさか……と、柚樹は、柚葉の腹部に目をやる。

「い、いないわよ!」
 柚樹の視線に気づいて、慌てて柚葉がお腹を手で隠しながら、胡散臭く笑った。

「そんなようなことを、昔君のママから聞いた気がするって話。柚の木も、柚樹も兄弟みたいにすくすく育ってほしい~みたいなー。おほほほほ」 

(始まった。柚葉のめっちゃ怪しい弁明)

「……まあ、いいや。とにかくそんな感じで、この木をママが大事にしてたから、父さんには辛いんだってさ。そのわりに、ママが死んでたった3年で母さんと再婚してさ。裏切り者~って感じだよな。ほら、柚葉も前に言ってただろ」
「そうだっけ?」

「そうだよ。ほら、最初に会った日にさ。……まあ、いいや。そんなわけで、この木の世話だけはオレが担当してるんだ。つっても、水やりとかたまに肥料やるくらいだけど」

「お母さんは?」と、柚葉が尋ねた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...